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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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乱戦③

絶対に書きたかったエピソードのひとつです。蘇芳ママのことを描くのは恐らくこの話が初めてだと思います。

新垣結貴は幼い頃から厳しい訓練を積んできたサラブレッドの能力者だ。父親も母親も優秀な能力者でその間に産まれた彼女も優れた能力者として生を受けた。


幼少期から厳しい訓練に厳格な教育を受けた影響で組織の中でも飛び抜けたテレポーターとして成長したが、それは同年代の子達に比べて過剰なまでのストレスを感じていたという事実に他ならない。


そして彼女は高校に上がり、あと一年で卒業という時に彼女は自分の人生に絶望していた。高校を卒業してもこんな気持ちを抱えて生き続けなければいけないかと思春期に有りがちな考えではあったが、新垣結貴にとっては人生の岐路に関わる話だ。


何のために生きているのか分からなくなった彼女は生まれる前から敷かれていた人生のレールから外れたいと願う日々を過ごすことになる。


そんな彼女に近付く男が居た。その男は新垣結貴と昔から接点があり、顔馴染みといえば顔馴染み程度の知り合いではあったが、悪い噂が絶えない彼に自然と彼女は惹かれていった。


特段その男だから良かったとかそういうことではなく、悪い男に惹かれていた事と、ただ近くに居て都合が良かったから関係を持っただけのこと。恐らく誰でも良かったんだと処女(バージン)を捨てた時に彼女はそう感じた。簡単に良い子を辞められて簡単に人生のレールから外れたから、それで満足だったのだ。


しかし彼女の思っていたよりも人生のレールから外れることになる。妊娠したのだ。たった一夜の過ちが本当の過ちになったとその時の彼女は酷く後悔する。そして自分が後悔していることに彼女は驚いた。


自分の望み通りに周りの人間が勝手に敷いたレールから外れられたのに、実際に外れたら外れたらでその過ち(選択)を後悔してしまったことに新垣結貴は自分自身に驚いたのだ。


そして彼女の選択を周りの人間は良しとしない。お腹の子供の父親がすぐに判明したが、相手が相手であったのに加え妻子持ちだった。懐妊のことは公には出来ず、彼女の家系である創始者一族と京都の一部だけの人間との間で内々に処理することになる。


新垣結貴はその日を最後に表舞台から姿を消し、誰にも知られていない田舎の山奥へと彼女とその子供もろとも存在ごと隠され、用意された屋敷の中で蘇芳を産むことになった。


周りからの期待やプレッシャーから解放された状況は間違いなく彼女の理想的な結果ではあったが、間違いなくこの結果は間違いなのだと強く自覚し、新垣結貴はせめて自分の子供だけはそんな選択や苦労をさせたくないと自分が母親であることを隠しながら育てることにした。


望まれずに産まれたなんて我が子に言えるものではない。この子にとっての祖父や祖母も見舞いにも顔を見にも来ない。そんなの…可哀想すぎる。だからこの子の父も母も死んだことにし、自分は使用人として彼女と数年間もの間、子供ひとりを閉じ込めておくには小さ過ぎる鳥籠のような屋敷で過ごすことになる。


一緒に使用人として働く小林さんは子供も孫も亡くなり現場から離れていた人で、蘇芳のことを孫のように可愛がってくれた。その甲斐もあって寂しい思いをさせずに育ってくれたとは思う。


でも学校にも行かせてあげれないし、友達も作ることが出来ない環境が蘇芳にとって良い環境とは言い難かった。大きな屋敷ではあるけど、流石にここで人生を送るにはあまりにも小さい。満足に外へ連れて行ってあげることも出来ないのが歯痒くて歯痒くて仕方なかった…。


蘇芳を見ているとまるで過去の自分を見ているみたいで私は涙を堪えるのが我慢が利かなくなり、密かに蘇芳を外の世界へ連れ出すことを決める。


私の能力はテレポート。どこにでも行けるし、どこにだって連れて行ってあげたい。例え監視の目があっても探知能力者が居ないのだから私が能力を使ったところでバレることはない。それに私は空間の揺らぎを他人に悟られるような訓練をされていないもの。


決行日に私はあくまで使用人として彼女のことを気に掛けたというスタンスで私は蘇芳を海に連れて行ってあげた。私ももう何年も外の世界を見ていないから久し振りに見た海を見て感無量の思いを抱きました。出来ればこの感動を蘇芳にも感じてもらいたいです。


「ここが海ですよ。」


「すごい…大きいよ。こんなの初めて…」


まだ6歳になったばかりで好奇心が一番高い時期なのに蘇芳は何をしたらいいのか分からないみたいで、その場にずっと立ち尽くしていました。


(ああ…私はなんてことをしていたのだろう。6年も彼女を檻に閉じ込めていたなんて…。)


子供なのに子供みたいにはしゃいだりもしない。いえ、多分怖いんですね。初めての外の世界が自分の知る世界とは違い過ぎて戸惑いが大きいんだと、私は蘇芳の頭頂部を見ながら自分がしでかした選択(過ち)の重みを感じていた…。


「…あれ、なんか見づらい。」


そして私はまた自分の選択を後悔することになります。海へ連れて行ってから蘇芳の視力がどんどん落ちてしまったのです。原因は彼女の目覚めた能力であるとベルガー粒子の動きから容易に想像がつきます。恐らく初めて外へ行った際のストレスが彼女の能力を目覚めさせてしまったのでしょう…。


あとはもう重力に引かれて落ちるように蘇芳の両目から光は消えて、変わりに蒼いベルガー粒子の光が蘇芳の両目に宿りました。そして蘇芳は自分の能力によって全てを知ります。


「…おかあ、さん…?」


そう呼ばれて私は使用人としての役割を失い、たったひとつの役割すら全う出来ない人間なんだと、私はその時に改めて思い知らされたのです。


それからの私達の関係性やあの子自身すら変わりました。蘇芳は人が変わったかのように生活サイクルを変え、好きだったことや毎日の日課までしなくなり、毎日見ていたテレビも見なくなって外の世界へ関心を向けるようになったのです。


そして私はその手伝いをすることにしました。今の今まで蘇芳にはしたいことをさせてあげられなかったので、その分を取り返すように危ない橋にも渡ります。手始めに外の人間との交流を手伝ってほしいと言われたので蘇芳のやりたいことを優先に私と蘇芳は暗躍をしました。


「この世界は滅ぶ。それを防ぐためにはお母さんの能力(ちから)が必要なの。」


蘇芳は私の知らないことも知り、パスという概念を使って私に向かいたい場所の情報を送ってくるのです。私は実際に行ったことのない場所でも強くイメージが出来ていればテレポートで行くことが出来ます。そのことを蘇芳は知っていたのだから驚きました。一度も話したことが無いのに蘇芳にとっては簡単に知る事が出来るようです。


「子供の私が表に出ても信用されない。私の言う通りに動いてくれたら問題無いから。」


まさか表舞台から降りた私がもう一度矢面に立つことになるなんて…。人生とは予想がつかないものです。


「世界を救うには美世の覚醒が絶対に必要なの。その為に組織の人間とコネクションを作りたい。」


古い知り合いに当たって蘇芳の必要とする人間と交渉を重ね、数年先の未来のための土台を用意しました。正直なところ訳も分からずに蘇芳の言う通り動いていましたが全て蘇芳の言う通りに動くのです。まだ6歳の子が大人を相手に交渉を成功させたのですよ?少しだけ自分の血を疑いました。本当に自分の子供なのかと心配になるぐらいに優秀です…。


「必要な能力があるの。まだどこの勢力にも見つかっていない能力者に会いに行きたい。」


こればかりは反対しました。相手は能力者です。最悪殺される可能性があります。しかし蘇芳は譲りません。全てを知っている蘇芳は私の反対を押し切って結局何人もの能力者と交渉することになります。勿論私も付いていきましたよ。


「美世の周りに居る能力者を全員遠ざける必要があるの。この二巡目の世界は一巡目よりも能力者が多いから小学生のうちに母親の仇と思って能力者と接触してしまう。」


美世とは蘇芳の腹違いの姉でありこの暗躍の目的でもあります。会ったこともない姉のために蘇芳は毎日休むことなく動き続けます。この屋敷の中で一番遅く寝て一番早く起き、常に能力を行使し続ける。何故そこまでするのかと一度だけ蘇芳に聞いたことがあります。


「約束だから。絶対にこの約束は守る。」


約束なんてしたわけがない。一度も会っていないのに何故そこまで約束の拘るのか私には分かりません。一巡目の世界の話を聞かされたことがありますが正直なところ…妄想の類としか思えませんでした。


「まだ何も起きていないから信じられないと思うけど美世が高校一年生になる2020年に全てが始まる。そして全てが終わるの。だからお母さん…力を貸して。」


私は能力者を殺す訓練を何年も受けていました。高校を卒業したと同時に処理課に配属されることが決まっていましたからね。なので人を殺すのも実は14才の冬には済ませています。まあ死刑囚を相手に引き金を引いただけですけど。


だから美世さんの周りに居る能力者を遠くへ飛ばしたり場合によっては殺したりもしましたが、私にとっては一番簡単なお願いでした。人を殺すことに抵抗はあまりありません。蘇芳のお願いなら私はなんでも叶えてあげられます。


「あの人は小学生の時に同級生を殺してる。だから気を病むことはないよお母さん。」


私が殺した能力者の全員が過去に人を殺したことがあったり未来で人を殺したりするなどのいわゆる悪人の人達だけで、罪のない能力者の人達には交渉したりして東京を離れてもらったりしました。あくまで私達は世界を救うために暗躍しているのであって、理不尽に人の命を奪いたいわけではありません。


「組織の能力者が美世のマッピングした範囲を歩こうとしているから妨害しないと…」


テレポーターである私にとって能力者の尾行はお手の物です。蘇芳の言う通りの場所に向かえば組織の探している能力者が居ます。私は組織の人間よりも先回りし、探している能力者を追い立てて誘導したりなどの暗躍もしました。


出来れば美世さんには家の中で大人しくしていてもらいたいものです。


「本物の家族でもない人達の所に居てもお姉ちゃんが苦しむだけだよ。」


「ならなんで接触しないの?私達の所に保護すれば解決しませんか?」


「それじゃ意味が無い。言ったよね?お姉ちゃんには特異点として覚醒してもらう必要があるの。それがお姉ちゃんとの約束に必要な前提条件で絶対にやらなければならないことなんだよ。」


7才になった蘇芳は相変わらずお姉ちゃんっ子でした。一度も会ったことのない姉に蘇芳はまるで心酔しているようです。だからなのか蘇芳はわたしにも話してくれません。どういう約束をいつしたのかすら絶対に口にしないのです。これは私が信用されていないとかそんなことでは無くて、蘇芳にとってはその約束が全てであり、大切にし過ぎて口にしたりも出来ないもので、私には推し量れないものなのです。


「あと一年か…。あと少しでお姉ちゃんに会える。」


蘇芳は産まれた事実すら記録に残されず戸籍がありません。だから小学校に行ったり中学校に行ったりも出来ません。勉強は私が教えていますが蘇芳は自分の将来のことよりも美世さんの将来のことが心配のようであまりに勉強をしてくれません。


頭はとても良く能力の特性上か勉強したことのない範囲も知っています。なので本当の事を言えば勉強をすることが不要なのです。でも親としては同年代の子達と遜色なく過ごしてほしいとどうしてもそう考えてしまいます。


「私にとっての家族はお母さんと美世と…まああとは伊弉冉ぐらいだよ。友達なんていらないし必要ない。私と対等なのは美世だけ。美世だけが私を分かってくれる。私だけが美世を分かってあげられるの。」


「…それは誰の記憶なの?蘇芳の記憶じゃないよね?ここに居る私の娘は美世さんと約束なんてしてるわけない。あなたは自分の能力によって前の自分を知っただけで…」


「お母さんがそう言うのも6年前から知っていたよ。心配してくれているんだよね?」


「…そう、心配しているの。私の知る蘇芳から別の蘇芳に成り代わっているんじゃないかって心配なの。」


「私は私だよ。一巡目の私も二巡目の私も私。どの私もこの約束だけは絶対に守る。…それだけだよ。心配させてごめんね?」


「謝らないで。謝らないといけないのは私の方なのに…」


ずっと罪悪感が消えない。外へ出ると蘇芳と同年代の子達を見かけることがある。そして同年代の子達を見て蘇芳の未来を奪ってしまったことに罪悪感を覚えてしまいます。


普通の生まれで普通の子として育ったらその両目を失うこともそんな約束を美世さんとすることも無かったのに…。


「この約束があるから私は私でいられたの。この約束が無ければ私は部屋の隅でずっと泣いていた。目が見えなくなって光を失った私に新しい光をくれたのがお姉ちゃんなの。だから…絶対にこの約束は守る。その為なら私はお姉ちゃんに殺されても構わない。」


私の罪はこの子を産んだこと、この子を檻に閉じ込めたこと、この子を檻の外に出してしまったこと、能力者として産んでしまったこと、そして…私の役割はこの子を産むことだった。過ちだと後悔したことが私の役割だったのです。…私はこの子を産むために産まれてきたのですね。そして、あなたはその約束を守るために生まれてきたのですね…。


「早くここを終わらせてあの子とあの子の大好きなお姉ちゃんを助けに行きましょう。」


私はあなたとの約束を守ります。あなたのしたいことを私は必ず叶える。そのせいで例えこの命を散らすことになっても、お母さんは絶対にあなたの味方だから。


「ふふ、少し度が過ぎますけどね。蘇芳の美世への大好きぶりは。」


「少し育て方を間違えたと後悔しています。」


「あなたがそう言うのならそうなのでしょうね。」


「かなり甘やかして育てましたのでもう少し厳しく育てれば良かったです。私も使用人の小林も目に入れても痛く無い程に溺愛していましたから。」


「だからあんなクソガキに育ったのか…」


小林さんは組織の回し者で私と蘇芳のことを組織に報告する役割がありました。しかし蘇芳のことを大切にし過ぎで私と蘇芳に協力して一緒に暗躍していましたから相当溺愛していましたよ。虚偽の報告を組織にするほどでしたから。


「あら、クソガキだなんて失礼ですね。才女ですようちの蘇芳は。」


「美世と同じタイプですよそれ。私も小さい頃はクソガキだったので間違いありません。姉妹揃ってクソガキです。」


「変な所が似た姉妹ですね。」


まさか伊弉冉さんとこんな話を出来るとは思いませんでしたが、お姉さんとして蘇芳のことをちゃんと見てくれていたのですね。


「…もう少し話したいところですがどうやら時間が無いみたいです。宵闇と初凪のふたりをここに戻してもらえませんか?」


「分かりました。でもその前に彼らをここに呼びましょう。あのままでは可哀想ですから。」


新垣結貴は右手の親指と人差し指で丸を作り、その丸を覗いて能力を行使する。能力の対象となるのは瓦礫のせいで外に出られなくなった炎天と蟄虫咸俯すのふたり。新垣結貴は目に力を入れて瞬きをすると炎天と蟄虫咸俯すのふたりが彼女の目の前に現れた。


「…おい、さっきから色んなことが起こり過ぎて頭がついて行けねえよ。誰だおめえ?」


「…まさか、そんな訳ないよな…。他人の空似か?」


炎天は疲れた表情で辺りを見回し、蟄虫咸俯すは新垣結貴の顔を見て状況を理解し始める。


「…近くで改めて見ると私の知るテレポートとは次元が違いますね。空間の揺らぎが無いし動作が速すぎる。」


天狼は新垣結貴の能力を見て蘇芳の母親なのだと改めて認識する。この速度と精度はこの人しか出せないものだ。直接見ていない対象をテレポートさせるなんて美世でも難しいんじゃないか?


「さて、次は残り全員をここに呼びましょうか。」


そして新垣結貴は残りのメンバーこの場に集め始める。彼女の能力の精度と蘇芳から送られてくる情報を駆使すれば視認出来なくても対象をテレポートさせることが出来るのだが、これは暗躍時代に身に付けた技法であり、まるでこの日のために準備されたようだった。


「…やっぱり私の蘇芳は才女ですね。」


小声で発したその声は地上から発せられる地響きのような音にかき消される。しかし新垣結貴は笑みを浮かべてこの瞬間を堪能していた。


あの過ちから絶対に戻れないと思っていたレールの上に立ち、表舞台に立ち、処理課の人達と同じ現場に立っている。こうしている間にもずっと抱え続けていた後悔が消し去っていく。私はこの日のために間違い続けたのだと胸を張って言える。


私は…私はあなたの母親になれて良かったと心の底から思えます!

蘇芳がクソガキなのは母親の育て方が良かったからです

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