特異線
総武線みたいなタイトル
先生は真剣な表情で私達に重要な情報を開示し始める。
『1巡目の世界にはバグと呼ばれる人類の敵が発生して人類は滅亡の危機に晒された だがこの世界ではバグが発生することが無いようその生意気なクソガキが色々と手を回したんだ』
「……クソガキって私のこと?」
蘇芳が自分のことを指差して確認を取るが、私達の全員が蘇芳=クソガキで脳内変換していたから特に違和感なく話を聞いていた。
『お前以外に誰が居る 話の腰を折るな』
これは流石に蘇芳が可哀想だと思ったけど、先生の言い分も分かるから私からは特にフォローはない。
『まあ発生してしまったんだがな……』
「それがこの調整体って訳か。」
伊弉冊は調整体を見ながら話の流れをある程度理解し、話の続きを促す。
『そうだ 1巡目の世界と2巡目の世界の共通点がある どれほどの影響力があり どれほど忠実に再現されるかは未知数だ だからこそ調整体を放置することは出来ない』
先生は苦虫を噛み潰したような嫌な顔で蘇芳に向き直る。
『だからお前の持っている情報をワタシに教えてくれ 調整体の位置が分かればワタシが対応しよう』
先生は蘇芳に頭を下げてお願いをした。これには私達は驚き蘇芳と先生の2人を交互に見る。先生が来た理由はこれだったのか。
「……ごめんなさい。私からは話せない。」
蘇芳が先生のお願いを断る。これにも私は驚いた。言わない理由が見当たらないからだ。
「蘇芳、意地悪をするんじゃない。死神に話すんだ。」
伊弉冊が蘇芳の肩に手を置いて話すように促す。伊弉冊は蘇芳が先生に意地悪をしていると誤解しているようだけど、私は蘇芳が意地悪以外の理由で喋らないことに気付いた。
彼女の顔が今までにない緊張感のある表情で、頭を下げ続けている先生を見ているからだ。
『そうか……やはりな』
頭を下げ続けている先生から酷く冷淡な声が聞こえた。パスを通じた声のはずなのに鼓膜を振動させたかのような錯覚を覚える。
そして、部屋の照明が一瞬消灯し、また点灯する……。私は先生を能力と視界で捉えていた。だから、先生が一瞬で能面のような無表情の顔で蘇芳を虚空の瞳で見続けていた事を認識することが出来た。
『再現するつもりだな』
先生が右手を蘇芳の方に向けた瞬間、私はすぐに行動に移った。先生の右手には能力で再現した拳銃が握られていたからだ。私は蹴りを放ち先生の拳銃を握った右腕を弾いた。
『ーーー何をする』
先生が私の行動を疑問に感じているのか、首を傾げて不思議そうに私の目を見てきた。
「それはこっちの台詞ですよ。今の…殺す気でしたよね。」
間違いなく今のは殺す気だった動きだ。私が止めなかったら後ろに居た伊弉冊まで巻き込んでいただろう。
『そうだ これは平穏な世界を創るために必要な工程 アレはその邪魔になる因子に過ぎない ミヨよ 家族ごっこはここまでだ』
先生は私を無視して蘇芳の下へ向かおうとする。だがその手を阻むように理華と伊弉冊が立ちはだかる。
「……話を聞き終わっていませんよ死神。蘇芳ちゃんの話を聞いてからでしょう。」
「これでも蘇芳は私の妹だ。みすみす殺させはしない。」
『そこを退け でなければお前達であっても容赦はしない 例えお前達がワタシを阻もうとしても干渉することすら出来ないのだぞ』
死神と恐れられる【多次元的存在干渉能力】が蘇芳だけではなく、彼女を守る者たちすら葬ろうと歩みを続ける。
だが、そんなことを彼女が許すはずがない。目の前で引き起こされようとする惨劇を決して許さない者が居る。死神よりも恐ろしい特異点がこの状況を黙っているはずがないのだ。
「先生?え、今……私の家族と親友を殺すって言いましたか?」
美世が自身の軌道で創り出された死神の腕を掴みその進行を止める。彼女の目は狂気が映り死神ですらその目を見てしまえばその動きは鈍る。
「え、は?なんでそうなっちゃうんですか?私、分からないです。分かりやすく説明してくれませんか?でないとこの手……握り潰しちゃいますよ。」
美世は愛する母親をその手で殺した。父親だろうが悪人だろうがだ。勿論、愛し敬い尊敬の念を抱く先生であろうとも彼女は必要に迫られれば殺してしまうだろう。
『……もう潰されそうだがな』
死神の身体は軌道だ。だから死神本人と美世にしか干渉出来ない。美世が握っている箇所の死神の腕はもう骨が折れていてもおかしくないほどに握り潰されていた。痛みは感じないが、美世の本気度は十分伝わってくる。
「いや、質問に答えてくれますか?ねえ、なんで?なんで?先生は私と違うでしょ?私みたいに何でも殺さないですよね?止めてくださいよ。私、先生のこと好きなんですからこれ以上困らせないでください。」
美世は腕に万力のような力を入れて死神を壁の方まで押し出していく。美世が美世の軌道を利用した死神に迫るとまるで双子のように見えるが、本当の姉妹は蘇芳と伊弉冊だけで死神と美世自身には血の繋がりはない。
しかし死神を生み出した能力の持ち主であるアインとは血の繋がりはある。
『ミヨ!これは必要なことなんだよ!分かってくれ!』
美世の頭の中に声が響く。自分の声でも周りに居る者の声でもない。これはアインの声だと美世はすぐに分かり、この声は自分にしか聞こえていないことも理解した。
『なに?反抗期?私はアインの必要なことを理解しているつもりだよ。でもさ、これは駄目だよ。絶対に駄目。私の目の前で殺させない。』
『…本当になんで母親面をするのか分からないけど、もう少し頭を働かせるんだ。調整体を相手に出来るのはこの世界に何人居る?それで何人が犠牲になる?美世の望まない結末を迎えようとしているのに何故庇うんだ。あの女は分かっていて黙っていたんだぞ!』
アインの言葉はもっともだ。分かっているよそれぐらい。だって家族だもん。アインの言葉も蘇芳の言葉もよ〜く分かる。
『私はね、大事な家族ですら殺せちゃうの。昨日もね、蘇芳を殺す選択肢を取るかもしれなかった。でも、それは良くない事だってお母さんの時に学んだから踏み止まったよ。』
『……ミヨ、言っちゃ悪いけどそれは主観的な意見に過ぎない。私達は平穏な世界を創り出す為に放たれた能力に過ぎないんだよ。…そんな意見で止まる訳がないだろ。』
壁にまで追い詰められた死神が徐々に美世を押し出して均衡が生まれる。死神も美世の軌道を再現した身体を使用しているのだから力の強さは同じ。お互いに全力を出し合えば力が均衡するのは必然なことだった。
『ふーん。で、私とやるつもりなんだ。勝てると思っているの?』
美世の声は挑発的なものだったが、その声とはかけ離れた無表情の顔を浮かべた美世がアインを睨みつける。
『勝てる勝てないじゃない。やらないと悲惨な結末を迎えてしまうから現代に居るんだっ!』
美世とアインの間にある空間が裂ける。まるで空間という袋を破いたかのように何かが飛び出た。それは時間の流れそのもので事象そのものでもあった。
奔流する時間の流れはその裂け目から漏れ出そうとなるが、美世とアインの力で押し戻され渦潮のように回りだす。
「なん…だ…これは…。」
「光…?いや、そんなものじゃない。」
伊弉冊と理華はアインと美世の間に生まれた空間の裂け目から漏れ出る時間の流れを視認した。ただの能力者では決して見ることが叶わないそれを視認出来たのは美世とパスを繋ぎ、死神の軌道を視ることが出来ていたからだ。
「…時間の流れ。特異点にしか決して干渉出来ない多次元のものがここ溢れ出てしまったの。」
蘇芳は知っている。これがどういうものなのかを。そして、彼女はこの後の展開も知っていた。特異点同士がぶつかればどうなってしまうのかすら。
「点と点が繋がる時、そこに線は生まれる。その線は裂け目となり、時間と因果が乱れ狂う。それを私達はただ見ていることしか叶わない。」
蘇芳はその光景を黙って見ているしか出来ない。何故なら彼女は特異点ではないからだ。そして理華も伊弉冊も違う。3人は特異点同士の衝突をただ黙って見てるしかない。この選択肢が間違ったものではないと信じながら。




