偽りの家族
話がどんどん進んでいきます
靴を履いたまま入るといつもの廊下だと思った。能力でいつも見ていた筈なのに空気感や温度や匂いなどの情報で私は本当に帰宅したんだと強く自覚する。
そしてリビングのドアを開ければ変わらないあの人達がソファーでテレビを見ながら寛いでいた。…出来ればこうして顔を会わないままのほうがこの人たちにとって幸せなことだったのに、私が関わるといつもこの家族たちは不幸なことになる。…ごめんね。いつも迷惑ばかりかけて。
でも、今回はちゃんとみんなを守るから。だから…今だけはこの再会を許して。
「美世…?美世なのか?」
「美世…さん?」
父だった人とその連れ添いであるあの人がソファーから立ち上がる。ああ…そんな顔をしないで。そんな顔をされたら泣いてしまう。
「い、今の今までどこでほっつき歩いていたんだッ!!ずっと心配していたんだぞッ!!どれだけ探してどれだけ人様に迷惑を掛けていたのか分かっているのかッ!」
かつては私の父だった人が昔のように私を叱ってくれる。…なんて幸せなことなのだろうか。もう私をこうやって叱ってくれる人は居ない。イザ姉もなんだかんだ私に甘いし、蘇芳は全肯定の姿勢だし、理華は…叱るというより怒るって感じだから叱られることはもうほとんど無い。
「あなたそんなに怒らないであげて。」
あの人が元父の肩に手を当てて静止しようとする。…相変わらず仲良さそうで良かったよ。でも本当に時間がない。今はまだ異変は無いけどこれから起こることを私は知っている。
「…いきなり現れてごめんなさい。あなた達家族を避難させる為に来ました。何も聞かずに私の言う通りにして。お願いだから。」
「はあ…?」
突然帰ってきた馬鹿娘がこんなことを言い出したらこんな反応をされるのは分かっていた。だから躊躇していたんだけど…。
私がそんなことを考えているとアラート音が部屋の中で鳴り響く。アラート音の発生源は私達のスマホ。その音に対して反応は様々で、元父とあの人は話の腰を折られたように怪訝の表情を浮かべ、私は遂に来たのかと青ざめた表情を浮かべる。
スマホの画面にはミサイル発射を警告する内容が表示されていた。Jアラートという奴だ。
そしてリビングにあるテレビの内容が切り替わる。
「臨時ニュースです。北朝鮮からミサイルの発射が確認され日本海上空を飛来し、本土などの陸地に着弾する恐れがあります。今すぐ国民の皆様は屋内か地下施設などの安全な建物に退避してください。」
そこで元父の怒りが静まり、リビングにさっきとは別の緊張感が訪れる。
「…今の見たでしょ。こんなの序章に過ぎないの。いま全世界でこんなことが同時に起こってる。だから今すぐに必要最低限の荷物をまとめて。私がこの東京で一番安全な場所まであなた達家族を避難させるから。」
「おい…これはどうなっているんだ?なんでお前がそんなこと知っているんだ?」
元父が私に事情を聞こうとするけど私は無視してカーテンを開いて窓から外の様子を伺う。狙いは東京支部かインフラを支える施設のはずだ。電気が使えなくなったら東京という都市は著しく機能を低下させる。…そうなったら東京支部も危ないかな。
「ねえ…どうしましょう?美世さんの言う通り避難したほうがいいんじゃない?朝も変なことがあったし…。」
あの人はスマホとテレビからの情報に参っているのか、判断を他人に託そうとしている。まあ仕方ない。一般人なんてこんなものだ。
「そうだな…荷物をまとめてくれ。俺は誠を迎えに行ってくる。」
「…誠はどこに居るの?」
誠がここに居ないことは分かっていた。私の探知範囲に居ないからどこに居るのか検討もつかない。だけどあの子のことだからそんなに遠くの方へは行っていないはず。
「友達のところだ。」
「私が迎えに行く。場所を教えて。」
「お前は車が無いだろ?」
「そんなのもう役に立たなくなる。道路は車で溢れて信号機はただただ渋滞を生み出すものに成り下る。…誠はどこに居るの。」
窓の外には家から出て避難場所に向かっている人も居る。東京の道路は東京にある車全てが通れるようには出来ていない。これから起こることを考えれば到底使用出来るものでないことは明白だ。
「…お前、本当に美世か?少し見ない間に背が伸びて雰囲気も…」
「今はそんなことどうでもいい。空からミサイルが降ってくるだけなら良いんだけど、多分明日、明後日はもっと酷いことになる。早く荷物をまとめて準備してて。」
私はカーテンを閉めて2人を急かす。思っていたよりも時間がない。蘇芳でもそこまで時間は稼げないみたいね。
「あの…誠の着替えとかもお願いします。」
「え、それは勿論。美世さんも準備しないと。」
あの人が私に話しかけられた事に驚いているけど、それを見た元父も凄く驚いていた。私だって驚いているよ。こんなことが無ければ話すことなんて無かったと思うし…。
「誠はどこに居るの?」
「あ、あぁ…小学校の近くにスーパーがあるだろ?その通りの向かいにある星野さんというお宅があるんだがそこに居る。友達の家でお泊りなんだ。」
「小学校の近くにあるスーパーだとあそこか…その通りで表札が星野なのは…ここか。」
私がマッピングした地図に誠が居ると思われる一軒家を見つける。ここ辺りのマッピングは昔の射程で行なったせいで建物内部まで届いていないから誠の様子が伺えない。
「あ、私のほうで向こうに連絡しておきますから…」
「その必要はありません。すぐに連れてきます。」
ほんの少し…ほんの少しだけ躊躇う。この人達にはずっと遠くの方に居てほしかった。私の居るような暗くて汚れた世界を知らずに平穏に暮らして欲しかったのに…。
でも、もうそんな選択肢は無い。私にはこの人達を船に乗せてあげることしか出来ることは無い。
「…お願い、これから起こる事を見ても警察や救急車を呼んだりしないで身支度をしててね。」
私はベルガー粒子を操作して能力を行使する。…この方法が正しいと信じて。
ベルガー粒子内に私という情報が保存されていく。私がリビングで見た最後の光景は信じられないものを見たあの人達の顔だった。
そして次に見えるのは慣れ親しんだ通学路。小学校の時はここを通って通学していた。…あまり良い思い出は無いけど、思い返すとあの時は平和な日々が続いていたと思う。
「誠…私のこと覚えていたら良いけど。」
チャイムを鳴らし向こうの反応を待つ。あまり手荒な真似はしたくない。特にあの子の前では。
「…はい。」
「伊藤誠の…家族の者ですが、誠は居ますか?」
「え、少しお待ち下さい…。」
誠の友達のお母さんかな?視界を飛ばし家全体を見回すと誠の姿があった。…ここも避難しようとしているみたい。
誠は…玄関まで来てくれた。直接見るのは何年ぶりかな…。ドアが開くと誠が見えて私の顔を見ると驚いた表情で固まった。多分私も同じ様な表情で固まっている。
「お姉ちゃん…?」
まだ…私を姉と呼んでくれるなんてね。こんな駄目な姉をお姉ちゃんって呼んでくれるのは蘇芳だけだと思っていたけど、まだこの子の前では少しだけ姉として立振舞ってもいいのかな…。
「うん…迎えに来たよ。お父さんもお母さんも待ってるから一緒に帰ろう?」
私にはもうお父さんもお母さんも居ないけど、この子には居る。離れ離れになんかさせない。
「うん…!」
玄関から出てきた誠の手を取りまた私はテレポートを行使する。玄関の先に誠の友達が居たけどもうそんな心配する暇もない。能力を隠して活動する土台が朝の私のミスで崩れたからね。
「…じゃあ、支度してみんな。」
私からすれば一年以上ぶりにみんなでこの家に揃ったことになる。…みんな似た表情で私を見ているけど、本当にみんなそっくりだ。流石は血の繋がった家族。私だけ異常な存在であるとみんなが理解してくれたみたい。
…これなら私がまた居なくなっても心配を掛けたり悲しませずに済む。
「おま…お前いまのは何だ?」
「うん?まあ…分かりやすく言うと超能力かな。今までずっと黙ってきたけど私は超能力者で、私以外にも超能力者は居るの。そこでみんなに向かってもらう場所は私みたいな能力者が居るところで、とても防備が整った場所だから何かあってもみんなを守ってくれると思う。」
結構分かりやすく説明したはずなのに3人とも固まってしまっている。こんなの大したことないのに。多分これから先はもっと凄いものを見る羽目になると思う。
「…僕、友達の家に居たのにお父さんお母さんとお姉ちゃんが居る。あとお姉ちゃんがスーツ来て靴はいてリビングに居る。」
「…土足は駄目だったね。でもお姉ちゃん瞬間移動出来るから基本的に土足なの。…あ、誠の荷物を向こうに置いていったままなんだけど何か取ってきて欲しいものある?すぐに取ってこれるけど?」
私が誠に聞くと固まった表情からとても間抜けな表情に変わり、3人ともお互いの顔を見合わせる。まるで夢でも見ているんじゃないかって言い合っているみたい。
「う、うん…。カードとか置いたままだよ。」
「あ、えっと着替えとかもリュックの中に入っているから取ってきてもらうと助かるわ…。」
「…支度しよう。今は美世の言う通りにするんだ。」
「それは良かった。誠、少し待っててね。」
誠の頭を撫でて私はまたテレポートして誠の友達の家へと向かう。ふぅ…これからが大変だ。とにかく能力者のことを慣れさせないとこれからの生活に頭がついていけないだろう。インフラが機能しなくなったら生き抜くうえで能力者が必須になる。特に電気が使える私みたいな能力者はね。
そして物をすぐに運べるテレポーターなんて最も必要な能力者だ。だから早くあの家族に私みたいな能力者を慣れてもらわないと…。




