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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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狂騒

久し振りの美世視点です。こっちも佳境に入りました。

逃げながら思ったのは蘇芳の疲労が思っていたよりも大きいことだ。疲れ過ぎて肩が大きく下がっている。緊張していたりすると普通は肩が上がるはずだけどもう肩も上がらないぐらい力が入っていない。


握っている指も力がなく細くて小さい指は今の彼女を表しているみたいで頼りなさを増長させている。…多分蘇芳はもう戦えない。そして私も今はろくに戦えない状況だ。


組織のビルまで逃げようとしているけど乗り捨てられた車やバイク、逃げ遅れた人の死体が転がっていて非常に走りづらい。これは物理的にも精神的にもだけど、特に蘇芳にとっては精神的にキツい環境下なんだと思う。


多分だけど蘇芳は私の視界を覗いている。じゃないとこうやって走ったりは出来ない。蘇芳は目が見えないからね。


そして私の視界にはこの地獄絵図が映っていてその中を実際に走っているんだからそのストレスは凄まじいものだ。しかも臭いもあるし探知能力を使えばその質感などの情報が頭の中で処理されて心体に悪影響を及ぼす。…よく吐かないものだよ。まだ中学生の年齢なのにこの光景を観て私を逃がそうとしているんだから…。


『後ろから3人来てるよ。サードと、フォースとフィフスと…コバンザメに竜田姫さんが追ってきてる。』


『うん…あともう少しで追い付くね。』


サード達が走って来ているけどテレポートを使わないのが嫌らしい。テレポートは瞬時に距離を詰めることが出来る利点があるけどベルガー粒子から身体を取り出す間は無防備になる欠点がある。その欠点を探知能力によって正確に捕らえられる私にとっては良い隙になるんだけど、それを理解しているからそれをしない。


もし私に頭部などを破壊されたら再生するのに時間が掛かって追いかけるのが難しくなる。それを防ぐためには走って追ってくるのだから冷静さを持って確実に私を殺そうとしてきているのが良く分かるよ。


(さて…兎になるのは久し振りかな。いつもは猟犬として戦っていたからこんな気持ちは久し振り。)


逃げる獲物としてやることは時間稼ぎと逃亡。その為に必要なことをしないといけない。じゃないと私だけじゃなく蘇芳まで殺されてしまう。そして他の人達も同じで沢山死んでしまうだろう。


「居た居た…!」


サードが凄まじい速度で後ろから追ってきた。やはり異形能力者の走力ならば今の私達に追い付くのは簡単だ。私や伊弉冉よりは遅いけど炎天よりも速い…か?


ほとんど全裸の女に追われる人生なんてしたくはなかったけど妹を殺そうとしている奴を生かしておく訳にはいかないよ。…確実に殺してやるから早くこっちへ来い。


「ふぅ…馬鹿相手ならやりようはある。…私のほうは()()()()()()()。」


「私も出来てるよお姉ちゃん。」


お互いの距離があと数メートルの所でサードが低く姿勢を下げてアスファルトを手で(すく)う。アスファルトがただの砂のように掬われてそれを手に取ると私ではなく蘇芳目掛けて投げて来た。


(狙いは私だけど潰しやすい蘇芳の方から潰しに来たか…)


その判断は論理的には正しいが、私の前では大きな過ちだ。私がそんなことを許すわけがないだろう。


投げられたアスファルトの破片はベルガー粒子が纏ってあり、軌道が固定されていて触れれば取り憑かれてしまう厄介な代物だったが、蘇芳と美世のふたりに触れる前に消失した。例えるならば塩や砂糖を水の中に入れたような溶け方をし、そしてそのまま消えたようにサードには見えた。


(蘇芳が能力を使って【削除(リボーク)】で削除したか?それならもっと手数を増やして脳へ負担をかけ続ければ…)


今度は足を後ろに振りかざして思いっきり地面を蹴り上げた。そうするとアスファルトの地面ごと浮き上がり無差別に蘇芳たちに襲いかかる。回避しようにも範囲が広過ぎて回避は出来ない。防ぐためにはまた能力を使わないといけなくなる。


そしてサードの予想通りアスファルトの破片は彼女たちに触れる前に消え去った。こちらの意図を理解しているのかどうかは分からないが、こちらに背を向けてまだ逃げようとしている。どうやら戦うつもりはないらしい。


「…舐めやがってッ。」


誘われているのは頭の隅で理解していたが、こんな態度をされて何もしないのは私の性に合わない。後悔させてやるよ…。妹を失ってもその態度をしていられるか見させてもらうよッ!!


サードは異形能力者としての身体能力をフルに発揮して蘇芳の左後方から襲いかかる。蘇芳と美世の立ち位置は左に蘇芳、右に美世が居て互いに手を繋いでおり、左後方からの攻撃を防ぐとすればセオリー的に蘇芳が担当することになるだろう。美世は利き手の左腕は蘇芳と手を握っていて使えない。この状態を利用しない手は無いとサードは考えていた。


(その判断は間違っていないと蘇芳の苦々しい表情から読み取れた。この表情は演技ではない…蘇芳は足を動かすだけでもいっぱいいっぱいになっている!)


貰ったッ…!!直接は攻撃しないっ!あたしも消されちゃうからねッ!!


私は右手に拳銃を再現して銃口を蘇芳に向ける。そして引き金にかけた指に力を入れようとしたところで美世と目があった。それから反射的に回避行動を取り、私はその場を退いて自分の判断が間違っていなかったことに安堵する。


私の前には見えづらいけど髪の毛が一本だけ空中に固定されていた。髪の色的に蘇芳のものだろう。固定されている位置は私の顔面と同じ位置で、あのまま進んでいたら自身の力で顔面が真っ二つに割かれてしまったはずだ。


「あの野郎…カウンター狙いかよ。」


あの美世の目は逃げ続ける獲物の目じゃない。狩りに来ている狩人の目だ。猛禽類を思わせる眼光の鋭さと獲物に対しての冷たさを両方併せ持つあの目は成人前の女がするような目じゃない。スラム街で生まれた私よりもよっぽどいい環境下で育っているはずなのにあの目が出来るなんて元からおかしくないと無理でしょ。


「ちょっと速いって…」


後ろからフォースとフィフスが追い付いてきた。…あとその後ろにも能力者がふたりか。こっちは無視していいか。どうせあたし達には何も出来ないんだし。


「走りながら話そう。時間がない。」


フォースは自分の視界に映る黒い人のシルエットの大きさからあと10分も時間が無いと予想していた。恐らくみんなも同じぐらいだろうとも予想している。


「あそこを通るって読んでないと出来ない芸当をこの土壇場でやるなんてあの姉妹頭おかしいんじゃない?」


率直な感想を口にしたサードはこれからの攻め方をふたりに委ねる。時間の無い状況下で一度失敗した自分では仕留めきれないと判断しての選択だった。


「蘇芳のほうを狙っているのを分かっていて、それで最も来てほしくない所に仕掛けておいたんでしょ。別にそこに来なくても真後ろか真横、もしくは美世のほうに行くって選択肢を絞れるからね。上手く行けば今のサードみたいに退かせられるし。」


フィフスはサードの話を聞いて向こうの戦略に舌を巻いた。これが彼女たちの恐いところでかなり先の先まで見通した戦いを仕掛けてくる。あの状態でもまだ恐ろしい相手なんだと再認識した。


「…チッ、じゃあこの展開は向こうの思うつぼってわけか。厄介な相手だよ全くっ!」


サードの愚痴を聞きながらフィフスはろくに見えていない視界にくっきりと映る黒い人のシルエットをうっとおしく思いつつ、最期の見る光景が視力を失った真っ黒な暗闇ではなく能力による真っ黒な暗闇なのかもな…と考えていた。


そしてそんな思考をしている暇はないと頭を振って思考を切り替える。思考で向こうと渡り合うのはかなり難しい。特に蘇芳と美世は能力者として優れているからIQが非常に高くてしかも性格が非常に悪い。


(これと思考戦をするのは分が悪いと言わざるを得ないです。)


「3方向から仕掛けて削りましょう。そして多分だけど蘇芳は自分よりも美世のほうを優先にして守るからそこを突く。思考で勝てないのなら体力勝負と行きます。」


フィフスの指示を聞いたサードとフォースの二人が左右に別れた。サードが美世のほうへ行き、フォースが蘇芳の方へと行ってフィフスの合図を待つ。


『向こうがワザと疲れたフリをして杜撰な防御をしてくるかもしれないけど、誘われないでね。特にサード。』


『わっーてるよ。そこで近付けば怪腕の攻撃が…って寸法なんでしょ?』


『じゃあ怪腕の射程までは近付かない感じでいいんだね?サイコキネシスとかで中距離から殺る?』


『…コスパは良いだろうけど時間が無いから思いっ切り殺ろう。一分間は何でもしていいよ。ふたりは向こうの様子を伺う必要なんてない。さっさと蘇芳を潰して逃げられなくなった美世を殺る。』


フィフスはふたりに全力と伝えた瞬間に怪腕を出現させて道路に転がっていた人間の死体を拾い上げる。そしてその死体を美世たち目掛けてぶん投げた。死体は突然の衝撃に耐えきれずあっちこっちの骨が折れて正常な形状を失いつつ凄まじい速度で美世たちに向かって行く。


(さあ…あなた達はどうします?)


私が投げた死体を彼女たちが防御するとして、先程のサードの攻撃を防いだみたいに【削除(リボーク)】で消し去るでしょうか。私は彼女たちがそんなことをしないと思います。理不尽に殺された死体を削除するなんて美世はしないでしょう。ならば蘇芳もそんな選択肢は取らないはず。大好きな姉の方針に逆らうようなことをあの少女はしない…


「っ…!」


私の予想通り蘇芳はバリアで防いだ。…そうだよね。しないよね。その防御方法しか取れないよね?なら方法は決まったも同然。


『うわ…性格わる。』


『うっさいフォース。私のお陰で【削除(リボーク)】を使わないタイミングを作り出せるんだから文句はあとで言ってよ。』


フィフスは再びそこら辺に落ちている人間の死体を怪腕で拾い上げて思いっ切りぶん投げた。そしてそのタイミングで左右に別れたサードとフォースがベルガー粒子を押し固めて創り出した拳銃を構えて引き金を引く。


先に到達したのはサードたちの不可視の弾丸。これを防ぐには【削除(リボーク)】が最適解。しかしこの攻撃をサイコキネシスによって防御したせいで大きくベルガー粒子を散らすことになる。サイコキネシスは自身のベルガー粒子を利用する性質上、大きな衝撃を与えると散ってしまうデメリットが存在し、そのデメリットは行使している能力者の脳を大きく疲弊させるのだ。


そんな猛攻に加えて怪腕によって投擲される人の死体。何十キロもある物体が時速400キロメートルもの速度でぶつかってくればその衝撃の大きさはもはや語る必要もないだろう。これも着実に能力者の脳への負荷として蓄積していく要因になる。


(仕留められる…サイコキネシス如きじゃこの攻撃を防ぎ続けられない。もっとやると思っていたけど、能力を使えない美世なんてこんなものか…)


『あとはこれを継続すればいい。死体なんてそこら辺に落ちてるし、こいつらの向かってる方向的に組織のビルだからね。ここよりももっと通りが広くなるし人もまだまだ落ちてる。辿り着く前には決着が…』


突然美世が蘇芳と繋いでいた手を離して右手で蘇芳を抱き寄せて抱っこの要領で持ち上げた。別にこの判断は間違っていない。異形能力者である美世ならばあんな軽そうな蘇芳の腰と尻に手を回して持ち上げることも簡単でしょう。そしてその足で逃げればいい。特にこのことで驚くところはない。


私が驚いたのは美世がわざわざ振り返って私の方を見てきたこと。そして空いた左手には何故か()()()()()()()()()()()()。しかも普通の拳銃ではなく能力によって再現された拳銃。サードとフォースが持っているものと同じ拳銃を持って引き金に指を掛けて…


「なんでっ…!?」


フィフスの左半分の頭部が消し飛ぶ。突然の反撃に反応しきれなくて怪腕の防御が遅れてしまった結果だった。彼女は自身の視力で距離感を測れない。怪腕を使いながら【探求(リサーチ)】で周囲を見ていたが、能力の感覚にまだ慣れておらず不可視の弾丸を避けることも防御することも出来なかったのだ。


「「フィフスっ!!」」


サードとフォースは突然の美世の反撃に驚きつつも警戒を強める。ここで焦って前へは出ない。フィフスのあの傷の具合ならば40秒で復帰できる。だから問題なのはどうやって美世が能力を行使しているかだ。


(ベルガー粒子は…無い。あるのは蘇芳のだけ。美世のベルガー粒子は他と違ってもっと密度がある。)


フォースは美世たちを観察してそのカラクリを暴こうと攻撃を加える。蘇芳は相変わらずこちら側だ。ここで蘇芳を攻撃することで向こうの出方を伺う。


しかし美世はこちらの攻撃を予想していたみたいに最小限の動きだけで身をよじって回避行動を取るだけで留めた。…探知能力も使えているってことね。


『なにこれ、なんで能力が使えてるんだよ。この能力を使っている間はベルガー粒子を失っているんじゃなかったの?』


『分からない…彼女のベルガー粒子は今もないよ。なのに能力を使えているとかどんなインチキをしてるのかな。』


能力が使えるのなら話は変わってくる。攻め方を変えないと真っ向からあの最強の能力者とやり合わなくてはならなくなるから方法を変えなければならない。あれとはマトモにやり合っても残り少ない時間で仕留められる自信がない…。


『…こ、膠着…状態に持ち込まれない、で…。攻めて、攻めて攻めて削らないと時間が、無くなる…』


脳の7割が再生したフィフスが無理やりパスを繋いで会話に参加してきた。未だに身体を動かすのは難しいが、やろうと思えば立ち上がることも出来る。それをしないのは美世たちにまだ気付かせたくないからだ。不意を付くにもまだ動くわけにはいかない。


『…オッケー。で、攻め方はどうするの?』


フォースは表情に出さないようにフィフスのほうを見ずに美世たちに視線を固定する…フリをする。どうせ視界は黒く染まってろくに見ることは出来ない。嫌でも時間制限のことを意識させられるだけだ。


『…人質を使う。』


『その人質は美世の手の中にあるんだけど?』


『それに生き返らせることが出来るんだから効果はないんじゃないの?』


『蘇芳なんか人質にしない。人質の役割なんか果たさせようとしないでしょう?だから別を狙う。』


フィフスから送られてきた情報は正に人質として有用な人物たちだった。サードとフォースはすぐさまテレポートし、その人質を確保しようとする。


テレポートした先に行ったことがないふたりは最初に上空へとテレポートして、そこから方角を見定めて何度もテレポートを繰り返した。その行動に美世と蘇芳は呆気に取られるが、美世は嫌な予感がして追うことに決めてテレポートする。


(…やっぱり美世が能力を行使してる。今のベルガー粒子の動きで分かった。美世は()()()()()()()()()()使()()()()!)


『サード!フォース!美世は自分のじゃなくて蘇芳のベルガー粒子を使って能力を行使してる!美世が蘇芳を抱えたのは密着してベルガー粒子の動きからどちらが能力を使っているのか悟らせない為っ!!美世は無制限に能力を使ってくるよッ!!』


能力者とはベルガー粒子を知覚して操る者達の総称。知覚するためには脳が必要になるが、ベルガー粒子は自身の生み出したベルガー粒子である必要はなく、他者のベルガー粒子でも能力を行使することが出来る。


その性質を知っていた美世と蘇芳は必要となる瞬間までその事実を敵から隠し、そして最も効果的な場面でその方法を取ったのだ。全てはこの時の為の下準備。あんな苦しそうに走っていたのは美世が能力を使えないと印象付ける為の罠。勿論本当に蘇芳は苦しかったのだが、頭の中は常に回り続けて様々な手を打ち続けていた。


彼女は自身の母親を呼んでセカンドの相手をお願いし、伊弉冉にはパスを通じて死神の能力を貸し出して作戦を詰めていた。身体の疲労も脳の負荷も嘘ではないがそれで何も出来なくなるような能力者ではない。


蘇芳は常に策略を張り巡らせて駒を配置する。これは能力に目覚めた頃からの習慣であり彼女にとって呼吸をすること同義。いくら疲れていても呼吸が出来るように蘇芳はいつでも頭を動かし続ける。それが彼女の最も優れた点であり美世と凄まじく相性の良いところであった。

ゴールデンウィーク中に終わらせる…終わる…?終わる…か?いや、終わらせないと…終わり…たい。もう2年以上も書いてる…頭おかしなる…解放…されたい…たは、泣いちゃった…!

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