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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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自己の定義よりも

視点が一旦フィフスに戻ります。

脳の機能が元に戻り、立ち上がれるようになったのは美世たちが消えてから数十秒後のことで、脳の約半分を損傷していたフィフスは立ちくらみのような違和感を覚えていた。


(再生するのは分かっているのに慣れないなこの感覚…)


立ち上がれるまで脳は再生しているが、やはり一度は大きく損傷していたせいでかなりの違和感を覚える。美世に傷つけられる前の脳と今の脳は果たして同じものなのか。今の私は果たして前の私なのか…。


ベルガー粒子が新たに私の脳を再生させているけど、それなら人格も能力によって創り出していることにもなるんじゃない?全く同じようなものに見えても所詮は精巧なコピーを再生させているに過ぎない。


例えば全く同じ脳を2つあったとして、その脳に司る人格は全く同じもなのかって疑問が生じると思うけど、脳の半分も損傷させられた今の私と損傷させられる前の私って本当に同じ存在だっていう根拠って無いのでは…


今更ながらそんなことを考えてしまうのは、まだ混乱しているからでしょうか。こんなパラドックスみたいな話をしても生き残れる確率なんて上がらないのに…


「…美世、やってくれましたね。サードとフォースが追っているようですし私も合流を…」


そう言え終える前に【探求(リサーチ)】の射程に何かを捕らえて私はすぐさま回避行動を取る。これは…水銀か?


「…あなた一人だけですか。」


「あんた…えっと、初雷(はついなびかり)…でしたよね?もう追い付いてきたのですか。悪いんですけどあなたの相手をする暇なんて…」


フィフスが何かを言い終える前に初雷は再び水銀を創り出してフィフス目掛けて投げ付ける。この水銀は人体に対してとても有害で触れたり吸引したりするだけでも死に至る代物だ。


「しつこいです…」


今のフィフスにとっては初雷は羽虫のような存在。そんな相手に時間を掛けるのは愚かな行為にしかならない。なのでフィフスは彼を無視してその場を去ろうとした。しかしそれを許そうとしない者が現れる。


「すぅ〜〜…【動くなっ!】」


女性の大声が少し離れた所から聞こえてきたと思ったら私の身体が硬直する。能力による硬直に加え、何故か動けなくなったこと自体に驚いてしまい身動きを取ることが出来なかった。


()()()()()()()()()()…?)


「はぁ…はぁ…間に、間に合った…」


「とても良いタイミングです竜田姫。助かりました。これで炎天様の期待に応えられそうです。」


「相変わらずですね…初雷さん。もう少しちゃんと褒めてくれませんか?」


初雷を追っていた竜田姫が合流し、フィフスの足止めに成功した。ここで彼女を足止め出来るだけでも美世たちを救うことに繋がり、世界の破滅を防ぐことにも繋がる。しかし今の彼らにとってはただ目の前のことに集中しているだけに過ぎない。先の事など今の彼らの頭には無いのだ。


「…どうして、あなた如きの能力が私に干渉出来たのですか?」


フィフスは身体の強張りが解けてようやく口を動かせるようになり、数秒とはいえ竜田姫の肉体操作型洗脳系能力に囚われた事に対して疑問を抱いていた。何故自分に対して能力が行使されてしまったのかが理解出来ない。


能力者としてフィフスは間違いなく竜田姫の上を行っている。しかしそうなると抵抗も出来ずに肉体操作を受けたことがおかしくなる。能力者に対しては洗脳系は効きが悪い。特に優れた能力者であればあるほど洗脳が難しくなる。それはどの洗脳系能力にも言えることだ。


「さあ…なんででしょう。教えてはあげません。」


竜田姫は呼吸を整えてから満面の笑みで拒絶する。フィフスも答えてはくれないだろうと予想していたので特に思うことはない。


「じゃあ、どんどん行きましょうか。…【テレポートは禁止です】」


脳のある部分がとても鈍くなったような感覚を覚えて膝をつきそうになる。まるで月の物の時に近い怠さで不愉快極まりない感覚だった。


「能力の制限ですか…まさか()()()()()()()()()()()()()?」


「私の仕事は悪い能力者を殺すことなので♪」


またしても満面の笑みを浮かべる竜田姫はフィフスにとって不気味な笑顔に見えた。そして彼女の真意が私には理解出来ない。殺せるわけがないのだ。不死に近しい肉体に加えてこちらはコピー能力が使える。…なら向こうが洗脳系能力を使うならこちらも使えばいい。


「そこのあなた。【あの女を殺しなさい】」


命令を受けた初雷は必死に抵抗しようとするが、自分の意思とは無関係に手が勝手に動いてしまう。そして能力まで勝手に行使されてしまい手の中には人を何千人も殺せてしまいそうな量の水銀が生み出されていた。


「竜田姫!」


「分かってます。…【その水銀をフィフス目掛けて投げなさい】」


竜田姫の指示通りに初雷は手の中にある水銀をフィフス目掛けて投げ飛ばした。水銀は能力によって生み出された物であると同時に様々な形に変形させることが出来る。水銀は面積を増やそうと網目状に広がってフィフスに襲いかかった。


「…チッ。」


フィフスはテレポートが使えないので自身の身体能力で避けようとも考えたが、また洗脳によって動きを阻害される可能性を予想して能力による防御を選択した。


フィフスに触れる前に水銀は跡形もなく消失してこの世界から完全に消え失せ、その光景を見た初雷と竜田姫はすぐさま頭の中で計算してペース配分をはじき出した。


(私の生み出した水銀は私のベルガー粒子を変換して生み出しているので必ず打ち止めになる…)


(そして私の洗脳もどんどん効かなくなってくる。下手な使用は厳禁…)


両者の能力には制約が存在し、決して万能とはいえない代物だが、長年付き合い続けた自身の能力には自分たちにしか理解出来ない感覚が存在した。それはあとどれぐらい能力が行使出来るかどうかだ。


初雷が生み出す水銀は一種類ではない。いくつもの種類の水銀を生み出せる彼はその時の状況や相手によって使い分けをしているが、今回の場合は質よりも量が必要だと考えていた。


なので最も致死性の高い水銀は生み出すのに多くのベルガー粒子を消費してしまう関係上、コスパの高い種類の水銀のみを使用しようと予め決めてはいたが、敵の能力がデタラメすぎて最も消費の低い水銀でも生み出すのも渋る必要が出てきた。


それは竜田姫も同じことが言えて、そう何度も能力が使えない状態であり、彼女の能力には上限制限という制約が存在する。それは対象によって異なってしかも何を命令するかでまた上限が変わってくるという厄介なものだ。


だが長年の経験上で竜田姫は大体あとどれぐらい命令が出来るかは把握していた。例えば今回の場合は相手の能力をひとつ封じたが、これで大体命令出来る容量の半分は埋まった形になる。つまりはあともう一つの能力を封じたらもう命令は出来なくなるのだ。


そしてそれ以上の命令は勿論出来ない。能力を封じる以上の命令だと分かりやすいもので“自殺しろ”といったかなり無茶な要求は絶対に命令が出来ないし、精神にではなく肉体に対して命令をする関係上、自殺しろはそもそも命令にならなかったりする。自殺しろはあまりにも多くのやり方、方法が多くあって絞りきれない為に命令が上手く働かない。


命令出来るのは相手の肉体の動きといった行動が主になる。身体の自由を奪ったり、能力を行使しようとして脳みそを使うこと自体を妨害したりなどの単調な命令しか竜田姫は出せない。つまり一回分の行動で収まる範囲が彼女の能力の効果範囲になるのだ。


それは本人が最も理解しているし、同じ同僚である初雷もそのことを理解していた。そして竜田姫も初雷の能力のことを理解している。だからお互いがあとどれぐらいのことが出来そうなのかはわざわざ口にしなくても大体のことは察していた。


しかしフィフスだけは違う。例え相手の見たものや聞いたことを知ることが出来ても感覚までは分からない。能力の感覚はその人だけのものだからだ。同じ能力が使えたとしてその人の感覚までは決して理解出来ないものなのである。


「…面倒くさいです。あなたを殺せばこの命令は解けるのですよね?」


フィフス達には考えている時間がない。わざわざ相手のことを考えるような面倒なことは選択する必要がないのだから実力行使でゴリ押しすればいいのだ。その能力(ちから)は今の彼女には備わっている。


フィフスは自身の軌道を操作して竜田姫まで駆け出した。触れるだけで自分に取り憑くベルガー粒子が竜田姫に取り憑いて無力化することが出来るし、運動能力を強化したこの状態ならば簡単に人間の頭を潰すことが出来る。


そしてもし向こうが能力を使って身体の動きを阻害してきても軌道を操作しているのである程度は自身の思い描く動きを取ることが可能なはずだ。対策を講じたフィフスは初雷を無視して竜田姫だけを狙って攻撃に移った。


しかしそれをただ黙って見ている彼女ではない。幾度も死線を潜り抜けた竜田姫は冷静にひとつの命令を口にする。


「【心臓よ止まりなさい】」


「くっ…!」


身体の動きじゃなくて臓器の動きを阻害してきたっ…!?ヤバい…血が、回らないと…意識が、意識を…失ったら能力が使えなく…


「このっ…!」


急激に苦しくなった胸を右手で押さえながら左腕を竜田姫目掛けて思いっ切り振り抜いた。しかし竜田姫はその行動を読んでいたのか危なげなく避けてフィフスをすり抜けるように立ち位置を反転させる。そのせいで詰めた距離がまた開きフィフスは時間を無駄にさせられてしまう。


「動きがちょっと単調じゃない?調整体じゃないんだからさ。」


日本語での煽りだったが、フィフスには理解出来た。彼女は美世と蘇芳を覗き見る為に日本語を学習する必要があったからだ。なのでちょっとしたイントネーションも聞き取れるのでフィフスは格下相手に馬鹿にされたと理解し…ここで竜田姫を殺すことに決めた。


「…もう、いいや、馬鹿にされたまま生き残るなんて負けと同じです。」


覚悟を決めたフィフスは自身の胸を押さえていた右腕を手刀の構えにし、そして…そのまま()()()()()()()()()()


「なっ…!?」


後ろからでもフィフスが何をしたのかを理解した竜田姫はその行動を取った真意を図れずに思考が止まってしまった。ここで考えるのを止めてしまえば死が待ち受けていると分かっていても突然の行動にしては突拍子が無さすぎる。


「竜田姫下がって下さい!!相手は()()()()()()()()()()()()()()()!!」


しかし初雷は相手の意図を正確に理解して竜田姫の腕を掴んでフィフスとの距離を取った。そして初雷の予想通りフィフスは心臓を引き千切り引き抜いてしまう。道路に彼女の血が溢れるが、たった数秒のうちに出血が収まり心臓の再生が始まる。


(もう少しで敵は問題なく動き出すはず。今度は心臓を止められても向こうは心臓を潰しながら突っ込んでくるでしょう。)


そんな相手の覚悟にこちらの有効的な選択肢が潰されるとは…


「こんな方法で攻略されたら自分の脳みそを破壊して能力を禁止した命令が物理的に回避されてしまいますっ…!」


「…いや、それはそれで良いですよ。暫くは動けなくなりますし時間が稼げます。もしその方法を取ったら私の出番になると思いますし…」


寧ろそっちのほうが良いと初雷は考えていた。そうなれなこっちの勝ちが決まると言っていい。


「…竜田姫、相手が暫く動けなくさせる展開を作れますか?勿論私も協力しますが、出来ればあなた主体で動いて欲しいのです。」


「…初雷には考えがあるんですね。分かりました!期待に応えられるように頑張ります!」


竜田姫は口ではそう言っても彼女自身、それは難しいなと考えていた。何故ならばどれだけ命令してもその部位を壊して来る相手ではこちらが先に潰れるのは火を見るよりも明らかだからだ。


(フィフスにはまだバレていないだろうけどもう私も限界を迎えている…。調整体との戦闘で体力も脳も疲弊しすぎよ。それに加えてフィフス相手に継続的に能力を行使し続けているもの…)


出来るだけ気丈に振舞ってフィフスにはまだまだ余裕があると見せたけど初雷さんにはバレバレだろうな…。それでもお願いしてくるなんてSだよね〜初雷さん。…でも、気遣われて初雷さんに竜田姫は下がっててくださいなんて言われた日には多分憤死しちゃうよ。


プロとして扱ってもらってるんだからプロフェッショナルに役割を果たせ竜田姫。まだ若い私を同僚として扱ってくれるんだから弱音なんて吐けない。私よりも若いあいの風さんが戦っているのに私が戦わないことなんてあり得ないんだよっ…!


「一分間に勝負を賭けます。破産したら一緒に首を吊って下さいね♪」


「そしたら初凪くんに恨まれてしまいますので遠慮しておきます。」


「ん…?なんで初凪くんの名前がここで出てくるんですか?」


「…彼も報われないですね。…行きますよ。」


「はい!」


覚悟を決めたふたりは最後の大勝負に出ることにした。そしてその勝負に挑まれる側のフィフスも勝負に出ようと引き千切って抜いた心臓を道路に投げ捨てる。


「…心臓も、コピー品というわけですか。」


フィフスは元々自分の中に存在してもう動かくなった心臓を見て自己の定義を見失っていた。しかし彼女にとって最も大事なのは個人の喪失ではなく、あくまで自分自身が未来に居ることだ。


(さっきまで動かくなった心臓と今の動いている心臓は果たして同じものといえるのでしょうか。)


もうこれ以上は壊れたくはない。再生したくもない。今の私が昔の自分と同一人物であるという保証が欲しい。でも…今の私に必要なのは覚悟ですね。動かない臓器も四肢も必要ない。必要なのは目的を果たすだけの覚悟だけ…。


じゃないと何のためにここに来たのか理由を失う。私が生まれた意味も失ってしまう。私達にはこの二巡目の世界しか無いんです。三巡目には私達の未来が存在しない。…いや、一応はありましたね。クソみたいな惨めな人生が。ですがこのままだと美世の能力によってそんな人生すら失ってしまう。


だから私が私を失わない為にも、私が私達の未来を失わない為にも…私という一個人の思想も人格も失ってもいい。もう別の自分になったとしても、もう別の自分になっていたとしても…!この願いだけは叶えてみせますっ!


「…死ねない。まだ死ねないんですよ…まだ何も成せていないっ!だからこんなところであなた達みたいな恵まれた環境で過ごして来た劣等種に負けるわけにはいかないのですッ!!」

かなりの初期の方からいる半レギュラーキャラの戦闘シーンを最後の最後に書く作者って…

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