襲いかかる兵ども
一年たらずでこんなにも状況が変わるものなの!?同僚たちからは敵対心を持たれるし、この状況になったのは私のせいだと言われるしで意味が分からないよ!!
今のところ分かっているのは、やっぱり彼女たちは私の知らない情報を持っているってことだけ。なら、やりたくはないけどここで戦ってもいい。そして無力化した所で情報を聞き出せばいいだけのこと。頭を動かせ伊藤美世。思考停止にだけはなるな…!
「うん、あいの風の見た目だとやりづれえだろうから、おっさんに任せろ。こういうのは年長者の役目ってね。」
蟄虫咸俯すさんが出てきたか。親戚のおじさんみたいな柔らかな雰囲気は相変わらずだけど、目が真剣そのもので立ち振る舞いにも隙が見られない。…ブランクのある私には少し荷が重いか…?
「なら私もそうなるな。若いものに任せるのも立つ瀬がない。」
くそ…ここで蜃気楼さんまで出てきたか。テレポーターなのは分かっているけど、どういう戦い方をするのか知らないんだよね。それに蟄虫咸俯すさんの能力なんて知らないし、対策の立てようが…
私が2人を相手にどうするかと考えていると蜃気楼さんの位置が私の真後ろに変わる。私を中心に8メートルの円を描くように立っていた位置から一瞬で私の間合いに入られてしまった。
「マジ、かっ…!」
蜃気楼さんは隠し持っていたダガータイプのナイフで私の首を切り落とそうと振り抜いたので、私は無我夢中で頭を下げて前転の要領で回避行動を取った。
「…良く動く。蟄虫咸俯す、足止めを願えますか。」
「わーってるよ。ほら。」
蟄虫咸俯すさんが能力を行使するためにベルガー粒子を操作し始めるけど勘弁してほしい。こっちは虫も殺さない生活を一年もしてきたんだ。殺し合いのやり方なんて覚えていないし、加減なんて出来るはずもない。
「挟撃なんてズルい!女子高生をいい年をしたおっさん2人で責めてくるなんてエッチだよ!」
「…あの下劣さ。まるで本物のようです。」
「…確かにな。うるせえところがソックリだ。」
初雷と炎天が私を本物みたいだと言いあっているど嬉しくない。下劣さで見極めるなよ!
「私は本物だけど、下劣なのはそっちでしょ!?2人なんてズルいよ!私はタイマンを所望する!」
私が叫んでも誰も聞く耳を持たない。私は本物だって!
「それは無理な相談だね〜。それに、君がもし本物であってもそれを証明する方法がおじさん達には無いんだよ。」
「…悪魔の証明ってやつですか?」
「そゆこと。だからさ、本物だっていうなら引いてくれないかな。さっきの動きで君が強いって分かったからさ。殺り合ったらお互い被害が出ちゃうし。」
「…蟄虫咸俯すさん的には私をどう捉えているか、個人的な見解を教えてもらえませんか。私だって引きたいです。皆さんを仲間だと思ってますから。」
私は手を上げて戦闘の意思は無いとみんなに伝える。でも警戒を解く素振りは見られない。やっぱりプロだ。もし私が現役の頃で、私が彼らの立場だったら撃ち殺しているだろう。だからこうやって会話が少しでも成立しているのは私があいの風の見た目をしているからだと思う。
じゃないと蜃気楼さんと蟄虫咸俯すさん達の年長者2人だけで私と戦おうとはしない。みんなで戦った方が楽だもん。さっきそれっぽい事を蟄虫咸俯すさんが言っていたし間違いないはず。
「う〜んそうだね〜。おじさん的には8割方は本人かもって思っているよ。」
「なっ…それなら止めて下さい!話し合いでここは済ませませんか!?あと5分したら私はこの場から消えましょう!その間だけでも良いので…!」
私はみんなの顔を見ながら懇願した。私達で戦うなんて間違っている。私はこの状況をどうにかしたいと思っているだけだよ!
「あ〜、良い落とし所だけどね。でも残念ながら無理なんだ。」
「…なんで?なんで無理なんですか…?」
蟄虫咸俯すさんが私の懇願を一蹴する。どうしてそこまで私を偽物として扱おうとするの?
「君が偽物かもしれない1%の確率がある限りは無理なんだ。ここで生き残るには100%の信用がいるんだよ。それぐらいは流石に知っているよね?」
(知っているわけないじゃん…。どんな考え方だよ。)
「知らない。…信じられないと思うけど、私は貴方たちの前から居なくなってから今日までの間に起きた出来事は何も知らないの。だから何故こうなっているのかも知らないし、天狼や蘇芳がどこに居るのかも知らないの。どこに居るのか教えてくれたら私は引く。」
誰も私の話に聞く耳を持たなかったのに、この言葉には皆が反応を示した。特に天狼と蘇芳のことを言った時には驚いた表情をみんなが浮かべていたのが印象的だ。
「…ふざけてんの?」
竜田姫さんの怒りが頂点まで登って能面のように無表情になった。怖すぎて今すぐ逃げ出したいけど、私の家族の居場所を聞き出すまでは逃げることは出来ない。
「竜田姫さん、私は本当に無知で何も分かっていないんです。私は貴方たちの前から居なくなってから何も知らずに生きてきました。だから貴方の怒りも理解を示せない。…ごめんなさい。でも、本当に教えてほしい。天狼さんと蘇芳と天の川の居場所を教えて下さい。」
私は竜田姫さんに訴えかける。これで駄目ならもう引くしかない。
「…1%未満の確率で、もし貴方が本物のあいの風本人ならと可能性に賭けて言うわ。」
竜田姫さんが私のお願いを聞いてくれたみたいで、天狼さんたちの居場所を私に話してくれた。
「死んだわ。私が最期に付き添ったから間違いない。大狩伊弉冉は死んだの。」
……………………………………しんだ?え?しんだって、死んだって意味?あの伊弉冉が…死んだっていうの?
「…嘘だ。死ぬわけない。」
私は必死に否定しようとするが、周りにみんなも私と似た悲痛の表情を浮かべて顔を逸らす。…止めてよ。嘘じゃないみたいじゃん。あの人が、私の姐が死ぬわけない!
「嘘じゃない。蘇芳の方は死んだと言われているだけで、私たちは誰も死に際を見たわけじゃない。でも、他の人が死んだ所を見たって言っていたわ。」
蘇芳まで…?あの蘇芳が、死んだっていうの?まるで話についていけない。
「天の川は…?理華は生きているんでしょ?死ぬわけないよ。だって、理華は強くて私よりも賢く…」
「死んだ。自殺…したわけじゃないけど、あれは自殺みたいなもんだったよ。死ぬと分かっていて敵に向かっていったから…」
私が言い終わるよりも前に理華が死んだことを告げられた。あの理華が死ぬなんて考えられない。じゃあ、もしかして、ここに居る竜田姫さんたち以外の私の知り合いは全員、死んだ…?
「…何が、起こったの?私と先生が居ない間に何が起きたんですか!」
「そんなこと私達が知りたいわッ!!」
竜田姫さんが叫び大気が震える。それは魂から出た叫びだった。
「貴方と死神が居れば防げたかもしれないのにっ!貴方たちは居なかったっ!伊弉冉は誰よりも頑張って戦った!でも、最期は殺されて…遺体をすぐに焼くしか無くて…!」
竜田姫さんは泣き出しながら語ってくれる。伊弉冉は殺され、死ぬ直前まで戦い続けていたと。
「なんで居なかったのッ!!待っていたのにッ!!今更出てきて引っ掻き回さないでよッ!!」
…何も言い返せない。その通りだからだ。私の居ない間に色んな事があって、色んな事を体験した彼女たちからすれば急に出てきた私は裏切り者に見えるのだろう。
「…まあ、そういうこった。遅すぎだんだよあいの風よ。本人か偽物か分からないが、例え本人でも攻撃をしない理由にはならないかね。」
蟄虫咸俯すさんが能力を行使し私に襲いかかる。襲いかかるといっても彼が直接…ではなく、彼の真下に居る者達が代わりに…だ。
「…この反応は、ゴキブリ?」
地下から大量のゴキブリが凄い勢いで湧き出て私に襲いかかる。伊弉冉たちの事が頭の隅に追いやられる程の衝撃に、私の意識は完全に戦闘モードに切り替わって無意識に能力を行使していた。
「女の敵みたいな人が女の敵みたいな能力使わないでよっ…!」
私はその場から跳躍しで空中に逃れてサイコキネシスでその場に停滞する。地上から高さ7メートルの位置から地面を見ると、ゴキブリ一色に染まった地面が見渡せて嫌悪感が湧いてくる。今もこうしている間にゴキブリたちは数を増やして積み重なって……うっ、これ以上は解説出来ない…。
「ははっ、これは偽物かな。それサイコキネシスでしょ?」
「だろうな。探知能力には見えん。」
「最初からそうだと思っていたよ。…偽物でも本物でも逃がすつもりは無いけど。」
「じゃあ俺も参加しようかな。さっさとやらないと空に逃げられる。」
「そうですね初雷。ここは協力し合いましょう。」
蟄虫咸俯すさんがみんなに確認を取って、完全に偽物判定を受けてしまった。竜田姫さんは最初から敵対心がMAXだったけど、初雷も宵闇も参戦を表明し向こうの戦力が大きく増大してしまう。
「…まだ、聞いていないことや知らないことがある。…情報を得るまでは、私は絶対に死ねない。」
この時間は手遅れだ。でも、私と先生には時間という枷は存在しない。だから私はまだやり直せるし、失敗を取り返せる…!
そのためにもここで情報を得て、過去のみんなに未来の情報を共有しないといけない!こんなところで私が死ぬわけにはいかないんだよ!




