他動の判断
核ミサイルの先端部が地上へと落下した…と思われた。解釈次第では落下したと言っていいだろう。しかし結果としては核ミサイルは地面に触れることは無かった。
その前にルイスの操る影の中に飲み込まれてしまい、その衝撃と共に現実世界への干渉を失う。ルイスの影の中は時間という概念も存在しない為、核ミサイルが何かの拍子に爆発するという事も起きない。
「…なに、なにが起きたの?」
その様子を間近で見ていた一般の女性が呆けながらも今見たものの感想を口にする。この3日間で様々なことが起こり過ぎた。最早何が起きても驚かないと思っていたが、これを見て何も反応をしないなんてことは有り得ない。
恐らくは影と思われるものが実体化して生き物のような煙のような形で立ち上っている。これは…なんだろうか。
そしてその影が消えて一人の女性が現れる。その女性は黒髪であるが日本人ではない。遠目からでもそのスタイルの良さと顔立ちの整い具合が分かるほどの美女。遠くの方を見ているのか周りに人々が集まって来ていることに気付いていない。
「綺麗…まるで神様みたい。」
しかしその者は急に生気が増したかのように頬が色付き人間らしさが宿った。その変化が顕著となったのはその者が私に目線を向けた時だ。…何故そんなのにも嬉しそうな表情を浮かべているのだろうか。
「良かった…私にも意味があった。あの馬鹿の言葉を信じて本当に良かった…。」
ルイスの中に何かが生まれた。元々持っていたのに手放してしまっていた感情だった。その感情を強く自覚してルイスは駆け出す。まだ終わっていない。空中で爆発して真っ赤に燃えている核ミサイルの残骸がまだ空の上から落ちて来ている。
『おいブサイク!私はやりきったわ!お前の役割を果たしなさいッ!!』
発破をかけるルイスに対して理華は悔しいという気持ち半分、感謝の気持ち半分という複雑な感情を抱きながら能力の行使に集中していた。
エンジンに使われる合金は3000℃を超えて融解はし始めていた。しかし融解するだけで蒸発することなく落ち続けている。熱く熱された金属の塊が地上に落ちた場合にその被害は凄まじく、人口密集地にでも落ちたらその周辺の建物や生き物は熱と衝撃で消し飛んでしまうだろう。
(あと20秒もしない内に落ちちゃう…!)
しかし…結果としてはそうはならなかった。地上から放たれた強烈な光によって金属が蒸発しきり白い煙となって空の上で掻き消えたからだ。
「…は?何?何が起きたの…?」
【熱光量】の能力によって遠く離れた場所の光情報を見ていた理華が突然放たれた光を捉えきれずに目を見開く。その光はあまりにも出力が高く、それに能力によって起きた事象の為に理華の能力では捉えきれない。
『…本当に良くやったわ。もう心配しないでいい。』
突然知らない女性の声が頭の中で響く。…いや、つい最近聞いた声だ。どこで聞いたかな?
『あの、誰かは知りませんがありがとうございます?その…どちら様でしょうか?』
純粋な日本人ではないよね。話し方に独特なアクセントがあるし、そう…まるであの死神みたい…あっ?!もしかして…
『ああ、一度しか会っていないもんね。私はナーフ。…死神とかオリオンって名乗ったほうが分かりやすいか。私はオリオンの中の一人で、この前の夜に共闘していたんだけど。』
突然放たれた光の発生源に紫色の髪色をした女性が立っていた。彼女たちは生物ではなく【多次元的存在干渉能力】によって存在する者達。その性質上どこに居ることも出来るし移動の時間すら短縮出来る。
それに彼女たちは“私達のような者達が生まれない世界”を叶える為の能力。燃え盛る金属の塊を見逃すほど射程は短くない。美世が理華からのパスで情報を得て、そこから死神へと情報が流れた時にナーフ達は相談していたのだ。
『これヤバくないかな?彼女の出力じゃ足りないかもしれないよ。』
フェネットはパスからの情報で理華の能力では落ちてくる核ミサイルのエンジン部を対処出来ないと予想する。その予想は正しく今も上空で爆炎を上げながら落下していた。
『あ〜エンジンは熱と衝撃に強く造られているから無理かもな…。』
フェネットの意見にエピも同意し、皆の意見を聞くことにした。いつでも仲間たちと意見を出し合って決めてきたが能力自体にも意思があり、基本的には美世が先生と慕う死神の思考パターンが判断をしている。
しかし今回は状況が状況だ。死神には目の前の問題に集中してもらい、他の事は自分達で解決しようとこうして意見を出し合っていた。
今は一巡目の世界に居ないので制限が無い。だからいくらでも能力は使えるし自分達も再現して出現出来る。このアドバンテージを利用しない理由が無かった。
『じゃあ誰が行く?俺は受け止められるけどそれじゃあ被害はデカいだろうし…』
ディズィーは自分の能力では役に立つことが出来ないと両手を上げて降参のポーズを取る。戦闘面では間違いなく彼以上の逸材は居ないが、今回のようなパターンではあまり効果的な結果は出せない。
『私のバリアなら…!』
ユーが手を上げて立候補する。かなり良い提案ではあるが問題も存在した。
『落下した時の衝撃の範囲が広過ぎてカバーしきれないんじゃない?バリアの範囲内なら今の私達の出力でカバー出来るけど、射程と効果範囲は生前となんら変わらないわ。』
アネモネが冷静に問題点を上げる。いくら自分達の出力を上げられても能力の制約は変わらない。サイコキネシスによるバリアは熱を防ぎ切れないので高温の熱が周囲に広がってしまうとアネモネはユーの提案を却下した。
『私の能力だと止められるか不確定だし駄目かな〜。』
マイはこの手の問題に対処する能力を持ち合わせていない。戦闘用の能力ではないし、運用次第では生物に対して絶大な殺傷力を発揮は出来るが、超高速で動くロケットエンジンの原子を止められるかは流石にやってみないと分からない。そんな博打を打つわけにはいかなかった。
『じゃあ…私じゃない?アインが一番適任だけど今はこの敵に専念してほしいし。』
ナーフが消去法として自分が適任だと立候補する。彼女の能力は金属を熱で切断出来る。出力を上げれば金属を蒸発させることも出来るだろう。
『ナーフなら安心して任せられるわ。』
アネモネも自分の能力では軌道を変えられるが落下を防ぐことは出来ないと分かっている。なので今回はナーフに任せて自分は敵の分析に集中することにした。
『でもナーフ。気を付けてね。敵のコピー能力の射程距離も効果範囲も分からないわ。もしあなたの能力がコピーされたらミヨに対して脅威になる。』
懸念すべきことをアネモネはナーフに対して気を付けるように伝えて彼女を送り出した。敵の詳細な情報が不明過ぎて慎重にならざるを得ない。それは彼女たちが姿を現さずにこうして待機している所からも読み取れる。
どう考えても彼女たちの軌道を再現してぶつければどんな敵だろうと勝てるのは分かっていた。死なないし疲れもしない。軌道なので【多次元的存在干渉能力】を行使しないと干渉すら出来ない。そんな彼女がこうして待機しているのは自分たちの運用方法をコピーされれば勝てなくなるからだ。
敵がどのぐらい出来るか未知数なので全力を出せない。そのことにアネモネはすぐに気付き、美世がコピー能力に対して完璧な対応をしているのでアネモネ達は下手に手出しせずに待機していた。
そしてどうやら自分たちがこうなった時と同じぐらいに能力が戻っているらしいので、自分達は保険程度として大人しくしていたほうが得策だと彼女たちは結論づけた。
『でも不甲斐ないよ…。何のために居るのか分からなくなるもん。』
『フェネット…気持ちは分かるけど所詮わたし達は死人。あまりでしゃばるのはこの世界に対して良くないわ。』
『…アネモネはそう言って引き籠もったもんね。』
『うぅっ…!』
痛い所をつかれたアネモネはその場に倒れて悶え苦しむ。因みにだが彼女たちが居る場所は彼女たちが生前の最後に暮らしていた古い木造建築の家を再現した空間。そのことも相まってアネモネは悶え苦しむ。それはもう酷く悶え苦しんだ。




