戦の火蓋
クソ…皮膚が痒い。私は熱に対して人以上に耐性があるおかげで痛みを感じる程の火傷を負わずに済んだけど、皮膚が乾燥したのか顔と首周りの皮膚が痒くて仕方ない。もっと近い距離で爆風を食らったら多分こんなもので済まなかった。
だから…甘んじてこの失態を受け入れよう。次はもうこんな失態はしない。
「遠隔操作で起爆した?それとも…タイマーで起爆したか。」
前者ならまだ敵は居ることになるけど後者なら話は変わってくる。タイマーなら私がこの時間に現れることが知られている。そうなると敵は私や蘇芳と同じ条件で動いているということだ。
(…一度、蘇芳か先生に確認したほうが良いか?)
私の思っていたよりも向こうは本腰を入れて私の排除に動いていたら…被害が大きくなる可能性が高い。向こうはいうなれば能力者を量産出来る仕組みを持っている。例え一対一なら私が無敵でも多対個ならどうだろうか。持久戦なら数が多い方が有利になる。
私がそんなことを考えていると突然、探知能力が能力者の反応を多数認識する。能力者たちは何でもない建物の扉から突然現れた。その扉の先は私にも正確に探知することが出来ない。恐らくだけど扉の先は此処とは別の場所と繋がっている。
つまり蘇芳のお母さんと同じレベルのテレポーターが向こうの陣営にいるってこと…。そんなテレポーターを抱えていたなんて予想外だったよ。
「…結構早く釣れたね。」
『お姉ちゃんっ!?そっちで何が起きてるのっ!?突然お姉ちゃんの周りや未来が全く見えなくなったんだけど?!』
蘇芳から聞いたこともない焦った心の声がパスを通じて流れ込んで来る。…蘇芳ですらこいつらを把握していない?そんなことがあるの?
『多国籍企業どもの刺客その2その3みたいな奴らが来たんだよ。』
現れた能力者たちは全員若い。成人しているかどうかの間の年齢で、性別も国籍も人種もバラバラの5人組。でも共通した点で全員が能力者であり、内包するベルガー粒子も相当なものだという所。組織の処理課クラスの能力者が眼の前に現れたと思っていいだろう。
「おっ、いたいた。おーい!君があいの風だろ?」
最初に現れたのは金髪で白人の青年。ベルガー粒子が普通の能力者よりも多く警戒レベルが自然と上がるけど私に対して何故か気安く手を振ってきた。
話している言葉は英語だけど…訛りがちょっとある気がする。イギリス訛り?…じゃなくてオーストラリア訛りかもしれない。そこまで各国のイントネーションとか知らないから断言出来ないけどね。
「アイノカゼじゃなくてデス・ハウンドだろセカンド?あたしはそっちの呼び名の方が好きだよ。」
髪型が派手な黒人の女がどうでもいいことを言いながら青年に突っかかる。かなりのクセ毛で後ろに纏めてパイナップルみたいにしているけど、体格も相まって迫力があるね。多分異形能力者だ。イザ姉と似た体格だもん。
そしてセカンドって彼のことを呼んだ?セカンドが名前なわけ無いしコードネームか…。
「どっちでもいいよサード。この仕事を終えれば私達は晴れて将来が約束された生活が待っている。その為にあんな辛い実験に耐えてきたんだ。さっさとこの夢を終わらせないと。」
次に私の前に現れたのは根暗そうな雰囲気のアジア系の女。髪はブリーチしていて独特の艶があるけど根暗そうな印象を受ける。しかしそれが決して弱いなんていう印象には繋がらない。強者のみが持つ余裕を彼女は持っている。
だってベルガー粒子が怖いぐらい微動だにしない。あんなに安定させるには自分のベルガー粒子を完璧に認識出来ていないと不可能な筈だ。
『今すぐ逃げてお姉ちゃん!!私はこの未来を知らない!!その意味分かるよねっ!?』
分かってる。逃げたほうが良いのは分かってるんだよ…。下手すると相手全員が佐々木真央みたいに殺せないかもしれない。しかも佐々木真央みたいな馬鹿じゃなくておそらく戦闘の訓練を積んだような相手だ。
『私からするともうお姉ちゃんのことは見えないの!つまりお姉ちゃんに関する事象・未来が見えないからこの未来すら知らない!まさかこんな展開、予想すら出来なかった…!』
『どういうこと?蘇芳は私に関してのみで、彼らのことは知っているでしょ?』
この時間は知らなかったのは分かった。でも私が能力に目覚める前とか彼らが生まれた時点で知っていた筈だ。それなのに知らないなんておかしい。それとも…
「フォース、そんな調子だとこの戦いで死にますよ。彼女は実験体を何体も殺している能力者ですから。」
クソっ…さっきから続々と来やがって。今度は褐色肌の女だ。インドネシアとか東南アジア辺りの印象を受ける。黒縁の大きな眼鏡を掛けて髪は無造作というかそのまま伸ばしているって感じで長く、限りなく黒に近い茶髪だ。
あと多分だけど私よりも目が悪い。私を見ようとして相当目を細めているのに目線が合っていない。
『知らない!私の射程に居ないの!だから何人居るのかもお姉ちゃんがどういう状況下なのかもこれからどうなるのかも知らないの!!何度言ったら分かるのっ!!!早く逃げてっ!!!』
蘇芳がこんなに焦るなんてヤバい。こんなにも焦った蘇芳は見たことが無い…。だけどそのおかげで私は冷静でいられる。焦った人が居ると周りの人間は冷静になったりするけど、正に今の私はそんな感じ。ここで焦って間違った選択は取らない。
出来るだけ情報を得る必要がある。蘇芳が知れない相手なら私が知るべき。じゃないとまた間違えてしまう…!
「フィフスももう少し緊張感を持ったらどうだい?これから最強と殺し合いをするんだよ?」
うわ…こいつがこの中で一番強いな。最後に出てきたのは黒人で多分アジア人か白人とのハーフで肌の色が薄い男。髪は短く刈り込んでいて手足がスラリと長くてスポーツマンって感じ。だけどそれは表面上の情報でしかない。
一番気にしないといけないのはこいつのベルガー粒子…。取り憑かれた奴ら特有の気持ち悪さがある。隠すつもりが無いのは自信の表れ。これは決して私を舐めているからというわけではない。こんなの気にしなくても勝てるって分かっている奴の立ち回りだ。
『今からイザ姉と理華さんとルイスをそっちに送るから!』
『…それは駄目。』
『なんで!?私にはパスを通じてお姉ちゃんの焦りが伝わって来るの!それぐらい相当ヤバい相手なんでしょ!?お姉ちゃんひとりでも勝てるか分からないから焦ってるんだって分かってるんだから!!』
『イザ姉たちには守るべき相手がいる。私にも守りたい大切な家族が居るけど、私の家族である蘇芳も守ってもらいたいの。敵は私と同じぐらいに蘇芳を消したいと思ってると思うから。』
『…っ!』
ごめんね。こう言えば蘇芳が何も言えなくなるだろうなって分かってた。卑怯な言い方だけど、私がひとりでやらないと私の存在意義が無くなるから、私はひとりで殺るよ。
「ファーストがそれ言う?少しは隠したら?もう向こうにバレているっぽいけどさ。」
全員集まったけど、こいつらお互いの名前を番号で呼び合っている…。しかも聞き間違いじゃなかったら実験っていうワードが出てきたしかなり危険そうな香りがする連中だ。
「不法入国だよ君たち。外国人は大使館で保護してもらってよ。」
取り敢えず流れを掴みたい。彼らに飲まれれば負ける。私のほうが能力が強くても持久戦になったら分からない。
「ん?この世界は僕たちの物になるから不法入国もなにも無くない?この世界はもう僕たちの物だよ?」
セカンドと呼ばれていた青年がまるで当たり前かのように答えて私に対し親切に教えてくれたけど、これは悪意や善意があって私に言ったのではないとすぐに分かった。彼にとってすればただの事実を口にしただけ…。
こういうことを言う奴と何度か会ったけど今回は全く違う。愚か者の戯言じゃない。これは真実として語られている。
「…まだでしょ。あなた達に頭を垂れた覚えは無いんだけど。」
「いや、何を言っているんだい?君が頭を垂れる必要は無いよ。だってこのあと死ぬんだから。」
探りを入れたけどすぐに彼らの目的が判明した。どうやら私を殺す気のようだ。しかも確定事項として取り扱っているあたり私に勝つ算段が立っているらしい。
(…どうする?逃げれたら逃げたいのが本音。あまりに得体の知れない相手だから。)
あの蘇芳が逃げろと言った。私がこの世界で最も強い能力者だと知っている蘇芳がだ。ベルガー粒子も能力者の中でも相当多いし、どんな能力を使うのかも分からない。だけど全員取り憑かれているんだろうな…。
そうなると不死身レベルの再生力を持っていることになるになるよね…。訓練された不死身の能力者5人を同時に相手にする?正気じゃないよね…。
でも、だからこそ引く訳にはいかない。こいつらの目を見れば分かる。人を殺すことに躊躇が無い人種で私と同類だ。
そして私よりも人を殺すのに面白さを感じるクズ共に違いない。たくさんそういう奴らを殺して来たからね。人目で分かったよ。
しかもこれから能力者と戦うっていうのに全員の服装が普段着なのは舐め過ぎというか殺気が感じられない。私ですらこうして正装に着替えているんだよ?人間用に作られた服なんて戦闘に耐えられなくてとてもじゃないけど着られない。特に異形能力者なんて激しく動くだけで服の縫い目がほつれて駄目になってしまう。
それなのに自分の好きな服を着て来て私と戦う?戦闘に慣れていないわけじゃないよね流石に…。能力的にそんなに動かなくていいのか?
「あ、そうだ。時間何時だっけ?」
セカンドと呼ばれる青年が仲間に確認を始める。…戦うことよりも優先する事柄があるの?
「ああ〜もう発射したと思うからね。10分もしない内に着弾するんじゃない?」
「それまでにここを離れないとあたし達はみんな死ぬって訳だし、さっさと始めない?」
発射…?みんな死ぬって言った?ということはまさか来るのか?
「流石に核なら殺し切れるだろ。ここには組織の選りすぐりの能力者達が居るから一掃出来る。」
奴らから語られたのはこの東京に対して核ミサイルを発射したという情報…。例えこいつらを殺しても核ミサイルをどうにかしないと大切な人達が死んでしまう。
『蘇芳!!理華に核ミサイルの迎撃を指示して!!私はここでこいつらを殺すッ!!!』
急展開からの次回は戦闘パートに突入…させたい




