特異点の力
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まさか自分が死者蘇生を、つまりは生き物を生き返らせる事になるとは思わなかった。生き物は必ず死ぬものだし時間は巻き戻らないのがこの世界において当たり前の事象だ。
生まれたものは必ず死の方向に向かうしその逆はありえない。どんな記録にも完全に死んだものが生き返るなんて残っていないだろう。…キリストとか聖人は無しでね。
そのような常識を鼻で笑うような能力がこの世に存在している事実に私の常識がついて来られない。なんなんだろうこの能力は…あっていいのかな?明らかに他の能力者の能力とは毛色が違う。
改めて先生の能力を考察する。今から死者蘇生をさせようとしているこんな時に考えるような事ではないのかもしれないけど、どうしても頭から離れないのだ。
リムーブ、リボーク、リワインド、リヴァイブ、この4つの能力の共通点。英語で表すと良く分かる。
remove.revoke.rewind.revive.この4つの能力全ての頭文字にreが付いている。reとは“再び”や“元”などの後ろ方向にイメージを付けるときに使われる。
つまりは全ての能力には過去に干渉する能力があるという示唆だろう。先生が名称を付けたのかな?
因みに私の能力も頭文字にreが付いている。何気にお揃いだ。女子はお揃いという概念が好き。これは間違いない。
…ちょっとだけ脱線した。話を戻すと先生の能力は未来に干渉するより過去に干渉する意味合いが強いと思われる。時間操作と言っても色々あるけど過去改変が先生の能力の本質だ…多分。
でもな〜〜普通にまだ能力がありそうなんだよね…未来系の能力とかがさ。いきなり訓練するぞって言われて今日は未来予知の能力を覚えてもらうとか言われそう。
それならそれで良いんだけどね。だって面白そうじゃん?過去改変も未来予知も。実際に過去改変系の能力を今までずっと使ってきたけど面白かったし純粋に楽しいんだよねあの感覚は。世界そのものを書き換えているようなあの感覚が堪らない。
今…私の手のひらの上には運命すら覆す可能性がある。この可能性を試したい。もし確定された運命を覆せれるなら…私という生き物は次のステージに行けるだろう。
私は人間を辞めるぞ!!!上々!!!
ベルガー粒子に意識を向けたらおかしな現象が起きている事に気付く。あれ?私のベルガー粒子が軌道と結びついてる?これヤバくない?具体的にはどうヤバいのかは分からないけど。
先生は後方腕組彼氏面先生になったまま私の動向を見守っているから特に危険ではない?ならこのまま続けてみよう。
頭の中に軌道の情報と私の中のイメージが連結していく。私のイメージとしては卵が地面に落ちて割れた後の軌道を全て削除したいんだよね。つまり現在の食べられて中身が無くなってしまった事実を削除する必要がある。だけど、ちょっと先生が言っていた事が気になるね。
身体をバラバラに食われると射程圏外に行くんだよね。それならこの卵も射程圏外なのか…?
分からないな…でも出来そうなんだよね。先生の言っていた射程圏外って私が思っている射程圏外とはニュアンスが違うのかな?
(…う〜ん、取り敢えずどこまで戻せるかやってみよう。)
中途半端に軌道を削除して核爆発が起きたなんて嫌だから全部削除しよう。軌道全部消せば手のひらに放る前の卵が現れるはず。
軌道の情報は全て認識しているしイメージも完璧だ。これを統合して複数の能力を同時展開する!
軌道を空間として捉えて視認する為に【探求】にリソースを割く。でもここは抑えめにしないと他の能力に割くリソースが無くなってしまう。ここは慎重に配分を考える。
良し…次は軌道を削除する為に【削除】にリソースを割くがここが鬼門だ。かなり気を付けないといけない。なんたって始めて物質の軌道を削除するからだ。やらかしたら私以外の人間も消し飛ぶ。それは絶対にしてはいけないミスだからこの能力も使いたい。
【逆行】を使って削除された卵が吹き飛ばない様にカバーする。言わば最悪死者蘇生が出来なかった場合の保険だ。つまり【削除】が中途半端に軌道を削除してしまったとしても事象自体を逆行させれば核爆発を防げる。
理屈としては卵が光速の世界に突入してもその軌道を逆行させれば因果律を逆転出来る。光速に突入する前にそこを開始地点として私の手のひらに逆行させる。ヤバいと思ったらこの方法を取る。
この際【再生】を1つの能力として考えないで複数の能力を使った合わせ技と考えよう。必殺技的なやつだ。必殺ではないけど…
能力を発動してすぐに異変が起きる。【削除】も【逆行】も完全にコントロール出来てないからだろうか、これは結構キツイかも。脳が熱を持って頭の中がグツグツ煮えたぎってきた。
「熱い…熱くて燃え上がりそう。」
誰だこれを多分なんだけど出来るって言ったやつは!今までの能力の中でダントツで一番キツい。汗が尋常じゃないくらい出てきたけど汗を拭く余裕もない。左手を軌道に合わせて置いてるけど一ミリも動かせない。私の軌道も確定されたようで上手く身体を動かせなくなってる。これ本当にヤバいよ!
『一度放たれた能力はキャンセル出来ない』
ここで先生が言っていた言葉を思い出しその重みを理解する。この【再生】は誰にもキャンセル出来ない!もう放たれてしまっている。
後悔する余力も思考も保てない。脳の機能を全て能力に割いてしまった影響で聴力も触覚も平衡感覚も機能していない。意識も薄れてきたのに能力だけは蠢いている。
異様な雰囲気に包まれたこの空間ではベルガー粒子を認識することが出来ない生き物ですら何かを感じたのか、この場から離れるように散っていく。
(ベルガー粒子をコントロールし切れない。今にも膨張して破裂しそう!もし完全にコントロールを失ったらここが消し飛ぶ!)
本能的に察した美世はドンドン身体の感覚を手放していく。嗅覚や視力も機能しなくなり目の前が真っ暗になる。それでも【探求】でなんとか軌道を認識出来てはいるが、自我すら手放しそうになっていた。
もし自我を手放したらイメージが崩れて最悪の結末を招くだろう。
「ぐぅっ…!」
下唇を噛み切ってなんとか意識を覚醒させる。触覚は失ったが痛覚は残っている。唇から血が流れて襟を紅く染め上げ口の中も血で染まっていく。
(味覚は残っているのか…)
鉄の味が感じられる。この味が感じられている間は意識が残っている証拠だ。ここで決める!
今の美世は処理落ちしたPCのようだった。複数の能力を同時に起動している為に脳に負荷が掛かって熱暴走気味になっている。早く実行して能力を停止しないと確実に脳が破壊されて廃人になってしまう。
その事を理解した死神は美世にいつでも【再生】出来る様に後ろで構えた。
《ここが正念場だ 辛いとは思うがここを越えなければ特異点には至れない…ミヨなら必ずやり遂げられると信じているぞ》
その時、死神の思いが届いたのか軌道と対象に変化が起きる。カタカタと殻が震え出したと思いきや消失する。そこにあった殻は完全に消え失せてしまった。
後の残っている卵の残骸はこの場にほとんど残ってはいないが分子レベルのサイズで地面に付着している。しかしその分子ですら消失してこの世から消えて無くなる。
元々そんなものは無かったと見えるような消え方だ。徐々に消えたり軌跡を残して消えるのではない。時間が、事象が削除されたのだ。生き物には到底認識出来ない速さである。
しかしその現象を認識出来た者達がその場に居合わせている。死神と伊藤美世にはその現象を認識することが出来た。この世界でもこの2人しか認識出来ない現象が更なる拡がりを見せる。
(こっちに戻って来い!私の手のひらの上で受け止めてやる!)
生命に語りかけてこちらに招き入れる。物体では無く生命なら私の呼び声にも反応があって当たり前でしょ!?例え言葉が通じなくても、心が通じ合えるならッ!!
私の手のひらに卵のシルエットと黄色の光が現れる。まだ確定された軌道と事象では無いがここ以外の空間に出現させない!ベルガー粒子で押し固めてやる!銃を創り出すのと同じ要領で卵も創り出してやる!
空間に残されたベルガー粒子が伊藤美世の左手に集まる。軌道を確定させていたベルガー粒子は空間に散らばっている。何故なら軌道は削除されこの世界から消えてしまったからだ。この卵が割れた結果はもう存在しない。残っているのはベルガー粒子だけ。
…徐々に輪郭がハッキリとしてきたおかげで脳への負荷が少なくなってきた。【削除】のリソースを全て【逆行】に割いて早くこの卵を確定させないと今にも弾けてしまいそう!弾けたらどうなってしまうのか分からないけど早くしないといけない事は分かる!早く固まってくれー!!
半透明な卵のシルエットが左手の上で成形されている。卵の中身である白身や黄身、胚やカラザも認識出来るくらいに存在が確定し始めた。後はここを結果として因果律を再現すれば死者蘇生が完了する。
『先生!私にベルガー粒子を回してください!』
『ーーー良いだろう 好きに使え』
先生に声を荒上げてベルガー粒子を強請ったおかげでパスからベルガー粒子が送られてくる。このベルガー粒子を使って更に押し固める!
私の方法が功を奏したのか、卵の半透明さが薄れてきた。後は【再現】でゴリ押す!やっぱり最後はゴリラなんだよね!
因みにゴリラはベルガー粒子で卵を再現しないし死者蘇生なぞ求めない。彼らは皆賢者であり世界の道理を弁えている。
フリーの右手を使って卵を包むようにしてベルガー粒子を固める。ベルガー粒子は物理的干渉は受けないが能力者は脳を使う事でコントロールする事が出来る。つまりイメージが大事なのだ。美世が右手で押し固めるというイメージを脳が反映させればベルガー粒子も押し固まる。
「うおおおおおッ!固まってえええッ!!!!!」
全てのベルガー粒子が手のひらに収まった時、ベルガー粒子が全て書き換わる。
何を書き換えたかは美世本人が認識しなければ確定されない。その結果は美世の手の中に残されていた。ジワリジワリと触覚が戻りつつあるがまだ感触で判断出来るほど回復していない。
ゴクリッ…右手を上げると左手の手のひらの上に黄色く表示された卵が乗っていた。
「いやったああ〜〜…はあ、疲れた。」
『おめでとう この世で二人目の特異点の誕生を祝福してワタシから賛辞の言葉を送ろう よくやったなミヨ』
拍手をして私に声を掛ける先生。拍手の音がしないせいでかなりシュールだけど嬉しいです!
『先生、私…やりましたよ!』
いつも読んで下さりありがとうございます。今回は中々に時間がかかる話でした。




