添削
今の薬降るさんはほとんど不死身のようなものだ。首をあんなスピードで治すなんて異常だ。取り憑かれた者は例え脳みそを破壊しても直してしまうから恐らく薬降るさんも同等の再生力があると見て良いだろう。
ベルガー粒子に保存された能力を消さない限りは無限に治ってしまう可能性が非常に高い。そうなれば…私が使うべき能力はこれしかない。
『先生…。』
『そっちの状況は分かっているつもりだ ミヨの判断に任せる』
流石は先生だ。こちらの意図を汲んでくれている。
『ありがとうございます。出来るだけ負担の掛けないようにするのでお願いしま…』
『ーーーなるほど…割り込み方はこうするのですね。』
この声は…まさかマザー?私と先生のパスに割り込んでくるなんて人工知能の枠を超えているんだけど…。
『私の脳みそのクローンを使って?』
『はい。そちらの状況をこちらでも把握しています。出力の調整はこちらで行いますのでいくらでも能力の行使をしてください。』
『えっと…ありがとう?』
『はい。』
まさかマザーがこんなことを言いに来るなんてどうしたんだ?
『パスにまで割り込めるように進化するとは…やはり壊すべきだな』
『これが終わるまでは壊さないでくださいね先生。』
私と先生を繋ぐ大事な装置だからね。二人の特異点が別々の世界線に居るせいで【多次元的存在干渉能力】の能力を行使すると私は先生に引っ張られてしまう。だからイカれたAIと向こうに居る能力者たちの協力が必須になるんだけど、先生はそのこと忘れてないよね…?
「あいの風さん?どうしたの?あえて隙を見せてるだけ?」
「え?あ、すみません。電波受信して意識がそっちに行ってました。」
「…あいの風さんは電波も受信出来るの?なんでも出来るのね。」
薬降るさんが髪を指ですくいながら呆れた表情を浮かべる。
「人を殺す以外は並以下ですよ。」
私の身体からベルガー粒子の塊が出現する。粒子の塊は人の腕の形へと変わり、普段はベルガー粒子が見えない能力者の目にも映るほどの濃縮されたベルガー粒子は禍々しい青い光を発して薬降るさんを照らした。
「なんですかそれは…また妙な能力を。」
「先生の能力をコピーして私自身の能力へと昇華させた能力です。」
「死神の…!?これが…」
この能力を使うと脳への負担がデカくて頭が痛くなったりするけどパスを通じて能力の負担は向こうに投げてるからそうでもない。マザーが上手くやってくれているのだろう。もしくは先生かな。
「降参してくれると有り難いんですけど」
怪腕を少し動かすと薬降るさんの目も釣られて怪腕の動きを追っている。良し、これで薬降るさんはこちらを警戒せざるを得ない。一対一の戦いにおいて怪腕とは別に動ける私はかなり有利になる。
(死神の能力なんてどう対処すればいいのでしょう…)
この業界に居れば嫌でも知ることになるのが死神という存在。死神に狙われた者は必ず死ぬことから敵や味方から死の意味を持つ死神と呼ばれた最強の能力者。そんな能力者が持つ能力が今わたしの目の前に立ちはだかっている。
…ふふ、ここまで来ると光栄ですね。私如きにこんな能力を出してくれるなんてやり過ぎな気もしますが、これが敵にデス・ハウンドと呼ばれたあいの風さんのやり方なのですね。全くえげつない事をする高校生ですよこの子は…。
(こうなったらなんでもありですね…。)
私は自身の能力とは別に使える能力がある。でもこの能力は正直なところ使いたくはないです。加減が効かないですから。でも使わないと勝負にはなさそうな気がします。あの腕のような形に濃縮されたベルガー粒子からとても嫌な感じがしますもの。
だからあの腕のようなベルガー粒子は最大限の警戒をしないといけない。でもそれと同等の警戒をあいの風さんにもしないといけないのがこの状況の難しさを物語っている。
死神の能力も恐ろしいけれどもあいの風さんも恐ろしい。こんなにも頭が回って絶対に物事を成し遂げようとする能力者なんて見たことがないもの。あの天狼よりも頭が切れるんじゃないかしら。
私が頭の中であいの風さんのことを再評価していると、向こうからアクションがあり、私はすぐさまその場から飛び退いた。その判断は正しかったけど、彼女と敵対することの愚かさを知ることになる。
彼女から出現した青い腕は瞬時に伸びて私の左腕を貫き…いえ、貫いたは語弊がありましたね。死神の能力をコピーしたという青い腕は私が立っていた位置まで伸びて全てを消し去ったのです。たまたまそこに私の左腕があって、青い腕が通過すると私の左肩の先から肘の部分までを消し去りました。
ですが良く見るとそれだけではありません。そこにあった筈のベルガー粒子まで消え去りました。…こんな事があっていいの?まさかベルガー粒子まで消し去るなんて異常な能力です。
「…これが死神の能力なのですね。全てを消し去るとは驚きです。」
「その割には落ち着いていますね。肩から先が消えたんですよ?」
あいの風さんは伸ばした腕を引っ込めましたが特にこれといって疲れた素振りはありません。こんな強力過ぎる能力を行使して問題がない?能力も異常ですがそんな能力を行使出来るあいの風さんはもっと異常に思えます。
「治せますからご気遣いなく。」
私はそう言ってから左肩に意識を向ける。しかし治りは遅く出血を抑えることしか出来ない。ベルガー粒子を失ったせい?それとも別の要因?
「治せないでしょう?」
「…何をしたのですか?ベルガー粒子を奪っただけではなく何かしたのでしょう?」
眼鏡の奥に見えるあいの風さんの目は酷く落ち着いていて恐怖を覚える。これだけのことをしていて落ち着いていられるのは経験によるものか、それとも彼女本来の素質によるものかは分からない。でも、先程まで泣いていた彼女は私の左腕と同じ様に消え去っていました。
「私がやったのは削除です。全てを消しされるこの怪腕は事象そのものを削除出来るんです。分かりますか?“薬降るさんの左腕が消えた”という事象は特異点によって引き起こされた事象なんですよ。この事象は固定化され、何者にも覆せれない事実として残ります。」
この事実を操作出来るのは私か先生のみ。例え本人が自身の能力によって治そうとしても決して直らない。私の怪腕は先生の怪腕よりも消し去ることに特化している。…例え魂であっても消しされるように私が思い描いた能力だからだ。
「それって…もう私の左腕は直らないということですか?」
「私がその事実を削除すれば直せますよ。でもそんなことはしません。薬降るさんの全身を削除し終わるまでは…ね。」
あぁ…これは怖い。彼女に狙われた者達の気持ちが理解出来る。これは戦いにもならない。一方的な狩りに近い。猟犬としての完成形が私を獲物として捉えて構えている。…なんですかこれ。死神…あなたはなんてものを拾って来てしまったのですか。
「あ、これは…っ!」
気が付けば青い腕が伸びきっていて視界の半分が消えていた。そこで私の顔面の半分が消えたことに気付き、私はこの能力を使うことを決心する。でないと本当に全身を消し去られてしまう。
「…【知能主導】。」
私はその能力を口にすると私という意識が遠くの方に向かっていき、私という個人ではなく新たに浮上した意識に私の身体の主導権が移っていく。
これは一種の賭け。勝てる見込みが無い相手にだけ使ってきました。この能力は別人格に身体の主導権を奪われるせいで完全にコントロールを失ってしまいます。
だから…例え何があっても私の責任ではありません。あいの風さん…あなたにこの能力を止められるかしら…?




