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 CC-09は任務を終え、次の任務もしばらくなく、久しぶりに帰投することになった。

 初めての任務以降、彼女は成功を重ね、その成果を評価されてさらにいくつもの任務に就いている。何度も敵地へ赴き、そこで情報を仕入れ、要人を殺し、時には兵士でもない人への拷問まがいなこともし、その敵に対して致命的な破壊工作も行った。

 何度も任務をこなし、敵地から敵地へと飛び、基地へはほとんど戻ってこなかった。初任務の成功時からずっと、CC-09は優秀な潜入機械だった。

 久々の休息を得て、CC-09はほっと息を吐きながら、帰る手段を考える。機械の身にも休息が不要なわけではない。CC-09は体内で金属や表皮の樹脂を合成し、ある程度の修復をする機能がある。機械に限らず、物体が動くと大なり小なり何かしらのダメージを受けるものだ。休息をとることで運動に使うエネルギーを物質生成に割き、身体の修復を促進させることができる。また、精神的な安定性を得るためにも休息は必要不可欠だ。ヒトの精神構造を模した機械の心は、同じように負荷がかかり続けるといずれ壊れる。

「ふー、帰ろっか」

 CC-09が帰る場所、CC-09の帰属意識は己が誕生したところにある。ほんの数時間しか過ごさなかったが、なんとなくそこを想うと懐かしい気持ちになる。そこで心に浮かぶのは、誕生時に一緒にいた、もう一人の機体のことである。

「帰ろうかー」

 もう一度呟いて、CC-09は歩き出した。


 数日後。

 他者に自身の足跡が辿れないように、船や航空機、徒歩、電車を用いて、CC-09は己の生まれた基地に辿り着いた。まだその建物は遠く、小さいものではあるが、彼女は帰る場所に帰ってきたという実感を得た。

 その基地は広い面積の土地を有しており、その中の一部は林や滑走路になっている。海にも面しており、そこはまさしく、軍事基地といった風貌だった。今は隠れているのか、その姿を目にすることはないが、どこかには最新鋭の戦闘機や軍用機械がひしめいているのだろう。

「久しぶり」

 なんとなく呟きながら、歩いて向かう。バスや車で入ることもできるが、CC-09の任務特性上、自身の属する基地の中に入るような姿の記録を残すのは避けたい。例え敵地でなくとも、常に警戒するに越したことはない。

「あ、ここじゃないや」

 のんびりと歩いていると、いつのまにか基地のゲートに辿り着いていた。けれども、CC-09は正面ゲートからは入らず、回り道をする。正面ゲートは基本的に量産機やヒトの入り口だ。CC-09のような少し上位の部類に入る機械はその技術や存在そのものを秘匿するため、入り口は別の場所にある。その入り口は巧妙に隠されており、それはどこにでもある建物だが、対象の機種やヒトが中に入ると、基地への直通ルートが展開される。

 辿り着いたと思ったところで回り道をする羽目になったが、問題ない。度重なる任務で帰投の記録を忘れていたが、正面ゲートで思い出す仕様になっていた。なので、むしろ自然な流れともいえるだろう。

 そうして、ようやくCC-09はようやく基地の中へ入った。

 ただの道に見える基地内の廊下も、簡単には見つけられない様々なところにセンサーがあり、随時身体検査や行動記録、すこしでも怪しい行動があればその過去を洗い出し、場合によっては排除するという機能を持っている。

 この基地そのものが高度な知能を有しており、常に思考し、世界に広がるほかの基地と相互に情報を交換しているのだ。

『おかえりなさい、CC-09』

 アナウンスで、帰投したCC-09を歓迎する言葉が鳴り響く。

「ただいま」

 CC-09もフランクに返すと、

『お久しぶりですね。久々の休息でしょう。ゆっくりと体を休ませてくださいね』

 それなりにフランクな雰囲気でその声も返してくれた。

 帰ってきたところで、CC-09に特にやりたいことはなかったが、とにかくゆっくりとした休息を得るために、あらかじめ与えられた部屋へ向かう。普通機械に個室など与えられないのだが、CC-09の成績がいためか、よりよい結果を今後も残せるようにという配慮か、彼女には個室が与えられていた。とはいえ、ほとんど帰らないCC-09にはその個室も宝の持ち腐れではあるが、今回のようにたまの帰投において、役立つだろうとCC-09は甘受していた。

 カツ、カツとブーツが床にあたり、静かな廊下に音が響く。

 静かな廊下に響く足音で、さらにその静けさを意識していると、そういえば、あの少し騒々しい、綺麗な翅をもつ藍色の瞳の少女は何しているのだろうかなどとふと頭に浮かぶ。PS-14。彼女もCC-09と同じように、どこかの任務に就いているのだろうか。

 辿り着いた部屋の前で、彼女はドアノブに手をかけた。

「……!」

 そこで、敏感なCC-09の感覚器が、扉の向こうに何者かの存在を感知した。遮断性の高い扉の向こう側はどうなっているか見えないが、確かにその気配を感じた。

 警戒して、CC-09は金属腕を展開する。危険人物であれば、この場所そのものが排除にかかるが、CC-09の考える危険人物と基地が考える危険人物が異なる可能性は大いにあり得る。

 片腕は銃に変形させ、もう片方はノブを回す。そして、思い切り扉を開け放ち、銃口を向けた。

「何者?」

 冷静な口調な割に、物騒なものを向けながら覗いた扉の向こう側には、

「……あ、バレた」

 一人用の部屋にしては大きいCC-09の部屋に、脚立を持ち込んで背伸びをして何やらしている者が一人。だが、その者は決して知らない存在ではなく、むしろCC-09が気にかけていた、

「何してるの、PS-14」

 蝶の翅を持ち、藍色の瞳の少女の形をした機械が、そこでなにやらがさごそとやっていた。

「え、えーっと……」

 PS-14は目を泳がすと、しばらく考え込み、

「よ、よし!撤退だ!逃げろーっ!」

『今撤退すれば、ここの飾り付けがバレますよ?ここまで来たら強行突破した方がいいでしょう』

 PS-14だけでなく、この基地のAIによるアナウンスも聞こえた。

「た、確かに……よし、それでいこう、スズ!いくよー!」

 よくわからないままに始まったPS-14の掛け声に合わせ、基地のAIのアナウンスも同時に声を上げた。

「おかえりなさい、ルリー!」

『おかえりなさい、ルリ』

 突然の出来事に、CC-09は驚くが、それをおくびにも出さず、

「……ルリってだれ?」

 聞き慣れない言葉の意味を尋ねた。


 CC-09は別に怒っていたわけではないが、なぜかPS-14は目の前で正座して俯いて反省したような雰囲気を醸している。

「最初からだけど、本当に何をしているの?」

 一応、PS-14と基地AIから事の顛末を聞きはした。どうやら、久々のCCー09の帰投に、まずはCC-14が歓迎会を開こうと画策したようだ。その許可を基地AIに求めたところ、許可が出たところか、むしろノリノリで話に乗っかったらしい。それでCC-09の部屋を飾りつけしようとしていたのだが、思いのほか時間がかかってこのような状況になったとのことだ。

「いやー、盛大にパーティーをしたくてねー。ほかのみんなも誘ったんだけど、あまり集まらなかったんだよねー」

『それは単に、物理的にこの部屋に入れないような軍用機械ばかりを誘ったからではないですか?』

「それは確かに!」

 雰囲気だけは反省している風なのに、その声には全く反省している様子はない。ちなみに、この基地内には確かに巨大な軍用機が多いものの、CC-09やPS-14と同じくらいの大きさの機体もいる。とはいえ、そういった機体は特殊な任務を帯びていることが多く、一癖も二癖もあるような機体が多い。彼らもPS-14は誘ったのであろうが、変な理由でもつけて断ったのではないだろうか。

「ま、まあ、いいけど」

 PS-14だけでなく、基地AIの言葉もあって、CC-09はそのことについてのこれ以上の追求は諦める。事の顛末もわかったし、基地AIも承諾した件だ。これ以上話す必要がない。

「あとあと、名前!思いついたから聞いて聞いて!」

 CC-09の言葉に割り込むように、PS-14は手を上げて自己主張をする。

「それで、名前って」

「ルリ!」

 完全にCC-09の言葉を遮って、先ほども聞いた、聞き慣れない言葉を発する。

「ルリ?」

「うん、ルリ!それが名前!」

 CC-09のオウム返しに、PS-14が勢いよく答える。

「いやね、でもルリが帰ってきてくれてよかったよー!」

 満面に笑みを浮かべながら、言い放つPS-14。

『ルリなら問題ないと言ったでしょう?』

「まあ、そうだけどさ」

『ルリほどの機体なら、課した任務程度難なくこなせるはずですよ』

「でも、心配なのは心配だよー」

 PS-14の心配も、分からなくはない。事実、軍用機の多くの寿命はそれほど長くない。技術を進歩させるのは相手側も同じだ。むしろ、CC-09のような機体ならば、情報を盗むために潜り込んだものの、予想よりはるかに上回る技術力で特定されて、その場で捕獲、廃棄や解体されることも少なくない。CC-09と同じくらい、もしくはそれ以降に造られた機体の中でも、既にそのようにして消息不明になった機体も多い。

 もちろん、CC-09もそのような結末を迎えたくないため、細心の注意を払っているものの、いつ壊されても全くおかしくない。未だ生き残っているのは、確かに優秀であることもあるが、運がよかったこともある。そんな「長生き」のCC-09は、この基地生まれの機体でも、ある種古参であり、ある程度特別に扱われる理由もそのようなところにあった。

 PS-14も、口では冗談めかして言っているものの、内心ではそれなりに本気で心配していたのだろう。

「あ、ちなみにちなみに、由来はねー、ルリの腕。瑠璃色の螺子が留めてるでしょ?あの色がとっても映えてね!気に入っちゃった!」

「ルリ、ルリねぇ」

『何か問題でも?』

 いい慣れない言葉を舌で転がすCC-09に、基地AIが尋ねる。

「まあ、そういうわけではないけど、単純に慣れなくてね」

『あ、それからわたくしも、スズという名を貰いました。ぜひ呼んでくださいね』

 基地AIさえも、もらった名を名乗るらしい。基地AIは、世界を覆うネットワークの一部を担うほどの管理知能であり、今の世をコントロールするAIの一部と言っても間違いではない。そんな存在に影響を与えたという事自体に対して、CC-09は戦慄を覚えた。

「スズ、スズねぇ」

 先ほど己に与えられた名前と同様に、基地AIの名前も口に含む。

「それから最後ぉっ!私の名前!私はー、アサギ!よろしくぅっ!」

 今までよりもテンション高めでPS-14は話す。

 これでPS-14が名付けた名前がすべて出揃った。

「これは何でなのかと言いますと!私の翅はアサギ色をしているのですよ!ゆえにアサギ!蝶にもそういう種がいるしね!ちなみにスズは、響きがよかったからだよー」

『適当ですね』

 ルリ、スズ、アサギ。

 どれも色や響きで適当に名付けただけの名前だ。意味なんてほとんどない。

「私はルリ、あなたはスズ。PS-14はアサギ」

 確認するかのように、CC-09はもう一度口に出した。

『いい名前ですね、適当ですけど』

「適当とはなんだ、適当とは!」

『事実ですよ』

「ルリが帰ってくるまで温めておいた名前だよ!?そ、そんなことはない、はず……!」

 そんなコントめいたやり取りをする機械たちを見て、CC-09の口から知らず笑みが零れた。

「いいね、私はルリだ」

 その声を聞いて、言い合っていた一人と一台は、ぴたりと言い合いを止め、その一人は代わりに嬉しそうな表情を浮かべた。一台の方は表情が見えない代わりに、静かに声を上げて笑っていた。

 その時から、CC-09は、“ルリ”になった。


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