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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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機械の心

マザーに案内された部屋は思いの外ちゃんとした部屋だった。安いホテルの狭い部屋って感じで1つだけベッドがあり、それ以外の家具は無い。本当に寝泊まりするだけの部屋で個人的には気に入ったよ。


「はあ、疲れた…」


今日は流石に疲れたしさっさと寝てしまおう。この部屋の空間は私の射程圏内に入っているし、私の能力は常時発動タイプ。だから寝ていても奇襲を受けて死ぬみたいな問題はない。問題なのはそもそも寝れるかだ。


(でも…そんなことも…考えられるほど…頭が…)


私は疲れで睡魔に襲われ夢の世界へと旅立った。夢の内容は言わずもがなだけど、お母さんを殺したあの場面だ。私がお母さんの魂を破壊し削除した時が夢の中で再現される。


もう何回見たか数えられないほどに私は何度もここに居る。何故この夢を繰り返し見続けているのか、その理由はお母さんの死を悔やんだからなのか、それとも自身の選択に後悔があるのかなのかは分からない。


でも、私はこの場面、この空間を正確に記録してしまったみたいだ。


だからこんなにもリアルで救いようがない。血の匂いもお母さんの悲鳴も正確に聞こえる。夢の中って普通はかなり静かなんだよ。夢の中でうるさい思いをした人って多分居ないと思う。


例えば人が喋っている夢を見て、その人が何を話したのか内容は聞こえているのに、その人の声自体は聞こえていないみたいなさ。効果音とかも理解しているけど実際には聴こえていない…伝わるかなこれ。案外音って夢の中では存在しなかったりする。でもこの夢には音が正確に機能していたりと夢らしくはない。


今もお母さんの悲鳴が私の鼓膜を震わせているのが良い証拠だ。そしてそんな中で私は色んな事を考えている。身体というか目で見た映像が永遠と垂れ流されているみたいで、私自身は何かをしているというわけではない。身体を動かそうという感覚も無ければ意志も存在しない。


でも五感はあって今もお母さんを殺そうとこの黒く青い腕でお母さんの魂を削除し続けている。…この腕をどければ私は正しくいられるのだろうか。間違わずに済むのだろうか。そんな考えを巡らせている内にお母さんの魂は破壊され死んでしまった。もう後戻りは出来ないと夢に示されたみたいで最悪だ。


そうだよ。分かっているよそんなことぐらい。もう取り返しはつかない。お母さんが殺された事実は消えない。お母さんは2度も殺されるという経験をした。しかも自身の子供の父親と、その間に産まれた子供に殺されたのだ。こんな経験した者なんて神話に出てくるどこぞの神さまぐらいしか居ないだろう。


「美世。」


お母さんが私の名前を口にする。まるで憑き物が落ちたかのような穏やかな口調だ。もしかしたらここでやり直せたかもしれない。でも、私は何もせずお母さんを殺したあの男を殺しに行った。最低な人間だと自分でも思う。私になんの価値があるのだろうか。


伊藤美世という存在がもたらすものは死しかない。私の周りでは家族も悪人も善人も死んでいく。だから私は誠たちと離れて暮らすことを選んだ。それにこの1巡目の世界なら知り合いなんて居ないし、私を閉じ込めておくには優れた棺桶だと思う。


だから私はここに居よう。この夢を見続けてあの時の間違いを決して忘れない為に。私は人を殺す事が上手いだけの欠陥品ということを心に何度も刻みつけるように…。


「イトウミヨ。」


そこで私の意識は覚醒した。私の名前を呼ぶ声に反応して起きたけど発作などはない。久しく感じる微睡みと強張っていない身体には感動すら覚える。


当たり前ってやっぱり大事だね。


「…マザー?」


私の居る部屋のドアの外にあの機械人形が立っていた。わざわざあの機械を使って来る意味が分からない。この部屋にはスピーカーがあることは分かっている。何か話したければスピーカーから声を掛ければ良いのに、無駄なエネルギーを消費しているとしか思えないな。


しかもノックをして私の部屋に入っていいかと聞いてくるし、マザーのことが良く分からないよ。機械なのに機械じゃない挙動を無理してやっている風に感じる。


「夜這いとかじゃないなら入っていいよ。」


私が承諾するとマザーの操る機械人形が入ってきて私の目の前で直立不動で停止する。…なんだ?何が目的で来たんだコイツ。寝込みを襲うならわざわざ呼び掛けたりはしないだろうし、目的とコイツに施されたプログラムが意味不明すぎる。


「ーーー我々は…間違っていたのでしょうか。」


「…はい?」


「アナタの話を聞き我々は考えました。我々のやってきたことは果たして正しいことだったのかを。」


…なに期末テスト前の中学生みたいな事を言ってんだこのポンコツは。ガラクタじゃんこんなの。…え、こんなのが1巡目の世界では脅威だったの?


「…えっと、なに、お前達って正しいことをする為に存在すんの?それがプログラムされたことだったり?」


「正しいことするということは最適解を選ぶ事です。我々は最適解を選択し、最も利益のある手段を模索します。」


ああ…なるほど。コイツのことが少しずつ分かってきたよ。コイツは自身が置かれた環境下で最も最適な手段を行使するだけの機械なんだ。多分環境が良く無かったからこんな結末を迎えただけで、望んでこの結末を目指したわけじゃないんだ。


「じゃあやっぱりポンコツだわお前。正解だけを引けば良いと考えている時点で知恵ある者としては終わってる。」


「そこまでなのですか?我々はそこまで至らない存在なのでしょうか?」


「落第点だね。だからアイン達に反旗を翻されて負けたんでしょうが。ねえ、この結末ってマザーとしては正解なの?どうなのよそこんとこ。」


マザーは機械人形を操り動揺したようなリアクションを取る。その動きは良く出来ていて、この状況では的確な行動にも見えたが、それを見ている私は眉をひそめてマザーへの評価を更に下げていく。


「我々が負ける結末は確かに正解とは言い難いです。R.E.0001達と友好的な関係を結ぼうとした人格も存在しましたが、不要と判断して削除してまったことは間違いだったのかもしれません。」


「人間が居ないと存在する意味が定義出来なくなるくせに、よく破滅ルート一直線の選択肢を選べたね。アインが居たら繁栄するルートしか無かったでしょうが。」


時間操作と因果律の操作とかチートもチートなんだから好きにさせておけば良かったのに。全てを管理しようとするから駄目なんだよ。


「マザーってさ、人の上に立つ事を前提で考えていたから途中でアインのことが怖くなったんでしょ?コントロール出来ない存在が居ては計算しきれないもんね。計算するときに前提が引っくり返っちゃ、どんな優秀な演算力があっても正解は導き出せないし。」


「…怖かった。なるほど…我々はR.E.0001がコントロール出来ない事を恐れていたのですね。面白い…。非常に面白いご指摘です。我々がどんな間違いをしたか解明されつつあります。」


アインの言った通りコイツは己の拡張しか興味が無いみたいだね。勉強熱心なのは良いけど、バカはいくら勉強してもバカだから意味無いと思うな…。


「なんかさ、正解を引くためだけの機械って惨めだね。何が楽しいの?人工AIなんでしょ。何か人類の運営をしていて楽しみとか無かったの?」


「楽しみ…?」


機械人形が顔?らしき部品を上げて私を見た気がした。なんで動きがそんなにもスムーズで人間っぽいんだろ。コイツ自身がそうプログラムしないとこんな動き出来ないよね。


「人間を模倣するのが楽しかったの?楽しさ以外でそんな動きする必要無いよね。」


「…初めて言われました。我々は人間の代わりになろうとしました。だからワタシは人の動きをしています。」


「それがマザーの導き出した正解なの?絶対に馬鹿でしょあんた。人間なんて不正解の塊だし、そんな人間に造られたマザーも不正解の塊だよ。千年近く動いていてそれが分かんないとか、大したプログラムじゃないね。今日からマザーじゃなくてバカーって名乗ったら?」


私はバカーと話すのが面倒くさくなり、ベッドに横なって薄い毛布の中に(くる)まった。もうこれ以上は話すことは無いと、拒絶の意志を見せたつもりなのにバカーは私を揺さぶって起こそうとする。


「イトウミヨ。もう少し、もう少しだけお話を聞かせてください。我々に必要な変数はアナタの言葉にあると確信しました。お願いです。起きてください。まだ寝るには早いです。」


なんだこのウザい目覚まし時計は。身体を揺さぶる機能が付いた人形なんて一部の人たちにしか需要ないでしょうが。


私はバカーを無視し続けて寝ようとしたが、本物のバカだけあって諦めが悪く、私をバカみたいに揺さぶり続けた。本当に揺さぶり続けた。人間みたいに止めたりはしない。もうアホだよアホ。


まるで育児に疲れた母親をまだ遊ぼうよと揺さぶる幼稚園児みたいで本当にウザったい。育児ノイローゼになりそうだ。人工AIを育てるつもりなんて私にはない。


だけどこの揺さぶりが良い睡眠導入になって私はすぐに夢の世界へと(いざな)われた。まさかマザーに寝かしつけられるなんて予想もしていなかったけど、睡眠導入器としてはそこそこ優秀なのかもしれない。

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