時間稼ぎ
今月中に終わりたかったのですが中々に進捗が進んでいません。もう少しスマートに纏められる文章が書ければ…
意識が戻って一番最初に認識したのはその異様なまでに黒くてハッキリと見える人間のシルエットだった。美世たちを逃してしまった事やまだ痛む身体のことよりも視界の中心に映り込むその不気味なモノに意識が向いてしまう。
「なにこれ…なにかされたの?」
インド系のイギリス人であるフィフスは先の戦いで眼鏡を失った事と、【ラプラス】の制約によってろくに物が見えていない。しかしそんな彼女の目にもそれはハッキリと見えた。だからそれが能力による干渉なのだとすぐに理解し、他の仲間達も自分と同じものが見えていることを察する。
自分と同じく自分の視野になにかが写って手で振り払うような動作をしているから間違いない。私もどうにかこの能力を消そうとしようとするが、「ファーストが無駄だ」と私達に言い放つ。ファーストは私達とは違い攻撃を受けていないから一人で追いに行ける筈なのに私達が再生し終えるのを待っていたみたい。
「美世の能力だ…。恐らくは俺が視えているものと同じものが視えていると思う。まさか対象を選んで感染するように射程を伸ばすとはね…」
「感染…?美世はそんな能力を持っていないでしょ?それともここ最近に手に入れていた…?」
「いや…それは少し違うよフィフス。今さっき創ったんだよ。俺達を確実に…俺達の全てを削除する能力を…ね。」
そしてファーストは語る。美世とのやり取りとこの能力の全容を。私達はただ黙ってその話を聞き、自分達に残された時間を知る。その間ずっとこの人のシルエットをした黒いなにかは大きくなり私達に近づいて来ていた。
このなにかは私達全てをどの時間軸からも削除する能力。この能力が完全に私達の視界を妨げた時、私達は文字通り終わる。何もかも全てが終わってしまうのだ。
「…コピー出来ない。行使出来るかどうかは置いておいて、能力をコピー出来なかったことなんて一度も無かったのに…。」
アジア系イギリス人であるフォースは自信の能力でも干渉出来ないと語る。彼女のコピー能力はこの時間軸に存在する全ての能力をコピー出来るが、行使出来るかどうかは己の脳次第だ。しかし美世の能力はコピーすら出来ないので、その異常性は今までで一度も経験したことのないものだった。
「んだよこれ…!ウザってえのにあたし達じゃどうしようもないってこと?」
アフリカ系アメリカ人であるサードは常に視界の中心に存在し続ける真っ黒な人のシルエットをうっとおしく感じ、どうにか消せないのか色々と試してみるも、そもそもそこに存在しないか干渉することすら叶わない。
「ふ〜ん…で、どうすんの?ここで大人しく削除される?そんなの嫌だよね?時間は無いし早く方針を決めないと。」
この状況下でもセカンドは冷静だった。彼は孤児で親を知らない。だから自分のルーツも知らない。そんな彼にとって信頼出来るのは仲間たちだけ。そしてこの状況を打破する為にも話を建設的に進めていくことにし、そんな自分が死んでしまうかもしれないという事実を突き付けられても冷静でいたセカンドの姿を見た仲間たちはセカンドのように冷静さを取り戻す。
「美世だ。美世を殺せばこの能力が解除されるかもしれない。」
保証はない。直接言葉にしなくても全員がそのことを理解していた。それにこの能力が美世のコントロール下から外れていることをファーストは知っている。そしてこの能力がまるで意思を持っているかのように自分達だけをターゲットにして能力が行使されていることから美世を殺したところで能力が解除されるかどうかなど保証出来る訳が無いのだ。
この能力が無差別に行使されているのなら可能性はあった。しかしあの場には天狼や蘇芳も居たが彼女たちにはこの黒い人のシルエットは見えていなかった所から間違いなく俺達だけを…
「じゃあ行こうよ。美世を殺すことなんて最初から決めていたことじゃないか。何も目標は変わっていないよ。」
「セカンドの言う通りよ。何も変わっていない。寧ろ殺りやすくなったんじゃない?」
「ええ、だって今の美世は特異点じゃないもの。【ラプラス】で捕らえられているのがその証拠。」
フォースとフィフスは気付いていた。美世のベルガー粒子が失われていることを。そしてその事実は彼女たちの希望となる。最強の能力者がベルガー粒子を失ったのだ。今しか殺せるチャンスはない。
「じゃあとっとと行こう。あいつの顔面をグシャグシャにしないと腹の虫が治まらない…ッ!」
サードの身体から湯気が立ち昇り彼女の怒りを表しているようだった。今にも爆発しそうな赤みを帯びた彼女は立ち上がりすぐさまその場から走り去る。
「…テレポートで行けばいいじゃん。」
そう言いながらもセカンドも立ち上がり全員もその場を後にする。目的は変わらない。美世を殺さない限り自分達に希望はない。この時間軸において美世という存在は邪魔でしかないのだから…。
そして場面は移り変わり美世たちが処理課の同僚たちと合流した場面に移る。オリオンが死神であると知った彼らは非常に頭の痛い思いをしつつ民間人の避難を始めていた。
「ありえね…ありえねよ…。あいつが死神だったなんてよ…。」
「炎天様…お気持ちは分かりますが向こうに聞こえていた場合…」
「ああ?奴の気分ひとつで俺達が消されているのならとっくの昔にあいの風が消されていただろうよ。あの女とつるんでいたら絶対に一度はブチ切れるからな。」
炎天と初雷のふたりは喋りながらも瓦礫の下に押し潰されて身動きの取れない人を探していた。この戦いで一体何人の人々が逃げ遅れて死んだのか想像もつかない。
震災ならば仕方ないとも思えるだろう。しかし今回の場合は人間が引き起こした災いだ。悪意があって引き起こされたのだから腸が煮えくり返るような思いを抱いてしまうのは仕方がないだろう。
内心皆が敵に対して殺意を抱き、その思いを胸にしまって救助活動に専念していた。
「おい、聞こえてんぞ!なんだよまるで私がウザい女みたいじゃんか!言ってやってくださいよ先生!」
「…ノーコメントで頼む。」
「先生っ!?」
そしてこのふたりはいつものようにコントをしていた。まるで人間が変わったかのようなその様子を見ていた蘇芳と伊弉冉が違和感を覚える。
「ねえ、おねえ…あいの風、少し…変わった?」
「お前もそう思うか。なんというか…殺気が無くなったのは気の所為か?」
「え?…確かにそう言われてみればそうかも。あんなにあった殺気がキレイさっぱり無くなってる…。」
姉と妹に指摘されて初めて自覚した。ファーストたちに募らせていた怒りも苛立ちも消えている。あそこに倒れている民間人たちを見ても可哀想とか申し訳無さを感じるけど怒りには繋がらない。…まさか私のベルガー粒子と共に負の感情も吸われている?
言わば能力とは能力者の思いが形になったもの。ベルガー粒子に命令という名の感情を保存して能力は行使されるものだけど、今回の場合は私の負の感情を根こそぎ持って行ってそれを能力の原動力になっていたり…?
「確かにその話は気になる所だが向こうが動き出したようだ。調整体どもがワタシの能力から抗おうとしている。奴らに命令された影響で活発に動き出すぞ。」
先生の言う通り【停止】によって停止していた調整体のベルガー粒子が蠢き出す。因果が発生しない筈なのに特異点であるファーストたちが干渉した影響で因果が発生したのだ。
「えっと…あの、状況が理解出来ないのですけど説明はしてもらえるのでしょうか?」
「タツタヒメか…。説明をする余裕はない。敵が来るぞ。」
「「「まだ来るんですかっ!?」」」
空で停止している調整体の群れを見てまだ来るのかと竜田姫さんと処理課の同僚たちが驚いた反応を示す。
「あの…民間人を避難させたいのですが、お力を貸してはいただけませんか?」
薬降るさんが状況を理解出来ずに戸惑っている民間人たちを避難させたいと先生にお願いする。確かに先生の能力は凄まじい。だけどこういう時に使えるような能力はあまり持ち合わせてはいないのだ。
「蘇芳…お願い出来る?」
蘇芳に耳打ちをして蘇芳の能力でどうにか出来ないか聞いてみることにした。出来れば薬降るさんのお願いを聞きたいし、彼らを助けてあげたい。例え先生の能力で元に戻せると算段が立っていても、死んでいいという理由にはならない。
「…お母さんにお願いしてみる。多分すぐに来てくれる。」
「ありがとうね。…薬降るさん!最高のテレポーターが来ますので皆を一箇所に集めておいてください!」
蘇芳のお母さんなら安心だ。彼女ほどのテレポーターは居ない。彼女ならばこの人数の民間人もテレポートさせられるだろう。
「…来たぞ。ミヨは逃げろ。スオウ、ミヨについて行け。特異点が居なければ奴らから逃げ切ることは出来ない。」
先生が逃げるように言ってくれるが、本当にそれがベストな選択肢なのかな…。逃げるのは申し訳ない気持ちがあって選びたくない。
「お前が生きていれば希望はある。ここは年寄りに任せて若者は生きろ。」
「イザね…天狼さん。」
その言葉は姉としてなのか、天狼としての言葉なのかは判断がつかなかったけど、余裕そうであり不敵でもあって獰猛そうでもあるその表情は、私の知る限りで一番頼りになる女性の笑顔だった。
「…美世、行こう。ここは死神と天狼に任せればいいよ。彼らが負けることなんて無いから今は生き残ることだけに集中して。」
「蘇芳…。」
蘇芳に手を引かれてその場を離れようと駆け出したが、その様子を見た処理課の同僚たちが私と蘇芳だけがこの状況下で逃げようとしているのを不審がっていた。
「行かせていい。これから来る敵はもうあいの風の能力の射程に入っている。我々は時間稼ぎをすれば勝ちなんだ。」
そして同じ処理課である天狼が間に入り分かりやすく説明を挟みこむ。
「天狼さん…。勝ちって言っても、もう私達に勝ちなんて存在しませんよ…。」
東京はめちゃくちゃになってしまった。多くの人々はこの東京から逃げ出して逃げ遅れた者達には誰も手を差し伸べられない。復旧するのに何年掛かるか分からない状況であったが、天狼は知っている。死神というやり直しの選択肢を。そして最後の手段として三巡目という蘇芳が提唱する選択肢を。
「いや勝てる。本当に時間を稼げれば勝ちなんだ。私を信じてここで命を賭けて欲しい。…頼む。」
頭を下げる天狼に色々と言いたげだった面々は口を閉じて言葉を飲み込んだ。彼女の言うことを全て理解したわけではないが、彼女がここまで言うのなら方法が存在するのだろうと無理やり理解する。今はそれだけ分かればいい。
「…ここで問答していてもしょうがない。それに…どうやら来たようだ。」
蜃気楼の視線の先に現れたのはこの状況を生み出した張本人たち。彼らは死神や天狼たちに目もくれず美世のみを注視していた。そしてその様子を見た処理課のエージェントたちは天狼の言ったことが真実であると瞬時に理解する。あいの風を守り切ればこの戦いに勝つことが出来ると。




