腸を喰い破る
特殊部隊はもう私に敵意を向けることは出来ない。しかし話はそこでは終わらない。この状況の不信感も私に向かわないようにしなければこのあと絶対に怪しまれる。だって、彼らは私がここに来ることを知っていたからだ。
詳しい外見の情報は伝わっていなかったみたいだけど一人だけでここに来ることぐらいは知っていたっぽいし、何故私という女性がここに来たのかを急いで説明して彼らに納得させないと…。
「…こちらマルマルイチ、本部へ至急連絡したい事項が…。」
田野と言う隊長さんが無線機を使って連絡を始めてしまった。マズい…考えがまとめる前に向こうのターンになるのは私にとって不利な展開だ。
「…こちら作戦本部、対象の捕獲はどうした?」
…やっぱりこいつか。私の探知能力に引っ掛かっているこの男がこの作戦を立てて実行させていた…。なら私の有利な展開に持ち込めるじゃん。
「あ…こ、この声…」
私があからさまに反応を見せるとSATの隊員たちが私の方を見る。私は【血で穢れた心】で自身の血を操り体内の血を足に集めて顔面を真っ白にし、いわゆる顔面蒼白を擬似的に生み出したが…良し、上手くいったね。
「…知っているのか?」
お、田野さんが反応してくれた。頭の回転が早い愚者は扱いやすくて大好きだよ。
「わ、私のストーカーと、同じ声…です…。」
特殊部隊の人達がザワつく。まさかの発言だっただろう。でもそれなら私がここに来た理由に信憑性が生まれる。
「それは…気の所為ではないのか?」
「ま、間違いないです…。何度も、何度も私に話し掛けて来たのでこの声を聞き間違えたりしないです…!」
涙は…枯れてしまって出ないけど、怯えた声は簡単に真似できる。反応は…上々かな?私が被害者と印象付けられているから不信感は無い。
「隊長、まさかとは思いますが…」
「シッ、滅多なことは言うな…。まだ決まった訳では…」
いや、ここで決めさせてもらうよ。
「私…お母さんが殺されて、でも…犯人捕まらなくて、捜査も打ち切りになって…」
これは本当だ。捜査は打ち切りになってもう誰も犯人を探していない。多分あの男が圧力を掛けたのだろう。まだ時効になっていないのに…あのクソ野郎がっ。叶うならばもう一度この手で殺してやりたい…!
「それで、私が落ち込んでいた時に、急にあの男が私の前に現れたんです…。お母さんのことは残念だったねって、私が力になるよって…。」
急ごしらえのストーリーだけど辻褄は合っている。私のお母さんが殺されたのは事実で、そんな私の力になれるのも警察官しかいない。
「さ、最初は良い人かなって思ったんです。でも、やけにお母さんのこと知ってるし、私…お母さんと瓜二つで、か、身体とか触ってくるし、ホテルに連れ込まれそうになって逃げたんです。」
隊員さんたちの顔に怒りが現れる。彼らはこう考えているだろう。私のお母さんを目当てにしていたが、死んでしまったのでその娘を…と。
「そしたら急に帰り道とかに現れたりスマホにメールがいっぱい来たりして…わたし、怖くて…!」
両手で顔を隠してニヤケ面を隠す。こんな馬鹿な話をするだけで笑ってしまう。でも、標的にとっては笑い話ではないんだよね。取り憑かれただけで悪人じゃないのにこんな不名誉な扱いされているんだから可哀想とは思う。でも世界平和の為にだから仕方ない。
それに、多国籍企業たちと何も暗い繋がりが無いとは思えない。寧ろ怪しすぎるよ。
「そのメールには[今すぐ返信しろ]とか、[怖い思いをすることになる]とかの脅迫文ばかりで、私…怖くなって全部消して迷惑メールに登録したりメアド変えたりしたんですけど、時間が経つとドンドン怖くなって、だから今日ここに来たんです…やめて欲しいって言う為に…。」
こんなクソ話を信じる奴おりゅ?いりゅいりゅ!ここに30人もおりゅ!
「…君の名前、まだ聞いていなかったね?教えてくれないかな。私は田野悟と言う。」
「あ、私は伊藤…美世と言います。」
「聞かせてほしい。君のストーカーは警察官なんだよね?どんな人だったか教えてくれないか?」
(かかった…!こんな餌で釣れるとは僥幸…!圧倒的僥幸…!)
「は、はい…。髪は白髪で眼鏡掛けてて左腕に金色の腕時計付けてて…」
探知能力で標的の外見的特徴はリアルタイムで見ることが出来る。しかもデスクに置かれた名札みたいなやつから本名も視認出来るんだよね。
「名前は…長谷川、竜田…だったと思います。」
隊長さんが急に立ち上がり無線機を握り潰すんじゃないかって程に手に力が入って表情が強張っていた。ヘルメットと口元を隠したマスクのせいでこの角度からは表情が見れないけどかなり怒っているのが分かる。
「隊長…これ職権乱用ですよね。」
「こんな女の子怖がらせる為に俺たちあんなツラい訓練をしてSATになった訳じゃないです!」
隊員たちも立ち上がって怒りをあらわにする。流れは完全にこちらに傾いていると見ていいだろう。
「俺たちでこの子を救うぞ。おい、伊藤美世さんを家まで送ってやれ。」
「あ、あの!私まだ怖いですけど逃げたくないです…!ここで逃げたらお母さんのお墓に顔向け出来ません…!あのストーカー男に一言言わないと気が済みません…なので、私をあの男の前まで連れて行ってください!」
こんな臭い台詞がポロポロと出てくるのはもはや才能だと思う。昔からそうだったけど私の本性を知らない人は何故か私がとても弱々しい存在だと認識している。なんでかは分からないけどやっぱり外見って大事だね。
「隊長、直接見てもらって確認を取るのは大事だと思います。連れて行ってあげましょうよ。」
おっ?これは来たか?
「そうだな…確認は大事だな。伊藤くん、もしよろしければ私達の案内で長谷川警視長に会ってはくれないか?」
「はい…こちらこそよろしくお願いします。」
えっへっへ楽ちい〜男をだまくらかして手のひらで転がすの楽ちい〜!これ癖になるかも…
「では、行こうか。」
私は隊長さんの案内で隊員たちに囲まれながら警視庁の内部へと侵入していく。建物の中にはキャリア組と呼ばれる人達が何事かと見てくる。…この人たちには話が行っていなかった?かなり急に進めた内容だったのかな?
「お前たちは階段を使え。」
「はい。」
私は隊長さんと他の隊員5人と一緒にエレベーターに乗り、他の隊員たちは階段を使って上の階へと向かっていく。
(…まだあの部屋に残っているね。逃げないつもりか?)
まさかとは思うけど警視庁内で能力を使うつもり?敵は世界に超能力が露呈することを恐れていない。なにも問題がないかのように考えている節がある。…異常なヤツらだ。
「ここだ…覚悟はいいか?」
「はい…大丈夫です。」
警視長が居る部屋のドアの前で隊長さんに確認を取られる。…さて、ここだ。このタイミングで仕掛ける…!
「失礼します。田野です。」
ドアをノックしてから隊長さんがドアを開けて室内に入ると標的が私達の方に振り向く。…間違いない。このベルガー粒子の量と動きは佐々木真央と同じだ。
私はサイコキネシスを行使して標的を窓の方へと歩かせる。あくまで本人が歩いているように身体全体を動かすのは骨が折れるけど、その甲斐あって不自然さはかんじられない。
「長谷川警視長?」
良し、あくまで本人の意志で窓へと向かってから…転落させる。
「長谷川警視長!」
窓を突き破って標的は外へと落ちる。サイコキネシスならばこの厚そうな窓も割れるしここまではオーケー。次はドアの外から伸ばしていた影で標的のベルガー粒子を奪い去る。影は網のようにベルガー粒子のみを弾き、標的はすり抜けてそのまま重力に引かれて落ちていく。
「おいっ!お前たちは下に行けっ!」
階段で上がってきた隊員たちに隊長さんが下の階へ行くように指示を出す。そして隊長さんたちは窓から下を覗いて標的の確認を始めた。…もう私のことなんか頭に無いかな。
(じゃあ、ここで念には念を入れて…)
ほんの少しなら大丈夫のはずだ。私は身体の中から怪腕を出現させて窓際に向けて射出する。怪腕自体はベルガー粒子の塊なので隊員たちの身体をすり抜けていきそのまま外へと伸ばし続けた。
そして怪腕は標的に取り憑いていたベルガー粒子を掴み…削除する。このベルガー粒子が近くに居る隊員たちに取り憑く可能性があるからね。こんな危険なものはこの世界にあってはならない。
…なら、あの老夫婦のベルガー粒子も削除しておかないとか。これが終わったら削除しに行こうかな。
「これで、終わり…じゃないけど、なんとか目の前の問題は片付いた。これからどう動くか見せてもらうよ。」
男を手のひらで転がすのが上手いのは母親譲りです




