多次元を越える法則
さて…どうやって殺してやろうか。苦しませるにも生き物じゃないから無理だしな…。でもこいつ殺すとこの宇宙船の運用とか支障起こるし、特別に今回だけ見逃してあげるか。
「次あの子たちについて語ったらこの世界から完全に消し去ってるやるから。」
「…申し訳ありません。まさか情を抱いていたとは思いませんでした。今後話題に出すことはありませんので許してはもらえませんか?」
「…今回だけね。次はないよ。」
ちゃんと謝る機能が付いているとは意外だ。普段からそういう姿勢を見せてほしい。
「それで、私の弱点はエネルギーの干渉を防げないってことなの?」
「端的に言えばそうなります。そして最も危惧するべきなのは重力になるとワタシは考えています。」
「重力か…確かに重力の影響を受けないようにするのは私の能力でも厳しいか?」
軌道を固定して空中に停滞したりは出来るけど別に重力そのものを無くしているわけじゃない。私の能力というか、先生の能力は重力の影響を無視出来ないんだろうね。
「重力は時間に干渉するという大前提を無視することは能力の性質上不可能でしょうね。R.E.0001の能力は万能ですが完璧ではありません。出来ないことはあります。」
「…ベルガー粒子に私という情報を保存して内側から能力を行使したりすれば弱点ないんじゃない?ベルガー粒子は物理的干渉を受けないよね?」
「残念ですがベルガー粒子は重力の影響を受けます。」
「え、そうなの!?」
知らなかったよそんなこと。先生はそんなこと教えてはくれなかったし…。
「はい、ベルガー粒子内に逃げても重力の影響は受けますのでその方法は安全ではありませんね。」
「…先生にも同じこと言える?先生って能力そのものでベルガー粒子が本体じゃん?」
「はい。ワタシはそう捉えています。アレをどうにかするには重力による干渉しか無いと。」
先生をアレ呼ばわりするな!
「あ、それで私の弱点が分かったんだね。先生を倒す方法を考えていたら私の弱点も分かって報告しに来てくれたんだ。」
「はい。」
教えてくれたのは良いんだけどわわざわざ私の弱点を言いに来るなんて何がしたいんだろうこの機械は。目的がいまいちつかめない。
「なんで私に弱点を教えたの?」
「アナタが死んでは困るからです。」
「サンプルとして?」
「サンプルとして。」
…良いね。これぐらい正直な理由なら受け入れやすい。変に嘘をつかれても困るしこいつとはこのぐらいの距離感で丁度いい。
「まあ話は分かったよ。つまりは私はタスクACT4には勝てないし、私は大統領ってことでしょ?」
「はあ?」
マザーに「はあ?」と言わせた人間は恐らく私が最初で最後だろう。それどころか機械にこんなことを言われたのも私が最初で最後だろうね。
「お前7部読んだこともないの?それで先生に勝つつもりだったとか片腹痛いわ。読んでたら勝てたかもしれないのに。」
「そのような書物があったのですか…?」
「ブックオ○に行けば手に入ったよ。」
「…先人たちの知恵も馬鹿に出来ませんね。」
あ、マジで信じちゃってる。こいつ本当にポンコツ過ぎない?良くこの時代の人間たちは暴動起こさなかったな。私だったら大暴れしてるよ。
「まあ重力を操る能力者やバグには気をつけるよ。」
「はい。そうしてくださると助かります。本当に危険な能力ですので。」
「…そんなに危険なのに今こうしている間も使ってるよね?じゃないとここ無重力だし。」
「人を生育するには重力が必須なので仕方なくです。」
へーそうなんだ。宇宙船の運用も大変そうなのに良くやってるよポンコツのくせに。
「時間を操るR.E.0001に対抗するためにワタシも重力の能力を調べ始めましたが、調べていく内にとても危険な能力であることを再認識しました。非常に危うい能力です。」
「…そんなに?」
「はい。重力は容易く次元を超えます。R.E.0001の存在からここよりも上の次元へのアクセスが可能と分かりましたので何度か実験したのですが…結果は不可能であると分かりました。」
「…ん?できるのに不可能なの?」
私も出来たっぽいしそこまで不可能なことじゃない気がするんだけど…?
「はい。そこが危険な点なのです。アナタとR.E.0001は次元を超えられる。つまりは次元を越える法則が存在します。」
「うんうん。」
「そして重力がその法則には必須になり、アナタとR.E.0001は時間を越える際に重力を利用している。しかし重力を操作している訳ではない。」
「うん?」
どういうことだ?確かに私は時間や因果を操作するときに重力を操作しているつもりはない。それは先生やアインだってそうだ。
「アナタやR.E.0001ですら重力の操作は出来ない。でも時間を操作するには重力が必須になる。この法則が理解出来ますか?ワタシは重力を操作出来る。しかし時間は操作出来ない。この意味を考えてほしいのです。」
「えっと、アインや私は時間や次元を越えたり出来る。それはとても難しく絶対に出来ないことの筈なのに出来るのは能力と重力のおかげ。でも私達の能力ですら重力を操作出来ない。」
「ワタシの言った内容をそのまま口にしただけでは?」
「機械は出力して終わりかもしれないけど人間は入力された情報をそのまますぐに理解出来るようには出来ていないのっ!!口にして言語化してやっと理解への足掛かりを得れるものなの!このクソルンバっ!!」
難しい内容なのに一度で理解しろはやめて欲しいよ。先生の能力談義のほうが数百倍はマシ。…いや、別に先生の話が嫌みたいな話ではなくてですね?
「申し訳ありません。こちらが想定した二十一世紀人の知能指数を再調整します。」
「ん?下方した?もしかして下方して調整した?」
「それで私の説明をどれほど理解出来たでしょうか。」
スルーを覚えやがった…。こいつちょっと私を下に見始めてない?
「はあ…もういいよ。えっと、時間操作の能力は重力という次元を利用してるんだよね?それでも重力という次元だけでは次元は超えられない。この一見すると矛盾した法則が危険…的な話?」
「理解度は20%というところでしょうか。」
「ありがとうございます。精進します。」
「ですが何故理解出来ないのか理解出来ません。どうやってこの次元に来たのですか?」
私の目の前で私を見下している機械人形が首を傾けて不思議そうにしている。人間っぽいリアクションが様になっているから不気味に感じた。不気味の谷現象っていうのかなこれ。
「え?別に流されて来たけど…?」
「流された?」
「うん、ほとんど流されて来たよ。アインが私を誘導してここまで連れて来てくれたんだっけ?」
「彼ならば出来るでしょうけど…不可解です。もっと詳細な情報を求めます。」
詳細な情報と言われてもアレを言語化出来るか自信はない。だって非現実的な光景だったし。
「えっと、なんというか上下も分からないような時間の流れに私という情報が流される感じかな。周りの景色もなんか…色んな色の流れがうねってるみたいな。」
「…重力は感じましたか?」
「重力?そんなもの無いよ。上も下も明確じゃないんだから。重力を感じる身体も無い。本当に私という情報のみで構成された感じよ。」
「やはりそうですか…。ワタシの推測通りです。ここに来る時に次元と次元の間を通ってきたと推測していますが、そこでは重力という要素はアナタには観測出来ないのでしょう。観測出来ないから感じれないのです。」
へーそうなんだ。というかそこまで分かるなんて結構凄くない?行ったことも無いのに私よりも詳しいんだけど。…あれ、でもそれだとおかしい。私はそうでも先生は違う。
「私は上も下も分からなくなるけどさ、先生は立ってたよ。」
「…今なんと言いましたか?」
「私が最初に時間移動?した時は先生立って歩いていたなって。私は自分の身体すら失って流されたけど先生は私の軌道を使って二足歩行してた。」
「…そんなこと…不可能です。有り得ません。重力に干渉されたまま次元を越えた?やはりアレは危険な存在です。」
マザーはそう言い終えて部屋を後にした。先生がマザーの推測を超えたことをやり遂げたことがショックだったのかは分からない。だけど何故か私はそのことを思い出している。
そう…まるで走馬灯のようにだ。そして私の意識は現実世界に引き戻される。重力の渦に吸い込まれるかのように。
「…ヤバい、重力ヤバい。舐めてたなこれ…普通に先生の能力を貫通してくる…!」
この重力の能力と戦い始めて数分が経って私は生命の危機を感じていた。私の軌道は固定している。だからあの真っ黒の渦に飲み込まれることは無いけど途轍もないダメージを負わされている…それこそ生命の危機を感じてマザーとの会話を思い出すぐらいには。
(マザー…もう少し強く言ってくれればこんな能力と真正面からやり合わずに済んだのに!!)
時間という能力を描くうえで重力の存在は欠かせません。ですのでどこで重力のことを描写しようかすごく迷っていました。この物語を書く前から一応頭の中で重力とベルガー粒子の関係性というか設定はあったのですが、かなりほんほわとした曖昧な設定でしたのでなんとかここで上手く繋げられて良かったです本当。
前の章のラスト辺りでベルガー粒子が地球の重力に引かれて落下する描写とかが伏線だったり、時間の流れではあまり重力を感じさせる描写を描かないようにしていましたが伏線を回収するのに半年?ぐらい掛かった気がします。




