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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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螺線

取り敢えず何かに集中させたい。ファーストの意識を一つに向けさせられれば多分上手く行く。私も同じ弱点を持っているからファーストも同じ様な失敗をする…はず。


(…ここで戦うのは何も言わずに逃げてくれた彼女に対して申し訳ない。)


人の家で戦うのは気が引ける。自分の家でも気が引けるのに人の家でなんか戦えるものか。


私はファースト目掛けて突撃して民家の外へと飛び出る。その際に壁を何枚か壊してしまったけど、元に戻すのでどうか今回だけは見逃してほしい。


そんな自己中心的なクソみたいな言い訳を残して私とファーストは道路へと出て取っ組み合いを始める。この密着距離ならばファーストが人を巻き込んで立ち回るのを妨害出来る。


ファーストの纏っているベルガー粒子は私の身体やベルガー粒子に寄生しようと蠢くけれど私のベルガー粒子に触れると(たちま)ちに動きが悪くなる。


「…それ、どうやっているの?俺のベルガー粒子に触れると普通なら身体を乗っ取れるんだけど。」


「私のベルガー粒子はそもそも他の能力者と違うらしいし、私には憑依能力は効きづらい。そして見れば分かるけど私のベルガーが邪魔してお前のベルガー粒子は私に直接触れてすらない。」


前にサラが私に憑依しようとして上手く出来なかったのは私の脳の拡張範囲が広かったから。そして私よりも拡張範囲が狭いであろうルイスが奴らのベルガー粒子による取り憑きにある程度抗えていた時点でこの私の脳を乗っ取れるわけがない。能力者としての脳の拡張範囲が違いすぎるんだよ。


そして私のベルガー粒子は特別で、普通のベルガー粒子よりもかなり細かい。つまり普通の粒子よりも密度があるということだ。ベルガー粒子は物理的干渉が存在しないという特性があるけど、ベルガー粒子とベルガー粒子は干渉し合える。私の高密度のベルガー粒子の合間にこいつのベルガー粒子が通り抜けてくることはない。


「こちらの出力が足りないのか…。これは実際に見てみないと分からないことだね。」


この展開を知っていたら違う方法を取っただろうけど今の時間は蘇芳ですら視えていない。たかがコピーしているだけの能力者が視えるわけがない。


「お前…喋っている暇なんてあるの?」


向こうが私に近付いてくるのはファーストにメリットがあるから。でも、私も近付いてきてもらったほうが助かるんだよ。…というかさ、良くもまあ私に近付こうと思うよね。


体内に溜め込んだ電気を放出すると皮膚を通じてファーストに流れていく。これだけで普通の能力者ならば能力が使えなくなるし、無能力者なら感電死する。対策が足りていないんじゃない?


「ガアッ…!」


背中が海老反りになってファーストの意識が一瞬だけ飛んだ。その一秒にも満たない時間の間に美世は掴んでいた手を離して素早くコンパクトに左ジャブを2発ファーストの顔面に叩き込む。


ファーストの鼻は陥没し眼球は破裂する。もはや顔面全体が潰れてしまい、顔で個人を特定することが不可能なまでに重いダメージをファーストは受けてしまう。


しかしそれだけで手を休める美世ではない。ジャブなんてものは相手の出方を伺うために放つような軽い一撃だ。本命は彼女の足から放たれる横蹴り。ジャブを受けて背中から倒れようとしていたファーストの腰を捉えて右足から蹴りを放つ。


ファーストの骨盤を砕きながら蹴り抜かれた一撃でファーストは電柱にまで吹き飛び、鉄骨とコンクリートで出来ているはずの電柱が衝突の影響で曲がってしまう。


「シッ…」


だがそれでも美世は止まらない。美世の能力によって阻害されたファーストは数秒間は能力が使えない。その時間を有効活用するために美世はファーストに触れた際に創り出した軌道を操作して自分の下まで逆行させる。


逆行して戻って来るファーストの身体は変わらず腰から折れてしまっていて自立することも出来ない有様だった。そんな彼に追撃とばかりに左腕から放たれるフックでファーストの首を圧し折る。


ここまでの攻撃でファーストは瀕死状態にまで追い込まれるが、信じがたい事に折れていた筈の腰の位置がもう正常の位置にまで治っていた。首を折られている途中で腰の骨がくっついていなければこの現象は説明がつかない。


(再生能力は厄介だけどやっぱりこの程度ならば多分…)


美世は目の前で起きた現象を冷静に観察し、自分の立てた計画の成功に確信を得ていた。計画の方向性は間違っていないが、もっと成功の確率を上げるために情報を得ようと美世の攻撃が止まることはない。


ベルガー粒子に意識を向けてファースト目掛けて叩き込む。ベルガー粒子はサイコキネシスとして能力が行使され、アスファルトの道路に身体がめり込むほどの力が上から降りかかる。


だが結局はそれだけで、折れた首は元に戻り、能力が使えるようになったファーストが能力を行使する。彼の身体は瞬時に消え失せその場から煙のように消えた。


しかし美世の探知範囲にファーストを捕らえる。瞬間移動による事象と判断した美世は同じく瞬間移動をしてファーストを追う。そして瞬間移動し終わったと同時に調整体が現れた。


(調整体を瞬間移動させたのかっ…!)


元々は彼らがテレポートによって持ち込んだものだ。自分の好きな時に好きな所へ持ってこれるのは別におかしくないのが、調整体相手では近距離は難しい。一度だけだが美世は調整体に腕を持っていかれた経験がある。つまりあの金属による寄生は今の彼女でも防げるか分からない。


「キィーーン」


「相変わらず不愉快な音を出すっ…!でも…」


調整体に隠れてファーストは呼吸を整えている。…再生能力でも回復出来ない部分があるの?薬降るさんに詳しく聞いておけば良かった。今更ながらそんな後悔が頭の中に浮かぶ。


しかしそんなのは今更だと頭を切り替え、私は怪腕を出現させて調整体目掛けて横に振るった。調整体の胴体はまるで消しゴムや白い絵の具で横線に引いた絵のように不自然な消え方をする。上半身部と下半身部で別れた調整体は重力に引かれて落ちるがまだ死んではいない。


なので私は2本を怪腕を出現させて2つに別れた調整体をそれぞれの怪腕で掴むことにした。怪腕で掴んでも侵食させることは無いからこれなら安全に捕らえられる。


そしてその調整体をファースト目掛けて投げ飛ばした。


(調整体は人間に触れると侵食し、お前のベルガー粒子に触れれば取り憑くことが出来る。さあ…両者がぶつかるとどうなるかな?)


私の勘と予想では調整体に敵や味方の区別なんてものはしていない。そして同じ多国籍企業で調整されたファースト達でもそれは同じことが言える。


私も一度食らったことがあるから分かるけど、調整体の特性は例え傷を治せる能力者相手でも取り込んでしまう。そうすると一つの憶測が産まれる。


調整体はまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


私の予想が正しかったかどうかはファーストの緊迫した表情で証明された。飛んでくる調整体を避けるのではなくサイコキネシスによるバリアで防いだのだ。


バリアに超高速で投げ飛ばされた調整体がぶつかると周りの電線が揺らぐほどの衝撃波が発生した。そしてバリアによって弾かれた調整体の上半身・下半身の部分は私の能力によりその場で停滞し、弾かれてどこかへ飛んでいくということはなく、再生することもない。


私の怪腕は私のベルガー粒子で構成されている。つまり怪腕で触れると私の射程圏内に入るということ。投げ飛ばした際に出来た調整体の軌道が私の視界に映っている。


調整体もかなり不死に近い性質があるから【熱光量(サーマル)】のようの能力で蒸発させるか【堕ちた影(エトンヴェ・オンブル)】でベルガー粒子を奪うなどしないと活動停止に追い込めない。


しかし今回はそうはしない。一般人を襲い続けるこいつらを殺してやりたいけどまだ使い道がある。なので軌道を操作して今にも別れた胴体がくっつこうとするのを阻害するだけに留めておく。


今は調整体の相手をしている時じゃない。調整体の相手は他に任せている。私の大切な家族が居る組織のビルも魔女ーズが頑張ってくれている。ルイスも私の方ではなくビルの方に向かってくれた。その判断が本当に助かっている。


しかも向かう途中に影を広げて一般人を影の中に落として行ってくれた。今になっては東京で最も安全な避難所はルイスの影の中だ。最悪彼女はビルに残っている人達を影の中に避難させて遠くまで逃げてくれるだろう。


(だから私はこっちに集中しないと…。)


今のファーストの動きを見るに絶対に触りたくはないという意志を感じる。これは避け切れなかった場合のことを考えた者の行動だ。


やはり私の予想どおりファースト達は調整体に触れると侵食されてしまうらしい。…これも予想でしかないけどファースト達が謀反を起こした際の戦力として調整体が用意されていたんじゃないかな。


多分だけどファースト達以外にも居るんだ。実験動物として扱われていた他の能力者たちが。そして多国籍企業の上層部に居る人間たちが抑止力として作り出したのが調整体で、そのことをファースト達も分かっている。だからあんな反応をしたんだ。


でもどうやっているのかは分からないけど彼らの指示に従って調整体は動いている。その方法は分からないけど私達のところに来る前に色々と準備をしておいたのだろう。ここに賭けてきている連中だ。それぐらいのことをしててもおかしくない。


「…今のはヤバかったね。いつ、気付いた?蘇芳から聞いたか?」


良し良し、ファーストの意識がどんどんこっちに向かって他がおざなりになってきた。所詮は人間。どんな強力な能力を持とうとも人間離れした思想を持とうとも無意識に興味のある方向へと思考が研ぎ澄まされていく。そこが奴らの弱点になる。


「余裕そうだけど相当焦っているよね。冬なのに汗が凄いよ?」


服がボロボロで見ているだけで寒そうなのにファーストの額と胴体には汗が出ていた。今ので緊張感が最高潮にまで上がったと見て良いだろう。


「そして悪いけどまだ私のターンだから。」


調整体の軌道を操りファーストに目掛けて軌道を捻じ曲げる。投げ飛ばした際に出来た軌道の進行方向を90°曲げるだけで球体状に作り出されたバリアが割れてしまう。


軌道操作で最も破壊力を生む方法は挟むことだ。2つに別れた調整体で挟み込むように軌道を動かせばどんなに高い出力で作り出されたバリアであろうとも瞬時に割れてしまう。


「ちっ…!」


ファーストは苛立ったようにその場からテレポートで離脱して私の背後に回る。だけどその一連の動きを探知能力で認識している私には通じない。振り向きざまに左足で回し蹴りを放つと踏み込もうとしていたファーストの左足にヒットし、大腿部の骨が砕けてそのまま道路の上に無様に倒れた。


「カルシウム取ってる?あずきバーよりも柔いんだけど?」


回し蹴りで浮かせていた左足を地面目掛けて振り下ろすとアスファルトの道路が水飛沫のように打ち上がる。これはシークの【振動(ヴァイブレーション)(ヴァーグ)】によって増幅させた衝撃波で、例え軌道を操作して防御しようとしても防ぐことは出来ない。


「ごおっ…!」


内蔵にまで浸透する衝撃波によってファーストはろくに受け身も取れずにアスファルトの破片と一緒に後方へと吹き飛ばされた。


(ここで心を折りに行くっ!!)


手も足も出ないと分からせる必要がある。あくまで私の方が遥かに格上だと心と身体に叩き込む為にもまだ終わらないっ!!


「何もかも分かっているみたいに言っていたけど対したことねえなっ!!口先ばっかのお調子もの黒人なんて90年代のハリウッド映画で充分なんだよッ!!!」


調整体の軌道を操作して2つに別れた調整体を1()0()0()()()()()()()。軌道の操作が上手くなるとこういう風に何十もの方向に向けて軌道を操作することで対象を千切るように別けられるのだ。


拳大にまで小さくなった無数の調整体を血を吹き出して転がっているファースト目掛けて軌道を操作するとファーストがテレポートを使ってかなり遠く離れた場所まで逃避してしまう。


追い込み過ぎるとああやって逃げるかもしれないのが厄介極まりない。だけど彼は結局逃げないと思う。もし私がファーストの立場だったら伊藤美世のような能力者を相手に戦ったりはしないけどね。


でもファーストは私じゃない。彼がここで退くことはないという確信がある。何故なら彼はプライドが高くて精神が子供だからだ。いくら人の能力を使えても精神が成長するわけではない。だからこそ彼は退くことが出来ない。退く行為が恥ずかしくて出来ない。


その証拠に私の真上にファーストは居た。地上から300メートルの所で傷を癒やしている。まだ殺り合うつもりのはあの目を見れば分かる。悔しいなんて殺し合いに不必要な感情に支配されたあの目を見れば私から逃げ出さないということはすぐに分かった。

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