特異晶
世界の覇権を決める戦いが決まる。どちらが勝てば世界が救われ、どちらが負ければ人類が滅ぶ…というわけではなく、ただ人間社会の中でお互いの射程距離が交わったが故に起きた争いに過ぎない。なまじ能力が優秀なせいでお互いの領分に干渉し合ってしまい、そこで思想の違いから起こる殺し合いが今回の結末だ。
そしてここで明記しておくがファースト達は別に世界を滅ぼしたくはないのだ。食べ物を生産する人間は欲しい。自分達に奉仕する人間は確保したい。インフラを整備出来る人間も欲しい。なので人類を滅ぼさずに支配する。しかし自分たちが不要と感じる人間は全員殺して、自分達の思い描く世界にとっての不穏分子を完全に消し去るつもりだ。
これをメーディアから言わせれば世界が滅ぶと表現し、実際にろくでもない世界になることは誰が見ても明白だった。能力という無能力者では抗えない力による支配は急激的に人口を減らし、緩やかに人類の滅亡が引き起こされるだろう。
では美世たちが勝てばどうなるか?…結論から言えばファースト達とそう大差は無い。
彼女も別に世界を滅ぼしたくはない。食べ物を生産する人間は欲しい。自分達に協力的な人間は確保したい。インフラを復活させる人間も欲しい。なので人類を滅ぼさずに管理する。しかし自分の領分を越えた人間は見殺しにして、自分達の思い描く世界にとっての不穏分子を完全に消し去るつもりだ。
立場や主義主張などの違いがあっても人の求めることはそう変わらない。そして同じ様な立場に立たされている両者の間には差異が殆ど存在しないと言っていいだろう。
生き残れるのは彼女たちに気に入られた者や近くに居る者達だけ。それ以外は助けようにも助けられない。それが現状彼女たちの状態であり、現状であった。
上記のことから分かる通りこれは主義主張の相違によって引き起こされた争いという側面もある。しかし話し合いによる解決は行なわれない。何故ならば単純に相手が邪魔で仕方ないからだ。
そして両者ともに相手をそもそも人として見ていない。なので対話をする発想すら出てこない。相手をゴミやクズのような価値のないものとして捉えているので一瞬の時よりも早くこの世界から消えて欲しいのが本音である。
そう…一瞬よりも早く消えて欲しいのだ。
「このっ…クズ野郎がッ!!」
私が起きてすぐに聞こえたのは女性の声だった。なんか耳鳴りが凄くて遠くから聞こえたように感じるけど実際はとても近くから聞こえた声だ。
あと起きてすぐに聞こえたって言ったけど、詳しく言い直すと私が目を覚ました理由が彼女の憎しみの籠もったこの一言だったの。
そもそも私は今まで…何をしていたんだろう。えっと、確か…お母さんと一緒に家で待機していたよね。どこもかしこも停電になって…お父さんが一週間前に出張に行ったまま帰ってこれなくなって、それで…あれ、記憶にない。なんで私は寝ているのだろう。なんでこの人達が私の家の中に居るのだろう。
…だめだ、思い出せない。一番新しい記憶はお母さんと居間でラジオを聴いていたこと…。そして…なんか、凄い音が鳴ったと思ったら真っ暗闇になって…
「痛っ…」
ぜ、全身が痛いっ…?!目を覚まして意識がハッキリとしたせいか周りの状況も頭の中にどんどん入ってくる。それでも全然状況が理解出来ないけど、どうやら私の目の前で女性と男性が取っ組み合いをしているみたい。
女性の方はまだ幼さが残る背の高い女性だ。眼鏡をしていて黒いパンツスーツが良く似合っている。そしてもう一方の男性は黒人でアスリートマンみたいな人だ。
そして女性の方は顔立ちがとても整って綺麗なのに、とても憎たらしいものを目の前にしているみたいに歪んでいる。それに対して男性の方は飄々としているみたい。
「やっぱり一般人が巻き込まれると駄目みたいだね。罪のない人が死ぬのは駄目…だっけ?大層な考えを持っているんだね〜。」
英語…?何を言っているかは聞き取れないけどそれを聞いた眼鏡をかけた女性の顔がもうそれは酷く怒りに染まったから酷い事を言ったんだなって分かった。何を言われたらそんなに怒れるのだろう。見ているこっちまで萎縮してしまう。
「…さっきからさ、癪に障るんだよ。私の過去も未来も知っているから?だからそんな言い方なの?ムカつくんだよ…知った口を聞きやがってよっ…!!」
日本らしさの残る古い居間で行なわれているふたりの戦いに巻き込まれた本間美乃里は、全身を襲う痛みを忘れて単純に彼女のことを、伊藤美世のことが気になっていた。何故なら彼女の言葉には嘘がなく本心から話したものであると感じられたからだ。
この社会で本心をそのままに言葉として口にするのは中々に出来ないし、聞くことも少ない。どれも嘘が混じり真実とは少し違う。しかしこれはネットやテレビなどの情報から決して聞こえてこない個人の言葉だ。真に生きている人間からしか出ない声音で、さきほど聴いていたラジオのパーソナリティの声が偽物と感じてしまう。
「知っているからね。特に君のことは視ていたから。…まあ男達に輪姦されるのは視るに耐えなかったけど。あ、でも出産シーンはちょっと涙が出そうだったよ。出産直前まで産みたくない産みたくないって言っていたのに我が子を見た時のあの母親として自覚が芽生え始めた顔は感動だったな〜。」
私が産まれる前からあった箪笥が壊れる。壊れた理由は女性が男性を投げ飛ばしたから。実際に投げ飛ばしたところは速すぎて見えなかったけど、投げ飛ばされた男性が箪笥があった場所に激突してその奥の壁の向こうまで飛んでいったから箪笥が壊れたんだなって予想できた。
「…本当にごめんなさい。絶対に直すから。何もかも元に戻すから出来るだけここを離れて。」
後ろ姿で見えないけど私をとても心配に思っている声だった。この女性の声に嘘が無いのは分かっているから私は彼女の言葉を信じて立ち上がる。
「…あなたって、誰?」
「…名乗るほどの者じゃないです。速くここから離れて。」
「あの、わ…分かりました。お母さんと一緒に逃げます。」
私の家を壊しているのはこの女性の方なのにおかしいよね。この人から逃げるんじゃなくてこの人の言う事を信じて逃げるんだから本当に変だ。でも、この人は私の味方だって疑う気持ちとかは一切無いんだよね。
「…あなたの、お母さんは、私が…逃がすので気にせず逃げてください。そして近くに居る人達にも逃げるように言いながらずっと走ってて。後ろを振り向いちゃ駄目。」
そう言われたらそうするしかない。私はあっちこっち壊れた壁から抜け出して廊下に出る。すると天井から木材が落ちていて凄いことになっていた。だけど気にせずに私は駆け出す。靴を履くために玄関まで行かないと…
(あれ…あれって?)
天井から落ちた木材と床の間に見覚えのある物が挟まっていたのを目の端で捉える。あれって…良くお母さんが使っていた半纏の柄だよね?なんであそこにあったんだろう。二階の箪笥からはみ出た?…いや、寒かったから出してお母さんが着ていたはず。
考えが纏まらないせいで靴を履くのに手間取る。全身が痛いのもあるけどそんなことよりも気になってしまい指が動かない。どうして私よりも大きな木の柱の下にあの生地があったんだろう。
「…お母さん?」
そういえばお母さんが居ない。居間にも居なかったし、家がこんなことになっているのにお母さんの声すら聞いていない。もしかしてさっきの私みたいに眠っているのかな?
私は靴を履き終えても玄関の引き戸に手を掛けたまま動けずにいた。いや逃げないといけないのはなんとなく分かるんだよ。家が震災にあったみたいにボロボロだもん。
でも現実味なんて無い。だって目を覚ましたらこんなことになっているんだからさ。訳が分からないし、お母さんもお父さんも居ない。
「ハァハァハァハァ…」
苦しい…とても苦しい。このなんて表現したらいいのか分からない気持ちが原因で苦しいよ。お願いだから誰か私に説明してよ。そして納得させて。こんな、こんなの分かんないよ。どうしたらいい?逃げればいいの?本当に?本当にこれでいいの?
取り敢えず引き戸を引いて外を見る。するとそこは…正に地獄だった。どこもかしこも私の家みたいなことになっている。火事になって倒れた家もあるし仕事に行く時にここから毎回見えるビルが見えない。
そのビルが見えなかったのは根本から折れて倒れてしまったからだった。そのことに気付いたのは私が玄関を飛び出してから数分後のことだった。
そして場所は彼女の住む日本家屋に戻る。だが、時は戻らずに東京が地獄のような装いになったままで物語は進んでいく。
「俺もね、こんなことしたくはないんだよ。本当だよ?だってMOTTAINAIじゃないか。人も資材も無駄になって悲しいんだよ。」
ファーストはボロボロになった服を戻して再び美世と見合う。この件はもう何度も繰り返された流れで、お互いに嫌になった様子だった。
「じゃあここで死ねよ。お前たちが生まれてこさえなければここまで人が死なずに済んだのに。」
「それブーメランだって知ってる?君が生まれてこさえなければお母さんは死なずに済んだのに。ほんと…人を不幸にすることだけは上手いよね。一巡目の世界でこの年代に生まれてきた人達はみんな君のせいで不幸になったものなのに。なんで正義感を出して生きていられるの?」
「五月蝿えよ。黙って死ねよてめえ。」
「君って怒ると口が悪くなるよね。本当に下品な女だよ。売春婦の母親そっくりだ。男に股を開いてクズを産むところも似ててさ。」
本間美乃里の家が消し飛ぶ。そして戦いは更に苛烈さを増していくこととなる。
話は飛んていないです。次回に説明入れます。




