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なんだ、猫か

 ルリは街を出ると、クロやシナツと街のすぐ外で合流した。

「外までちゃんと繋がってた?」

 合流した後でクロに尋ねると、すらりと尻尾を振りながらその猫は頷いた。横でシナツは疲労困憊と言った様子で、膝をついている。

 ルリは街の正面口から堂々と出た。そもそも上位機体であるルリをわざわざ攻撃しようとする機械はいない。この街に滞在しているのはコハクを除けば、下位機である蜘蛛だけだった。けれども、クロとシナツはそうはいかない。

 ヒトであるシナツと、一見はただの愛玩機械であるクロは容易に蜘蛛たちの殲滅対象になる。ルリのようにそのまま外に出ようとしたら、間違いなく殺される。そこで使ったのは、街に存在した「裏ルート」である。

 「長」は集落のことを一番に、いや、二番目に大事に考えていた。そんな彼が、ただ集落の存続のみを考えていたとは考えにくい。集落が壊滅することも可能性の一つとして考えていたはずだ。ならば、ただ隠れ家やほかの層への隠し通路だけでなく、この街からの脱出ルートも開拓していた可能性が高い。そう仮定して、その道を探し、それがどこにあるかを予想する。おそらく、集落の内部、集落が壊滅しても最後まで残っている場所を選ぶだろう。

『うん、長の家に道があったね』

 聞くところによると、「長」の家の床下に階段があり、その長い道を辿ると蜘蛛たちのバリケードの外側に出られたらしい。口頭伝達ではルリに詳しい道のりまで伝わらないが、おそらくその道は工場に囲われたあの集落のほど電磁波遮断性能は高くないだろう。捕捉されないように、急いで道を降りてきたに違いない。

『ちょっと無理したけど、疲労以外は問題ないよ』

 シナツの疲れ切った姿を、クロはそう説明した。

「私が一緒にいれば多少は大丈夫だろうし、しばらく適当なところで休もうか」

 ルリはそう提案し、辺りを見渡す。

 街の外はぽつぽつと廃屋が点在しているが、今はもう使われていないそれらは屋根もボロボロで、中にある鉄筋や柱も腐りかけている。雪は未だひらひらと舞っているが、夏の雪は地面に降りるとすぐに解けて消えてしまう。そんな中でも、少しだけ暖かくなったこの季節、草木がそこら中に葉を広げていた。

 その中で、比較的無事なアパートを見つけると、ルリたちはそこで休むことにした。

 疲れ切って一歩も動けなさそうなシナツを背負い、ほんの数十メートルくらいの道のりを歩く。

 背中から、シナツの息切れした声が聞こえてくる。

「本当に疲れ切ってるね」

『まあ、休めば何とかなるよね?』

「そうだね、怪我とかそういう類はないから、よっぽど悪環境で寝ない限りはね」

『なんでわざわざ不安要素を付け足してくるかなぁ』

 そんな話をしながら歩いていると、シナツの息も少しずつ落ち着いてくる。そして、

「おかえり、ルリ」

 うわごとのようにそう呟いた。


 アパートの上階は流石に床が抜けたりする危険度も上がるので、一階のその辺りに廃棄されていた布類を地面に敷くと、そのうえにシナツを寝かせ、ルリとクロはそばで辺りを警戒しながら、のんびりと座り込む。辺りはまだ暗く、上を見上げると下弦の半月が昇り始めているところだった。

 いつもなら、まず間違いなくシナツは寝ている時間帯だろう。それもあって、シナツからはすぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

『コハクはどうなったんだい?』

 ふとクロが尋ねた。

『大体予想はつくけど、聞いておいた方がいいだろう?』

「……まあ、たぶん予想通りの最期だったよ」

 コハクの最期を思い浮かべながら、ルリは答えた。

『というと?』

「認識が曖昧になって、定義が消去されて、うまく論理が構築されていなかった」

『そっか』

「ただ、一つだけ。一瞬、最期の時は、しっかりとした意識を保っていたよ」

『それだけは救いだね』

「そうかね」

 クロの言葉を聞いて、ルリは考えこみ始めた。

「消えるときに、意識ってあった方がいいのかね?」

 コハクの死に際は、決して幸せそうでも満足そうでもなかった。それが救いであったとルリには到底思えなかった。

『そうだね……でも、意識がないってことはきっと、もう何も残せないんだよ。だから、意識があってナニカを残せた方が、救いがあるように思えないかい?』

「そんなものなのかね」

『ま、ワタシにもそれはわからないけどね』

「そっか」

 いったん会話が途切れるが、しばらくしてクロが付け足した。

『でも、ルリの記憶はワタシが残すからさ、きっと、ルリは違う結末を迎えられるよ』

 その言葉に素直に頷くことはせず、ルリは黙ってその場で眠りについた。

 休息が必要なのはシナツだけではない。

 ヒトの子供と彼女に寄り添う機械たちは、様々な出来事があった一日の最後に、一晩の休息を得た。


     * * *


 翌朝、ルリは半年間の習慣で朝早く目覚めた。

「うーん、こんなに早く起きる必要はなかったな」

 機械の身たるルリは、事前に設定して目覚めることが可能である。半年間同じ時間に起きていると、そのままの設定で目覚めてしまった。

 同時にクロも目覚める。

『おはよう』

「あー、おはよう、クロ」

 朝の挨拶をして、ボケっとする。やはり朝は頭が回らない。クロはそんな様子はないのだが、ルリの目覚めはあまりよくない。

『さて、今日からどうしようか?』

 クロが朝からそんなことを尋ねてくるが、いまだ寝惚けているルリは頭に疑問符を浮かべながら、首を傾げた。

「今日から?なにをする?」

『もう、目覚め悪いなぁ、ルリは』

 そんなルリを呆れたようにため息をつきながら、ルリが覚醒するまで状況の説明を始めた。

『半年とちょっと前、ワタシたちはシナツのための旅を始めたわけだ。そこで見つけたのが、この街の集落。でもそこももう滅びた、いや、まだ滅びてないかもしれないけど、そのうち滅びるだろうね。なにはともあれ、次の目的地を設定して旅を続けたいような気がしない?』

 淡々とクロが説明していると、だんだんとルリも目も覚めてきた。

「シナツのための旅、か……」

『そうそう』

「ヒトの集落に行くのがそれに沿っていると思っていたけど、本当にそうなのかね?」

『……どうだろう』

 ルリがふと漏らした疑念に、クロもそれを否定せずに曖昧に答える。

「ねぇ、クロ。ここまでやって来た私たちと、ヒトの違いって何なんだろうね?」

 今まで疑うこともなかったことを、初めて考えた。

『どういうこと?』

「コハクを見てて思ったんだよね。もちろん身体構造や材質、発生の仕方は違うけどさ、精神構造として、何が違うんだろう?」

『……』

「時々ヒトも、まるでプログラミングされたみたいに同じ行動をとる。逆に機械は目的に沿わない無駄な行動をとることがある」

『……これはワタシ自身の考えというより、“私”の考えなんだけどね』

 ルリの言葉に、クロはそんな、意味の分からない前置きをして続けた。

『きっと、厳密な違いなんてない。ここまで進化した私たちは、その精神構造を人間に模し、その境界は曖昧になった。すでにヒトの手を離れた私たちの意識はきっと、意識をきつく縛りつけるロボット三原則さえ飛び越え、すでに“人間”となっているんじゃないかな』

「なかなか、不思議な考えをするね」

『考えた奴に言って欲しいね』

「そいつはもう残ってないからさ」

『そっか……』

 少し空気が重苦しくなった。

「おっはよー!」

 その空気を吹き飛ばすような元気な挨拶が響いた。

「ああ、おはよう、シナツ」

『おっはよー』

 声の方向を見ると、元気よくシナツが飛び起きていた。

「今日から旅が始まるね!」

 昨夜の出来事忘れたように、シナツは前向きな発言をした。いや、そもそもシナツの中ではあまり重いことにもなっていないのだろう。コハクの最期も知らないシナツにとって、昨夜の出来事は、不穏な空気はあったものの、こっそりと集落を抜け出して旅が始まるという事でしかない。

 けれども、そんなシナツの底抜けの明るさは、コハクの末路を目の当たりにしたルリと、それに共感できるクロの間に広がる重たい空気を緩和するのに役立っていた。

「そんなに旅が好きなの?」

 楽しみにしているようにはしゃぐシナツに、ルリが尋ねる。

 碌に移動手段がないこのご時世において、旅とは基本的に歩きであり、体力が必要なものだ。半年前もいくらか歩き回ったとはいえ、疲労するわりになかなか先に進まない歩き旅はストレスも溜まることが多い。

 しかし、シナツは元気よく頷いた。

「うん、疲れるけど、ルリやクロもいっしょだから!それに、見たことないものがたくさんあるんだもん」

「そっか、それは、なんだかいいね」

 シナツの答えに、そんな考えもあるんだなと、少し感心しながら、一言だけルリは答えた。

『ふふーん、そんなこと言って、ルリも嬉しいでしょ?「ルリやクロも一緒だから」だってー、ふへへ』

 気持ち悪い笑い声をあげる黒猫は無視する。

「よし、荷物まとめたら行こうか」

 さして荷物もないため、すぐに出発できるだろう。ルリはそう言って、立ち上がった。


 歩き始めて数十分、ルリは特に意味もなく後ろを振り返ってみる。

『どうしたの、ルリ』

 そんな彼女の姿を見て、猫が声を掛けてくる。

 粉のような雪が薄くかかった街は、灰色に染まっていて、色が無かった。

「いや、思えばこの街にも世話になったと思ってさ」

『そうだね』

 感慨深く、クロも答えた。

 少し遠目に見える街の中央には巨大なシャフトがそびえ立ち、それに円盤がいくつもの層となって積まれている。それらの間には何本もの柱も繋がっており、大きな螺旋状の道路や真っ直ぐ上に行くエレベーターも見える。入る時は何も考えていなかったが、出ていくときにこんなにも思い出深い街となっているとは思いもしなかった。

『今もあそこの上で、人々は生活しているのかな』

「そうなんじゃない?」

 天高くそびえる上の方は、雪のせいもあって霧のように白くなっており、その先がどうなっているかは見えなかった。とはいえ、もしも雪が降ってなくて澄んだ空気が広がっていたとしても、その先にある人々の姿は見えなかっただろう。

『さ、行こうか、シナツも待ってるし』

 楽しそうにスキップして、少し進んでいたシナツも、立ち止まったルリに気付いてその場で立ち止まっている。

 ルリはなんとなく後ろ髪を引かれつつも、前へ向き直り、ゆっくりと歩を進め始めた。


     * * *


 旅は順調に続いていた。

 雪がたまに降るものの、冬のようには降り積もらず、ただひらひらと舞うだけの雪はものともせずに進んでいた。

「ふんふふーん、ふーん♪」

 シナツも疲れ切って倒れることはなく、鼻歌なんぞ歌いながら、元気の良い行進をしていた。半年ぶりの旅ではあるものの、半年前の旅が色あせることはなく、ルリとクロとシナツはテンポの良い旅を続けていた。

『ルリも、シナツのことがよくわかってきたよね』

「まあね」

『それに、最近なんか調子いいよね』

「そう?」

 クロの言う「調子のいい」とは、最近ルリのお惚けが少なくなっているという事だ。

『うん、半年前はぼけっとして、物忘れも激しかったけど、最近それがないじゃない?』

「言われてみればそんな気も」

『こんな旅がずっと続けばいいのにね』

「まあ、クロがいてくれるからこその私の存在だよ」

 その裏には、きっとこの旅がいつまでも続くであろうという期待が込められていた。

 ルリたちは、昼は歩き、街に辿り着けば食料を拝借し、森や川であれば食糧となる生物を捕らえ、夜になると寝る。そのような旅を続けていた。ルリが持ってきた荷物の中にはコンロや鍋、食器の類も入っており、半年前よりも快適な旅路を続けているといってよいだろう。この調子であれば、いつまでも旅を続けられる気さえしていた。

 今は、林の中を歩いている。もともと整備された公園かなにかだったのだろうか。アスファルトのような道を割って、草本がいくつも茂っている。そんな割れた黒い道を歩く。

 しばらく進んでいると、その道も途切れ、鬱蒼とした林が広がる。しかし、いくらか進むと、林の中に小さな民家が点々と建つ村が見えた。

『村だね』

 家はほとんど潰れてはいるものの、何とか村としての体裁は整えている程度の村である。とはいえ、それは見た目上の問題であり、ここにヒトはいなかった。ここをスキャンしたルリはそう判断した。けれども、シナツにはそんなことはわからず、今まで上機嫌だったものの、少し生活感が残る村を見たとたんに、ルリのすぐ後ろにつき、その裾をぎゅっと握りしめた。

「ヒトはいないみたいだね」

 その声を聞いて、シナツの握る力が僅かに弱まった。

 いま、ルリたちに旅の目的はない。半年前はヒトの集落を探していたけれども、今はただ、あてどなくふらふらと流離っていた。この村にも用はなく、何か役立つものでもあれば貰い受けようという程度で廃村を散策する。

 ヒトがいないことを理解し始めると、徐々にシナツも緊張がほぐれていき、そのうち元の元気のよさを取り戻した。

「そういえば、シナツは何で人見知りするんだろうね?」

 そんなシナツを見ながら、ルリからふと漏れる疑問。

『うーん、なんでだろうね?そういえば、コハクにはすぐ懐いていたけど、今だからわかるけど確かにコハクはヒトではなかったね』

「よくわからないね」

 機械だからわからないのか、同じヒトでもわからないのか。そんな疑問も頭によぎったものの、面倒くさかったのでルリはそれを放棄した。

 近くに他の機械がいる様子もなかったので、目に映る範囲であるが、シナツもルリから離れて色々なところを見て回っていた。ぴょんぴょんと飛び跳ねながらある家の裏側を見た時、

「わっ!」

 突然飛び跳ねて、シナツが全力でルリのもとに駆け寄ってきた。

『なんだい、なにがあった!?』

 そんなシナツに、クロが声を掛ける。尤も、その声は聞こえていないので、シナツはだんまりを決め込んだ。ルリは改めて辺りを見渡す。特にシナツが覗いた家の裏側を重点的に見る。受容波長を変えて家の向こう側を透視すると、そこにヒトの影が見えた。

「ヒトだ」

『えー、さっきいないって言ったじゃん』

「うーん、なにかが影になっていたのかもしれないね」

 完全な透視をしているわけではない。条件が重なれば対象を見つけられないことも多い。

『とはいえ、誰かもわからないから慎重にね』

「いや、クロが見てきてよ。わざわざ猫を殺そうとするヒトはいないでしょ」

『いや、わからないじゃない?猫の首蒐集家みたいな人がいるかもしれないし』

「クロは猫の姿をしているだけだから、たぶん対象にならないよ」

『いや、もっと心配してよ』

 そんなことを繰り返すうちに、彼女らの声が聞こえたのだろう。家の裏側からその人が顔を出した。

「あれ、誰かいる!なんだ、猫か……っていう準備してたのに」

 家の裏側からは、少女が顔を出していた。続いてぴょんと身体も飛び出してくる。

「あ、でも!猫もいるね!じゃあこのセリフを言えるよ」

 ここで区切り、こほんと咳払いをすると、少女は口を開いた。

「なんだ、猫か」

『何を言っているかわかる、ルリ?』

「なんだ、猫かって言ってるよ」

『いや、それはわかるけど、そういう意味じゃなくて……』

 久しぶりにルリのお惚けを聞いた気がして、クロは溜息をついた。そんな彼女らの様子を見て、少女は近づいてくる。

「あれ、あんまりウケなかったな……この間会った人たちからはバカウケだったんだけど」

 全身を出したその少女は、12,3歳くらいだろうか。まだ幼い少女だったが、厚い上着を纏い、背中には大きなシャベルを背負っていた。また、少女の後ろの方には彼女の荷物であろう。これまた大きなボストンバックを引きずっていた。幼いわりに旅慣れた様子で、廃村の中明るく笑っていた。

「あなたは誰?」

 ルリが尋ねる。すると、少女は背筋を伸ばすと、指をそろえてびしっと敬礼した。そして口を開いて何かしゃべろうとしていたが、

「……な、なにしてたの……?」

 珍しくシナツが口を開き、自分から人にものを尋ねた。それを聞いて、少女は手を下ろす。

「んー、なにをしていたのかと言えばねー……」

 その声に少し憂いが生じる。そして踵を返して、元の家の裏側まで歩くと、ルリたちを手招きした。

「なんだろう」

『罠とかかな?』

「まあ、行ってみればわかるでしょ。クロはシナツと待ってて」

 クロと短い相談事を交わし結論を下すと、ルリは少女の手招きにしたがい、少女の傍に立った。

「これは?」

 そこに広がっていた光景の意味を、ルリは尋ねた。

 そこには、大小さまざまな石が点々と地面の上に積み重なっているような光景があった。積み石に法則性などは見受けられない。ただ、薄高く積み上げられているだけだ。それがいくつもある。

「あなたが作ったの?」

「これはね、お墓だよ」

「お墓?」

 目の前にある石は、ルリの知る墓の姿ではない。けれども、墓とは死者を弔うために造るものであり、またその標のことであろう。姿は大して問題ではない。大事なのは、生者が死者を弔おうとする意志である。例え死体がなくとも、それは墓となり得るだろう。

「そう、お墓。この積み石の一つ一つの下に、遺体が埋められてるんだ」

 少女が指差す方向を見ると、まだいくつかの死体が地面の上に転がっていた。

「なるほど」

 それを見てルリは納得した。いくら人がいないと思っていたとはいえ、その辺に人がいたくらいでシナツもあそこまで驚くことはあるまい。けれども、そこに死体があったとなれば話は全然違う。シナツが驚くのも無理からぬことだ。もしかすると、この少女が殺したのでは、とすら思ったのだろう。そう考えれば、シナツが珍しく自分から少女の行動について尋ねた理由もわかるというものである。

 死体をじっくりと観察してみる。夏にしては寒いけれども、それでも暖かくなってきたため腐敗も少し早くなるだろう。けれども、この死体の腐敗の様子は、死んでそれなりの時間が経っているように見える。おそらく、少女が殺したものではないだろう。

「それで、あなたはなんでここで墓を造っていたの?」

 そこの光景を見て、ルリは、今度はこのように尋ねた。

「なんでって、それはねー、わたしが墓守だからかな!兼旅人!」

 そう言うと、その少女は目の前に墓が広がるその場所で、眩しく笑って見せた。


 ルリたちは、今日はそこの廃村で野宿することにした。村で出会った少女も一緒だ。

 荷物からコンロを取り出し、鍋で拝借した食料や道中で獲った獲物を調理しながら折り畳みの椅子の上でルリは座り込む。

「おー、今日の缶詰はなんだろなー」

 その隣にシナツが座り、楽しみにしながら鍋の中を覗きこむ。その対角線上に少女が座っており、なにか恨めし気にこちらを見ながら、持参したのであろう水筒の中身をすすっている。その位置取りの意味は、単純にシナツがルリの近くにいたいという事もあるが、少女からできるだけ遠くに、より安心できる場所にいたいという事でもある。

『あの人、なんかこっち見てるよ……』

 そんな少女の視線を感じ、クロは居心地悪そうに丸くなっている。ルリもあからさまな少女の視線には流石に気付く。

「ねえ、何を見てるの?」

 そう尋ねると、その態度を隠そうともせずに少女は答えた。

「だってー、わたしの傍に誰も来ないんだよー?寂しいじゃん!わたしの隣に誰か来てよー!」

 拗ねたように、いや実際拗ねて少女は言う。

「まあ、名前も聞いていないのに、必要以上に親しくする必要はない」

「あ、そうだったー!まだ自己紹介してなかったー!」

 しまったというように、少女は頭を抱える。しかし、すぐに顔を上げると。立ち上がり、胸を張って口を開き、

「あ、あの……そのおっきなシャベル、カッコいいね」

 シナツが口をはさんだ。半年前なら確実に無かったであろうことだ。警戒している相手に声を掛けるというようなことは。あの集落の半年がシナツの対人交流能力の成長を促したのだろう。嬉しそうにクロが鳴き声を上げる。シャベルを指摘された少女は自分のことを警戒しているシナツからそんな言葉が来るとは思ってなかったのか、声が裏返り、驚いた顔をすると、一瞬固まり、次に目を輝かせて話し始めた。

「わかる!?このシャベル!この前すれ違った人からもらったんだけどね!?カッコいいし、可愛いでしょーっ!譲ってもらって本当に良かったよー……!」

 感極まったように話しながら、少女はシャベルを抱いてすりすりと頬を擦る。

「もともと持ってたやつは置いてきちゃったんだけどね、そもそもわたしのものでも無くて借りただけだったからさ。でもでも、やっぱり自前のシャベルが欲しくなってね!手に入れちゃったの!これ!使わないからって譲ってもらったけど、もったいないよね!こんな素晴らしいシャベル!かっこよくて可愛い、略してカッコ可愛い!さいこーっ!」

 機関銃のように話す少女の勢いについていけず、ルリとクロは呆けたようにその様をただ眺めていたが、ただ一人。

「その気持ち……わかる……わかるよ……!」

 なぜか気持ちがわかっているような人間がこの場にいた。彼女はいまだ警戒しているのか、すこしはにかみながら声を絞り出した。

「シナツもそういうの持ってる……!」

 少しずつ声を大きくしながらポケットをガサゴソと探り、何かを取り出す。それは、随分前にシナツが拾って、ルリがあげた瑠璃色の螺子だった。

「あ」

「これね、ルリがいらないってポイって捨てちゃったんだけど、これすごいんだよ……!持ってるとなんだかいい気持ちになるし、それに綺麗なの!シナツの宝物!」

 別に捨てたわけではないが、それを見て少し声が漏れたルリはこれ以上何も言うまいと口を押さえる。そんなルリの姿をクロは面白そうに見ている。

「おー、シナツちゃんっていうんだね!わたしの名前はサクラっていうんだ!よろしくね!」

「よろしくー!」

 遂に元気よく頷いて、サクラという少女が差し出した手をシナツが握った。今の一件でどうやらそうとう気を許したようだ。どこにそのような要素があったのかルリにはわからなかったが、クロの方を見るとあちらの猫もわかっていない様なので、これ以上気にするのはやめにした。

「シナツちゃん!君は本当にいいセンスを持っているよ!わたしと一緒に来るかい!?」

「それはやだ!」

「えー」

「でも、もっと話聞かせてー」

「いいともいいとも!いくらでも聞かせよう!さあ、どんなことを聞きたい?」

 そのようにして、シナツとサクラは調理ができるまで延々と話し続けた。


 シナツが眠りにつき、サクラもほぼ同時に眠りについた。先程まで彼女らの会話で騒がしかったこの場所も、人型機械と愛玩機械だけが残り、静けさがこの場を覆った。

「墓守、ねぇ」

 サクラの言葉を思い出して、ルリは呟く。

「クロは墓守についてどう思う?」

『あら、ルリが興味を持つなんて珍しい』

「うるさい」

『そもそも、墓守っていうのはお墓を造る人じゃなくて、お墓を守る人だ。ある程度修復とかすることはあっても、全然別物だね』

「なるほど……でも、墓という概念を守るという意味として、死者を弔い続けるというのもまた、墓守と言えるんじゃない?」

『屁理屈だけど、まあ、一理あるね。なんにせよ、サクラが墓守を名乗るのは勝手だよ。ただの呼称でしかないのだから、重要なのはすることだろう?』

「否定し始めたのはクロじゃなかったっけ?」

『ワタシは一般的な話をしただけさ』

「ああ言えばこう言う。っていうより、訊きたいことはそうじゃないんだよ」

『じゃあ、何が聞きたいの?」

「うーん、なんだろう……?」

 自分から話し始めたにもかかわらず、ルリは独りで考え込み始める。

「そうだなぁ、墓守っていうより、墓を造るという行動についてどう思う?」

『なるほどなるほど』

「サクラは赤の他人の墓を造っているらしいけど、なんでだろうね」

『うーん、見ず知らずのヒトの墓、か。サクラがどういう意味でそれをするかはさておき、墓というものはそもそも生き残った者の自己満足だ。それで死者がどうなるというものではないしね。古来からヒトは死者の弔いという行為を行ってきたようだけど、結局はそれも誰のためかと言えば生者のためだろう?』

「そう?それで死者の気持ちが安らぐとか、宗教観的にそう思ったからじゃない?」

『それもあるだろうね。でも結局、本当に死者が喜ぶかどうかはわからないだろ?それらはあくまで生者の想像の中でしかない。さらに言うなら、死者が苦しむとか未練を残して彷徨うというのも生者の想像でしかない。それを想ってしまう自分たちを慰める行為が弔いという行為に出ているのだと思うよ』

「長尺なこと話すなぁ」

『話し始めたのはルリじゃないか!』

 ルリの理不尽な評価に、クロは抗議の声を上げる。

『まあ、なにはともあれサクラの墓造りはサクラの自己満足かもしれないし、別の何かがあるかもしれないけど、それは訊いてみなくちゃわからないと思うよ。気になるなら聞いてみれば?』

「確かに……機会があれば尋ねてみようね」

 そんな考察をして、会話の幕が閉じた。


 翌朝ルリが目が覚めると、サクラはすでに目覚め、コンロを使って朝飯を作っていた。

「早起きだね」

 目覚めてからしばらく。完全に目を覚ましてからサクラに話しかける。

「おっはよーっ!今日はとってもいい天気だよーっ!」

 空を見上げると、底抜けに青い空が広がっており、誇張でもなんでもなく、とてもいい天気と言える空だった。サクラの声が昨日よりも明るく感じるのも恐らく気のせいではない。ただ、その大きな声でシナツが目覚めてしまわないかルリは少し心配にも思う。

 そんなルリの気持ちを読み取ったかのように、バサッと布を払いのける音が聞こえた。

「おはよーございまーすっ!!いま!目覚めました!」

 見ると、シナツが勢いよく飛び起きて、ルリの方向を見ている。

「すんすん、今日は朝からいつもよりいい匂いが……」

 起きるや否や、シナツは鼻をひくつかせてふらふらと匂いのもとへ歩いていく。

「あれ、今日は朝から豪華なごはん?」

 いつもは、朝飯は適当に缶詰や、パンがあればそのような主食を摂る。逆に言えばそんなものだ。定住していたころはそれなりに朝も食材を調理していたが、旅の間はあまり料理に力を入れていない。

「豪華、かはわからないけど、美味しいのは間違いない!わたし特製の鶏がらのスープです!おいしさには太鼓判を押します!遠慮なく!むしろ食べて!」

「おおぉ……」

 サクラの言葉と、同時に差し出されたスープにシナツの感嘆の声が漏れる。

『鶏がらって……どこから調達したんだろう?』

 いつのまにか隣にいたクロは、そんな無粋な質問をするが、ルリが黙殺したためそれはなかったことになった。その代償に、ルリの身体が傷つかない程度に軽く引っ掛かれる。

「ちなみに鶏がらと言ったけど、鶏ではなくその辺の野鳥だよ。取ってきた。味は問題ない!」

 すぐさま“鶏”の調達に関して回答されたので、ルリは完全に引っ掛かれ損だった。

 そんな言葉は聞かずに、シナツは今か今かと心待ちにしている。今にも食べたそうにしているが、いつもみんなと一緒に食べるのだ。ルリとしては別に先に食べててもいいのだが、シナツはどうしても一緒に食事を始めたいらしい。ルリに食事は必要ないが、有機物はエネルギー補給の資源となり得るので、その摂取が完全に無駄になるわけではない。経口摂取によるエネルギー補給の術も機械の身はしっかり取り揃えている。

「いただきます!」

 サクラは手を合わせて食事を始めた。シナツもそれと一緒に食べ始めたものの、すぐにその顔に疑問の表情が浮かんだ。

「サクラ、なんで手合わせたの?」

『そういえば、ルリって作法とかほとんど知らないよね』

 シナツがそれを疑問に思った理由は一つ。いままでそれを教えてもらわなかったからだ。単に必要ないという事もあったが、ルリがそれを記録していなかったという理由もある。

「えー、手を合わせた理由……?思えば、なんで手を合わせるんだろうね?」

 それを聞いて、サクラの顔にも不思議そうな色が浮かぶ。

「サクラも知らないの?じゃあ、ルリは」

「いや、私は知らない」

『ちなみにワタシも』

 ルリに話が振られるや否や、彼女は即答する。誰も聞いてはいないがクロも一緒に答えた。どうやら、この場の誰も手を合わせる理由を知らないようだ。

「ふーむ、手を合わせるのは、いろんなときにするよね」

 サクラが難しそうな顔をして、食事を続けながら考える。スプーンを咥えこむと、目を瞑ってしばし黙考。目を開けると、話し始めた。

「神への祈り、死者への黙祷。別にそうじゃなくても、謝る時も手を合わせる。手を合わせるというのはたぶん願いを、想いを乗っけるということなんじゃないかな」

 そう答えたサクラの顔は、いつもの笑顔ではなくて、どことなく儚い笑みだった。

「ま、特に深い考えなんかなくて、習慣かな!ずっと前からやってるからやるだけで、大した意味なんてないよ!」

 そう言ったときにはすでに元の笑顔に戻っていて、美味しそうに自分の作ったスープを口に運んでいた。


「そう言えば、サクラはこれからどうするの?」

 食器を片付け、そろそろ旅立つ準備をしていると、ルリが尋ねた。

「うーん、東に西に、気の向くままにー」

「いや、冗談とかじゃなくて」

 シナツが懐いた人間である。その動向が少し気にならなくもない。

「冗談ではないよ」

 明るく笑いながらサクラは答えた。

「わたしは墓守で、旅人だから。ただ流離いながら名も知れない死者を埋めて、この世界を見るのが目的。だから、どこかふらふらと歩き回るかなぁ」

 言っていることは冗談めいているが、本人はいたって真面目にそう言った。

『このご時世に幼い子が独りで旅するなんて、すごいというかなんというか、ねー』

「ふーん」

「……えっ!?」

 クロが複雑そうな声色で呟き、ルリが適当に相槌を打つ傍ら、シナツが驚いた声を上げた。話の後半からクロのすぐ後ろで盗み聞いていたのだ。

「うん、どうしたの?」

 シナツの驚いた声に、ルリがそれを尋ねた。

「だ、だって、サクラ、もうお別れなの……?」

 どうやら、てっきりこの旅にサクラも同行すると思っていたようだ。少し考えればわかることではあるが、シナツほどの歳の子ではそこまで考えが至らなかったのだろう。ルリはなおも不思議そうな顔をしていたが、クロとルリはその気持ちを理解した。

「あ、うん、目的地も違うだろうしね、ここでお別れかなって」

 サクラがシナツに向かってそう話す。しかし、シナツはそれを聞いて勢いよく首を振り、一緒にいたいと訴えた。

「珍しいね、シナツが駄々をこねるなんて」

『確かに珍しいけど……よく考えたらシナツはたぶん5、6歳だよ?むしろ今までがおとなしすぎたんじゃない?」

「そう言えば確かに」

 シナツが滅多に手のかからない子であるので、あまり意識していなかったが、よく考えたら年の割に非常におとなしい気もしなくもない。

『まあ、もうちょいよく考えたら、今までそこまでするくらい欲しくて、かつ手に入らないものってのがなかったのかも』

「うん?」

『いや、だってさ、そもそもあまり欲しがることもなかったし、たまに欲しがるものもそんなに入手大変じゃないからあげてきたし。シナツが一番懐いていたコハクとの別れも、旅っていう餌があったし、シナツはコハクの結末も知らないしね。気に入った人との純粋な別れっていうのはこれが初めてな気なのかもしれないね』

「なるほどー」

 二人の機械がこっそり考察を続ける間も、シナツの我儘は続いている。サクラも強く言い切れず、悩んだ表情になっていた。

 それを見て、ルリが口を開く。

「うーん、じゃあ、一緒にいくか」

「え!?いいの!?」

 泣きそうな顔をしていたシナツの顔が一気に華やぐ。

「え、いいの!?」

 悩んだ顔をしていたサクラも、シナツと同じ言葉を同じように放つ。

「いや、私たちも目的なんてないしね。一緒に行こうか」

 その言葉を聞いて、サクラは勢いよく頷きかけ、すぐに表情を戻すと今度は消沈した顔になる。

「でも、わたしは遺体を埋めて歩いていくから……その……」

「その?」

 言い淀むサクラに、ルリは続きを促す。

「その……たくさん人間の……死を見ることになる……と思うから……」

「?はあ、そうなんだ」

 ルリにはサクラが言いづらそうに言葉を紡いでいくのが分からず、首をかしげる。ルリにとってヒトの死は身近なものだ。少し前までヒトをこの手で殺していたような気がする。その時の記憶は虫食いだらけで、なんでそんなことをやっていたのかももう覚えていないが。

『たぶん、人の死に関わるからじゃないかな。人っていうのは、いや、人じゃなくても同種の消失や破滅、いわゆる死を忌避するだろう?』

「あー、なるほどー」

 ヒトの感情に詳しい愛玩機械のフォローによって、鈍い人型機械はようやっと得心した。

「大丈夫大丈夫、そんなこと、あんまり気にならないしね」

 サクラの言わんとしていることを理解したルリが、さらに付け加える。

「それに、私たちにとってはシナツが泣いている方が嫌なことだから、一緒に行こう」

「いいんですか?」

 サクラは表情を何とか押し隠そうとしているが、口角が上がってしまうのを隠しきれていない。内心期待に満ち満ちているだろう。

「いいよ」

「じゃあ、一緒に行く!行きます!行こう!」

 食い気味でサクラが歓声を上げた。ついでにシナツもその声に反応して歓声を上げた。

『おお、シナツの喜びよう。いいねいいね』

 そんな彼女らをみてクロも嬉しそうに尻尾を揺らした。

「じゃ、さっそく出発しようか」

 ひたすら歓声をあげている少女たちを催促するように、ルリは声を掛けた。

 一人、サクラという同行者を加えて、新たな旅路が幕を開けた。


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