最上位同士の戦い
戦いは熾烈を極めることとなる。近距離戦で美世に勝てる可能性が無いと理解したファースト達は能力による中距離を仕掛けようとしていた。
『派手に行ったな』
『ここは飲食店や小さなビルばかりなので周囲に人が居ないことは分かっていました。ですが少し離れると民間人の人達がまだ残っていたので避難してほしかったんですよ。』
私の思惑通りに人々はこの空高く舞う土煙に反応してここから離れてくれている。これからもっと激しくなるからもっと遠くまで逃げてほしいな…。
「なるほど…実際に相手にして分かる事もある…か。反省反省。次に活かせば問題無い。そうだ。何も、問題無い。」
切り替えが早いのが能力者の良い所であり、そして人としていけない部分でもある。引き返すという選択肢が出て来ないのは無能力者でも能力者でも同じで、これをコンコルド効果という。
これは認知バイアスの一つで、投資してきた費用や時間、労力が無駄になるのをもったいないと思い、損失になると分かっていながら投資を継続してしまう心理現象のことだ。
ファーストは美世が予想していたよりも危険な存在であると認知したのにも関わらず、ここまで掛けてきた時間と労力が無駄になると思い、勝てるか怪しい戦いでも退くことが出来ない。
しかし結局は数ある中のひとつの考え方にしか過ぎない。人というものは複数の思想を持つものだ。今のファーストにとって退く選択肢はありえない。なら、別の思想を基準にして思考するのみ。
「セカンド、フォース、フィフス…やるぞ。」
ファーストの一言に他のメンバーが答える。あの強烈な一撃を至近距離で食らっても無傷どころか、その前に負った傷も無くなっていたセカンド・フォース・フィフスの3人は宙に浮かんで既に死神と美世を包囲していた。
「けほっけほっ…オッケー。やろうか。」
「面白い女だけど…仕方ない。殺ろう。」
「はぁ…。最初から全員でやっていればこんな事にはならなかったのに…。」
先程と同じ様に緊張感に欠けるような発言だったが、4人とも油断がなくなり声には余裕は無かった。そしてその目にはもはや驕りなどなく、強敵を目の当たりにした者達は臨戦態勢に入る。
しかしそんな4人の能力者に囲まれた死神と美世は平常通りそのものだった。
『サードの女は生きてます。肉片があっちこっちに飛び散っているので治るのに時間が掛かると思いますが、肉片が集まってきたタイミングで私か先生のどっちかが【削除】を使って消し去りましょう。』
『そうだな…しかし素直に事を進ませてはくれないだろう 必ず妨害が入る 奴らはパスを使ってるからな 意思疎通が出来ている時点でサードが死んでいないことは向こうも分かっているだろう』
(あれ?先生…なんか、頼りになる?)
先生の読みがいつもよりも凄い。ポンコツキャラが定着し始めてたのにどうして…?
『…そうですね。同意見です。佐々木真央と同じ再生力なら1分ぐらいで治るかもしれません。その前に…』
『ああ 叩けるだけ叩こう』
最初に動いたのはセカンドだった。地上に降り立った彼らは再び左手にベルガー粒子で創り出した拳銃を握り、引き金を引いて軌道を再現し始める。その軌道線上に居た死神が寸前で回避し、カウンターとして死神もまた右手に拳銃を握りセカンドに対して弾丸を撃ち出した。
そうするとこの場に軌道線が2本生まれる。前にセカンド達が死神に対して初めて撃った軌道はリロードしたことによって消えてしまっていたが、あれは試し撃ちみたいなもので、その後にその軌道を消せるのかも実験を兼ねて試し終えていた。
この事からセカンドたちが【再現】をその時に初めて行使した事が分かる。
そして、その事実を死神と美世はなんとなくではあるが理解していた。もし昔からセカンドたちがこの能力を使えていたら蘇芳が必ず対策を講じていただろう。特異点が多くなればなるほど彼女の能力は機能しなくなる。そうなればここまでの彼女の暗躍は上手く行かなかったはずだ。
しかしここで別の疑問が出てくる。実際のところは蘇芳が彼らの存在に気付かなかった。しかし彼らは特異点として能力を行使している。これは矛盾していると言って相違ないだろう。
ならばどちらかが嘘をついているか、もしくはあの蘇芳が出し抜かれたか…。そのどちらかであろう。
死神も美世もそこまで思考は進んでいる。わざわざパスで情報を共有し、答え合わせをすることもない。ここまでのことを分かっていないような奴はそもそも戦力として数えられない。それがふたりの共通認識。
そして思考する暇もなく敵の攻撃は雪崩のように押し寄せて来る。サードを除く4人は引き金を引いて軌道を再現していき徐々に死神と美世を追い詰めていく。
弾丸は周辺の建物まで突き進みコンクリートで出来たビルを震わせる。美世が先程放った怪脚の一撃によって地盤が緩くなっており、建物自身の重量で傾くほどだった。
そんな中で人体のどこに当たっても致命傷は免れない一撃が多方向から撃ち込まれれば3階建てのビルでも崩落寸前にまで追い込まれてしまう。
しかもこの能力の特性として最も恐ろしい所は一度引き金を引いて軌道を再現してしまえば何度でも弾丸を再現出来る点だ。軌道線は大通りの道路の上に残留し続け、その線を通過しようとすれば…
「そこ、【再現】!」
「チッ…!」
このように再び軌道線上に弾丸が疾走り標的に命中する。例え死神であっても弾丸が当たれば動きが止まり、そこを狙って他の者が死神に銃口を合わして引き金を引けば、また回避行動をしないといけなくなる。だが網目のように張り巡らされた軌道線を避けながらになるために大きく動く事は出来ない。
それは美世も同じで、異形能力者と探知能力者としての特性を活かして目で見なくても正確に軌道線を認識し、驚異的な速度で回避行動を取っているが、相手の方が有利なのは変わらない。
打開策として相手の弾丸を数えて弾切れになった瞬間を狙うのが定石ではあるが、この能力の嫌らしい点として6発という上限がありつつ、リロードすれば一瞬で再び6発の弾丸を得ることが出来る。
しかしそうするとその前に創り出した軌道線は消失する。リロードさせれば網目のように張り巡らされた軌道線は薄くなるだろう。だが相手は4人。一斉にリロードをするような事はしない。
(ファーストが残り1発、セカンドが残り2発、フォースとフィフスは撃ち切った…。)
探知能力によって誰が何発撃ち、どの軌道線が誰のものなのかを正確に認識していた美世は回避から攻撃に転じる。美世も相手と同じく拳銃を握り締めそこで初めて軌道を再現した。
相手は勿論だが回避行動に移る。いくら不死に近くてもいちいち敵の攻撃で身体の一部が破壊されていては戦いにならない。
敵も軌道を視認出来るので予測線のように美世の銃口から伸びる軌道線を視てから回避して事なきを得る。そしてその回避行動の動きを見た美世と死神は自分達が思っていたよりも敵が動けると知り敵の評価を上げた。
例え視えていても音速を超える弾丸をこの距離で回避出来るかといえばかなり厳しい。異形能力者であれば出来るかもしれないが、普通の能力者で回避出来るかというと無理である。処理課の能力者やルイス、あとは淡雪レベルならば視てから回避は間に合うかも…しれない。そのぐらいこの攻撃の回避は難しい。
勿論敵が軌道を操作して自身の運動能力を引き上げる方法もある。それならば今のように避けることは出来るはずだ。しかし敵は純粋な身体能力のみで避けた。美世たちは敵が軌道の操作をどのようにしているのかは探知能力で分かっている。なので敵が軌道の操作をせずに回避に成功したことは把握していた。
つまり敵はまだ余裕があるということ。…死神と美世のギアが一段階上がる。二人は敵に対して軌道の弾丸を撃ち込んでいった。
攻防が続く中で敵が軌道線の攻撃を回避しようと大通りを駆け抜けて行くと、自ら創り出した軌道線の網目からどんどん離れて行ってしまった。そうなれば死神も美世も軌道を操作した機動戦を仕掛けてくる。
ただでさえ異形能力者として高機動戦が得意な美世が自身の軌道を操作して動けば能力者でも捕らえることは非常に難しい。そして同じ様に軌道を操作している死神も同じ事が言える。
そんな者達が見通しが良い大通りで縦横無尽に駆け回ればファーストたちが保有する弾数では追い込みきれなくなる。
「くっそ〜!な〜んか向こうが勢い付いてきたよ…。」
セカンドは追いきれなくなったどころか追い込まれ始めた事に軽い憤りを感じ始める。もはや狙いを定めて撃ち込むことも止めて回避に専念し、他の仲間たちが敵を捕らえることに期待していた。
「セカンドも撃ってよ!ヤバイよこれ!動きが速すぎるって!」
ここまでダウナーな雰囲気のあったフォースから初めて焦りのある声が出てくる。彼女のベルガー粒子は心理状態と比例して常に微動だにしていないが、この時は感情の昂ぶりに引っ張られて揺らぎが見えた。
(軌道線を放射線状に撃ち込んで敵の進行方向を制限したけどあんな姿勢を低くして動いてくるのなら意味ないじゃん…!)
どうしても人というものは銃で人を撃とうとすると胴体付近を狙ってしまう。手足を攻撃しても致命傷にはならず、頭を狙うにしても的が小さく上手く当たらないからだ。
そこを美世と死神は姿勢を極端に低くして道路の上を滑るように駆け抜けて行くので、大半の軌道線に邪魔されることなく敵に近付くことが出来る。
「それなら…」
この中で最も低身長であるフィフスは美世と同じ目線まで腰を落とし弾丸を撃ち込んでいく。そうすると地上から90cmの高さにある軌道線が6本生まれる。この高さでは潜るには少し低く、飛び越すには少し高い。回避するのに神経を使う嫌らしい配置だ。
しかし相手は美世。そんなこと、想定していない訳が無い。そもそも美世は敵を追い込もうとしているフリをしている。あくまで敵の情報を得ようとアクションを起こしているだけに過ぎない。
死神も同様で、敵がどのような能力を使えるのかを見極めようとしていた。相手が自分と同じ能力を使えるのは分かった。それだけならまだ良い。良くはないがまだマシだ。
問題なのは美世の探知能力を使えるかだ。
美世たちは探知能力を使って自分と相手の生み出した軌道線を区別して動いている。自分が再現した軌道線上を進めば敵は進行方向から離れていく。これを利用すれば敵に向けて引き金を引き、軌道線を創り出してその線に沿って走り出す。
それを繰り返す事で回避が幾分も楽になる。何故なら敵も軌道線上に居られないからだ。敵も自分の生み出した軌道線は認識出来ている。しかし仲間の創り出した軌道線と敵の創り出した軌道線との区別出来ない筈である。
こんな開けた場所を走りながらでしかも次々と生まれては消えていく軌道線を全て認識しながら戦うには探知能力が必須になる。それは今も実践している美世と死神は良く理解していた。
ならば自分の担当する軌道線だけに集中し、各々で管理と運用を担当するのであればファーストたちでも問題無いだろう。それなら良い。そうではれば美世たちが有利に戦える。それだけのことだ。
だが敵は準備をしていたと言った。それは美世を相手にする準備を完了したということ。ならば相手と同じ土俵に立っていることは最低限の条件になる。
「…少し負担が強くなるが、やるしかない。」
ファーストは能力を行使する。そして美世たちのように駆け出して軌道線上を通過して走り抜ける。そして美世と死神が創り出した軌道線のみを回避して美世の懐まで潜り込んだ。
(これで確定したっ!こいつらの能力は…!)
影のように薄く、血管のような青いラインが入った怪腕が美世の身体から生えて間合いに入ったファーストに襲いかかる。この能力は削除することに特化した能力。例え様々な能力でガードしようとしてもベルガー粒子すら削除してしまうので普通の能力では防ぐことすら出来ない。
この能力を防ぐには同じ能力しか無い。一年前に美世がアインとやり合った際も怪腕の攻撃を怪腕の攻撃によって防いでいた。これ以外で間合いに入った怪腕を防御する方法は無い。
そのことを恐らく知っていたであろうファーストは美世の予想通りの防御方法を取った。これで敵の能力は確定する。
「…お前たちの能力、分かったよ。」
私の怪腕は消滅し、ファーストの身体は消されることなく残り続けていた。
「はあ〜…、ここでバラすつもりは無かったんだけどな〜。」
ファーストの身体からは影のように薄く、血管のようなラインが入った怪腕が手首から先だけ消失した状態で生えていた。
怪腕同士がぶつかると互いを消失し合う。これは同じ能力同士でないと起こり得ない現象だった。
「コピー能力?まさか制限も無しに相手の能力を使えるなんてヤバいね。様々な能力を使える私の能力をコピーすれば私達と渡り合えると思ったの?」
「浅はかだと笑うかい?でも人数はこっちのほうが多い。サードも直に合流する。ここまで君達を誘導出来ている時点でこっちの優勢は変わらないよ。」
敵は不死の能力者だけではなく、相手の能力をコピーすることが出来るコピー能力者だった。しかも先生や私の能力すら使えるなんて相当優れた能力だ。
だって、パスを経由せずに能力を借りているようなものだからね…。こんな能力者、今まで良くもまあ見つからずにいられたものだよ。




