手負いの狼
タイトルは手負い猟犬にしようかと思ったけど猟犬ぽくないなと思ってやめました。
頭から血が流れて耳と左目を濡らした。傷口は深くはないけど出血が止まらない。傷口を【探求】で確認したら親指の第一関節ぐらいの面積が抉れてた。【再生】で治したいけど今はそんな暇がない。
相手は能力者を深く理解している。この畳み掛けは私の感情を揺さぶって能力へのリソースを減らす算段だろう。とても有効的なやり方だしプロ特有の慣れを感じる。能力者を狩る嫌な慣れだ。私はいつも狩る側だったから妙な気持ちになる。
しかしだからこそ冷静にならないといけない。冷静に対処しなければまた判断を間違ってしまう。冷静に、冷静に判断しろ。
まずは呼吸を整えつつ情報を整理しよう。敵のまだ正確な数が分かっていない。確認出来ている相手の戦力は探知能力者のスナイパーとサイコキネシスと結界能力者。あとは無能力者の兵隊達か。下手するとまだ戦力を残しているかもしれない。
私としては私の射程圏外から攻撃してくるスナイパーを先に潰したい。私の能力も後どれくらい持つか分からない…半径1kmの射程を持っている能力者なんて放置出来ない…出来ないけどッ!
「あー…出血が止まんなくて集中出来ないッ!」
出血した箇所にベルガー粒子を固めて出血した血の軌道を固定して止血した。壊せないかさぶたのようなものだ。それから離脱した際に創り出した軌道を再利用する。今日の様々な実験のおかげで軌道のコントロールは前より格段に良くなった。
(出し惜しみなんてしない!短期決戦で決着をつけてやるッ!)
ここまで吹き飛んで来た軌道をスナイパーの居るビルまで捻じ曲げる。ビルの屋上にいると思われるスナイパーに軌道線上を合わせて再現、私は自分に掛かる衝撃に備えて全身に神経を集中させる。
(【再現】!)
ビルの屋上まで再現された軌道線を沿って私の身体は吹き飛んだ。出来ればこんな派手に使いたくなかった。誰がどこから見ているか分かったもんじゃない。私の能力を見た人間は必ず処理しなければならないからねッ!
敵は私の事を調べて知っているだろうけど非接触型探知系能力者としての私しか知らないはず。だから向こうが想定した私の戦闘力は能力者特有の身体能力のみで、戦力を一気に集中させて押し切ろうとした。それなのに相手があり得ない軌道で逃げたんだ。相当驚いただろう。
もしコイツ等に逃げられたら能力の詳細を敵対組織全体に知られてしまう。もしそれをきっかけに先生の正体が敵に知られもすれば…そんな事は絶対に許されない!私のせいで先生にご迷惑をかけるなんて死んでも死にきれない!
もしここで死ぬのなら敵全員葬り去ったあとに死ぬ。私が死んだとしても先生なら必ず私のお母さんを殺した奴をいつか殺してくれる。最期の最期まで先生の役に立ってから死ね伊藤美世ッ!
決意を決めた私はここを死に場所として捉えて敵の殲滅に当たることにした。
1km近く離れたビルまでは10数秒で辿り着く。残り100mも満たない距離まで近付いた時にスナイパーから銃弾が放たれたが能力の実行は問題ない。途中で新鮮な空気を吸えたからね。
(さっきとは違って今はフルで能力を行使出来る!全力で相手してやるからさっさと死ねよッ!)
ビルの屋上に衝突した影響で鉄筋コンクリートで作られたビルがの天井部が粉々に破壊された。敵は私の思惑に気付いて私とは逆方向の奥の方へと逃げたけど逃さないよ!
「【反復】!」
私にぶつかって砕けた破片たちが空中で停止してその場に固定された。私は自身の軌道をコントロールして破壊された屋上に着地してスナイパーに攻撃を行なう。
私は左手に意識を集中させて銃を再現し弾丸を走らせ、軌道線上に不可視の弾丸が敵に向かって行った。
伊藤美世の攻撃の中で初見で避けられた事がない攻撃ではあったが相手は美世と同じ“探知系能力者”であり戦いのプロ。何の攻撃かは分からなかったが絶対に受けてはいけないと感覚で理解し、回避行動を取ってみせる。
(能力者はこういう感覚を持っているから能力を相手に使った場合は必ず殺さないといけないんだよ。)
回避行動を取った敵のスナイパーだったが避けきれずに弾丸は横腹を掠った。だがそれだけでは敵の撤退を妨げる事は出来ずこちらに背を向けて逃走を続ける。
でも敵は私の弾丸に触れた…それは私のベルガー粒子に触れたという事じゃないのか?能力とはつまりベルガー粒子だ。皮膚を硬化させるのも転移するのも火球そのものだってベルガー粒子だ。誰にも見えない弾丸だってベルガー粒子で創り出したものだ。
「【逆行】!」
スナイパーの動きが一瞬止まり、逆行した。逆再生のように軌道をやり直した対象がこちらに向かって来る。
私は走りながら勢いをつけて空中で前転しその回転を【反復】した。その結果、何回も回転し続けてその分遠心力が働き、私の足にはかなりの運動エネルギーが集まる。
少ないリソースで敵を殺すには、能力を出し惜しみしないで素早く確実に殺す事。そうしなければ相手の能力を成長する余地を与えて最悪こちらの情報を取られて逃げられる!
(でもこの回転は吐きそうになるからやるべきではなかったかも!)
軌道で相手の動き、頭と首の位置関係を認識し、こちらに逆行してくる敵に向かって踵落としを決める。
能力者であろうとも人間と弱点は同じだ。例え身体の作りが無能力者に比べて頑丈であってもコイツの首は細い。私の【探求】は相手の形状を正確に捉えられる。3Dの立体で視ているからコイツの首周りの長さだって正確に分かるよっ!
踵落としが決まるとスナイパーの首から骨の折れる音が鳴り、脆くなっていたビルの屋上を貫通して下の階にまで吹き飛んでいく。死体は瓦礫に埋もれて細かい破片と塵が宙高く舞った。
軌道が確定されている物体は私と先生だけは干渉出来る。だから逆行されているスナイパーはろくに受け身も取れずに軌道を確定された私の一撃を食らって即死した。
「コイツ…やっぱり外国人か。」
瓦礫に埋もれた死体を確認したら黒人だった。まあ日本生まれで日本人として育ったのかもしれないけど…敵は99%の確率で海外の組織グループで確定だろう。
「【再現】【逆行】…次は下の奴等だ。」
再び私の身体は時速300kmで吹き飛びその衝撃でビルの屋上を完全に破壊した。しかし砕けた破片が全て元の位置に逆行して破片が下に落ちることは無い。
「第2ラウンドだクソ野郎共。」
装甲車に向かって軌道を捻じ曲げて突っ込む。まさか特攻を仕掛けてくるとは思わなかっただろう。反応が遅い。残された敵の人員には探知系能力者は居ないな?
私としては合計で5台ある装甲車はウザ過ぎるから次はこれを潰したい。火力も機動力もある装甲車は能力者にとっても脅威だ。
あと突っ込んでいる最中に装甲車を観察して分かったが、お互いに等間隔で配置されている。一回の攻撃で全滅しないようにしているのだろう。能力者と戦う時は射程距離と効果範囲を常に気をつけなければならないからだ。その対策として距離を取っている。
(私にとっては好都合。離れ過ぎだと逃げられた時に面倒だからね。)
私の身体全体の軌道だけを固定して減速する。厳密に言うと私自身が斜め下に降下しているから重力の影響であまり減速していないんだけどね。
だから死なないように着地は怪腕で行なう。…着地するのは装甲車の上だけどね!
装甲車に向かって怪腕で殴り付けて衝撃を上手く逃しつつ相殺しようとした。だが想像以上の衝撃で装甲車がぺしゃんこに潰れて装甲車の亀裂からパックに入ったトマトジュースを思いっきり踏み潰したみたいに赤い液体が吹き出た。これは掃除が大変だ。
装甲車の上に着地した私はその場で立ち上がって両肩から怪腕を生やしたまま告げた。
「この腕を見たからにはお前達は決して逃さない…ここで全員死んでもらうぞ。」
ベルガー粒子はドラゴンボー○みたいに使えば無くなるみたいな事はありません。能力を使うほど脳に負担がかかってベルガー粒子のコントロールが出来なくなるだけです。
しかしベルガー粒子は増えます。ベルガー粒子の量=能力の強さって感じです。使えば使うほどベルガー粒子が増えますが脳への負担も増えます。常に脳が潰れるリスクが付き纏います。




