人外の魔境
もしかしたら昨日が投稿日だったかもしれません。遅れてしまい申し訳ありませんでした。
先生の存在は正に死神のようだった。黒く禍々しい腕がいくつも連なり、その白い髪とのコントラストが人のそれではなかった。そしてあのベルガー粒子…人の持つベルガー粒子とは違う気がする。先生だけのベルガー粒子が今も膨れ上がって存在感が増していく。
そこで私はようやく理解した。先生があんなにも必死になって後継者を探していたことを。そして自身のことを卑下していたことを…。
私は先生の前後を知ってしまった。今の先生と前の先生とではまるで違う存在であることと、その隔絶した差を私は理解した。
本当に弱体化していたんだ。しかも物凄く弱体化していた。多分今が本来の先生なんだ。この状態が先生の最盛期…。ということはこれとマザーやり合ったの?馬鹿じゃないのか?この先生に勝てるわけがないのに本当にポンコツなんだなアイツ…。
(…今の先生なら【再開】を使ってこの世界そのものを無かったことに出来るんじゃないかな。)
もう一度はやっているから二度目も問題無く出来ると思う。でも…それは今できない。こいつらの誰かがコピー能力を持っている時点で先生は使わないだろう。
そしてそうなるとだ。逆説的に奴らはやはり直接視認しないと能力をコピー出来ないという制約を持っていることになる。もし視認せず、認識せずに能力をコピー出来るのなら私達の前に現れる必要が無いからね。勝手にやりたい放題能力を使えるのにリスクを負うこともないだろう。
ファーストが目の前に居る私よりも先生を警戒し始めた頃、私達から220メートル離れた地点で陥没した地面からサードが這い出てきた。…治るのに掛かった時間は1分とちょっとか。ということは佐々木真央よりも早く薬降るさんよりも少し遅いぐらいかな。薬降るさんの時を思い出すと彼女なら1分も掛からずに治したはず。
「てめぇ…!マジで殺すッ…!」
距離が遠くて良く聞き取れないけど、多分怒っている。そして多分物騒なことを言っているね。口の動きとか見なくてもその怒りに染まった目を見れば大体の内容は想像出来る。
そして今の彼女は全裸だ。服は消し飛んでしまったみたいで衣服は着ていないけど、土埃で汚れているから大事な部分は見えない。だけどあのパイナップル頭は崩れていてカップ麺のソース焼きそばの麺みたいな髪が肩まで垂れている。
痴女というか浮浪者みたいなサードの見た目に変化が起きた。異形能力と思われる能力が発動し、サードの黒い肌のしたから赤い光が発光し、凄まじい熱が発生する。
「ゴホッ…!ゴホッゴホッ…ああ〜痛い痛い。首の骨が肉に突き刺さる感触ってこんな感じか…。」
次は何かの飲食店であったであろう建物の瓦礫からセカンドが這い出てきた。先生によって腕と首を折られた筈だけどしっかりと治っていて自身の足で私達のところまで歩いて来る。
「…この染みみたいな血痕ってもしかしてフォースとフィフス?」
白い雪で薄く覆われている道路に赤黒い血痕が残っているのを見たセカンドはこの場に居ない二人の物だろうと判断、そして死神が異様な見た目に変わっているのに気付き少しだけ後退る。
「うわ、なんか変な事になってるね…。ファーストこの後はどうすんの?このままやるのかい?」
(…緊張感に欠ける声音だけど冷静に状況を見ている。)
長丁場になれば核弾頭を載せたミサイルがこの東京に来るからね。無理にここで決着をつける必要が無ければ撤退するべきだ。だけど…もしそれでも撤退しないのなら何か特別な理由があると考えるのが普通だ。
「さっきのバリアはセカンド、お前の能力か?」
「え?あ、うん。ヤバそうだったから張ったけど意味なかったぽいねこりゃ。」
頭を掻きながら自然体に答えるセカンドに気色悪さを覚える。仲間たちが死んだことに対しての反応が薄すぎるし、自分の能力をあっさり言うのも自身の能力が出力で負けたことに対してもセカンド自身の感情を感じない。
「あまり奴らに踏み込み過ぎるなミヨ。必要な情報に彼らの関係性や人格は含まれない。」
「あ、はい!ごめんなさい!」
先生ちょっと怖いけどカッコいい…。ここは先生の指示に従おう。今は先生のほうが上だもんね。もう先生とやり合えるほど私と先生は拮抗出来ていない。今では圧倒的に先生が上の存在になってしまった。
私は改めてファーストと見合うと彼は何も無い空間から金属で出来た枠のようなドアのような物を取り出し始める。人が通るには充分な大きさのそれはあまりにもこの状況下でそぐわない代物に見えた。
「はあ…仕方ない。第2フェーズに移行する。」
先生が私に指示を出す前に私は体内にある電気を全部消費して瞬間的に加速し、ファースト目掛けて飛び膝蹴りを放つ。そしてファーストはなんと取り出した代物を庇って左腕一本で私の膝蹴りを受け止める。
しかも軌道を固定しているのに位置関係を固定していないから衝撃が殺された。だけど私だって軌道を操作出来る。飛んで空中に居る私は軌道を操作してファーストに追従した。
しかし敵も馬鹿ではない。セカンドがサイコキネシスで道路を持ち上げて私の進路を阻害し、サードが全速力で私の背後から近寄ってくる。
そして私と先生も馬鹿ではない。先生がセカンドに対して妨害行為に出て怪腕で道路を殴り付けた。道路は水面のように波立ったと思ったらセカンドが持ち上げた道路ごと吹き飛ばす。
しかし私達全員が軌道を操作出来るので重量が何百kgもある波のように押し寄せて来たアスファルトの中を突き進んでいく。衝撃は防げないけどそんなことを言っていられない。内臓と骨が軋んで苦しいけど…ファーストがやろうとしている事は絶対に止めなければならないと私の勘が言っている。
「ファーストッ!」
私は腕を振るう。私の振るった軌道は【反復】し続けて真っ黒な渦となって進行方向にあるもの全てを飲み込んでいく。この能力は前に先生が魔女たちに使った能力を私流にアレンジしたものでその威力は絶大。探知能力で察知したファーストが見たこともない緊迫した表情で逃げ出すほどだ。
私の創り出した軌道の渦は進行方向にある道路と建物を削っていくが、その際に衝撃音などはない。その渦に飲み込まれた物質はその軌道通りに動くけれども破壊音などの事象は引き起こさないのだ。まるで東京の街が水飴のような粘度を帯びたかのように硬質な人工物がねじ曲がった。
「ハハッ…!まさかお前がこの世界を破壊しだすとはな!」
ファーストは怪腕を振るい私に向けて道路の破片を投げ飛ばすが、その破片の軌道は固定されていて何百メートルも突き進んでも失速せずに東京という街を破壊していく。
その進行方向には人の多く住む住宅街もあり、ファーストのたった一振りで56人の命が消え去った。
だが私は怒ることもなくファーストの顔面に蹴りを入れて牛丼チェーン店の店内に叩き込んだ。ファーストはキッチンのコンロに激突し、ガス管からは燃焼性のガスが漏れ始める。
「ハァハァハァ…今の先生ならいくらでもやり直せる。そして私の能力と合わせれば残したいものだけを保存してやり直せるからお前達だけを削除し、好きな時間まで逆行出来るんだよ。」
罪のない人が多く死んだ。だけど今の私と先生なら全員生き返らせることが出来る。だから今だけは考慮しない。今はお前達を殺すことだけに集中する…!
(この臭いはガスか…。そしてここまでやってもその枠を手放さない時点でそれがとても重要なものだと示している。)
「イトウミヨッ!!良くもさっきはやってくれたわね!!」
背後からわざわざ声を掛けてきて殴り掛かってくるのはどうかと思うけど、探知能力者に奇襲は不可能だから別に問題が無いなと思い直す。
私はサードの攻撃を見ずに反応して姿勢を低くしながら背後から来たサードの腹部に肘を入れる。すると肘にかなりの熱が伝わって来て彼女の能力の特徴を感じ取れた。恐らくは炎天と同じ様な能力だと思われる。
「ぐぶっ…?!」
腹に良いものが入ったサードは迫り上げてくる吐き気に身体が硬直して隙を晒す。その隙を見逃さない美世が振り返りざまに左手の手刀を右眼球に突っ込んで脳の一部を損傷させた。
だがそれだけで止まる美世じゃない。佐々木真央との戦いで嫌なほど学んだ彼女は右目に突っ込んだ左手の指で頭蓋骨を掴んで逃げようとしていたファースト目掛けて投げ飛ばす。
投げ飛ばされたサードの体表温度は800℃にも達していて燃焼性のガスで充満したキッチンの中に入ると引火してファーストとサードは爆発に巻き込まれる。
火は乾燥した店内で良く燃え、消防を呼ばなければ隣の建物にも引火することは間違いなかった。
しかしこの中に一般人は入り込めない。火の中でも立ち上がるファーストとサードに加え、その光景を間近で見ながら構えを解かない美世との間に入り込める者は限られる。
「まさか向こうからこの戦法取るなんてね〜。予想外だったね。」
セカンドがコンクリートの壁を破壊して店内に入ってくる。そして私のすぐ隣に音もなく先生が現れ、怪訝そうな表情でセカンドの言葉の意味の真意を探ろうと思案し始めた。
「…そうか、お前達は一般人を戦いに巻き込もうとしているのか。下劣なクソが思いつきそうなことだが今のワタシにとっては効果がない。」
「先生の能力と私の能力なら戻せますからね。だからあなた達がやろうとしていることは無駄だよ。」
黒い煙が溢れる店内に集まった能力者たちは暫くの間なにも喋らずにただ無言の時間が流れる。だがお互いの一挙手一投足に警戒し、何かアクションを起こそうとすればすぐに対応出来るようにしていた。
よって、動きたくても動けないという構図が生まれる。お互いに同じ能力を使えるという弊害がこのような形で現れるのは予想外なもので、お互いにどうすればよいか迷いが生じていた。
だがこのような膠着状態を動かしたのは彼らの誰でも無かった。突然外が明るくなったのだ。そしてその場に全員が最悪を想像した。核弾頭が臨界点を迎えたという最悪の展開を…。




