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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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絶望の果てに

核ミサイルが空中分解を起こしたが、分解といっても大まかにいえば2つに折れた形で、あとは細々とした破片が【熱光量(サーマル)】によって蒸発させられていた。


そんな中で残ったのは空中で爆炎を上げるロケットエンジンの後部とウランとプルトニウムが格納された弾頭部分の2箇所。


この2つはそれぞれ別方向に向かって秒速4kmもの速度で落下しており、このまま地上まで落ちていけばルイスの【堕ちた影(エトンヴェ・オンブル)】の範囲ではこの2つを同時に処理することは不可能になる。


最低でも互いに数キロメートルは離れた状態で地上に落下するからだ。


そこで理華はすぐさま優先順位を決めることにした。自身の能力で処理出来るのは後部のロケットエンジン側しかないと分かりきっているので、先ずは処理出来るロケットエンジン側に集中する。


それから同時進行でルイスにパスを通じて情報を送ろうとした。もうこの時点で理華の脳が限界を迎えていたが、個人の許容値を考慮している余裕が無いと理華は自身の状態を無視した。


(美世とのパスを経由してルイスの方に情報を送れるはず…。前に美世がそれに近いことを話していたし実際にしていた。)


美世という超弩級の探知能力者を中継地点として利用すれば遠く離れたルイスとの交信も難しくないだろう。…ああ、美世便利だな〜。一家に一台欲しい。美世が欲しい。これが終わって落ち着いたら私の物にならないかな…。


能力の酷使によって脳の機能が著しく落ちた理華は理性がぶっ飛び本音がダダ漏れになっていた。


だがそれでも本来の目的を忘れたりするような彼女ではない。すぐさまに能力を行使してロケットエンジンの破壊に集中する。


熱光量(サーマル)】の光は今もロケットエンジンが搭載した後部を熱し続けていたが、元々高温に対して強い材質で造られている為にいくら熱しても融解する兆しが見られない。


しかもロケットエンジンの燃料は燃焼し終えて燃え尽きたが爆炎が消えずに今も空の上で燃え上がっている。理華の能力によってエンジンが1500度を超える温度になっている影響もあるがそもそもの話、理華の目的はロケットエンジンが搭載されたミサイル後部を蒸発させることだ。


ロケットエンジンが今も原型を留めている所を見るに理華の能力による影響は微々たるもので、本来の目的が達せられていない時点で燃えていようがいまいが些細な問題であった。


問題なのはロケットエンジンの質量は何百キロもあってこのまま落下すれば落下地点の周辺数百メートルは消し飛んでしまうということだ。それを防ぐために熱しているのにただ燃え上がらせているだけでは被害を更に大きくしてしまうだけ。これには理華も焦りを隠せない。


(なんの合金を使っているのよっ…!?全然溶けないんだけどっ!?)


2000℃まで上げてロケットエンジンは真っ白に発光しているが融解にまではいかない。今も原型を留めたまま落ち続けている。とんでもない耐久性だ。あの調整体よりも熱に対して耐久性がある。


もう人の視力でも見える距離まで落下してきており、上を見上げればまだ青い空に赤い点が写っているような光景だが、時間が経つほどにそれは詳細になっていき、赤い点は白く発光しながら黒い煙を発していることが分かる。


そしてその赤い点とは別に黒い点も見えた。その黒い点は放射性物質を格納した先端部。これがもし地上に落ちたら…もはや説明も必要ないだろう。


しかし理華の能力によって内部の装置が破壊されているので起爆するようなことは無い。そもそも少しでも異常があれば安全装置が働き起爆しないように設計されており、少しの異常でいちいち爆発していたら兵器として運用が出来るはずないのだ。


(…取り敢えずルイスに情報を送ろう。向こうも時間が欲しいだろうし。)


理華は美世とのパスに意識を集中し、自身が見ている核ミサイルの詳細な映像を送ろうとした。そして彼女の思惑通りにパスを通じて美世のところまで問題なく届いたが、ここから先はどうやってルイスまで届ければ良いかと悩んだ瞬間、美世がその情報を閲覧しすぐさま状況を把握。そしてすぐさまルイスへと情報を送り込んだ。


そしてルイスは情報を得た瞬間に影を動かし落下地点へと向かう。この時の彼女は美世から送られてきたという事実で動いたのではない。一度は弱音を吐いた彼女だったが、彼女は核爆弾が搭載されたミサイルの落下地点に向かっていく。


ルイスは誰もが認める人格破綻者で自分を最優先に物事を考える。普段の彼女を良く知る人ならば超高速で落ちてくる核ミサイルを目の前にしたら誰よりも早く逃げ出すと予想するだろう。


しかし彼女は長年世界の破滅を防ぐために動いていた。屋上ではあんな照れ隠しのような世迷言を夢として理華に語っていたが、心の底では分かっているのだ。そんなものは叶わない夢だと。バカンスしながら余生を過ごせるとは微塵も思っていないと。


ルイスはリアリストだ。普段の馬鹿みたいな発言は半分本音ではあるが半分は冗談の類だ。彼女は自分を信じていない。将来に期待していない。自分の努力が報われると毛ほども思っていない。


幼少期から荒んだ家庭で過ごし、母親に殺されそうになっていたからこの世界のことが嫌いだ。だから彼女は自分を優先にして考える。他に優先するものを彼女は教わらなかったから。


だが…彼女は世界を守る為に動いた。何故そうしたのかは彼女すら分からない。メーディアの話を聞き、彼女の話を信じて世界中を飛び回った時も彼女自身何故そうしたのか分かっていなかった。


自身が組織から指名手配されていることを知っているのに世界中を飛び回るわけがない。自分で分かっている。そんなことをするような奴ではないと自分が一番分かっている。自分の命を最優先にする自分がリスクを負うような行動を長年続けるわけがない。分かっているのだ。


しかし彼女は行動に移した。訳も分からないまま同志たちを集い、そして世界の破滅を防ぐという聞き心地のよい言葉で扇動した。


今になっても何故そうしたのかすら分からない。その時その時で刹那的に生きてきた自覚があり、責任を感じずに悠々と過ごして来たからだ。


なら何故彼女は核ミサイルの落下すると思われる場所へ向かっているのだろうか。本人も分からないことを他者が分かるわけがない。


そもそも彼女は何も考えずに向かっている。ただ必死に動いて誰の指示からでもなく自主的に動いていた。そして彼女は自分の理解不能の行動に…満足していた。


自分が逃げ出さず、世界の破滅を防ぐ為に動いたことにルイスは大いに満足する。報酬があるわけでも無い、使命があるわけでも無い、誰かを見返すという目的があるわけでも無い。


それでも核ミサイルが落下すると思われる地点で待機するなどという自身の命を粗末に扱うような行動を移せた自分にルイスは満足したのだ。


そしてルイスは自身に生まれた満足感に浸ることもなく目の前の問題に集中し始める。理華から受け取った情報から落下地点を分析・予測をし、微調整を重ねる。


その時のルイスの集中力は凄まじさは人の理解を超えたものだった。恐らく拳銃を眉間に押し付けられても彼女は気付かない。それどころかナイフで心臓を刺されても気付かないかもしれない。


もう核ミサイルの対処にしか脳が使われていない。最早彼女に意思のようなものは無く、問題を解決するために必要なリソースを全て注いで彼女は能力を行使するためのパーツになっていた。


それはまるで能力そのものになったかのような没入感で、この時ルイスは能力者としてあの美世を超えていた。能力そのものである死神と同じ領域に足を踏み入れたと言っていいだろう。


そんな彼女が勝負に出たのは目の瞬きを忘れて、口が半開きとなりながらも影の中から核ミサイルの弾頭部分を目で追い続けていた時だった。ルイスの操る影がまるで膨張したみたいに浮上し始める。


その巨大で生き物のように蠢く影は多くの人々の目に止まる事となり、そしてその影を目で追って空を見上げれば何かが空高くから落ちてくるのに気付く。


最初はただの点のように見えるだけだったが、時間が少し経つだけで異常なまでに大きくなっていくではないか。


気が付けば点が倍の大きさになり、そして少し目を離せば百円玉まで大きくなるのだ。それが台風の時の雲のように速く流れるものだから人々は家を飛び出して逃げ始めた。落下してくるものが物凄い速度で動いていると分かってしまったからだ。


しかもその大きさの全容が未だに掴めない。家を出て逃げ惑う人々が恐る恐る空を見ればそれが車よりもデカく重いものだと嫌でも理解してしまう。


ビルのように高く膨れ上がる黒い影を視界全てに収めることも出来ないが、比較対象としてはこれ以上のものはない。落下してくる何かと影を見比べれば大凡の大きさとその距離が分かってくる。


真下辺りに居る人々は遠近感の問題で距離までは掴めないが、落下地点から数キロメートル離れた場所からだと良く分かる。もうあと数秒でそれは東京に落ちてくると…。


そして人々の予想通りにそれは地上へと落ちたのだった。

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