底に満ちる
あともう少し…もう少しで一段落つけそうです。
ここからは向こうもがむしゃらに仕掛けてくる筈です。あとどれぐらいの時間があるかは分からないけど向こうの様子を見る限りそこまでの時間は無さそうに見える。それなら、私も命を賭して一秒でも長く足掻いてあの女をっ…!
「スゥ~…【首を360°捻りなさい】」
「くっ…!」
私の命令をこなそうと自分の腕を使って首を回すフィフス。それを防ごうと足掻くけど…途中で彼女は思いっ切り回した。首が一周し、皮膚が突っ張って凄い皺が出来る。そして私の命令をこなしたフィフスはそのまま距離を詰めてきた。
(まさか敢えて命令をこなすことで私の射程から逃れたのっ!?)
首が折れた程度で死なないからこそ取れる選択肢。首がすわっていない状態で距離を詰めてきましたっ…!でも、こちらの方が有利なんです。焦ってるのは向こうのほう!
「【向きを反転しなさい】」
こちらに向かってきたフィフスが踵を返し、反転してその場を離れていく。
(竜田姫…こんなにも厄介な能力者だったなんてっ!命令する内容が簡単なのに効果的なものばかりっ!)
少し離れたら命令の強制力が解けてまた自分の意志で動けるようになった。…持続性のある命令をしないということは出来ないってことですよね。
「ガッ…ゴッ、ガッ、ッ…」
首が再生を始めて首がまた一周し、骨が癒着して気道が確保される。…不愉快な痛みで頭の中が侵食されます。
(ここは死神の能力を見せて封じさせますか…)
拳銃を創り出してすぐさま引き金を引く。向こうも反射的に反応して回避行動を取るけど左腕に掠って服ごと持って行けました。出血を見る限りはそこまで肉を持っていけなかったらしいですけどダメージを負わせられましたので良いでしょう。
「いっ゛…!?」
な、なんですかあれっ!?突然拳銃が現れたので回避行動を取ったけど間に合わなかったっ…!何も音は無かったのに間違いなく何かが飛んで来ましたよっ!
しかもこの怪我は少し…いや、かなり不味い。出血してるけど別にこれはどうでもいい。問題なのは凄まじい威力があったらしく少し掠っただけで左腕の骨が折れたことです。
まだ左腕を使おうと思えば使えるけど打撲したみたいに皮膚が腫れて動かしづらい。痛みもかなりのもので今にも涙が出そう…
「竜田姫っ!」
「…大丈夫です!大丈夫ですから初雷は自分のことに集中してください!」
心配されるほどまだ無様な姿を晒したつもりはないで…っ!?
「それ卑怯ですよっ!」
向こうはこちらに拳銃の銃口を向けて引き金を引いてきました。初雷も回避行動を取ってターゲットを分散してくれていますが、狙いは私のみみたいですね。
「【その拳銃を自分の頭に向けて引き金を引きなさい】!」
私の命令を聞いたフィフスが自分の頭に銃口を向けようと腕を動かしましたが、その手には拳銃が握られていません。…まさか能力?
もしそうならなんの能力?私はちゃんとあの能力について明言して命令しないと能力を封じられない。それが私の制約のひとつで、相手の能力を特定しないと能力を封じることが無理なのです。
他にも私の能力には制約があって能力者に対して命令をする際に抵抗される時がある。というよりも絶対に抵抗します。自分の意に沿わない動きをしたら誰でも絶対に抵抗するので。
そうした際に向こうの脳の状態によって抵抗の具合が変わります。分かりやすく言うと向こうが能力を行使していると抵抗しづらくなり、全く能力を使っていないと私の命令がとても効きづらくなります。
つまり私の能力を抵抗するのには脳の開拓された範囲が広いほど有利だということ。だから優れた能力者には私の能力は通じない。しかし向こうが能力の行使で脳の開拓された範囲を使っていれば残り少ない脳の領域で抵抗しないといけなくなります。
だから恐らくはフィフスは常に何か能力を使っている。だから私の能力が通るのです。そして彼女は更に能力を行使している。だから私の命令には決して抗えない。しかしその命令が抗えないだけである程度の抵抗は出来る。さきほど彼女がやったようにワザと命令に従ったりあの拳銃を消したりしてね。
「うそっ!?」
攻撃を避けていると近くにあった車に大きな風穴が空きました。どう見ても銃痕ですが、やはりあれから弾丸が射出されているみたい。…弾切れとか期待しても大丈夫なのかな。
「建物を盾にすれば…」
威力はおおよそ分かったからまだ無事な建物を障害物として使えれば暫くは大丈夫なはず。
「…そこが墓標でいいんですね。」
道路側に張り出したコンクリートの柱の後ろに隠れて背中を預けると衝撃がズシンっと伝わって来た。まさかこんなにも威力があるなんてどんな能力なんですか!?
「ではさよなら…」
フィフスはそれを口にしようとした瞬間に初雷は竜田姫に逃げるように叫んだ。
「そこから今すぐに離れなさいッ!!」
「え…?」
竜田姫は逃げるよりも先に初雷のほうを見てしまった。それが致命的な隙となり彼女を襲いかかる。
「【再現】」
背中に衝撃を感じるよりも早くコンクリートの柱がバラバラに砕け散り、その破片の多くが私の背中と後頭部に突き刺さった。
「あっ…」
視界はブラックアウトし、五月蝿いほどの耳鳴りが耳の中でこだまする。背中に突き刺さった破片は彼女の筋肉にまで侵入したが、臓器や背骨などには奇跡的に避けられていたので致命傷にはならなかった。しかし後頭部のほうは突き刺さるというよりも激しく打撲した感じで頭皮が裂傷してしまっている。
「これで…残りはあなただけですね。」
フィフスは初雷の方に銃口を向けると引き金を引こうとする。しかし彼女はある違和感が消えていないことに気付き、再び竜田姫の方を振り向いた。
「…やっぱり。テレポートが使えません。まだ…意識がありますね?」
洗脳型の能力を解除するにあたって相手を殺すか意識を奪う必要があることをフィフスは知っている。未だに抜けない頭の気怠さがある限り相手は死んではいないということだ。
「行かせると思いますか?」
初雷は水銀を生み出して槍のような形状に留める。そしてそれを両手で持ち、構えてからフィフス目掛けて投げ飛ばした。
「意味のないこと…」
水銀の槍はフィフスに辿り着く前に蒸発したように消えて霧状に広がる。これはフィフスが何かをしたわけではなく初雷の能力によるもの。呼吸器から水銀を体内に送ろうとしたが、勿論フィフスもそれを分かっているので口に手を当てて吸い込もうとしなかった。
しかしフィフスはここで出し惜しみをするべきではなかった。死神の能力によって全てを消し飛ばす必要があったのだ。霧状になった水銀の範囲はかなり広く、【削除】による削除では時間が掛かると容易に想像したからこそ、フィフスは能力による防御を怠った。
時間が無いからこそ無下にした…そこを竜田姫は見逃さない。
「…【吸い込み続けなさい】」
「っ!?」
たった一言、対して大きくない声でもフィフスはその言葉を聞いてしまった。フィフスが音もない攻撃をし、竜田姫も初雷も音を立たせないように立ち回ったからこそ通ったこの言葉でフィフスは有毒物質の水銀を吸引してしまう。
「ガハッ…!こ、これ…っ!」
中枢神経系にまで影響を及ぼす有機水銀は確実に彼女の身体を蝕み、立ち上がることすら不可能な状態にまで追い込んだ。
「…オーダー通りの素晴らしい仕事です。成長しましたね竜田姫。」
ここまでの一連の流れは二人とも予想していたものであり計画通りの流れだった。この二人は何度か一緒に仕事をした経験があり、この連携はその時に思い付いたものだ。
霧状にした水銀を対象に吸引させるだけで殺すことができ、この方法を選択することは口にせずとも二人とも共有していた選択肢だった。
「あの…褒めるのはどうでもいいので早くトドメをさして私を助けてください。もう…意識が、保たない…です…」
「それは急がなくてはなりませんね。テレポートされるのはマズイです。」
初雷は水銀を限界まで生み出しつつフィフスに近付く。フィフスは未だに霧状の水銀を吸い込んで非常に苦しそうに道路の上で痙攣を起こしていた。
「あなたは不死なのですよね。ですが体内にある有機水銀はどうしようもないはずです。治しても治しても体内に有機水銀がある限りあなたは意識障害と神経疾患を引き起こし続けます。不死でも無力化し続けられれば私達の勝ちなのです。」
創り出した水銀を口内へ流し込むと更に痙攣を激しくして苦悶の表情を浮かべるフィフスを初雷は心底軽蔑した表情で見下す。
「人の痛みも知らない子供がはしゃぎ過ぎましたね。楽には死なせませんよ。血管や神経にまで水銀が回り貴方の精神は崩壊します。脳の機能はもう元にはもどらないでしょう。」
痙攣を起こすことすら出来なくなったフィフスは口と目から水銀を漏らしながら動かなくなる。電気信号を身体全体に送れなくなった影響で呼吸をすることも心臓を動かすことも出来ない彼女はそれでも死ねず、ただただその時を待つしかない。
「…あとはうちの問題児があなた達を殺してくれるでしょう。私の役割はこれで一旦は終わりですかね。」
シャツの襟を正してその場を離れる初雷の表情には喜びや達成感といったものはなく、自身の無力さ、非力さによる苦悶が表情に現れていた。
「…まだまだ訓練を積む必要がありますね、お互いに。」
「…付き合いますよ。私も…何も出来なかったですから。」
初雷は竜田姫を背中に背負って急ぎその場を後にする。思っていたよりも竜田姫の傷と出血が酷く、早く治療をしないと現場に復帰が出来ないほどの後遺症が残ると彼には分かっていた。
「急いで薬降るのもとにっ…!竜田姫!すぐに治療を行なえるようにしますからまだ死んではいけませんよ!」
「…まだ、死ねません…し、天狼さん、を、助けないと、なんです…」
「…そうですね。まだやることはあります。」
ただの意地だった。竜田姫はそれを最後に意識を手放して身体全体が脱力する。背中に背負う竜田姫が急にずっしりと重くなったことで意識を失ったと分かり、走る速度を上げた。
そして場面はここから離れた美世たちへと戻る。彼女は空間に溶け込んだベルガー粒子を自分のもとへとテレポートさせて能力に変換させた。その能力は美世しか分からず、パッと見では何をしたのか誰にも分からない。
(…【ラプラス】で視えている時点で今の美世は特異点じゃない。つまり最後の能力は【多次元的存在干渉能力】じゃない…)
フォースは現在と未来の視界を覗いて視て美世の能力を特定する。
『サード、美世は【堕ちた影】を行使してるよ。』
『…逃げる気か?戦うつもりなら【多次元的存在干渉能力】を使うよね流石に…』
解せない…あの美世がこんな選択肢を取る?特異点でないと私達が圧倒的有利なまま展開が進むことになる。なのにその選択肢を取らないで影を操る能力を行使して、しかもそこから特に何もしていない。…誘ってるのか?
『膠着状態である必要性はないよ。ここは攻めよう。』
『…ちょっと不気味だけどそうするしかないか。』
フォースとサードのふたりが同時に動くと美世が動いた。彼女は影を操りふたりを迎撃…せずに天井目掛けて大きく伸ばしていく。
「はぁ〜?どういうつもりだよ。ガラ空きじゃんか。」
サードはフリーになった美世目掛けて怪腕を振ろうとしたが、美世は床面に目掛けて落ちていき姿を暗ます。それは美世の影に落ちたのではなくルイスの影による事象だった。
「神よ助かりました。これであのふたりに集中出来ます。」
「私はほとんど戦えないからルイスに頼るしかなかったからこれぐらい大したことないよ。」
一瞬にしてルイスの隣に現れる美世を見てサードとフォースはやられたと気付いた。美世はこちらを襲い掛かろうとした調整体たちをこのフィールドから排除するために能力を行使してしたのだ。これでは自分達も閉じ込められたことになる。
あの影がドーム状に広がって天井代わりになったせいで物理的には出られない。テレポートなら逃げられるけどそもそもそんなことをしても意味が無いからこちらの戦力を減らされただけ。…この状況で周りが見えすぎよ。何を考えて生きてるのあの女は…
『未来は視えているんだよねフォース?』
『視てるけどここにはふたりの特異点が居るから無数の選択肢が存在してて視てもあまり意味が無いかも。この展開は私には読めなかったし…』
【ラプラス】を使っても特異点である自分達の存在がどうしても干渉してしまい不確かな選択肢しか視れない。寧ろ下手に視てしまうとこちらの動きが悪くなる可能性すらある。
「魔女ーズ。こっち来て。」
「あ、はい!」
美世が魔女たちを呼んだ?彼女達に戦わせるつもりなの?確かに彼女達のほうが戦えるけど、どう見ても疲弊しきって戦力にはならなそう…
フォースは敵の戦力を分析して拳銃を創り出すと美世目掛けて撃とうとした。しかしサードとフォースの探知能力に最悪な光景が映ってしまう。
美世が魔女たちからベルガー粒子を吸ったのだ。
「あのアマっ…!だからここに来たのねっ!!」
「サラ、ありがとう。」
美世は先ずこの中で最も戦闘能力の低い能力者からベルガー粒子を奪うことにした。その選択を取るだけで2つのメリットが生まれる。1つ目は美世が戦えること。そしてもう1つは…
「いえ!お気を付けて神よ!あ、ルイス!私はもう戦えないから影の中に落としてよっ!!」
「はいはい。ご苦労さま。4年ぐらい熟成させた後に出してあげる。」
ルイスはサラを影の中に落として避難させた。これがメリットの2つ目で守る相手を減らせるということだ。これで目の前にいる敵に集中することが出来る。
「あの神よ!私もベルガー粒子を提供しますのでいつでも申してください〜!」
「私も私も!もう戦えません!クタクタです!!」
「ルイス!もう下半身ぐらいは影の中に落としてよっ!順番待ちしている間に死にたくないわ!」
魔女ーズからの懇願に美世とルイスとラァミィは苦笑いを浮かべ、シークだけは挙手して我先に戦線を離脱しようとしている彼女たちを心底軽蔑した目で睨んでいた。それは初雷がフィフスに向けるものよりも酷いもので、もはや先輩とも同志とも思わないと言わんばかりの軽蔑さである。
「…ルイス、出来るだけ言う事を聞いてあげて。彼女たちは本当に頑張ってくれたから。」
「…神がそう言うのなら従います。」
「ありがとう。じゃあ…行くか。」
美世が行使した能力は【再現】で創り出した拳銃での軌道攻撃。持続することが出来ない今の状態ではこういったシンプルな能力が効果的に働く。
「ラァミィ!シーク!ふたりは私から少し離れていて!下手するとベルガー粒子が吸われちゃうから!」
美世はその場から引き金を引いてサードとフィフスに弾丸を撃ち込んだ。流石にサードは自身の身体能力のみで避けられるが、フィフスは何かしらの能力で防御するか回避するしかない。
「こんな事がっ…!!」
だがフォースは敢えて両腕でガードし、致命傷を避けるだけに留めた。そのせいで美世みたいに片手の怪我で済まなかったが、両腕に大きく抉れたり風穴が空いてもすぐに再生させられる。
「サードッ!【熱光量】を使ってッ!!それで片が付くッ!!」
「そうか…!分かった!」
ルイスの表情が強張り美世とラァミィに目線を送る。ラァミィも最悪の事態になったとルイスと同じ様な表情を浮かべていたが美世だけは違った。こうなると分かっていたとばかりに何かを見通しているような表情だったのだ。
(美世は何か思惑があるのね…)
(なら私達がすべき事は…)
ルイスとラァミィは動かない。動いてほしいなら美世から言われる筈。その彼女がもう指示を出し終えているのだからそういう事だと、ふたりは考えて何もしないことを選択した。
シークもそんなふたりを見て動かないことにし、美世の後ろでは残りの魔女たちが大慌てで詰め寄っていた。シークは心底軽蔑した目でクズたちを見る。
「そうだよね来るよね…影を見れば光を連想するもんね。」
ここに来た時点でこうなるのは分かっていた。だからここからは耐久勝負。どちらが先に潰れるか勝負と行こうか。




