枝分かれ
魂のみを破壊するのならば彼女の遺体はこの世界に残される。しかし存在そのものなら彼女の身体もこの世界から消え去り何も残らない。
だから私は前者の選択を取ろうと思った。せめてもの情けと思って。その選択のツケがこれだ。たったひとつ間違えて罪のない人が571人も死なせてしまった。
私はこういう事が起こらない為に殺すことに躊躇がない。私ほど躊躇なく人を殺せる人間は滅多にいないだろう。そんな最低で最悪な私だけど、どうやらそれでもまだ足りないらしい。
世界は残酷だ。まだ足りないと言ってくる。一般人の感性から遠く離れた私の価値観とやり方では選択を間違えるというわけだ。
世界は私にもっと、もっと離れろと。人間性を捨てろと。終わってしまえと。そう私にこの世界の神様は言ってくる。
佐々木真央…彼女も終わっているが私はもっと終わらないといけない。でないとこの後始末は誰にも出来ないなんて本当に終わってる。
正しくない私が正しさのために人間性を捨て去れとは喜劇としては駄作になるだろう。しかもそこまでする価値と意味までは誰も言ってくれない。だって、こんなの自問自答で自分に言い聞かせて言い訳を重ねているだけだからだ。
佐々木真央という悪を滅ぼす理由はある。でも、それが私である理由はない。誰かがやってくれるのならそれでいいはずだ。だけどそういう役割は私に降り掛かってくるように世界は出来ている。これが特異点としての呪われた役割なのだろう。
「終われよッ!!!生まれてきたこと自体が間違いだったんだよお前はッ!!!」
怪腕が唸りを上げて佐々木真央に迫る。怪腕の軌道は正確には再現されず画数の少ないアニメーションのような軌道を描く。その為に一瞬だけ光速をも超える速度になり並の能力者では反応することも防ぐことも出来ない。
しかし私が怪腕を出現させた時には佐々木真央を取り囲む調整体が私に目掛けて突っ込んできていた。どうやら私のこの能力が危険なことを知っているか、それとも佐々木真央の敵となる者を排除する動きがプログラムされているのか、はたまた別の理由があるのかは分からない。
でももうそんなことを考える必要性もない。ここで消し去ってしまうから。この能力は【削除】という能力を具現化させたもの。全ての事象を削除するこの能力の前では何者もこの能力を止めることは出来ない。
怪腕は断続的に軌跡を描いて調整体に接触する。いや、この表現は正しくない。触れたという事象そのものが削除され結果のみが残る。だからこの振り下ろした怪腕は調整体に接触する前の軌跡から接触し終えた軌跡へと光速を超えた速度で進み、調整体は怪腕が通ったであろう軌跡の跡を残して沈黙した。
私の怪腕は先生のものとは少し違って削除することに特化している。だから純粋な運動エネルギーで調整体を縦一文字に分断したのではなく、怪腕が触れた箇所が削除されたのだ。しかも触れたという時間すら削除して。
だから調整体の頭部から内股にかけて全てが消し飛んだ
。調整体は2つに別れて私の後方へと突っ込んできた勢いのまま流れていく。奴らは不死身の如くタフだけど私のこの怪腕はベルガー粒子をも消し去る。
奴らがタフなのは能力のおかげ、つまりベルガー粒子あってのもの。そのベルガー粒子を奪えばただの金属の塊となる。それはアメリカでの初戦闘時に分かっていた。
(クソっ…私の周りの輪郭が朧気になってきた。思っていたよりも時間が無い…!)
先生の能力の影響力が凄すぎて私が先生の方に引っ張られてしまう。私と先生が同じ時間軸に居れば引っ張られることはないんだけど別々の世界に居るせいでこんな弊害が起こる。
時間の流れが私を拐おうとするのを無視して私は怪腕を振るい続ける。私の事情なんて奴らは考慮してくれない。だから思いに耽る暇もなく私は私の役割を果たすのみ。
私の振るう怪腕はその性質から分かる通りベルガー粒子の塊のため物理的干渉されない。しかし事象は引き起こせる。この一見矛盾した性質は敵からしたら厄介なことこの上ない性質だ。
なぜなら敵は私の怪腕に触れることが出来ないからだ。防御が出来ないだけではなく能力者でないと見ることも難しい。だけど私の怪腕は相手に触れるという事象を引き起こせるし軌道を短縮出来る。だからこの能力は近距離にあいて無敵の強さを誇る。
この怪腕を防ぐにはベルガー粒子でしか不可能で、生半可な出力では太刀打ちも出来ない破壊力も備わっている。この能力ならば佐々木真央を確実に屠れるだろう。
「これで3体目っ!!」
怪腕の軌道は正に物理的制約を無視した動きで次々と調整体を屠っていく。怪腕の軌道上に私の腕があろうがすり抜けて突き進み調整体のベルガー粒子を削除し続ける。しかも途中の軌道が消えるせいで敵はタイミングを図れずに回避が間に合わない。
「ピーピー言わないんだなっ!余裕がねえかッ!?」
声を荒あげて能力を行使していると全能感に支配された。最高にハイってやつだ。でも本当のところは能力の負荷が大きくて脳の機能が下がっているだけで、その影響で知能指数が残念なことになっているだけなんだけどね。
(クッソ…テレポートして佐々木真央の真後ろを取りたいのに怪腕に結構リソースが割かれて難しい…!)
怪腕を出現させながら他の能力を行使するのはとても難しい。特に怪腕に干渉しようとする能力は私でも無理だ。テレポートするには私の身体から生えた怪腕もテレポートさせないといけないけど、怪腕はベルガー粒子そのもの。ベルガー粒子をテレポートさせるのは一番負荷がかかる。
だから普段はベルガー粒子の保存能力を使ってベルガー粒子をベルガー粒子の中に保存して軽くし、負荷が掛からないようにしている。でも今は解放させてしまっている。私の殺意が限界値を迎えて解放させてしまったのだ。我ながら馬鹿だと思う。
『あと何秒っ!』
『5秒だ』
先生が右手を前に出して指を立ててカウントを始めた。そして1秒が経つと先生は親指を折って私に分かりやすく伝えてくれる。
「死ね佐々木真央っ!!」
5体目を屠った時点で佐々木真央と目が合っている。酷く怯えて私を恐怖の対象として見ているのがムカつく。下を見ろ下を!お前が殺した人々に一度も目を向けずに私を見るんじゃないッ!!
怪腕に全リソースを割いて思いっ切り突きを放つ。怪腕は私の身長ぐらいに伸びて佐々木真央を守ろうと前に出てきた調整体を次々と貫通し、最終的に佐々木真央の胸部を消し飛ばした。
「がはっ…」
しかし胸を消し飛ばして心臓を潰しただけでベルガー粒子は消し飛ばしきれていない。つまりこのまま佐々木真央は再生してしまう。
『…0だ』
私の身体は時間の流れに飲み込まれてこの世界から離れていってしまう。怪腕も維持が出来ない。この流れに抗うことも許されないなんて…!
「足りなかった…。」
本当にあともう少しだったのに。多分だけど佐々木真央の魂の一部は消し飛ばせた。だからなにかしらの影響を及ぼせたとは思う…。
『次だ 次がある』
『先生…ごめんなさい。届かなかった…。』
私の身体は完全に時間の流れに飲み込まれて2巡目の世界から消え去り、そして残された佐々木真央と調整体たちはすぐさまその場から離れて戦いは終わりを告げる。
だが残るものもある。それは彼女たちをスマホのカメラで収めた映像とその光景を見ていた人々の記憶。能力者の存在が世間に露呈し、世界は1巡目の世界と同じ結末へと向かっていくこととなる。




