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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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再現性

出来の悪い演劇を演じさせられているみたいだ。主役は私こと伊藤美世。そして悪役は薬降ること諸橋あやせ。


両者は大切な人を殺されて仇討ちを果たす。そして同じ組織に所属し、特に恨みもなくこうして睨み合う。これが創作ならクソみたいな演目だがこれは現実で、何一つとして嘘偽りが存在しない。本当に、本当の事実なのだ。


「…今ならまだ間に合います。あなたが裏切り者だってことを知ってる人は限られてますから、あとで口裏を合わせれば…」


「薄汚い大人の考え方をするようになりましたね。そういうの嫌いだと思っていましたが。」


薬降るさんは私の提案を蹴る。…ヤバい。これはヤバい。もうこのあとの展開が見えてくる。彼女はもう決めている…。ここで折れてくれる人ではないし、まだ押しが弱いのか…。


「嫌いですよ…絶対にこんな手は使いたくないです。でも、薬降るさん…あなたとは戦いたくないんですよっ…!」


本心からの懇願だ。嘘偽りの言葉で動くような、揺さぶられるような人ではない。そしてとても優しい人だ。愛した人のために子供と友人にも嘘をし続けた。こんな人を悪として断罪出来るほど私は善人ではない。


「…なんで、そんな悲しそうに…泣きながら言うんですか…。私は悪で、あなたは光が照らされているのに、私に優しくしてもあなたが辛いだけですよ?」


「私には分かるんです。大切な人を奪われた怒りや苦しみや、裏切る辛さや罪悪感やらあの途轍もない不安感だって!」


「あいの風さん、あなた何を言って…」


「私もそうだった…お母さんを殺されてから私の居場所は無かった。家に居ても居心地が悪くて友達も私を避けて、ずっと犯人を恨んで恨んで恨んで恨み尽くしました。」


駄目だ。涙が出て止まらない。この人と諸橋くんには私のような思いをしてほしくないから感情的になってしまう。私が殺し屋を始めた理由はお母さんの仇討ちのためだけど、この仕事を続ける理由は私のような思いをする人間を生み出さないためだ。


「先生に見出されて殺す手段と機会を得ました。あの時の私は悪人そのもので、目の前の標的全員殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してっ!それで…犯人も殺して、殺さなくてもいい相手も殺して…そして、何一つとして報われることはありませんでした。」


そうだ…私は後悔してる。殺しておいて後悔なんかしちゃいけないっていうのは分かっている。だから絶対にそんなクソみたいなことは思わないようにしてきた。でも…目の前に私と同じ結末を迎えそうな人が居るのに私は嘘をつくことは出来ない。


「殺すために先生も裏切りました。嘘もいっぱいつきました。そして…私にとって本当の家族とも言える人達とも離れ離れになりました。私は…あなたに私のような結末を迎えさせたくない。だから、力づくでも止めますよ。」


ベルガー粒子を操作していつでも能力を行使出来るように準備する。だけど今の私には殺気はない。殺す気なんて毛頭ないけど、最悪の事態を想定すると一度は殺してしまうかもしれない。


そうなったら取り憑いたベルガー粒子を全て削除してから生き返らせる。この選択を取れるのはこの場で私だけ。蘇芳が私にだけ裏切り者が居ると話した理由はこれだと思う。


蘇芳は薬降るさんを殺したくなかったんだ。理由は薬降るさんが子供を持つ母親で、私と重なる部分が多かったから…だと思う。


「そのほうが助かります。私もそうするつもりでしたから。」


薬降るさんが構え始める。…隙は一切ない。戦いの経験は向こうの方が上。だけど私だって伊達に死線を潜ってきていない。それに薬降るさんと戦う前に取り憑かれた相手を3人も処理してきた経験がある。やり方は心得ているつもりだ。


「私…諸橋くんには言っておいたんです。最悪お母さんのことを殺してしまうって。でも前言撤回します。私はあなたを殺さずに諸橋くんのもとへ連れ帰ります。」


「…勝ち辛いですね。そう言われては。」


苦笑を浮かべる薬降るさんに私は不敵な笑みで答える。薬降るさんにはまだ生きていて欲しい。彼女が罪悪感を覚えているのなら私たちが払拭させる!


「なら手加減してくださいよ。年下ですよ?」


「格上相手に手加減なんてするものではないですよ。これは年上としての助言です。」


薬降るさん雰囲気が変わった。表情はいつものように無表情で見ている人に冷たさを感じさせるけど、空気感は寧ろ熱い。…見た目よりも熱い人なんだこの人は。


「…こんな状況下で言うのも(はばか)れるんですけど少し楽しみです。あいの風さんはあの死神よりも強いのですか?」


「どうでしょう…本当に殺意を持ってぶつかれば私が負ける可能性が高いんですけど、負けないことだけに徹すれば私が負けることは無い…って感じですかね。」


「それは楽しみです。中々格上相手と戦える機会は無かったので。無理そうな相手はいつも天狼か死神が処理していましたから。」


好戦的な人だ。戦いを楽しむタイプには見えなかったけど、仕事をし続けた結果として戦いの楽しさを知ったのかな。…そこも私そっくりだ。私は争いを好まない平和主義だけど、命のやり取りに楽しさがあることを知った異常者だ。


「じゃあ…楽しませないとですね。…行きますよ?」


苦しませるつもりはない。痛みつけるなんてことも考えていない。私は楽しませるつもりなんて考えは最初っからないし、この一撃で終わらせるつもり。


(…来る!)


あいの風さんの身体が一瞬光ったと思ったら…私は宙に浮いていた。空中で何回転かした時に私は自分の身体らしきものを見つけるが、それが私の身体だと気付くのに時間を要しました。何故ならばその身体には頭が無かったからです。


(楽しませるつもりなんて…無かったのね。…嘘つき。)


「…さて、これで終わればいいんだけど。」


私の通った後には白い煙が立って地面が黒く焦げ付いていた。この能力を使うと靴の中が熱くなって蒸れるのが難点だし、靴下が焦げ付いて駄目になったりする。でもそれだけの価値のある能力だ。能力者ですら反応出来ない速度で攻撃を与えられるからね。


私は振り返り地面に落ちた薬降るさんの頭を視界の隅で捉えながら今も立ち尽くしている彼女の身体に目線を合わせる。…うん、やっぱりこれじゃ駄目か。


薬降るさんの身体はひとりでに動き出し頭を拾って首をくっつけ始める。普通はこれだけの損傷は治らない。でも彼女の能力は…


「ゲホッゲホッ…!あ、あ゛ぁ〜ゲホッ!…やってくれましたね。天狼の能力ですか?」


彼女の首は一瞬にしてくっつき、口から血やら唾液を吐き出してから喋り出す。彼女の能力は治癒能力。人の持つ治癒能力そのものを大幅に増幅させる能力だけど、まさか首をくっつけられるとは驚きだ。


「私が処理した標的全員が異常なまでの再生能力を有していましたが、もしかして薬降るさんの能力の応用だったりします?」


「そうですよ。彼らは能力そのものを無能力者や他の能力者に移植出来るか研究をしていた。その研究の手助けとして色々とサンプルを提供したりしていたんです。」


「…その研究のデータを奪って組織に研究させれば良かったじゃないですか。」


「無理です。うちは良くも悪くもラインを越えませんから。」


確かに私達が所属している組織は結構まともだったりする。人殺しとかヤバい仕事が多いのになんかホワイトなんだよね。


「じゃあ、薬降るさんは自分が何をされているのか分かっているのですか?取り憑かれているというその意味を理解しているんですか?」


「理解してます。あなたこそ何を分かっているのですか?」


質問に質問で返すなと言いたいけど、私の推測が当たっていれば取り憑かれるという状態の意味と、どんな理論で能力が使えているのかはある程度説明出来る。


「能力を扱うにはベルガー粒子が必須です。でも最も必要なのは人の脳です。その理屈が無ければ石でも能力が使えることになる。」


薬降るさんは少しだけ面白そうに私の話に耳を傾ける。


「でもその理屈にはまだ先があって、脳がベルガー粒子に作用出来るということは、ベルガー粒子が脳へ作用出来るということでもあるということ。洗脳能力がそれを証明しています。」


「本当に…優秀ですねあなたは。研究員としてもあなたは世界にその名を轟かせることも可能だったでしょう。」


こんな研究員が居たらマッドサイエンティストとして名を世界に轟かせてしまうだろう。


「取り憑いたベルガー粒子は人の脳に作用して幻覚を見させる。そしてそのベルガー粒子には様々な能力が保存されていて、その中にはあなたの能力も保存されているし、取り憑いたベルガー粒子が勝手に脳を操作して保存されている能力を行使している。…違いますか?」


これがプロセスだ。因果関係を操る私だから気付けた。脳がベルガー粒子を操るのではなくベルガー粒子が人の脳を操る。恐らく多国籍企業たちはこのプロセスを解明し実践的な運用方法を確立させた。


「多国籍企業って本当にその名の通り企業です。私達のような組織と違って目的というか理念が違う。向こうは金儲けや利権、世界の主導権を握るのが主な理念で、様々な人達からお金を集めている。」


私が今までで相対した標的には一つの共通点があった。


「標的全員が富裕層でした。佐々木真央のご両親は恐らく多国籍企業と深く関わりのある人達だった。でもお亡くなり莫大な財産だけは残って、娘である佐々木真央からお金を徴収する代わりにベルガー粒子を取り憑かせて両親の幻覚を見せた。そんな契約があったんだと思います。」


佐々木真央が一人で生きてこれた理由はお金と多国籍企業たちからの支援があったからだ。これなら説明がつく。


「あの老夫婦も豪邸に住んでいた。そして多分お孫さんが居たんです。でも亡くなって薬降るさんの時みたいに多国籍企業から接触があったんじゃないかな。…訪問販売としては下の下ですが老人や傷付いた人は騙しやすい。これはかなり儲かるビジネスです。」


吐き気がする…。人の死を利用して儲けようなんて考えつく限り最悪な商売だろう。でも勘違いしてほしくない。別に葬儀屋に職業差別をして発言しているわけではないのだ。本当です。


「はぁ…こんなのが居ると知っていればみんなを裏切ったりはしなかったのに。なんて無謀なことをしてしまったのでしょう。」


頭に手を当て苦々しく項垂れる薬降るさんは最後に私を「問題児ね」と言って締めて、覚悟を決めた表情に変わる。…来る。間違いなく本気で私を殺しに来るだろう。


私も覚悟を決める必要がある。殺せないのなら削除するしかない。彼女に取り憑くベルガー粒子を削除しないと薬降るさんがそのつもりが無くても能力を行使してしまう。


「悪堕ち子持ちママなんて盛りすぎの狙い過ぎで的外れなんですよ。私がその要らない設定、削除してあげましょう。」

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