血の匂いよりこの家の匂いが嫌い
投稿時間をまた遅い時間帯にもどします。
夜のほうが捗るので。
玄関の鍵穴に血を浴び臓物を啜る経験を得ていつもよりもワイルドになった鍵を差し込む。そして玄関のドアを開き帰りたくもない家の中へと入り、私は一息つくため玄関ホールに座りながら靴を脱ぐ。足が鉛の様に重くてもたつく。…ふぅ。
(あーくっそ。)
私がもたついてる間に、この家の家主がリビングからこちらに向かうのが能力で分かってしまう。
足音から私の背後に立ち止まった事が分かる。私の【マッピング】は常時発動している為、常に頭の中に情報が流れてくるが流石に疲れているから見る気がおきない。
「こんな時間まで何していたんだ。」
強い口調を使う時は怒っているときだ。時刻は現在、夜10時を回っている。
(てめーが一生愛するって誓った元妻の仇討ちをしてたんだよ。労いの言葉をかけて欲しい。)
「バイトの面接に行ったら、そのまま仕事の体験させられてて遅くなったんだよ。」
「バイト?そんなの聞いてないぞ。」
私達親子は、大抵は一言二言で会話が終わるのだが、お互いに譲れない場合に限りぶつかり合う。どのくらいかと言うと、相撲部屋のぶつかり稽古並みにぶつかり合う。本音と本音のぶつかり合い。しかし今回はこちらが不利であり、しかも疲れているのでぶつかり稽古を避けたい。ぶつけるのもぶつかるのも体力を使うのだ。お相撲さんすごいや。
「まさか受かるとは思ってなかったし、探してる途中だったからこっちも想定外。」
私は靴を脱ぎ終え自分の部屋に向かおうとする。
「ご飯は?」
私達は顔を合わせずにすれ違う。
「バイト先で賄い料理出たからいらなーい。」
みんなも経験あると思うが、浴槽に漂う髪の毛を手で掬おうとしても水流ですり抜けて浴槽の底に消える経験が。まさに今の私は髪の毛と同じ。ユラユラと流れるのだ。
重い足を上げながら階段を上り、会話を終わらせようとするが下から声がかかる。
「次からは遅くなる時は連絡するように。」
「はーい。」
私は生まれながら父に対しては反抗期なので、必要以上の接触は避ける。
まだ何か言っていたが私は自室というセーフティエリアに入り完全に無視することにした。
「はああああああぁぁ…」
クソデカため息をかまして頭を冷やす。〈地図〉でリビングに戻ったことを確認。
あれが父なりの愛情表現なのは知っている。私が小さい頃から懐いてないこともあの人達に対しても懐いてないことも父は知っている。
私は小さい頃からお母さんにべったりだった。父はいつも仕事で帰りが遅く、何日も家を空けることも日常茶飯事だった。お母さんは私にお父さんはお仕事で忙しいのよと言っていたが、父とお母さんとの関係は冷めきっていたことは知っていた。両親が仲が悪いという事はそれだけで子供にとってはストレスになる。お母さんを避ける父を私は好きにはなれなかった。
そしてその親子の仲を完全に断ち切ったあの事件。
お母さんは一人で家に居た時に、あの赤い○が家の中に入ってきた。私は小学校で授業を受けており、〈地図〉で家の様子を見ていた。1時間ぐらい経過した時、お母さんの青い○がお母さんの形に変わって私は混乱した。今まで人の死を見た事がなかった。私は何が起こったか分からず、灰色になったままピクリとも動かないお母さんを私は見続けていた。
私は急いで家に帰宅すると、家の前に警察や消防車が停まっており家の中には入らせてもらえなかった。そこにお母さんが居ることは分かっていた!犯人の存在を話そうとしたが誰も聞いてくれなかった。
父が慌てて帰宅した時にはお母さんは連れて行かれて、直接お母さんをこの目で見る事が叶わなかった。どういう話し合いがあったかすら私には教えてもらえず、偶にしか家に居ない父が仕切り始め私は数週間の間、親戚の家に預けられることになった。
親戚連中から様々な憶測、励ましと憐れみの言葉を浴びせかけられながら私はずっと〈地図〉で家の様子を見続けていた。
やっと家に帰ることが叶い、父が家に居ることは分かっていたので私はお母さんの事を聞き出そうとした。父は私を客間に呼んだ。そこには骨だけになり骨壷に収まったお母さんが置かれていて、私はお母さんとの久しぶりの再会を果たした。
その時の事を良く憶えてる。父は言った。お母さんの事は残念だった。天国でお前のことを見守っているよと。
左手に力が入る。
そこで気付いた。私は父に名前を呼んでもらったことが無いことに。
無意識的に左手が銃を持つ形になる。
お母さんが死んでから半年後、父は私に紹介したい人が居ると言った。嫌な予感がした。玄関の外に○が重なって2重になった青い2重○が見えた。これは妊婦に見られる表示だと知っていた。
この人がお前の新しいお母さんだよと笑顔で言って、お腹が大きくひと目で赤ちゃんが居ることが分かる笑顔の女性を紹介された。
理解した。父が家を頻繁に空けて帰らない理由を。
ーーーカチリと鳴らないハンマーを起こす。
あの時の私はどんな顔をしていたか思い出せないが、あの人達がその時の私の顔を見た表情は憶えてる。可愛げのない思い通りにいかないガキに向けるあの顔を。
気付くと銃を握っていた。銃口は下に向いてる。その銃口の軌道の先には父とあの人が居る。
………………………………ふーーーー。お風呂に手伝ってもらいこの汗を脱ぎたい。
私は着替えを用意し浴室に向かう。
脱いだ物を入れ洗濯機を回す。私は直ぐ様にシャワーを浴び汗や埃を落とす。
シャワーを浴びて気分を切り替えようとした瞬間、本当に切り替わる。身体から滴り落ちるお湯に血の色が混ざってにごり湯になる。
直接血を浴びたつもりは無かったけど、鍵を見つける際に手に付着してしまった残りとか髪に付着していた血飛沫が付いていたのだろう。殺意と一緒にシャワーで洗い流される。
温められた血はどんどん匂いが香り立ち、浴室を血の匂いで染める。あの人達と今日の出来事。どちらを考えたらいいのか。今の私には判断がつかなかった。
シャワーを終わらせて身支度を整えてからベッドに顔から倒れ込む。洗濯は干した。制服は掛けた。スマホも充電した。後は寝るだけだ。
(…寝れるかな。)
明日は体育があるから早く眠りたい。仰向けになり目を瞑る。血の匂いが鼻の奥に残っている気がする。連想するのはアイツの死。
気分を落ち着けるために深呼吸をする。しかし、こびり付いてるのか血の匂いを感じる。
いつもは他人の家の匂いがして居心地が悪く感じるけど、ここに居てこの家の匂いがしないのは久しぶりだ。
もうこの家の匂いはあの人達の臭いだから。それならこの血の匂いも悪くないなと考えていたら、私はいつの間にか眠りについていた。
翌朝もいつも通りごはんを胃袋に入れる早朝バイトに勤しんでいたら、朝のニュースが目に止まった。
「昨夜21時頃、ビルの火災があり消火活動を始めて2時間後に消し止められましたが、建物内部から複数の遺体が発見され警察は身元の確認急いでおり、事件性の有無や出火の原因なども調べて」
そうかアイツは死んだのか。ーーー当たり前だ。昨日私が殺したから。仇討ちは終わった。もう探す対象は居ない。
あれ?ご飯が美味い…昨日食べていなかったからなのか、それともアイツがこの世に居ないからなのか。
私が初めてご飯のおかわりをしたので父とあの人は驚いていた。
登校中、何かの重りが外れたかのように心が軽くなっている事に気が付いた。それでも足取りは重たい。…体育嫌だな。
そして普通に授業を終えて下校する。今日の体育はそこまで悪くはなかった。今日一日何しようか悩む。もう探す必要が無い。私の予定はそこにしか無かった為に時間を持て余す。
もしかしたら…もしかしたらだ。私は自由なのか?自由が無かった訳ではない。自分で選んだ道だった。後悔は無い。しかし、今考えると私には復讐しか無かったなと己の人生を振り返る。
幸せに生きることはいけないことだと思っていた。お母さんの事を忘れて日常を過ごすという事は父と同類になることだと考えてたから。
普通に生きることをお母さんは許してくれるだろうか。許されるなら。もし、そうなら私は、平穏に過ごしたい。殺した殺されたという日常は疲れるだけだと学んだ。
(いつかあの家を出て世界を見て回ろう。)
そうだ。それが良い。私は新しい生き方と目標を掲げながら帰宅している途中、先生とのパスから連絡が入る。
『聞こえるか?報告がある 時間は取れるか?』
(はい!聞こえております先生!少しお待ち下さい!)
私は念の為に橋の下の河川敷まで移動し、誰にも見られない位置に移動する。
『昨日はおつかれだった 体調は大丈夫か?』
(はい!先生のおかげさまで五体満足です!)
『ーーーそうか 昨日は見事だった 現場の後処理の判断も大変良かった』
(…ありがとうございます。)
私は先生に褒められた昨日の後処理を思い出す。
アイツを殺した後、私は血の池から鍵を探すことから始めた。私の〈地図〉は液体を映さない。だから血の中から鍵を見つけるの容易だった。そして動画を消そうとモニターの前まで来たが、ビデオカメラの使い方が分からず、物理的に消す方法を取ることにした。
タバコの吸い殻からライターの存在に気付いた私は、カメラと念の為モニターを4階に運びそれを叩きつける。
そしてこの廃ビルには生きている人間は私しか居ないので大丈夫やろと全てを燃やすことにした。
…まあ、待って欲しい。この時の私はイカれたし、この方法のメリットが3つある。私の大好きな3つも理由あれば意見が通るやろという考え方だ。
1つ目は証拠隠滅。私が居た痕跡は消えてほしい。これは切実に。
2つ目は被害者達の尊厳だ。あの状態で遺族や大切な人の元に行くのは可愛いそうだ。遺族側も変わり果てた家族を見るのは辛い。…私もそうだった。例え骨だけになってしまっても私は彼女達の尊厳を優先した。
3つ目は明日は体育があるから早く眠りたい。高校の体育というのはカスだ。ペアを作って準備運動をしないといけなくて精神的苦痛がスゴい。これを3つ目に置くと上の2つは建前で述べただけじゃないかと責られそうだが断じて違う。ただただ面倒くさかっただけなのだ。燃やすのが手っ取り早い。
私は一階に下り、ダンボールと書類の束をコンセントの近くにばら撒きライターで火を付けて廃ビルを後にした。電気が通っていて人の管理が行き届いていない廃ビル。いつ火事が起きても不思議じゃないだろう。
そして階層の改装の回想を終わり現在に至る。
『報告の前に謝っておかねばならない 悪いがキミの事はある程度調べさせてもらった イトウミヨの家族構成や所在地は勿論 その他諸々』
(いえ、大丈夫です。調べられて困る事なら昨日の出来事ですから。)
『フフ確かに 報告というのはキミが仇だと言っていた男の事だ オカアサン?のだったかな』
(何か分かったのですか?)
『結論から言うとアノ男はキミのオカアサンの仇では無い 名前はワタナベヨウジ 出生はキュウシュウの出で199…』
私は途中から話の内容が入ってこなかった。お母さんの仇が、アイツじゃない?なら、わ、たし、は仇を討てていな…い、私のナニかがゲシュタルト崩壊を起こし胃が絞られるような感覚を覚え全てをぶち撒ける。嗚咽が止まらずに立っていられなくなり、よつん這いで胃液も全て地面に溢す。
『…以上の点から彼はキミとは何も接点の無い能力者だったという訳だ …大丈夫か?』
(…ハァ゛イ゛ダイジョウブデス。)
『ーーー報告はまだある 報告というより契約の話だ ワタシはキミに仇討ちの手段として能力を貸すと持ち掛けた まだ契約は継続されている そうだろう?』
私はハッと顔を上げる。その通りだ。まだ終わっていない。お母さんの仇討ちは、私の復讐は終わってない!全身に力を漲らせ立ち上がる。
(はい。まだ継続されています。私の復讐は終わっていません!)
『ミヨよ ワタシはこれからもサポートを続ける そしてキミは私の手伝いをする この関係性は変わらない 途中で契約破棄も許されない』
私はコクと頷く。
(その手伝いとは具体的に何をすれば?)
『手伝いというのは実はもうしてもらってる 【ユニゾン】でワタシがキミに【再現】を与えたようにキミもワタシに【マッピング】を与えてる パスを通じて能力を貸し与える これが【ユニゾン】だ』
私が前に聞きたかった内容だ。
『そして昨日の対象の殺害 コレもキミにしてもらった手伝いだ』
ゴクリと酸味がする唾液を飲むこむ。
『そしてこれからキミにしてもらいたい事は ワタシが所属している組織に入り その組織から指定された人物の殺害を行う事 つまりヒットマンとして殺し専門の能力者として所属してもらう その理由はこの世界に平穏を与える事 その為に平穏を乱す要因になる能力者の抹殺だ』
私の頭に雷が落ち、身体に電気が走ったかのように震える。
ヒットマン…言葉には出せないがなってみたい職業ナンバーワン(自社調べ)。
これは、アレだ。デブに豚トリプル全マシマシカラメカタメ汁無し生卵を食べろ。そしたら世界が平和になる。と言うのと同じ意味だ。食いつかない訳がない。
(…やります。それでこの世界に平穏を与えられるなら…!)
まるで殺しは嫌々だけど世界の為なら仕方ないよね感を醸し出しつつも、先生との契約の為なら私、頑張ります。を演出する。
『ミヨ キミならそう言ってくれると信じていた』
先生の信用を勝ち取る事に成功した私は心の中でガッツポーズを決め無言になる。そして名前呼び。良い…
『コンシュウのドヨウビに指定する場所まで来てくれ 組織には話を通しておく』
私の幸せなドリームライフが待っている。ヒットマンとして世界の闇にこの身を置く事になったとしても、私は先生と世界の為に奮闘していくのだ!素晴らしい!ありがとうございます神様!てめーは私の事が嫌いなんだと思ってたけど、実は愛してくれてたのね!ワーイワーイ!
そしてだ!!!必ず必ず必ず必ず必ず必ずお母さんを殺したクソヤローに復讐を果たし!!!!私は平穏を手に入れる!!!!!
『そこでキミには組織に入る為の面接を受けてもらいたい』
「面接?」
第一部 完!
ここで一応終わりなんですが、能力やこの世界についてもう少し書きたいので先生視点の話を1話書こうと思います。
第2部に進むにあたって読者に情報を渡してスムーズにストーリーを展開する思惑があったりなかったり。
ここまで読んでいただきありがとうございました。