多次元的存在
まるで宇宙に放り出されたみたいに身体の自由が利かない。上も下も左右も存在しないこの空間は次元と次元の狭間であって私達の存在していた次元とは大きく異なる空間だ。
時間も一方通行ではなく逆行もし、大きく時間が飛んで枝分かれもする。こんな空間に長く居てはタンパク質の塊に過ぎない人間なんてすぐに飲まれてしまうだろう。
今こうして考えられているのは私が特異点だからだ。スカイツリーの時は先生の誘導があってどうにか出来たけど、私は自分の意志でここに来たことはない。
(能力が行使出来なくなったら私はどうなってしまうんだ?)
死という概念すらここには存在しない。つまり生きるという概念もだ。生きるということは増殖だ。細胞を増やし、死にゆく細胞を体外へと排出する。そういった一連の因果もここではなんの約にも立たない。
私の暮らしていた世界ではありふれた因果律でもこの空間ではなんの意味も無いし約にも立たない。生命すら存在しないこの世界で生き物が生きるという事象を引き起こせる訳が無いからだ。
『アイン!聞こえている!聞こえているならママって呼んで!』
『呼べるか!黙って能力の行使に集中しろ!この世界で死んだらとんでもないことになるぞ!』
アインから返答があって安心した。どうやらパスを通じた会話は可能らしい。でもどこにいるのかが分からない。今の私には方向という概念がない。身体は今もここにあるのにどこが上なのか本当に分からない。私の視界の上が上方向のはずなのに分からないのだ。
これは異常だ。頭がある方が上で足がある方が下という当たり前の認識が出来ない。私を構成する身体の全てのみ元々居た世界の法則に則って存在しているのに、私の身体の外は私の知らない法則で世界が構築されている。
私達は部外者だ。決して自分たちのルールだけで考えてはいけない。ここのルールに則って立ち回らないといけないんだ。そして、それが出来るのは私しかいない。
空間を記録し続ける私の能力は事象や因果律、魂までも記録する。この空間を構築している事象と因果律を記録してしまえば私の効果範囲となり、私の思い通りになる…はず。
『私がこの空間を記録して解析するから少し待ってて!』
『いやっ!ミヨのせいだからねっ!?この状況はミヨのせいだよ?!』
流れでゴリ押し出来るかと思ったけど、ちゃんとアインは私のせいであることを覚えていたっぽい。なんて尻の穴が小さな男なんだろう。親の顔が見たいものだ。
(えっと、ただ記録するのは可能だから解析のほうが難しいかも。)
私はベルガー粒子を拡散させて自分の周りの空間を掌握していく。そして記録した情報をパスを通じてアインに流し込んでいく。
『解析手伝って!』
『…なんてワガママな奴なんだ。これと血が繋がっているなんて…』
口では悪態をついていても解析は手伝ってくれるらしく、私とアインでユニゾンをし、脳の解析処理を加速させていった。でなければどれほどの時間がかかるか分かったものではない。
『ーーー仕方ない。ミヨこっちだ!』
『どっち!?』
方向感覚も無いのにこっちと言われても困る。今の私は時間の流れの中で佇んでいるに過ぎない。能力でなんとか踏み止まっているだけで能力を解除すれば私は次元の狭間を永久に彷徨うことになるだろう。
『ええいっ!もういい!僕の方で誘導する!』
背中に感触があって振り返るとアインが私の背中を掴んでいた。しかも見た目も私の軌道の姿ではなく、元の白髪の青年になっている。
『こんな手は絶対に使いたくなかったのに、因果を辿るしか助かる道はない!』
どうやらアインは助かる方法が分かっているらしく、私を引っ張って時間の流れに流されていく。まるで流れるプールだけどそんな楽しげなものじゃない。そもそも流れるプール自体楽しくはないけど。
『どこに向かってるの?私とアインが一緒の時間軸に居るとヤバいってさっきので分かったでしょ?助かるのならアイン1人で生き残ってよ!』
『黙ってろ!集中してるんだよこっちは!』
アインに初めて叱られた。私は叱られたショックで何も言い返せずされるがままの状態で時間の流れに身を任せる。
『絶対に…絶対に行きたくはないのにここを経由するしか無さそうだ。』
アインは本当に行きたくないらしく、見たこともない苦々しく顔を歪めて時間の流れを睨んでいた。
『全く余計な事をして…。ミヨはもう少し考えて動いてくれよ。人の身にもなってくれればマシな選択肢が取れるだろうに…』
『…うるさい。すぐに殺す選択肢を取る癖に。私よりも殺意高いなんて特異点としてどうなの?』
『私達の選択肢は常に平穏な世界を創り出す為の最善策だ。感情で流されたりしない。』
『時間の流れには流されているけどね。』
余計な一言を言ったと言い終えてから気付く。そもそも私のせいで流される羽目になったのだから、アインからすれば私が悪いように見えるよね。実際わたしが悪かったのかもしれないけど、あそこであの判断をしなければ最悪な事態に発展していた可能性が高い。
『…私、謝らないからね。』
『謝罪なんて求めていない。思慮を求めている。』
…口悪くない?アインって口悪くかったのか。…いや、こんな状況下なら誰だって口が悪くなる。普段の彼は本当に優しく落ち着いた性格だった。
『私に思慮があったら復讐なんてやっていないよ。』
『だろうね。でも、僕がミヨの立場なら同じことをしたかもしれないからこれ以上は何も言わないよ。』
(…アインの大切な人ってアネモネさんとかかな?)
私はアインの交友関係のことはそこまでは詳しくないから分からないけど、ぱっと思いつく限りではあの赤髪をした女性のことが頭の中に思い浮かぶ。
『ーーーそろそろ着くよ。』
『どこに?』
アインは正面?を向いたまま行き先を口にする。
『私達の生まれた時間だよ。』
私がその言葉を聞き終えるかどうかというタイミングで突然閃光に包まれる。空間は再構築され再び重力の支配する次元へと辿り着き、私は元の世界に戻ったことを悟った。
しかしその認識は誤っていた。私は見たこともない場所に立っており、見たこともない装置に囲まれていた。
その装置は装置と呼んでいいものなのかも分からないけど、能力者の脳を利用したものであることは間違いない。ベルガー粒子の流れで大体の仕組みは理解出来た。
「え、えっと、ここは…どこ?」
現代では無いことは確かだ。装置の見た目からSFっぽさを感じる。恐らく現代からかなり離れた未来の時間に来てしまったみたいだ。しかもここには人の脳と金属しか無い。まるでアインの言っていた1巡目の世界…
そこで私は気付く。気付いてしまった。私はアインを探すため辺りを見回すとアインはすぐ近くに居て装置を睨んでいた。
アインの視線の先にはベルガー粒子が最も集まった脳が収納されたケースがあり、私もそのガラスのケースの中に入っている脳を見る。私の予想があっていれば、アレがアインの言っていた例のクソ野郎なのだろう。
「はあ…もう二度と会いたくは無かったよマザー。」
「ーーー有り得ない。こんな、こんなことが起こる訳がない。だって、そうでしょうR.E.0001?」
マイクを通したような機械の音声が流れる。私は2人の会話を聞きここがどこなのかを理解した。
「マジ…か。はは、未来…じゃなくて過去に来たのね。」
目の前で広がる光景は未来そのものだけど、これは過去の出来事だ。しかも時間軸すら過去のもの。もうこの世界にあるはずが無い1回目の世界。
…どうやら1巡目の世界に私達は辿り着いたみたいだ。




