ブレーキが壊れている
さてさて、今日のためにできる限りの準備はしたつもり。1巡目から戻ってきてもう5日は経っている。だからあと2日で私は確実な情報を得てから先生のもとに戻らなければならない。…やるしかないんだ、伊藤美世。やるしかないんだよ。
私はここに来た理由を果たすため、彼女のもとに向かっていた。
『ーーー昨日は肝を冷やしたぞ』
先生の声が頭の中に響く。昨日はやることが多くて先生のお説教を聞きそびれちゃってたからね。
『すみません。抑えが効かなくて。』
『殺す気だっただろ?あれだけ人の目がある状況で能力を行使するなんてどういうつもりだったんだ』
昨日はマリナ様たちに突っかかるクソ共があまりにもウザすぎて思わず殺すところだったのを先生に止められた。そんなことをしちゃいけない状況だったのに、私はあの6匹の猿どもを殺るつもりで能力を行使しようとしていた。
先生がパスを通じて呼び掛けがなければあの場で死体が6体作られていただろう。サイコキネシスでアイツの腕を折ってやったけど、本当は首を折るつもりだったからね。
『久し振りに人を殺したいと思っていたんですけど、なんでしょう…歯止めがなかったんです。』
『歯止め…?』
先生の神妙な声が聞こえて私はそのまま昨日のことを話し始める。
『殺したい気持ちって誰にもあるじゃないですか。先生…というよりアインがマザーや蘇芳を殺したいって思うことはありますよね?』
『…否定はしない。』
あ、これはアインの口調だ。アインも私の話を聞いているみたい。なんか自分の言い訳を聞かれているみたいだ嫌だな…。
『えっと、どう言ったら言いんだろう…エンジンが掛かって殺意がこうドンドン出てきて漏れ出しちゃったみたいな?その殺意を止める装置がなんか効かない…というか無いから溢れ出しちゃって…止めれませんでした。』
『…昔からそうなのか?』
『いえ、流石に自制は出来てましたよ。私は人よりは殺意が高いと思ってたんですけど、あの一件から私はブレーキが壊れてしまっていたみたいです。』
『あの一件…?』
多分あの時から私は自分の殺意を止めることが出来ない。中毒症状みたいなものだ。しかも麻薬のようなとても強い衝動で私を蝕んでいる。
『…私の父親を殺した時からです。あの時以上に殺意を覚えたときはありませんでした。どうやらあの時から私の自制心は壊れてしまっていたみたいです。』
『そうか…』
『今の私って先生からすれば平穏な世界の障害になりますか?』
殺意を自分で止められない能力者ほど危険で平穏な世界から遠い存在はいない。今の私は先生からすればどう写るのだろう。
『キミはこの世界に必要な存在だ 安心していい』
『…うん、安心しました。』
人に決めてもらわないと私は私を定義することが出来ない。今の私の存在は悪なのか正義なのか、その定義を人にしてもらわないと私は自分を見失いそうになる。
『だから今は目の前のことに集中すればいい そのために準備をしてきたのだろう?』
『そうですね…ちゃんと自分の役割を果たします。』
私はいつもの通学路ではなく目的地までの最短ルートを歩いて彼女へ会いに向かう。学校へは向かわない。私はここで勝負に出る。
「…よ、奇遇だね。」
「え、ミヨヨ〜どしたん?駅ってこっちだったっけ?」
駅は違うし学校からは遠ざかるルートだ。彼女はおかしいと感じているけど普通の反応に思える。私は探知能力をフルに使用しマオマオを監視し続けた。
「ちょっと学校サボってみない?」
「…ミヨヨそんなキャラだったっけ?」
質問ばかりだ。私の言動全てが予想外なものだからだろうか。…どれが予想外な言動に思っているのかによって私は色々と対応を決めないといけない。準備はしてきたけど彼女がどういう立ち位置で私に接触を図ったのかは分からないから下手な手は打てないんだよな…。
「優等生らしくない?それともいつもの私じゃない?別に優等生を演じてたわけじゃないんだけどね〜。」
私は学校で被っていた皮を脱いで素で彼女に接する。そうして彼女がどういう対応をするのか見たいからだ。
「…なんか、ちょっと興奮してる?」
…予想外な反応だ。もっと馬鹿だと思っていたけど彼女…結構頭が回るな。いや、頭の回転は速いけど回路が小さいタイプだね。だからいくら思考が早くても考えつく範囲が狭い。
「昨日から寝ずに調べ物をしていたからね。私ってちゃんと下調べしてから動くタイプなんだよね。」
「へ〜優等生っぽい☆」
盛りに盛った髪が揺れる。朝の通学、通勤の途中で賑わっているこの道でこのまま話していてもしょうがない。彼女を上手く誘えるか…。
「私に会いたかったでしょ?」
「え?」
彼女の表情が強張る。彼女の考えがどんどんと分かってきた。やはりという確信を得た私は彼女に迫っていく。
「見たんでしょ?」
彼女に触れられるほどに距離を詰める。もう彼女のきめ細やかな肌が見えるほどの距離…ここならお互いに射程距離だ。
「え?」
素っ頓狂な顔をしているけど反応が初だ。こういう状況に慣れていない。つまりは私みたいな奴を相手にするのが初めてってことになる。
「私が消えたところだよ。」
「消えた…?」
「覚えていない?それともマオマオの中では見間違いとして処理しちゃったの?」
彼女にとって非日常の光景として処理されたかな?そこは一般人っぽい感性だ。見た目はまるで一般人じゃないけど。
「見間違いって、なんのこと…」
マオマオは自身の記憶を掘り起こし始め思い出す。美世が突然消えたことを。そしてそれを指摘されたことに今更ながら気がつく。
「…え、待って。どういうこと…あれは見間違いじゃないの?」
「…違うよ。あれは見間違いなんかじゃない。」
私は彼女と目と鼻の先の距離で面と向かい合う。彼女の真意を問うにはもっともっと近くじゃないといけない。
「ゴメン…意味分からない。」
「そっか…。」
本音だね。そっか、この子はなにも知らないのか…。
(気持ち悪いな…。)
私は未来を知っている。必ずああなってしまう。だからこそ彼女の存在そのものが気持ち悪く感じる。これは探知能力者としての感性から来るものなのか、それとも特異点としてのもの…?
彼女が何も知らないこと自体がおかしい。彼女が人類の滅亡に関わるのは間違いないんだ。
「立ち話もなんだしあなたの家で話さない?一緒にサボって女子トークしようよ。」
私はそう言って彼女を誘惑する。いつものように、私が女性からも性的に見られる容姿をし、蠱惑的な誘いをすれば落ちるだろうと確信を持ちながら…。
そして私は思惑通りに動くマオマオの手を取りながら彼女のマンションまで向かい、私は彼女の住んでいるマンション全体を探知することが出来た。ここまでは予定通り。
「マオマオの住んでいるのはどの階?」
「ん〜?7階の707号室だよ☆」
「…へー。」
(ほら来た。気持ち悪い感じだ。やっぱり当たりだったみたいだね。)
『状況によってはすぐに戻ってこい 何が起こるか予想がつかない』
『…分かってます。まさかここまでヤバいなんて思わなかったですけど、どうやら当たりを引いたみたいです。』
先生の緊張した声が聞こえ、私は私がここに来た意味と役割を強く自覚する。…失敗は許されない。必ずあの最悪な未来に関する情報を得てみせる…!




