多次元的干渉
アインと争っていると突然周りの景色から何かが漏れ出してきた。だけど私はこの何かを知っている。スカイツリーでの一件で私はこの流れに身体を攫われた経験があったはずだ。つまりこれは時間の流れのようなものなのだろう。
(これ……私と先生やアインは触れても大丈夫そうだけど、蘇芳たちは触れたらヤバいものなんじゃ……?)
私はすぐに思考を切り替え、被害を最小限に留める為に行動を始める。ここが地下といっても働いている人が多くいるから被害はとんでもないことになってしまう。
これは恐らく触れたら終わりの代物。人が触れればどうなるかなんて想像もつかない。そんなヤバいものが水のように流れ、しかも地面とかではなく空間内を移動する。だから重力に引かれたり、物とぶつかって流れが変わったりもしない。
これは一種のベルガー粒子のようなもので、物理的干渉は存在しないし、人の目には見えないと思われる。つまりは壁や床を貫通して見えないし匂いもしない。音もなければ温度も無いし触れたら終わりっていうとんでもない毒物だ。
こんなものが溢れ出たら私達がこの世界を滅茶苦茶にしてしまう!だからアイン!今は私に協力しなさい!
『アイン!取り敢えず一時休戦!この時空の亀裂と時間の奔流を止めないと!』
『ーーーそもそもミヨのせいでこうなったのに…!くっそ、取り敢えずこの奔流を止めないと…!』
『だからそう言ってんじゃん!』
取っ組み合っていた腕を離して怪腕を出せるだけ生やして漏れ出して来ている時間の流れを怪腕で掴みかかる。
私達時間操作型因果律能力者は概念そのものを掴む事が出来る。これを利用して干渉することが出来ない筈の時間そのものを掴んで外へ出ないようにキャッチした。
「伊弉冊!理華!離れて!これに触れたら多分死ぬよりもヤバいことになる!」
私の本気の声に反応して伊弉冊と理華は蘇芳を連れて私達から距離を離す。私とアインが入口近くでやり合っているせいで伊弉冊達は部屋の奥に逃げるしかない。
『…これは、なんだ?』
アインがこの状況を理解していない…?つまりアインですら予想外の事態ってことになる。だから私は思いついたこの対処方法が正しいのかは分からない。
私がそんなことを考えているとアインの眉が動いた気がした。アインと言っても私の身体だから私の眉が動いたっていうのが正しいのかもしれない。
だけど私はそれを知覚した瞬間、アインから敵意と殺気を感じ取り、反射的に怪腕を振るった。
アインの操る赤い血管のようなラインが血走り、禍々しく男性的な腕の形をした闇のように半透明な黒い怪腕と、私の操る青い血管のようなラインの入ったおどろおどろしい女性的なフォルムに影をそのまま具現化したような黒い怪腕が衝突する。
普通ならば怪腕は干渉されない。しかし怪腕同士ならば干渉し合える。私とアインの操る怪腕の拳はぶつかり合うと対消滅し、この世界から削除されてしまう。
【削除】という因果律と事象を削除する能力同士がぶつかり合えば互いに削除し合うのは道理に適っているとはいえ、これはとんでもないことだ。至近距離では無類の強さを誇った怪腕が一瞬で消えてしまったからだ。
だけど今はそんなことはどうでもいい。今はアインが私に対して明確な敵意と殺意をもって攻撃してきたことを考えなければならない。やはり親子なのか。親を殺すことに躊躇いが見られない。
「………ははっ、アーハッハッハッハッ!!今のはもう少し前動作を気を付けないとじゃないかな!」
私は笑いが込み上げてきてアインの行動を笑い、そして更に私は怪腕を生やしてアインに殴りかかる。
『チッ、今のでやれないなんてもう不意打ちは通用しないようだね。』
アインは新しく怪腕を生やして私の一撃を防いでみせる。怪腕と怪腕が衝突し合う度に怪腕は対消滅し、私達はイタチごっこのような事を繰り返す羽目になった。
(全部の怪腕を同時にぶつければ恐らくアインには勝てる。だけどそれはアインをこの世界から削除する事と同義だ。私にはそんなことは出来ない。)
アインが私を突然襲った理由は分かっている。この時空の歪みの原因は特異点が2人居ることが問題なのだと思う。なら、1人だけになればいい。アインは私を殺してこの現象を止めようと考えてすぐさま行動に移した。
しかし私も同じ事を考えて思いついたからね。だからアインに動きが見られたからすぐに対処が出来た。光速を超える速度の攻撃なんて来ると分かっていないと間に合う訳がない。
『アイン、私を殺そうとしたよね?』
『すぐに生き返らせるつもりだったよ。』
『…そのすぐって、蘇芳を殺してすぐ?』
アインは答えない。沈黙は肯定と同じで認めたようなものだ。……見誤っていたかもしれない。アインの覚悟は私と同じか、それ以上のものだ。覚悟を決めた者特有の躊躇いの無さを、先程の攻撃から見て取れる。
(…なら、私の覚悟も見せないとだね。)
「蘇芳…。」
私は蘇芳の方に顔を向けて声をかける。すると蘇芳は驚いた表情で私を見返す。どうやら蘇芳は私の行動を驚いているようだ。まあ、それもそのはず、現在進行系で私はアインとやり合っているからね。余所見をしている暇なんてない。
だけど私は蘇芳に言わないといけないことがある。本当ならもっと早く言うべきだったのに、追い込まれないと言えないなんて、夏休みの宿題を最終日に全部やり出す小学生みたいだ。
「昨日はゴメンね。お姉ちゃん、イカれているからさ。蘇芳のことを殺そうと考えたりしてゴメンね。怖かったよね?蘇芳が私のことを怖がっていたの知っていたよ。」
「え、な、何を…言っているの?こんな展開私は知らない。…お姉ちゃん?今、何を、しようとしているの?」
そうか、蘇芳も知らないなんて別の未来の私はクズだな。妹に謝らないなんて姉失格だ。
「お姉ちゃんさ、蘇芳のこと信じてもいい?」
私はお母さんに向けるような笑顔を蘇芳に向ける。家族にしか向けたことがない笑顔だってことは蘇芳は知っているだろう。
「信じる…?お姉ちゃんが、私を…?」
蘇芳が私の言葉を理解出来ていないみたいにオウム返しで私の言葉を口にする。そんなに変なことを言ったつもりはないけど、蘇芳も自分の事を信用していないのかもね。
正直、蘇芳は信用出来ない。彼女は彼女の目的があって、私の思い描く未来とは違う所を見ている。だけど妹なんだからさ…。信じてあげたいじゃん。
私は私自身を信用していないから、私は信用に値しないクズだから、だから今回は妹を信じようと思う。何かあったら伊弉冊が長女として上手くやってくれるだろうしね。
「じゃあ…頼んだよ。お姉ちゃん、ちょっと先生と心中してくる。」
「…は?」
蘇芳は呆気にとられ、会話を聞いていた伊弉冊も理華も美世の言った言葉の意味が分からず眺めているしか出来ない。
美世は時間の流れを掴んでいた怪腕を全て離してアインに怪腕を向ける。そしてアインを掴むとそのまま空間の亀裂に押し出して美世とアインは空間の亀裂に飲み込まれた。
『なっ!?』
『この手と私の覚悟は読めた?私は自分という女にそこまでの価値は無いと思っているからさ。』
流石にアインでもこの手は読めなかった。まさか相打ちを狙うなんて。特異点が2人居たせいで起きたのならば、特異点そのものをこの場から消せば事態は収束する。
美世はそもそもこの世界に特異点が居ることを良しとは考えていない。特異点のせいで起きた問題が多すぎるからだ。特に自分のせいで世界は終わったといって間違いない。ならば自分という存在をこの世界から削除すれば問題そのものが消えてなくなる。
そんな事を思い付き、行動に移せる彼女だからこそ出来た選択だった。
美世とアインが空間の裂け目に落ちると時間の奔流も裂け目に戻っていき、音もなく2人はこの世界から消え去った。あれだけ騒がしく存在感を発揮していた2人がだ。
そんな2人が消えたことで特異点が居なくなってしまったこの2巡目の世界。全ては蘇芳の知った未来の通りに進むしかなくなる。もう選択肢は決められて、誰にも未来を変えることは出来ない。
これが世界の理というのであれば、これは必然だったのだろう。己を怪異として捉えていた1人の少女の選択によって、この世界は向かうべき因果へとただただ進んでいくしかなくなったのだった。




