乱戦②
調整体の挙動は5歳児の子供よりも読めないものだった。突然反応したと思ったらその場に居た全ての個体たちがビル目掛けて突撃をしたのだ。
鉄筋コンクリートで造られたビルはまるで発泡スチロールブロックのように壊れて辺りにその残骸が落ちていく。しかし実際の残骸たちは発泡スチロールではなく何十、何百kgもの鉄骨やコンクリートの塊であったので、下に居た蟄虫咸俯すと炎天などはすぐさま対面の建物へと走り出す。
「質量的に即死すんぞッ!!」
「解体業者じゃないんだから建物は専門外っ…!」
伊達に何年も能力者を相手にしていない二人は陸上選手顔負けの走りでなんとか被害を免れる。しかし元々彼らの居た地点に瓦礫の山が積み上がり、避難した建物の出入り口がその山によって塞がれてしまった。
「大丈夫かー!?」
少し離れた場所に居た初凪は大きく舞った粉塵のせいで二人が無事に逃げ切れたのか分からず大声で安否を確認した。
「向こうの心配よりも自分達の心配をしたほうがいいですよっ…!!」
宵闇は完全にこちらに意識が向いたセカンドと対峙し、一人では絶対に勝てない相手だと瞬時に理解した。初凪と二人で戦っても勝ち目があるかと言われれば勝てないと答えるが、あいの風と三人で戦うとなれば勝機はある。
「悪い!この金髪優男が優先だな!」
初凪も慌ててセカンドに向き直り戦いに集中する。そして視界の隅に薬降ると蜃気楼が写って気が緩みそうになるのをぐっと抑えた。彼らは粉塵が舞うこの状況でセカンドの後ろを取る位置にいる。気取られてはいけない。
「ああ、そこに二人が居るのは分かっていますよ。この辺りはもうマッピングが済んだので。」
蜃気楼によって切断された筈の足がもう生えていたセカンドは感触を確かめるように新しい足をプラプラと揺らした。しかし裸足である為か両足で立つとバランスが悪くしかめっ面を浮かべる。
「マッピング…?あいの風みたいな能力を持っている…?」
宵闇は目の前に居るセカンドから名状し難い圧を感じた。今までの経験が通用しない相手であることは分かるが、何をしてくるのか予想がつかない。そもそも彼という存在もその思考も見通せないから不気味なのだ。
「そんなわけ無いだろ。…ハッタリだ。」
非接触型探知系能力があいの風以外に居たら確実に情報が出回る。だから奴の言葉を鵜呑みにする必要なんて…
初凪は自分の中に生まれた可能性を切り捨て余計な事を考えないようにした。しかしそこがマズかった。セカンドという能力者はありとあらゆる可能性を考えて相手にしなければならない敵なのだ。
「遅延キャラとか死んでほしいよね。」
セカンドが右手を前に向けたと思ったら見たこともない大型の拳銃が握られていた。そして生きていた中で感じたこともない悪寒を覚えた初凪と宵闇のふたりは反射的に能力を行使する。
まず宵闇は自分と自身のベルガー粒子で作り上げていた図形の形を変化させた。宵闇の能力は対象を固定する能力だが、別にその場に停滞し続けるしか能がない能力ではなく、図形の形を変化させることで対象を無理やり移動させることも出来る。
宵闇とベルガー粒子との関係性が正三角形だったのを二等辺三角形へと変化させ、変化させるのは勿論彼の居る地点である頂角。一気に頂角を底辺へと移動させて半ば無理やり自分の位置を移動させた。その速度は時速200kmにも及び、彼の内蔵を痛めつつも不可視の弾丸の攻撃を避けることに成功する。
そして初凪は自分の周りの空間を縮めた。彼の能力は空間を縮めたり拡張したり出来る。しかし制約があり干渉する空間に有機物があると干渉することが出来ない。つまり人間や生き物には干渉出来ず、その周囲の空間を伸び縮みさせることしか今の彼には出来なかった。
だが宵闇と同じ様に自分の位置を能力によって無理やり動かすことは出来る。宵闇とは違い初凪自体が高速で動いたのではなく空間自体が動いた為、彼自身には反動もGも掛からずスライドしたような挙動で弾丸の軌道線上から逃れてみせた。
反射的にしたそのふたりの選択肢が間違っていなかったと理解したのは自分達の後ろにある建物に大きな銃痕の跡が生まれてその大きさに見合う衝撃音が発せられた時だった。
(あれは拳銃か?音もなく弾丸が進む音も無かったけど…)
「マジか…初見殺しの能力を避けるなんて組織の犬共を甘く見てたかな。」
セカンドはまさか避けられるとは思わず素直な感想を口にした。この攻撃を避けられるとは想定していなかった為に次の動作が少し遅れる。
(今なら一手、私たちのほうが早く動けるっ…!)
薬降るは好機だと見て持っていた拳銃でセカンドを後ろから数発撃ちこむ。だがセカンドの背中に当たった弾丸は何故か弾かれて地面などに跳弾したのだ。
「硬いっ…!?」
人間に当たった感じではない。まるで鋼鉄の壁に撃ったみたいな衝撃音だった。…能力による防御でもサイコキネシスとは訳が違う。
「いくら硬くても私には関係ない…!」
蜃気楼は再びテレポートによる攻撃を仕掛けようとした。不死であっても頭の大部分を消し去れば再生しきる間は能力が使えなくなる。
殺し切れなくても時間を稼げればこちらの勝ちと分かっている状況下で私達のやるべきことは安全圏からあの男にダメージを蓄積していくことだ。
「硬い…?美世から何も聞いていないのか?」
蜃気楼の考えは間違っていなかった。ただの不死の能力者相手ならばその考えが当てはまっていただろう。しかし相手は【多次元的存在干渉能力】を行使出来る能力者。その気になれば自身に降りかかる不利な干渉を全て発生しないようにすることが出来る。
「まあ、聞いていても何も出来ないだ…」
セカンドが言い終える前に真上から凄まじい速度で調整体が落ちて来た。調整体はセカンドに触れるか触れないかの絶妙な距離で停止し、直接触れ合う事は無かったがセカンドにとってこの事態は想定外であり少しだけヒヤリとする思いを抱く。
(能力を行使し続けていなかったらここで勝負が決まっていた…)
だがそこで終わらなかった。真上から調整体が落ちて来たからには原因が存在する。調整体を相手にしていたのは天狼であり、彼女の攻撃であることは間違いなかったが、彼女が何故調整体をセカンドのもとに落とせたのかが不明であった。
なのでセカンドは瞬時に【ラプラス】を行使し天狼の視界を覗こうとした。しかし見ることが出来ない。能力の同時行使によって能力が上手く機能しないかと疑ったが、それならば頭の上にある調整体が落ちて来るだろうと考え直す。なら何故見えないのか。
その答えは天狼もセカンドと同じ能力を行使していたからだった。
「あの子達が使えて私が使えない道理はない…!」
セカンドの頭上にある調整体よりも更に上から天狼が落ちて来て調整体目掛けて拳を振り下ろした。
「やれるだろうとは思っていたがまさかこのタイミングでかっ…!」
セカンドは瞬時にバリアを張り調整体をガードする。調整体はバリアと天狼の拳に挟まれてアルミ缶のように潰れて活動を停止させた。
「…天狼?なんであなた…取り込まれないの?」
攻撃を防がれて地面に着地した天狼に薬降るは純粋な疑問をぶつける。それはその場に居る全員が感じていた疑問でありこの状況を大きく変える要因になり得る事実でもあった。
「死神の能力を借りているんですよ。」
(まあ、本当の事を言うと死神の能力をコピーした美世からパスを経由して借りている…なんだけどな。ちゃんと説明しようも時間がないからこの説明しかしないけれど。)
「…死神はそんなことも出来るのかよ。」
初凪は何でもありだなと感想を口にし終えてセカンドにではなく周囲に意識を向ける。まだ戦いは終わっていないし、セカンドが危険な能力者であることは何も変わらないが、ここに天狼が居るということは調整体たちが…
「いやいやこれは…ッ!今すぐ逃げろッ!!押し潰されるッ!!」
蜃気楼は近くに居た薬降るを連れてテレポートし、上を見上げて状況を理解した宵闇と初凪はすぐさまその場から離れた。しかしどんどん彼らの周囲が暗くなり上から超高速で何かが近付いていくる音が聴こえてくる。
そう、調整体たちが一斉に頭上から落下してきたのだ。触れれば取り込まれてしまうような厄介な相手だが、最も悪質で脅威なのは頑丈な身体と恐怖を感じない挙動にある。相手が知性のある生物ならこんなことはしない。まるで魚の群れのように動くそれが地面目掛けて突っ込んでくるのだ。その姿は見るものに死を連想させるものだった。
(間に合わない…!僕達にホーミングするように突っ込んでくるし直接衝突しなくても地面と激突した際に発生する衝撃波とその破片に身体がズタズタにされるっ!)
全速で走りながら間に合わないと感じた宵闇は予想される最悪の未来を回避するために能力を行使する。その対象は自分でも無ければ調整体たちにでもない。その対象とは自分の隣に居る初凪だった。宵闇は能力を行使するために右隣にいる初凪のほうを見るとなんと彼も同じ様にこっちを見て能力を行使しようとしていたのだ。
互いに互いを生かそうとしたのは自分の能力よりも相手の能力のほうがセカンドに対して有効だと考えていたからだ。自分よりも他者を選んだ選択に間違いは無かったが、この場ではその一瞬の戸惑いが命取りになる。
もう間に合わないと相手の頭上に現れた調整体の速さで理解してしまう。死の間際に感じるスローモーションのように流れる光景は彼らに自分たちの犬死を感じさせるのに充分だった。
しかし結果としてその時間が彼らを生かすことに繋がる。同じ距離に同じ地点に居ることで彼女の能力は有効的に働くからだ。
「ふう…間に合いましたか。」
女性の声がしたが宵闇と初凪が振り向くよりも早く彼女の能力が行使される。突然その場に現れた女性は両手の親指と人差し指を使って四角を作り、女性の視野では自分の指と指の間に二人が収まって彼女の能力の射程圏内へと入った。
そしてその両手の指をスライドさせて女性の視野から二人が隠れるとその場から二人が実際に消える。その速度はあまりにも早く彼女と天狼とセカンド以外にどうして消えたのか判断がつかなかったレベルだった。
だがそんな感想を抱いて考える暇もなく調整体たちによる攻撃でアスファルトで造られた道路は砕けて大きく陥没し、その陥没した地面に周囲の建物が飲み込まれていった。それはまるで元々道路が砂で出来ていたのではないかと思ってしまうほど呆気なく何十もの建物が穴の中に落ちて行っていく。
それから爆音と共に飛び散った破片はここから1kmも離れた地点まで飛んで行き、その衝撃の大きさを物語った。まるでミサイルが都心の真ん中に落ちたような有様にここからそう遠くない地点までテレポートで避難していた蜃気楼と薬降るは背筋が凍る思いを抱く。
あと数秒、蜃気楼の判断が遅ければあの攻撃を間近で受けていたと考えれば例え治癒能力を使える薬降るであっても即死していただろう。
だがそんな中で間近でその衝撃を食らったはずなのに無事だった者達が居た。一人は異形能力者であり調整体の攻撃をただの身体能力によって避けていた天狼。そしてもう一人は宵闇と初凪を助けた張本人である彼女…
「来てくれましたか…!」
「ええ、娘の頼みですしあの子の姉を死なせるわけにはいきませんから。」
突然その場に現れ窮地を救った彼女は蘇芳の実の母親であり、組織の創始者の血縁でもある新垣結貴。彼女はこの世界でもトップクラスのテレポーターであり創始者の家系の中でも最も将来を期待されていた能力者だった。そんな彼女が現れたことにより状況は更に好転することなる。
「早くここを終わらせてあの子とあの子の大好きなお姉ちゃんを助けに行きましょう。」




