異常事態
先生視点の追加情報です。
『ここが虫共の巣か…』
中国の南部郊外にぽつんと建っている食肉加工場。その実態は能力者の実験、研究を行なう世界のゴミが集まる掃き溜めだ。こういう所は燃やしたほうが良い。
“オリオン”を使って得た情報では能力者開発機構の本部も地下に存在しているとの事。まだ確証はないが人間の行き交い、トラックの荷物を【探求】で確認したらほぼ黒だと分かった。
トラックに積まれて運ばれていたのは能力者の一部、つまり脳だった。それが毎日のように納入されたり出荷されたりしている。
『…虫以下の屑共が』
こいつらが調べた研究の資料は出来るなら確保したい。この国のやつらがどこまで能力者の研究が進めているのか確認しておきたいが……。“組織”とは別の方向性で研究を行なっていると風の噂で聞いたからな。研究内容によっては破棄か回収を選ぶ。
《ヨシ…私のベルガー粒子が奥の方まで向かっているな》
私のベルガー粒子を纏わせたトラックの荷物が地下の方まで運ばれた影響で巣穴のマッピングが進んでいる。暫く様子見しつつ研究資料のある場所を突き止められればほとんど任務は成功したとみて良いだろう。
《ーーーん?ミヨとのパスに何か雑音のようなものが混じっている…これはまさか別のパスか?》
パスの存在を知っている者がミヨに接触を図っている?いや、違うな…これはミヨの方からパスを繋いでいるのか?
《どういう状況なんだ!?》
【探求】でミヨの周りを視認しようとしたが全く何も視えない…パスを通じて情報を得たがまさかミヨの周りの空間が歪んでいる?本当にどういう状況なんだ?
そっちにワタシの意識を送って軌道を再現しようとしても空間が不安定なあまり上手く身体を構築出来ない。ミヨ自身の軌道を読み取れないからだ。それ程までにミヨの周りが不安定でベルガー粒子の操作すら難しい状況になっている。
情報を得ようとこれ以上彼女とのパスを強く繋げてしまうとミヨとパスを繋いでいる第三者にワタシの情報が流れてしまう可能性がある。もしそうなったら最悪の事態に発展してしまう……しかしミヨもそれが分かっているはずだ。彼女は決してワタシの情報を外に漏らさないように行動している。
彼女の能力ならパスを通じてワタシの正体を探る事が可能なのに絶対にしない。その兆候も意思も感じない。ワタシはパスを通じてミヨの情報を得る時があるが逆は今まで一度も無かった。それほど徹底してワタシを探ろうとはしていない。だから信頼を置いている……信頼はな。
残念な事に信用は…現段階では難しいと言っていいだろう。何故なら彼女は優秀なのに予測不能で問題児だからだ。
実際、今の状況は理解不能で何が何だか意味不明だ。ミヨにパスの繋げ方を教えた記憶が無い。もしかしたら向こうからパスを繋げてきたかもしれないが、彼女はそれを許さないだろう。ワタシに降りかかる火の粉を見逃す程ミヨは甘くもなければ愚かでも無い。
《いや…時折愚かとも思える行動を取る子だったなミヨは》
はっきり言うと信用しきれない所があるのがミヨだ。あの驚異的な成長速度で拡張される能力…ミヨ自身ですら予測不能なレベルで自分の能力を御しきれていない。だから傍から見ているワタシですらハラハラとしてしまう。何故あんなに不安定な成長を遂げるんだ?
いや、まさか…そんな事があるのか?
そこである一つの考えが浮かんだ。予測不能の原因は私達ですら見逃している要因があるからではないのか?例えば彼女の能力【探求】についてだ。探知系能力と捉えていたが、まだ理解不足だったか?今まで非接触型探知系能力がこの世界に存在していなかったから私達が持っている情報では正確に能力を認識しきれていない?
能力者と無能力者の判別やマッピングが主な内容だと思い込んでいたがあのミヨだ。まだ他に能力を残している可能性がある。しかも本人が気付いていない…いや気付けないレベルのとんでもない能力が。…ただの杞憂であればどんなに良いものか。
死神が伊藤美世の能力は未だに全容を見せていない事に気づき始めた時、パスを通じて衝撃的な情報を受け取った。美世が【探求】と死神の能力以外の能力を行使し新たな能力を開花させたのだ。
『どういう事だ?パスを通じて相手の能力を行使したのか?もしそうだとしてもこの能力は…【探求】を応用したのか?』
ミヨの周りの空間が安定したおかげで状況は理解出来た。信じられない事だがミヨは相手の能力を再現したのだ。そんな事、私達でも出来ない。近い事は出来るがミヨの場合は完全なるコピーだ。
能力の模造
ミヨは分かっているのだろうか…それは正に特異点にしか出来ない現象だという事に。彼女は今まさに一歩踏み出したのだ。この世界に変容を及ぼす特異点へと。
死神は笑みを溢した。ついに私達以外の特異点が誕生した。これで平穏な世界の実現が現実的な話になった。ただの夢物語から現実的な計画に移る。創始者にも話しておこう。目処が立ったと。
死神が意気込んで計画を調整していたらまた衝撃的な情報が美世のパスから送られてきた。
《これは!?敵対組織からの攻撃!》
仕事を終えたミヨの帰宅途中を狙った総攻撃…これはミヨの捕獲が目的か。敵ながら嫌らしい作戦を仕掛けてきた。今の状態のミヨと対能力者の部隊がぶつかったら流石にあのミヨですら厳しいかもしれん。…ヤバくなったら私達自身が向こうに行かねばならないかもしれないな。
私達の正体を知られるリスクと特異点に限りなく近付いたミヨの安否なら間違いなく後者を選ぶ。この数ヶ月で驚異的なまでに成長したミヨなら必ず私達の目的を遂げてくれるだろう。例え私達が犠牲になってでもミヨを守らなければ。
しかし死神の心配は杞憂に終わった。ミヨは複数の能力者相手でも互角以上に渡り合い次々と敵の数を減らし始め、能力の成長が著しいものになっていた。能力の同時使用も安定して行使し軌道のコントロールも自由自在に操って最早手がつけられない状態だ。
《…もうミヨに勝てる能力者は世界中探しても片手で数えられるぐらいしか居ないだろうな》
警戒されるのは仕方ない。もう世界は彼女を放置出来ないだろう。だがそれは彼女を危険な目に合わせても良い理由にはならない。今ワタシが出来る事は少しでもミヨに対する警戒を死神に逸らす事。この世界に死神は健在であると全世界に知らしめる必要がある…
ワタシのベルガー粒子を纏った荷物は地下深くまで運ばれて中央の位置に置かれている。虫の巣を一網打尽にするにはあの位置は最適だ。それに軌道も道中に残っているおかげで簡単に吹き飛ばす事が出来る。
『【探求】と【削除】の同時行使だ…すまないが先に試させてもらうぞ』
前にミヨが言っていたマッピングされた場所の物体の軌道を削除し遠距離から核爆発を引き起こすアイデア。あの頃はお互いに【探求】の利便性を発揮しきれていなかった為に話が流れたが今のワタシには可能だ。
トラックの荷物の軌道は地上から地下に向かって伸び、その距離も時間も認識出来る。後はこの荷物の軌道を削除し亜光速の速度まで加速させればワタシの仕事は終わりだ。コイツらの研究資料なんぞ、ミヨの安全に比べたら何の価値もないゴミの塊だ。
研究者が荷物を開けて中身を確認していく。封を開けては中身を台の上に並べていき品物の確認を進める。この行為に危険な所などひとつもない。あるのは死神のベルガー粒子が虎視眈々と待ち構えている事実のみだ。
そして死神が用意した荷物の封を開けて中身を取り出そうとした瞬間だった。研究者が一瞬で蒸発し塵一つ残さすこの世から消え去った。
『【削除】』
研究者が中身を持ち上げようとした軌道が急加速し亜光速に変わった瞬間、凄まじい熱量が全方位に向かって瞬時に広がり、半径1.5kmの範囲にある物体が蒸発しきって能力者開発機構も研究資料もこの世から削除された。
この事件を切っ掛けに全世界の敵対組織が連携し死神が所属する“組織”に向けて対策を講じる事態にまで発展した。そして死神と伊藤美世が危険な能力者として世界中から命を狙われる事になるのだが本人達がその事を知るのはまだ先の事だった。
先生はこの後にオリオンを使って美世のメンタルケアを行なって情報を得ることにしました。




