昨日より遠い軌道
割と早く投稿出来ました。
教室の空気は緊張感に包まれた。明らかに不機嫌なオーラを出している伊藤美世と笑顔が眩しい佐藤隼也。対象的な雰囲気の二人だが傍から見ると釣り合っているように見えなくもない。
学校1の美少女と言われている伊藤美世と甘いマスクで後輩から人気のあるサッカー部長である佐藤隼也。皆が理想に思えるようなカップルだ。しかしその片割れはそうは思っていないだろう。
(何だこいつ、一昨日の記憶が消えたの?振ったよね私?)
「今日はお一人なんですね。」
私の声に反応して嬉しそうな表情を浮かべる部長。色恋に鈍い私でもこの人が私に恋心を抱いてることが分かる。だからこそ気持ち悪い。一昨日に振られた女に会いに来るとかメンタル強過ぎて思わず感心してしまいそうだ。
「そうなんだよ!伊藤さんに会いたくて会いたくて仕方なくて一人だけ教室を抜けてきたんだ。」
「私は会いたくなくて会いたくなくて震えていましたけどね。」
取り敢えずはジャブを放って様子見する。思考回路が読めない相手とは会話が成り立たないからね。
「あっははは!面白いね伊藤さん!」
あ、無理かもしれない。こいつ私の言葉なら何でも良さそう。こいつとは関わらないようにしないと。
横をすり抜けようとしたら左腕を掴まれる。
「ちょっとどこに行くの?話は終わってないよ?」
(拒否してるのが分からないのこの人!?頭イカれてんのっ!?)
普段の伊藤美世を知っている者ならお前が言うな!とツッコミを入れられる場面だが、ここには伊藤美世の性格を熟知している者は居ない。
「触らないで貰えます?気持ちが悪いんですけど。」
私達の動向を見守っているクラスのみんながザワザワとし始めた。止めて!見ないで!痴話喧嘩とかじゃないから!何も関係ないからね私!ストーカーに襲われてまーす!
「ねえ待ってよ。ただ伊藤さんと仲良くしたいだけで不快な気持ちにさせる気なんてさらさらないよ。」
困ったような表情を浮かべる部長さん。困っているのは私だよ!くっそ、振り解こうと思えばすぐに出来るのに周りに人が居るから振りほどけない。
伊藤美世の筋力なら一般人など赤子の手をひねる程度の力で振りほどけるが、高3男子の腕を高1女子が振り解けたら周りは怪しむだろう。体格も体重も筋力も違う相手には不自然すぎる。
(先生に目立つ行動、能力者だとバレる行為は禁止されているからな。それに…)
別の問題が浮上してきた。勝手に左手に力が加わって銃を構えそうになる。殺意が湧くとどうしても能力が発動しそうになるのがここ最近の悩みのタネだ。【再現】以外にも【削除】【逆行】の能力が増えたせいで制御が効かなくなってきた。
(本当に周りに人が居なければ殺してやるのに。)
これも最近の悩み…というか気付いた事なんだけど私は人を殺す事に抵抗や躊躇いが無い。例え同じ高校の先輩でも殺せるしクラスメートでも殺せる。
ザワザワ…
廊下の方が騒がしくなってきた。廊下には別のクラスの人も居てこちらを注目している。これ以上此処には居たくないのに!あーーー仕方ない!腹を括ろう!
右手の拳を握って軽く構える。
(括るのはテメーの腹だけどな!ふん!)
私の拳は綺麗に部長の腹に決まった。かなり弱く殴ったけど一般人にはかなり効く一撃だと思う。
「かあっ…!?」
私の左手を離しその場で蹲る部長。反応出来なかったのだろう。完全にフリーの状態で入ったので暫くは動けまい。
私は部長をその場に放置してランチに向かう事にした。廊下を出ようとすると人集りが出来ていたけど、私を見るやいなや人が避けて道が出来る。
(学校生活終わったかもしれんね…まあ良いけど。)
その場から逃げるようにトイレに向かった。全部全部あのストーカーが悪いんだもん!
「あれ見た?」「格闘技やっているのかな?」「私、伊藤さんの事を誤解していたのかも。」「伊藤さんカッコいい…」「佐藤先輩カッコ悪い。」
周囲のクラスメイトが何か言っているけど聞きたくもない。というかもう学校に来たくない。
「ぅぅ い、伊藤さ…」
この一連の事件はすぐさまSNSや噂話を通して全校生徒に広がった。そのせいでこれから先大変な事に巻き込まれ続ける事になるのだが伊藤美世はまだその事を知らない。
(本当に今日は疲れた…。これから先生との特訓があるのになんでこんなにも疲れているんだろうか…。)
電車を降りて訓練場に向かう頃には私は疲れ果てていた。お昼を済ませた後の事は語りたくないけど教室の雰囲気は最悪だった。私が教室に戻るとストーカーの姿は無かった。それはとても良い事だったけど教室に入るやいなや話し声が消えてみんな私を見ていた。私、先生かな?
その後の授業も全然身に入らなかったし(いつもの事)後ろからの視線が辛かった。私の能力のせいで視線を送られている事が正確に認識出来るんだもん…
(もう、辞めようかな高校。)
完全に孤立してしまった高校一年生なんて明るい未来をまるで想像出来ないよ。学校生活での唯一な楽しみがお昼休みの課金なんて悲しすぎる!別に良いんだけど!
『先生〜〜!』
パスを通じて先生を再現する。
『どうした?まだ訓練場所に着いていないぞ』
『高校の先輩を殴った所をクラスのみんなに見られてかなり悪目立ちしてしまいました!』
『!?』
お昼休みの出来事を簡潔に先生に説明したおかげで私の心の重りが少しだけ取れたような気がした。
『それは難儀だったな』
先生が腕を組みながらうんうんと頷く。
『そう!そうなんです!難儀だったんですよ!やっと誰かに共感してもらえました〜!』
私と喋ったのはストーカーだけでクラスのみんなは傍から見ていただけだった。助けてほしかった訳じゃないけど私の思いと考えは知ってほしかった。だって絶対に誤解されたもん。私が暴力で解決する脳筋女だと勘違いされているに違いない。
『そうかそれは良かった 早く訓練場に移ろう』
え?もしかして先生的にはどうでも良かった?別に大した事無かったのに大袈裟に騒いでたなこいつみたいな感じ?
『そうですね。訓練場に向かいましょう。』
都合のいい女である伊藤美世に反抗の意思はなかった。そしてそのまま訓練場に着いた私達の目に入ったのはとてもじゃないけど口で説明出来るものではなく、言うなれば腐臭の漂う三角コーナーの中身をぶち撒けたような有り様だった。
『いや、それはそう!』
昨日は卵を割りまくったまま放置していたのでその中身を食べようと様々な生き物が集まっていた。
猫猫虫鳥虫虫猫虫………………これ以上は規制させてもらいます。
『これはこれは大変な事になってしまったなあ?』
めちゃくちゃ良い笑顔で私の顔を覗き込む先生。めっちゃ楽しそうで私も嬉しくなってきたけど、どうしてこんなに嬉しそうな表情なの?本当にちゃんと私の顔を【再現】出来てます?
『大変な事になってしまいましたけど、言葉と表情が合っていませんよ。』
『フッフッフ いやいやこれから苦労するなと思ったらつい表情に出てしまったのだ 許して欲しい』
『先生の新たな一面が見れたのでモーマンタイです。』
先生って隠れSだったのか…これは夜忙しくなるぞ〜。先生ボイス(自前)ASMR制作が捗るな…ニチャア。
『ーーー言葉と表情が合っていないぞ』
『訓練に移りましょう。』
『ーーーそうだな そうしよう』
私と先生とのやり取りにも慣れと諦めが現れてきた。まるで熟年夫婦みたいだ。
『一昨日と昨日の訓練を覚えているか?軌道を一つ創って一日置いた後に卵を確認したら遠くに感じたと言っただろう?』
『はい。軌道は残っていたのに卵を見たら昨日より遠くに感じました。』
『あれは時間経過によって卵の状態が著しく変化した為に遠くに感じたのだ 卵が割らずにそのまま一日放置してもさほど遠くに感じなかった筈だ』
『あーそういう事だったのですね。確かに前日より形状が変わって卵とは違う別の何かになっていましたね。』
『卵以外にも特に生命に関しては顕著だな 昨日は生きていたのに翌日にバラバラにされてしまったらかなり遠くに感じて能力の射程外になってしまう つまり軌道が消えるのだ』
『それは…生命だからですか?無機物、物体がバラバラになっても遠くに感じませんか?』
『確かに機械とかがバラバラになれば遠くに感じるが2日や3日経っても能力の射程距離内の場合が多い しかし生き物は違う 特にその身体を食われる事でバラバラになり消化まで進めば一日と経たずに射程外に行く』
それは…生き物や有機物は時間経過で変質しやすいからなのかな?まあ石を1年放置してもさほど変わらないけど人を1年放置すれば腐って骨だけになるしね。そのものの性質で時間の流れが変わるのは…相対性だっけ?
『それでこれから本題だ 昨日あれだけの卵を放って軌道を創ったな?』
とてもとてもイヤな気がする。これから先生の言いたい事が分かりたくないのに分かってしまう。これが夫婦になるという事なの?
『この卵達を見てミヨは…昨日と比べて遠くに感じるか?』
ブクマ星人みんな友達。




