時間の無い戦い
私が皆に語った内容というのは何があって、これから何が起こるかだ。
「佐々木真央という私と同じ高校に通っている女の子に何かが取り憑いているんです。」
「何か…?」
蜃気楼が私の要領の得ない説明に眉をひそめながら説明の続きを催促する。
「…能力が使える何かです。その何かは無能力者の中に潜んで私の探知能力でも引っかかりません。ずっと私の射程圏内に居たのに彼女を能力者として認識出来ませんでした。…これは私の落ち度です。」
「つまり佐々木真央という彼女が今回の事件の原因という訳か。」
蜃気楼は倒壊したマンションに住んでいる人の名簿から彼女の資料を見つけ出す。そこにはあいの風が前日に調べていたという記載があり、彼女が元凶であると確信する。
「あいの風ほどの探知能力者でも見つけられないなんて厄介ですね。見つけられる可能性が低くなりました。」
あいの風の情報をパソコンに打ち込んで纏めている宵闇が彼女の特徴から発見が難しいと判断し、長期化する可能性を示唆する。
「しかも能力が複数持ち合わせていて非常に厄介です。」
「複数…つまり殺り合って逃したのかよ。」
複数の能力を確認しているということは戦闘に入って取り逃がしたということだ。そこを炎天が指摘し、不敵な笑顔をあいの風に向ける。
「はい。多分致命傷を何回か与えられたのですけど凄まじい治癒力で殺せなかったんです。頭を粉砕して背骨を折って全身を焼いて心臓を消し飛ばしたのに遺体が無いところから彼女は逃亡したようですね。」
私の説明にみんながドン引きした。そこまでやっても殺せなかったことはちゃんと伝えないといけないからこの反応は甘んじて受け入れよう。
「あ、知ってると思いますけど佐々木真央には調整体たちがボディーガードとして複数付いています。こいつらも潰したり斬ったりしても殺せないし、佐々木真央もそうですけど奴らのベルガー粒子は人に作用して寄生してくるので近距離仕掛けたら取り込まれますよ。」
その説明にあいの風に対して憤りを感じていた者達は溜飲を下げる。かなり善戦して取り逃がしたようだからだ。自分がもしあいの風と同じ立場に居て佐々木真央を取り逃さなかったと聞かれたら不可能と答えるだろう。
「…話の腰を折るようで悪いがひとつ聞きたい。あいの風、お前の能力についてだ。どうやって空中に浮いてどうやってあの場から消えた。映像でバッチリ残っているが?」
(くそ…【個人的範囲】を行使する間も無かったし、実害が一般人にまで及んだからやっぱり私の能力が露呈してたか。)
私はどう答えようか少しだけ迷った。そして私はそこで初めて蘇芳の立ち位置の難しさに気付く。彼女に対して私が言ったことがそのまま私に帰ってきている。…姉として情けない。
「そこは別に今は良いんじゃないか?」
伊弉冉が助け船を出してくれた。だけどここは避けては通れない。彼らとの信頼関係が失われればまたあの未来で起きたことが繰り返される。
「いいよ天狼。ちゃんとみんなには話さないと。」
私は伊弉冉に目線を送り、ありがとうと伝える。いつも私の味方でいてくれる私の姉の偉大さには頭が上がらない。
「…私の能力は探知能力ではないんです。」
「「「「「は?」」」」」
伊弉冉・理華・蘇芳以外のメンバーから間抜けな声が漏れる。大前提がひっくり返されたようなものだから仕方ないか。
「待て待て、頭が痛くなってきた…。」
頭痛がして頭を抱えだす蜃気楼は私に手で制するようなジェスチャーをして私の言葉の審議を考え出す。
「…どういう意味ですか?」
ここで初めて発言する薬降るさん。ずっと静観していたけど流石に黙ってはいられなかったみたいだ。
「私の能力は能力者の探知も出来るんですけど本質的には別の能力なんです。」
私はテーブルの上に置かれた適当な缶コーヒーに対して能力を行使し、私の手元までサイコキネシスで運搬してみせる。
「サイコキネシス…。」
誰が能力を行使したのかは明白だったけど、まだ疑い深く見てくるので別の能力を行使してみせる。椅子に座っていた私の姿は消えて瞬時にテーブルの向こう側まで移動し、テレポーターの蜃気楼の前でテレポートを披露した。彼ならば私が能力を行使したと分かるだろう。
「得意分野ですよね?これで信じてもらいましたか?」
私がそう言い終わる頃には私は元の椅子の位置まで移動しており、みんなに私が複数の能力を行使出来ることがこれで分かってもらえたと思う。
「…あいの風、何故今の今まで黙っていた。これは…共有するべき情報だっただろう。」
蜃気楼が更に頭を抱えながら苦言を呈する。どうやら私は頭痛の種みたいだね。
「勘違いしてもらっては困ります。私は複数の能力を持ち合わせているのではなく、複数の能力を行使出来るんです。」
「…頭の硬いオジサンにも分かるように説明してくれないかあいの風ちゃん。」
蟄虫咸俯すも蜃気楼と同じく頭を抱えながら私に更に詳しい説明を求めてきた。
「私の持つ能力は2つだけで、その1つの能力が皆さんが探知能力と思っていた能力、私はこの能力を【探求】と呼んでいます。みなさんがご存知の死神はこの能力を最強の能力と評してくれました。これが皆さんに話せなかった理由の1つです。」
死神の名前が出てくれば何も言えない。死神とは誰もが認める最強の能力者だ。そんな最強が彼女の能力を最強と評した。それならば誰にも話せないだろう。
「因みにこの能力は記録することが能力です。」
私の能力を知らない者は頭の上にはてなマークを浮かべて疑問に思う。「それが最強とどう繋がる」…と。
「その射程は私が訪れた場所全てです。それは皆さん知っていますよね?でも効果範囲はそれ以上です。何でも記録します。…能力すらも記録するんです。」
私は部屋の照明から光を集めて複数の光球を生み出す。この能力が理華の能力と同じだということは処理課の面々は知っている。つまり私が複数の能力を行使出来るのは他人の能力をコピー出来るということ。これで私の能力が処理課のみんなにバレてしまった。
「ははっ…マジか。こりゃあ確かに最強だわ。」
蟄虫咸俯すこと虫オジが乾いた笑い声を出しながら椅子の背もたれに身体を預ける。脱力してしまうほどにこの能力の凄さというか理不尽さを理解してくれたみたいだ。
「…どんな能力もコピー出来るのですか?」
薬降るさんが身体を前に出して私に質問をしてくる。この人がこんな反応を見せるのは意外だ。
「死神の能力も行使出来ます。だから言えなかったんです。言ったら多分殺されていたと思いますし。」
私もあなた達もね。今は殺されないだろうけど昔だったら殺されていただろうな。
「…お前が話すことは最初からこうだ。毎回聞かなければ良かったと後悔する。」
蜃気楼が天井を見上げて完全に職務を放棄しだした。聞きたがっていたのはそっちでしょうが。
「だから言わなかったんじゃないですか。ここまで話さずにいた私に感謝の言葉とか無いんですか?」
私は周りを見回すとほとんどの人が蜃気楼か虫オジと同じ反応を見せて目線が誰にも合わない。目線が合うのは何故か嬉しそうにしている理華としょうがなさそうに笑っている蘇芳と伊奘冉だけだ。
「…で、これからどうする。敵の場所は突き止めているんだろう?」
伊奘冉が腕を組み私に質問という形をした尋問を仕掛けてくる。…付いて来る気だね。イザ姉らしい。
「まあ、大体は。でも厄介なのは彼女だけじゃないんですよ。」
「それってどういう意味?」
理華が私の言葉で察したのか、とても嫌な予感を覚えた表情で固まる。
「佐々木真央以外にも居るんだよ。私の射程圏内でも数人の反応がある。能力者じゃないのにベルガー粒子が異様に濃い人達が。」
「ベルガー粒子が濃い…?それが特徴?」
「うん、だから前から佐々木真央には何かあるかもって監視はしていて、それで今日の朝に彼女の家に行ったら見えない両親を紹介されたの。」
「見えない両親?」
何を言っているのか訳が分からないといった反応を見せる理華。そしてずっと目線を合わせなかった面々も私の話が気になったのか、姿勢を正して話を聞こうと耳を傾け始めた。
「彼女の両親は一年前に事故で亡くなったのに、彼女はそのことを知らなかった…というよりも覚えていなかった感じで、ずっと両親と3人暮らしをしているつもりだったの。最初は心の病気かと疑ったけど私は能力による干渉だと思う。」
「精神操作…又は本当に居たりして…」
理華がとても難しい表情で考え込んでしまった。恐らくは私のお母さんのことを思い出しているのだろう。死んだのに見えない存在は彼女にとっては忘れられない印象を与えたと思う。
「死んだのに居る…ですか。」
小声で誰にも聞かれなかった薬降るさんの独り言を私は能力によって探知した。確か薬降るさんの旦那さんが昔亡くなったと聞いているから何か引っかかる所があったのだろうか。
「話を戻しますね。佐々木真央以外にも一般人の人間に寄生した何かが居るんです。私はそいつらを殺して回りますので世間への対応を皆さんにお願いしたいんですよ。あ、私のことは切り捨ててください。手心を加える必要はありません。世間に露呈した時点で覚悟してますので。」
私はそう言い残し席を立つ。時間は無い。どうして人類が滅亡しかけたのかがこれで分かったから。人類は同士討ちで滅んだんだ。そうなる前に全員この世界から削除しないと…。




