紡いで紡いで繋げていく
あと1話で本編が終わる予定ですが、その後にサイドストーリー的なやつをちょっと書くかもしれません。お楽しみに。
ふぅ…。こんなに緊張するものなんだね。自分の思いを口にしようとするなんてちょっと緊張してしまってついスカートの裾を弄ってしまう。
「…その制服似合ってるね。蘇芳が私と同じ学校の制服を着てるのはちょっと違和感あるや。…もしかして緊張してる?別に私は蘇芳のことを害する気はないよ。」
「…うん、知ってるよ。私の記憶を残したのはそういうことだもんね。」
「約束したからね。私は蘇芳の夢を応援するってさ。」
ああ…やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだ。お姉ちゃんのこういう所が本当に好き。でも、そのせいでお姉ちゃんは自分を苦しませて…こんなにも痛々しいんだ。
「…あ、お礼を言わないとって思ってたんだった。この目、ありがとうね。でもどうやったの?再生能力じゃ治せないのに。」
私の視力が失ったのは【ラプラス】の制約のせいで、病気や怪我で見えなくなったわけじゃない。
「ああ、私の能力…?で、治したんだよ。」
「…そんな能力なんて知らないよ?」
「それはそうだよ。創ったんだもん。」
「つくった…?お得意のやつ?お姉ちゃん能力を創り過ぎだよ。」
この姉は全く…。私の目を治す為に能力を創るなんてさ…
「あれ、そうなるとなんで私は視力を失っていないの?治しても視力は落ちるよ。【ラプラス】を使えば視力が落ちるもん。」
「ああ、それはね…」
お姉ちゃんが言い終える前にそれは突然現れた。まるで死神のような奇妙な現れ方。テレポートでは決してあり得ない出現に私はそちらに視線を向ける。
『ワタシが治して制約を変えたのです』
それはお姉ちゃんの姿を模した姿で、しかも私と同じ高校の制服を着て私の隣に座っていた。だけど決してお姉ちゃんでもお姉ちゃんの軌道を利用した死神でもない。これは…なんだ?こんなの知らない。こんな存在はどの世界にも存在していなかった…
「紹介するよ。私がなんか生み出した…なんかだよ。こいつが蘇芳の目を治して【ラプラス】の制約を変えたの。」
「…うん、1ミリも分かんないや!」
私が笑顔で答えるとお姉ちゃんも困った表情でそれを見ていたけど、それは私達を見て笑っていた。でもこれは笑顔なんかじゃない。こんなものを笑顔とは言わない。お姉ちゃんの姿を使ってそんな表情をしないでよ。
『どうやらワタシの笑顔は評価が悪いようですね』
能力がそんな評価を気にするの?なんなのこれ。私の知る限りでは死神が比較に出るけど、何故か私の頭の隅で怪異点がチラつく。
「えっとあまり気にしないで。私も気にしないようにしてるし、私達の話の邪魔はさせないからさ。」
『そんなことを言わないでくださいよマスター ワタシはマスターが姉妹同士で何を話すのか気にな…』
「消えてよ。私の言うことが聞けないの?」
別に脅すような声色じゃない。かなり落ち着いた口調だったけど、それは完全な拒否だった。さっきまで私はその声を間近で聞いて凄く怖くなってしまい、お姉ちゃんの顔を見ることが出来ない。…隣に居たあいつも消えてるし。
「…ごめん。怖がらせちゃったね。でもこれは約束する。蘇芳を傷付けたりはしないよ。」
そう言ってお姉ちゃんは私の反応を待った。頭に手を乗せたりなどはしないで私が話し始めるまで待つつもりだ。
それで分かったよ。もうお姉ちゃんの中で答えが決まってるんだね。私の話を聞くだけで、選択を変えるつもりはないんだね…。
でも私はそれでも3巡目の世界に行きたい。いや行かないとなんだ。
「…私が話す前にお姉ちゃんの話を聞かせて。お姉ちゃんは何をするつもりなの?」
この話の根幹を私は直球に聞くことにした。お姉ちゃんが自分の存在を完全に消し去ろうとしているのは知ってるよ。でも、その後はどうするつもりなの?本当にさ…消えてしまうつもりなの?
「…いいよ。話してあげる。まあ、蘇芳なら私が何をしていたのか分かってるんじゃない?」
「…あの能力を使ってお姉ちゃんの思い描く平穏な世界に創り直しているんでしょ?」
「うん…あいつさ、ベルガー粒子を渡せば何でも叶えてくれるの。そこは蘇芳の知る普通の能力と同じだよ。“能力者の願いを形にする”…それを極限まで敷き詰めたのがあれだよ。」
つまり…人の願望を叶える聖杯のようなものか。そんなのは魔法の域だ。でも、私は知っている。東京が、世界が何事もなく回り続けていること。そんなの…神の域だ。
「ファースト達を殺ったのも“あれ”なんでしょ?」
「うん、ファースト達との戦いの後にさ、突然私の目の前に…というか夢の中に現れたの。…あれ、夢の中ってことは私の頭の中ってことか?まあ、そんなのどうでもいいか。」
どこにでも現れて干渉出来る能力か…。死神と似てるけど流石に死神でも人の頭の中にまでは現れたりは出来ないよね。
「あいつは私に言ったんだよ。何でも叶えますってね。だから私は死んだ人達全員蘇らせて全部元に戻してってさ。…2日ぐらいかな。ベルガー粒子を渡し続けたら本当に元に戻ったよ。」
これを聞いて驚かない人が居るのなら連れて来て欲しい。お姉ちゃんは正真正銘“神の域”に達した。もう何者にもお姉ちゃんを害することは出来ない。
「それで色んな願いを叶えてもらったよ。…見てきたからわざわざ説明しなくても分かるよね。」
お姉ちゃんのお母さんのことか…。美代さんは多分だけど家庭に恵まれたり人との出会いに恵まれたりとあれが色々とやったんだろう。
「それで生まれなかったことにしたの?それで誰もお姉ちゃんを知っている人が居ないの?」
「…矛盾しちゃうからさ。それにあいつさ、私の深層心理にある願いを勝手に叶えるんだよ。」
「深層心理?しかも勝手に?」
そんなのは最早能力ではない。口にしなくても勝手に叶えるとか奴に人格や思考が無いとだよ。しかも…本物の意思が無いとね。
「うん。…蘇芳はさ、私が本当に望む願いって何だと思う?」
お姉ちゃんがとても苦しそうな笑みで私に聞いてくる。でも同時にその笑顔は本当に優しい笑顔で、嘘が無いからこそ苦しいんだと私には分かっていた。
「…知ってるよ。でも、それを答える前に私の話を聞いて欲しい。」
私は真剣な顔でお姉ちゃんと向き合った。コンクリートの壁に背中を預けるのを止めて身体をお姉ちゃんに向かせて私は口にする。私の思いを“此処”に届けるために。
「ずっと気になってたでしょ。私がなんでここまでお姉ちゃんのことが好きで、なんでここまでお姉ちゃんのために動いていたのか。」
「…話してくれるの?絶対に話してはくれないんだって思ってた。…もしかして私が死ぬ前に聞かせたかった?」
「…違うよ。死んでほしくないから話すんだよっ!」
「…蘇芳。私には分かんないよ。今でも怖いんでしょ?私とこうして話してるだけでも身体が震えるんでしょ?なんで、なんでそこまで怖い相手である私の為にしてくれるの?私は蘇芳に何もしてあげれてないよ?」
「…違う。違うよ…ずっと、私がこうしていられるのもお姉ちゃんのおかげなんだよ。私がこうしてお姉ちゃんとお話が出来るのはお姉ちゃんのおかげ…私は、私はお姉ちゃんにずっとお礼が言いたかった。ありがとうって言わないとだった。あの時に言わないとだったの…!」
そうだ。言わないとだった。私がもっと上手く出来ていれば…私が私じゃなければもっと上手く行っていたんだ。
「…話して蘇芳。あなたが何を視て、何を知っているのかさ。私ちゃんと聞くから、話してみてよ。」
「うん、ちゃんと話すよ。私の…お姉ちゃんとの計画を。」
「私と…蘇芳との?」
お姉ちゃんには分からない。絶対に分かる訳がない。分かるのはもう私だけ。ファーストたちは【ラプラス】で視ていただろうけど、知っているのはあくまで表面上の情報だけ。私達の思いを知っているのは…もう私だけなんだ。
そして私は語り始める。“此処”までの全てを…
「もう…嫌だ。死にたい…終わりたいよ。こんなの…あんまりだよ。」
誰かの声がした気がした。でもそんなことはあり得ない。ここには私しか居ない。ここに閉じ込められてからは毎日毎日男どもに身体を好き勝手されて、あまつさえどの男かも分からない子供を腹に宿す羽目になって私はこうして一人でベッドに横になっているんだから。
(妊娠が分かってからは毎日じゃなくなったけど、この鎖のせいで何処にも行くことが出来ない…)
妊娠するまでは一日の半分はずっと性行為をしていた。酷い時は寝ずに一日ずっと男達に犯されていたから最近はマシだ。でも玩具をずっと挿れたままで放置されたりするから何時そうなるか分かったもんじゃないけど…。
そんなことを考えていると精神が徐々に朽ちていくのが分かる。ここに来て一ヶ月程で逃げることを諦めた。逃げようとしたこともある。そしたら罰として尻まで使われたからその時に反抗心も無くなってしまった。もう私の身体で使われた事のない穴は存在しない。どの穴も汚れてしまった。
こんな私から産まれてくる子供は果たして幸せなのだろうか。優秀な能力者を増やす為と奴らは言っていたが、どう考えても私で遊ぶのが楽しくて仕方がないといった感じだった。
「んん〜〜!!!痛い痛い痛い痛いっ!!」
初めての出産は地獄そのものだった。痛くて仕方ないし愛情も感じない子供のためになんでこんな痛い目に遭わないといけないのか理解出来ない。
今の私は時計も見えない。ストレスのせいかな。視力の殆どを失って、私と分娩台を照らす光を感じられる程度しか目が見えていない。
「…また、聞こえる。誰、誰なの。うぅんっ!!う、うまれ、産まれるッ〜〜…!!!!」
今思うと出産のストレスがキッカケだった。私が一番最初に視たのは泣いている少女の姿。茶髪の髪がとても綺麗な女の子で、何故かその子は泣いていてるし、しかもその姿を私は高い視点から見下ろす感じで視ていた。
「お母さん…!私…もう何も視たくない!お姉ちゃんの苦しむ光景なんて視たくないよっ…!」
少し前から聞こえていた声だ。とても綺麗で小鳥のような声…。ちょっとあざとさがあるけどそこがまた可愛らしい。…こんな可愛いものを見るのは何年ぶりだろう。ここに来て…どれぐらいの時が経ったのかな。
無事に出産を終えると私はまたあの部屋に戻され、毛布一枚に包まりながらその少女に話しかけた。なんで話しかけたのかは分からない。多分出産後でハイになっていたからかな。もしくは母性本能が刺激されたのかもしれない。女は望んだ妊娠ではなくても母性本能が働いてしまう哀れな生き物なのだから。
「…泣かないで。君は私なんかよりもマシなんだからさ。可愛い顔が台無しだよ。」
私がそう口にするとまるで聞こえていたかのように少女は顔を上げて私の顔を見て、それで信じられないことにその子は私の名を口にしたのだ。
「…美世?美世お姉ちゃん?」
「…美世だけど、お姉ちゃんでは…無いかな?私一人っ子…だし。」
半分だけ血の繋がった弟が居るけど、あの子からしたら私を姉としてカウントなんてしたくないだろうし、お互い一人っ子ってスタンスで良いよね。
「…能力が覚醒したんだ。お姉ちゃんは私と同じ能力だったんだ。【ラプラス】がこのタイミングで…」
「ら、ラプラス…?なんの話をしてるの?というかさ、幻覚や幻聴にしては良く喋るね。」
最初は信じれなかったけど、日を経っても私は蘇芳を視ることが出来たし、会話もすることが出来た。お互いに視力を失っているからお互いの視点を覗くことは出来ないけど、耳から入ってくる情報はお互い聞くことが出来る。
それに蘇芳のお母さんの視界を覗けばこうして面と向かって話してる気持ちにもなれるしね。
「お姉ちゃん…またあの男に殴られたの?」
「…うん、でも慣れたから良いよ。前なんて意味もなく指を折られたし、それに比べたら大したことないから。あと、あいつらの視点を視なくてもいいよ。…というか視られたくない。」
私を視るとしたら基本的に私が犯さられている時ぐらいしかない。そんな姿は…誰にも見られたくないよ。
「ご、ごめんなさい!私、お姉ちゃんの事が心配だから…」
蘇芳はよく謝る。その理由としては私が自分の出生の秘密を知ってしまったからだ。私は浮気相手との子供でお母さんはかなりのビッチで、しかも私と蘇芳は本当に血の繋がった姉妹だった。その事実を【ラプラス】で知った時は自殺しようとしたよ。もうさ、疲れちゃったからさ。
でも蘇芳は私が死のうとすると絶対に先回りして止めた。【ラプラス】は過去だけではなく未来も視れるから私が自殺しようと行動する前に絶対に止められる。…臨月の私に対して死なないでって良く言えるよね。望んだ妊娠じゃないのにそれでも生きててってさ、どんな気持ちで言えるんだよ。
「蘇芳はそこでぬくぬくと暮らしているからそんな残酷なことが言えるんだよ。」
「ごめん…ごめんなさいお姉ちゃん。」
最近では四六時中蘇芳の泣き声を聞いている気がする。赤ん坊が産まれたらもっと泣き声を聞く羽目になるんだよね。…なんだよこれ。なんだよこの人生…。
「…終わっちゃ駄目なの?」
「…私をひとりにしないで、私をひとりにしないでよお姉ちゃんっ…!!」
「…分かったから泣かないでよ。うるさくて眠れないからさ。」
そして私はまた出産をした。これで2人目だ。慣れないし、男達は喜んで私にキスとかしてくる。…これはまた孕まされるな。あと何度…これをし続けないとなのだろう。
「母乳をさ、与えてくれって言われたけど意味わかんないよね。前はクスリで無理やり授乳期間を縮めたのにさ。そうしてまたすぐ妊娠出来るようにしたのに変だよね。」
私は自分の産んだ二人目の子供に母乳を与えつつ、蘇芳といつものお話をしていた。まだ目が開いていないけど、目が開けば蘇芳はこの子の視点を覗いて私とちゃんと話すことが出来る。私からすればそれしかこの子に対して価値を見出だせない。
「うん…」
「私さ、あとどれぐらいこれを続けるのかな。蘇芳は知ってる?私は怖くて見れないよ。下手すると今よりも酷い目に合う未来とかを見たらさ、私死にたくなっちゃう。だってさ、未来って変わらないんだもん。」
私達はこの【ラプラス】を使い始めて気付いてしまったのだ。未来は確定していて、避けることが出来ないと。私が二人目を産むことも母乳を与えることも一年前から知っていた。だけど避けることが出来ない。分かる?母乳なんてあげたくないのに未来ではあげてるから絶対にあげないといけないの。
こんなの…地獄だ。私達は未来を知ることが出来るだけで未来を変えられない。過去を知っても過去を変えられないように現在も変えることは出来ないんだ。
「…いつ死ぬかぐらい視ておくか。」
ゴールが分かったほうが気が楽になる。どうせ碌でも無い未来しか私を待っていない。だから私の未来なんて…
「…お姉ちゃん?どうしたの?」
私は視てしまった。私の最期と世界の最後を。私の子供たちが全員殺してくれる。私のお母さんの魂はずっと私の中に…
「…蘇芳、手伝って。」
「え?な、なにを?」
「この世界を終わらせる手伝いを。私達がこの世界を終わらせるの。」
何を視たのか分からないけど、私の知るお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんではなく、何か希望のような…何かとても恐ろしいものに取り憑かれたようだった。
そして私はお姉ちゃんの言う通り未来を視た。視たくなんてないのに私はお姉ちゃんの言う通りにずっと先の未来まで世界を視た。つまりは最後の人類の視点をだ。
「…お姉ちゃん、これって確定した未来なんだよね?アインは特異点だけど最後の方は殆ど間違いなく起こることなんだよね?」
「そうだよ!しかもそれだけじゃない!この世界を巻き戻して2巡目の世界に到達する!そして私は…3巡目の世界でっ…!!」
私達姉妹の計画がそこから始まった。確定された未来と特異点の存在で非確定の未来。そのどちらも視て私達は計画を詰めていく。
「私達が未来を視て計画を立てるのも確定した未来。だからその計画が成功するのも確定した未来なんだよっ!」
こんなにも嬉しそうなお姉ちゃんを視るのは初めてで私は嬉しくて嬉しくて仕方がない。不思議と私も希望を持ってその日を迎えれそうだ。
私もお姉ちゃんと同じくこの1巡目の世界で殺されてしまうけど2巡目では私達が世界に平穏をもたらせるんだっ!その為にも私が頑張らないとっ…!
「私は2巡目では【ラプラス】に目覚めない。だから蘇芳、あなたしかガイド役は居ないの。だから任せたよ。」
お姉ちゃんからこんな言葉が出てくるなんて…。前は死にたいとずっと一人で言っていたのに今では希望を持って未来を語っている。それが堪らなく嬉しいっ!
「うん、死神が居るせいで未確定になっちゃうけど大筋を曲げないようにお姉ちゃんを誘導するよ。約束する。絶対に3巡目の世界に行こうね。」
「うん、辛い役割を押し付けちゃってゴメンね。私ってこんな駄目な姉でしかも蘇芳には姉らしいことをしてあげられていないのに…」
お姉ちゃんは自己評価が低い。それは仕方がないことだ。こんな目に合ってるんだもん…仕方がないよ。
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。らしさなんて必要ないもん。…私が泣いている時に声を掛けてくれたのは、欲しい言葉をくれたのはお姉ちゃんだけだもん。」
私は能力に目覚めた時に制約で視力を失い、視たくもないものが視えたせいで己の人生に絶望していた。洋館の外に出たことが無い私は能力で外の様子を視たんだけど、そこで私は可哀想な娘なんだって知ってしまった。
普通を知ると私が如何に特殊な境遇なのかが良く分かる。そもそも能力者なんて珍しいし、私はお母さんの一夜の過ちで身籠った子供。小学校にも行けないし中学校にも行けない。そもそも戸籍が無いし産まれたことになっていない子供だった。
私はずっと泣いていた。お母さんにも話せない。誰も私の苦悩を理解してくれない。だけどお姉ちゃんは私よりも酷い人生を歩んでいるのに私にこの言葉を掛けてくれた。
「…泣かないで。君は私なんかよりもマシなんだからさ。可愛い顔が台無しだよ。」
…これを聞いて私は一人じゃないんだって気付けたんだ。私にはお姉ちゃんが居た。美世お姉ちゃん以外にも伊弉冉お姉ちゃんが居るけど、【ラプラス】を持つのは美世お姉ちゃんだけ。美世お姉ちゃんだけが私を理解してくれる。美世お姉ちゃんだけが私の欲しい言葉を言ってくれる。
「こんな私でゴメンね。違う人が伊藤美世だったら良かったのに…」
「そ、そんなことないよ!お姉ちゃんが私を視つけてくれたおかげで一人じゃないんだって分かったもん!私は幸せだったもん!だから…そんなこと、言わないでよ…」
「もし私じゃなくて他の人が伊藤美世として生まれていたらこんな事にはならなかった。私が伊藤美世として生まれたからこんな結末を迎える羽目になったんだよ…」
「私は美世お姉ちゃんが私のお姉ちゃんで良かったよっ!?美世お姉ちゃんだけだもん!違う人が【ラプラス】を持っても私の欲しい言葉を掛けてくれなかったもん!」
見えない目から涙が零れる。悔しいよ…お姉ちゃんは凄いんだ。お姉ちゃんは誰よりも本当は優しいんだ。なのに世界はお姉ちゃんに厳しい。お姉ちゃんが何をした。どんな罪を重ねた。お姉ちゃんはお母さんまで殺されてこんな目に合っているのになんでお姉ちゃんがお姉ちゃんを悪く言うの!?そんなのおかしいよ!
「お姉ちゃんは…!私のお姉ちゃんは…!うぅ、うええええん!」
「…泣かないでよ。私あやすの苦手なんだよ。もう3人も産んでいるのに子供のことまるで分からないし、家族のことも…分からないんだ。」
家族のことも分からない…それは、私もそうだよ。分からないことばかりでお姉ちゃんとの計画も本当に上手くいくのかも分からない。2巡目も下手すると1巡目のような結末を向かえるかもしれない。だけど、私はまたお姉ちゃんと会えるのなら何度でも何度でもやり直すよ。絶対に、絶対に!
「だったら3巡目の世界でちゃんと姉妹しよ?能力も無い世界なら私達…ちゃんと生きていけるよ。辛いこともあるかもしれないけど、苦労も分かち合えれば絶対に絶対に楽しい未来が待っている筈だもん。」
「…そうかな。そうだと良いな。3巡目は本当に幸せそうだもんね。私も蘇芳とショッピングしたり一緒にお泊りして夜遅くまでお話したいな…」
「うん…!私もそうしたいよっ…!私…お姉ちゃんと直接会いたいよっ…!」
何年もこうして話しているけど私達姉妹は一度も会ったことが無いし、一度も会わずに殺されてしまう。それは確定した未来で、絶対に起こる事象だ。
だけど、それでも私は諦めないよ。お姉ちゃんがこんな辛い役割をしなくても良いように私が頑張らないといけないんだ。
その為ならいくらでも悪人になるし、死神にだって命を狙われてもいい。モミジという駒も用意するし、お姉ちゃんのお母さんをお姉ちゃんの手で殺させることもしよう。そして…お姉ちゃんに嫌われることになっても私は絶対に計画を実行する。
「ねえ蘇芳…」
「なにお姉ちゃん。」
「…約束してくれる?」
「うん…どんな約束?」
「私…限界だよ。こんなの…あんまりだよ。」
お姉ちゃんは泣いていた。近くに居たお姉ちゃんの子供の視点を覗いて私はお姉ちゃんの泣き顔を見続ける。
「私はあと、もうひとりを産まないといけないんだけどさ。それが確定した未来だから避けられないんだけど…それってまた股を開いてあいつらの受け皿にならないとってことでしょ?そして私は邪魔だからって理由で殺されちゃうんだよね。2巡目の私って“此処”に居る私じゃないんだよね!?」
2巡目の自分は記憶も受け継がないし環境も違ってくる。それは最早他人に過ぎない。此処にいる私達はただ邪魔という理由で理不尽に殺されるだけの存在で、そんな運命が待ち構えているのをこの計画ごっこで気を紛らわしているだけなんだ。
此処でどう足掻こうと計画は上手く行く。だって未来が確定しているから。それはつまり私達の努力なんて今更どうでもいいということじゃない?そこに私達の意思や努力なんて介入しない。私達は…何のために生まれてきたんだよ。
「今の私の思いなんてなんの価値も無いって最初から分かってるんだよっ!?こうやって蘇芳に怒鳴るのもずっと前から分かってたもんっ!!こういうことを言う事になるって…分かってっ…!うぅ…!悔しい…悔しいよっ…!蘇芳、私、悔しくて仕方ないよっ…!!」
「お姉ちゃん…」
「私じゃなくていいじゃん!こんな役割誰でもいいじゃん!そうでしょ!?なんで、なんで私なんだよっ…!!なんでこんな目に遭わないとなのっ!!私…何も悪い事…してないじゃんかっ…!」
たまたま母親が浮気をしてたまたま生まれただけなのに、どういう因果関係があってこんな人生を送らないといけないっていうんだ。
「…納得したい。私は納得したい。私が私であった理由に正当性があって欲しい。私が生まれた意味を…私達が生まれたからこそ世界が良い方向に向かうんだって、思いたいんだよ…」
この言葉を決して忘れてはいけないと思った。この人の努力や苦悩や願いを絶対に2巡目の世界に持っていかないとだって強く思った。じゃないと…意味が無くなる。2巡目で私が能力に目覚めた時には未来が確定しない状況だ。何故なら戦後から死神が居るから。特異点が存在すればその時間軸は私の【ラプラス】でも見通せない場合が多くなる。
「だからさ蘇芳…約束して。この1巡目の私が生まれない未来に導いて。この1巡目の伊藤美世の役割は私がやり遂げるからさ。だから!…頼んだよ蘇芳。私達のような役割を持った人達が生まれない世界に導いて。」
お姉ちゃんは自分ではなく他者を選んだ。お姉ちゃんは他者よりも平穏な世界を望んだ。…こんな目に遭ってもお姉ちゃんはお姉ちゃんだった。例えいくら人として最低限あるべきの人権すら奪われようともお姉ちゃんの精神は高潔で優しかった。その証拠にお姉ちゃんは最後の最後は…笑顔で死んで行った。
私を、私のことを思いやってお姉ちゃんはね…私のことは心配していないよってね、伝えるためにその人生を終わらせたんだよ?死んだら終わりって知ってて未来に託したんだよ?
「お姉ちゃんはね…最後の最後まで私のお姉ちゃんだったよ。」
ただ静かにお姉ちゃんは聞いていた。私の思いやお姉ちゃんの思いをただ静かに、涙を流しながら聞き続けていた。
「ぶっきらぼうで…口もわるくて…よくおこったりもしたけど…おねえちゃんはっ…おね、えちゃんは…!」
私も涙を流しながら話し続けた。もう途中から上手く言葉に出来なくて、つっかえて、嗚咽混じりで上手く語れなかったと思う。でも…私は、私はね?私は、お姉ちゃんと…
「やくそくしたんだよっ…!おねえちゃんとやくそくしたんだもんっ…!!うわああああああん!!」
大好きなお姉ちゃんに抱き着いて私は子供のように泣き出した。今の今まで決して口にしないと固く誓っていた言葉が決壊したように溢れ出ていく。ずっと謝りたかった。ずっとお礼を言いたかった。お姉ちゃんのおかげで私達はこうして会えたんだもん。嫌いになんてならないよ。
「…ゴメンね蘇芳っ!一人にしちゃってゴメンね!ゴメンねこんなお姉ちゃんでっ…!ゴメン…ゴメンよっ…!ひとりでずっと頑張ってたんだね…!!」
お姉ちゃんが私を抱き寄せて強く抱擁してくれる。…これだけで私は報われた気持ちになれたよ。ここまで頑張って、本当に良かったよっ…
「うわあああああん!」
「うぅ、うぅ…!うわああああん!」
私達姉妹はずっと泣き続けた。今までのことを思い出してその全てを吐き出すように。そこで思ったんだ。もしかしたら私達はやっと初めて出会えたのかもしれない。
ちゃんと肌を合わせてお互いを目で見て直接言葉を交わし合う。こんなことすら私達は出来ていなかったんだ。だから何度も敵対し、何度も殺し合いそうになった。でも、そんなことがあっても私達は辿り着けたんだ。確定しない未来であっても私達は“此処”で出会えた。
それは1巡目の世界では視えなかった未来。色んな事があって、その時その時の私達が紡ぎ合ったからこその未来が此処だ。ひとりじゃ辿り着けなかったんだよ。1巡目の世界の私達から此処までは私達じゃないと来れなかったんだ。
だからね蘇芳、これこそが私の望んだ未来だったんじゃないかな。私達がこうして心を通わせることが出来るのを信じていたからこそ笑顔で送って行ったんだと私は思うよ。だって2巡目にいる私も、1巡目に居る私も蘇芳のお姉ちゃんだもん。
妹を応援するのはどの私も同じだったんだ。だからね、ちゃんと言うよ。頑張ったね蘇芳。そしてゴメンね。それとありがとうね。
私は、蘇芳のお姉ちゃんで幸せだったよ。
やっとここまで描けました。実はこの物語の本当の主人公って蘇芳なんですよね。彼女がずっと戦い続けたからこその2巡目の世界が生まれたんです。モミジが居なければ絶対に2巡目へは行けなかったし、2巡目も1巡目と同じルートを通ってましたからね。
本編で誰よりも頑張っていた女の子なんです。




