出会い
戦闘君…
上を睨みながら対象の居る七階まで階段を上る。タン、タン、と音を鳴らしても気づかれる様子はない。恐らく対象はモニターの前でヘッドホンを付けて座ってる。
(あの時見た光景に間違いがなければ、対象はお楽しみの最中だ。)
あの階にはカメラやライト、小道具の数々、ナイフや注射器が多数置かれていた。
モニターには女性の…、被害者に対して行われた犯罪行為が映されていた。
(…今がチャンス。背後から首にカッターを突き立てて、あいつと動画を消す。彼女達の尊厳も守れて仇も取れる。一石二鳥だ。)
ここに来て本当に良かった。罪悪感とか何も感じない。仇が屑なのを知れたからね。掃除感覚で人殺しが済みそうだ。
私は相手の人生を滅茶苦茶にしたいとか拷問して苦しませたいとかそういう気持ちは無い。ただ死んでほしいのだ。お母さんを殺しておいてあの殺しは楽しかったとか殺してしまって後悔してるとかそんな思いを続けながら生きてほしくない。
思ってほしくないから死んでもらうしかない。だから誰にも迷惑の掛からない方法を選ぶのなら私の手で殺すのが1番理にかなっている。
七階まで上がり<地図>と視認した光景とを見比べる。<地図>では柱の位置と、壁の奥行き、物体と対象の位置を。私が肉眼で見た光景では剥き出しになったコンクリートの柱と…断熱材?が露出している壁、それにドアが外され部屋の痕跡がある内装と窓ガラス。
(さっき幽体離脱で見た光景のまんまだけど、実際に見ないことには信じられないよね。)
あの感覚、体験は私の能力【マッピング】が成長し覚醒した…という所だろう。もしラノベや物語ならタイミング的にはバッチリだ。これはもう勝っただろう。
赤い○は動かず同じ場所に居る。<地図>で確認しながら歩き出す。
対象は中央に陣取ってる。対象が早漏だと不味い。最短距離で進む。呼吸を整え相手の背後に回る。まだ気付かれていない。
対象まで一直線の位置に付く。元は廊下だろうか、視界には部屋の残骸が左右に並び、柱が天井から床に続き等間隔で配置されている。
歩く度にコツッコツッと音がなるコンクリートが剥き出しの床を歩く。対象に動きは無い。もし気付かれてもすぐに引き返せる。私のほうが階段に近いし逃走ルートも確保している。
ここを逃すと自分の手で殺す機会を失う。警察に連絡すれば死刑台に送れるだろうけど、裁判か何かで償いたいとか言われた日には憤死する自信がある。黙って死んでほしい。
標的まで後8メートルぐらいまで近づく。ここまで近づくと色々視認出来る。
男性。髪は茶髪。身長は高い…多分180以上ある。背中からでも分かるぐらいの筋肉質。服装は上半身裸で右手でマウスを握り左手はズボンの中に仕舞われてる。相手を知りたかったのに知りたくなかった状況がそこにはあった。
標的まで後一歩のところまで歩き標的の背後に立つ。
(ーーーここまで長かった。本当に…)
心は驚くほど凪いでいる。カッターを構えた。心とはそれに反比例して心臓の鼓動が早くなり騒がしくなる。
(お前に生きてほしくないから殺す。お母さんの仇を討ってお終い。)
どくどくと身体中に血が巡る。左手に神経を集中させる。
…遅漏で助かった!私はカッターを振りか…
「え?」
振り下ろす寸前の左手が掴まれる。
(気付かれていた!?)
「うおっ、ビックリー。全員死んだと思っていたんだけど。」
相手がこちらに目を向ける。だが目だけがこっちを向いて頭は動いていない。…髪の毛の合間から目が生えて私を見ていた。
「スンスンッ…あれ、君みたいな娘、居たっけ?」
首から鼻が生え私の臭いを嗅いだ。そして、それらの台詞が腕から漏れる。信じがたい光景だったけど腕に口と喉仏がありその口が開いて声を発しているのだ。
見たもの聞いたもの全てが信じがたく思考が止まる。そして男がこちらに身体を向け立ち上がる
「あれ?やっぱりその反応見るとはじめまして〜?なんでここに居るの?」
私より30センチも高い身長に加え、さきほどから掴んでる手から感じる腕力の違いに腕の力が抜ける。
(振り解けない…!マズいマズい!どうするこの状況から…!そうだカッターで…)
相手の空いた右手でカッターを奪われる。
「あっ…」
視線が重なる。相手から視線が外れ目線が下から上まで品定めのように見られる。
「昨日もヤッたばっかりだけど…良いかな可愛いし。」
左手を引っ張られる。体重も力も比べ物にならず抵抗も出来ない。
「いやっ…」
マットレスが敷かれた撮影場所まで連れて行かれる。
「君みたいなかわいい娘とデキるなんてラッキー。」
この先の未来が想像でき、それが実際に自身の身に降りかかることを理解する。
私は乱暴にマットレスに寝かされ男は撮影の準備に取り掛かり始める。
男の首や腕、胸からも目が生え、こちらが逃げ出さないか監視される。その目一つ一つに劣情が見え身体が拒否反応が起き、少しでも離れようとするがこの場のコントロールをする方法も逃げる術もない状況で、ここから生還する方法が見つからないことに気付き身体から力が抜けてしまう。
それを見た男がわざとらしくナイフ、注射器、被害女性に使われた道具を用意する様子を見せつける。
私はそれを見て再び離れようと動くが、この位置は詰んでる。なぜなら私の後ろはコンクリートの壁に囲まれ前方に男と逃げ場がない。
「たすけて…だれか…。」
男はニヤニヤしながら薬品を取り出す。
(何が間違った?何が間違ってた?私が悪いの?これから私は…)
下の階に捨てられた被害者を思い出す。
お母さんの最後を思い出す。
ーーー自分もその仲間入りをするのか?
…いや、違う。そんなのは違う!私は殺しに来たんだ!殺されに来たのでは無い!
(考えろ考えろ!!アレはなんだ?目や鼻が生えるなんておかしい!普通じゃない。あんな異能…能力、そう能力だ!あいつも私と同じ能力者!)
赤い○は能力者を示していた。この仮説は恐らく正しい。私以外にも能力者が居た。
(能力には制約があるはず。そして弱点も必ずある。私と同じ。そこを付ければあるいは。)
思考を進むが身体は私の意思を無視して無抵抗な有様だ。私の身体は正直者なのだ。心はひん曲がっているけど…。
「くっ…」
…本当は分かってる。私は犯され、撮られ、捨てられる。…それでも諦めたくない。こいつを殺してやりたい。あの目ン玉を全て潰してやりたい!アイツを殺す手段が欲しい!!!
《いい眼だ やはりこの子にしよう》
その時、突然私に誰かが語りかける。
『キミの状況は理解しているつもりだ 力が欲しいんだろう?』
(え?なに声が聞こえた?)
男が下卑た笑みでこちらに向く。
(アイツが喋った?…いや違う。)
『あいつを殺したいなら手段をやる』
別のビルから美世を見る人影が揺らぐ
(手段!?あるの!?アイツを殺す手段が!)
『望めば与える しかし これは契約 与える代わりにキミの能力を貸してもらいたい』
男は注射器を持ちながら歩いてくる。
(貸すんじゃなくてあげる!私を!全部あげるからアイツを殺させて!)
『ーーーでは契約成立かな? 私と君との間に【ユニゾン】を行い新たな能力を貸そう』
男が美世の足に触れ6つの鼻から汗の匂いを嗅ぐ。
「あーまだガキの匂いがする女は…いいね〜壊すのもったいねえ〜な。」
男は覆いかぶさる姿勢を取り、美世の腕を掴む。
『ーーーまずは下種を退かすか』
銃を構え引き金を引く。弾丸は撃ち出されなかった…だが、銃口から放たれた軌道は全てを突き抜けた。
空気、窓ガラス、壁、そして美世に注射を打とうとした男の右手を貫通し突き抜けた。
この小説ジャンルなんだろう