特異な一片
この地下駐車場と似た構造の異空間から逃げ出す手段をこの個体が持っていると仮定して立ち回る必要がある。そして、その手段が何なのかも知っておきたい。今の私にはあまりにも情報が少ない。この状況は完全に予想外なもので、蘇芳が知っていたのかも分からない。
私という特異点が動いた結果、調整体も動かずにはいけなかったのかもしれない。そこらへんの事も考えて動かないといけないから個人的に情報を得てから始末しよう。
「ピーーーィン」
ラァミィのサイコキネシスでも抑えられない出力の高さには驚かされたけど、前からコイツは異常な性能をしていた。だから久しぶりに相手にして驚いただけで何も不思議なことじゃない。
私が向こうの出方を伺っていると調整体は後ろを振り向いてルイスとラァミィ達に目標を変える。恐らく近くに居るという点と現在進行系で能力を行使しているからだと思う。
「私を目の前にして好き勝手出来るとは思わないでね。」
私は左手を前に掲げて能力を行使する。
「【再発】act.念動力。」
ラァミィの行使するサイコキネシスを遥かに上回る出力の念動力の負荷が調整体の身体に降りかかり、急激に圧縮されて形状が変形していく。鎧の形状はまるで握り潰されたアルミホイルのように皺が寄り、次第に腕と胴体の境目が消える程に圧縮されていった。
「す、すごい…流石は神。」
「…前よりも遥かに出力が上がってる。」
ラァミィとルイスの2人は美世の能力を目の当たりにして感想を漏らす。それほどまでに美世の能力は凄まじく、こうして見ているだけのスタンスに自然と徹してしまうほどに、彼女自身の安心感はもの凄いものだった。
「さて、逃げる?それともここから何か攻撃に移るつもり?」
私は楕円形のように押し固められた調整体を観察しながらいつでも仕留められるように準備を済ませておく。コイツをいたぶるつもりはない。
「ピ…ピーィン」
苦しそうな声を出した調整体が突如として輝き出す。金属の光沢が鏡のような鏡面になったと言うべきか。地下駐車場のような見た目をした異空間には照明が存在する。その照明が調整体の身体に降り注がられると反射して少し眩しく感じた。
(まさか…そんなことも出来るようにアップデートされたの?)
調整体の身体から発せられる輝きは増して最後は臨界点を迎えたかのように光の波は全身から放射した。理華の能力ような光の線ではなく、これは光の波だ。オーロラのような虹色の波長が全方位に渡って展開され私達を襲う。
これに触れれば無事では済まなさそうだったので、私は私の理想とする事象のみをこの空間に反映させた。
「私の周りで私の不利益になる事象は発生しない。」
光の波がその場で停止する。因みにだがこの光の波は停滞するような代物でない。音と同じ停滞せずに常に動き続ける運動エネルギーだからだ。だがそんな光の波が時間が止まったかのように停止した。
「…時間、停止…。」
ラァミィは目の前の事象を目にして涙を零す。これこそが神にだけ許された力。この世界の全ては神の掌の上だと確信する。
「…ねえ、あれってサイコキネシスと同時に行使しているのよね。」
ルイスは隣で歓喜して泣き出したラァミィに気付かないまま、能力者としての視点から気付いた異常な点を彼女に尋ねる。
(あれだけのサイコキネシスを行使しながらそれを遥かに凌ぐ能力を後から行使した?最早自分と同じ能力者なのか疑問を感じるわ。)
ルイスの中で美世に対して芽生えた感情は畏怖と、それに信仰心。正に神の如く所業に変な笑いが込み上げてくる。
「別の事は出来るの?違うパターンを見せてよ。」
停滞していた光の波は動き出し調整体の元へと逆行していく。そして光の波が発生したという事象は無かったことになり、調整体は楕円形の形に圧縮された時間まで戻されてしまう。
「次はほら、こういうのはどう?」
美世の足元の影が伸びて調整体の下へと向かっていく。そしてルイスの張っていた影の檻を飲み込み、そのままの勢いで調整体を飲み込まんと影が浮かび上がっていった。
「今度は私の能力まで…」
これだけ連続で違う能力を行使しても神は疲れたような様子もなく、淡々と敵を追い詰めている。
これは…格が違う。アレは絶対に神には勝てない。勿論私達でもこの世界に居るどんな存在であろうと勝てはしないだろう。
「ほら、飲み込まれたら能力が行使出来なくなるよ。私みたいに色々と能力が使えるんでしょ。さあ、私に能力を見せて。」
影が調整体の身体を半分も飲み込んだ所で影の動きが鈍り、調整体の形状に変化が起こる。なんと固体と液体の中間のようだった調整体の身体が気体に変質していったのだ。
流石にこれには美世も驚き観察に意識が向いてしまう。
「…異形能力の応用?それとも別のなにか?気体のように見えるけど実際は細かく分裂して小さくなっただけ?」
予想外な反応だったけど、いきなりテレポートで逃げたりはしないらしい。なら、いくらでもやりようがある。
「はい、バリア。」
気体となって逃げようとする調整体を球体のバリアで包み逃げられないようにする。さて、色々と見れたしこんなものか。
「この世界から削除してあげる。もう二度とこの世界には干渉は出来ないよ。」
美世の身体から黒くて青い筋が表面に走った異形な腕が生えた。フォルムは女性のような形で青い筋は血管のように脈動している。だが、その腕は半透明で透けて肉と骨が存在していない。
不必要なものは削除されて必要なものだけが再現されたその怪腕は美世の背中から生えて調整体の下まで伸びていく。怪腕の腕の長さは美世と腕と同じもので、腕を伸ばしただけでは調整体の下へと届く筈が無かったが、怪腕の手のひらが開くと、その手のひらから怪腕が生えて次々と腕が生えていく。
その光景はかなり異形なもので、怪腕が肩から指先まである腕を掴んで、その腕がまた肩から指先まである腕を掴んでと、どんどん延長されていき、まるで腕と腕を繋ぎ合わせたみたいだった。
そんな延長していった怪腕は気体化した調整体の身体に触れると様々な事象を消し去り、この世界から存在そのものを削除していった。
怪腕を少し振れば調整体の気体化した身体は次々と消えていき、その量を減らしていく。
その光景は正に神の所業にも見えた。だが、触れれば存在が削除され消えていくような、そうな恐ろしい腕を背中から生やす美世は神というよりも悪魔のようにも見える。
しかし、当の本人はただ確実に相手を消し去る手段を行使しているだけで、特に見せつけようとしている訳ではない。今の美世にはかつては存在した殺意の衝動が存在しないので、淡々とやるべきことをやっている感覚なのだ。
高校生がバイトでコンビニのレジをやるように、今の美世はそれと同じく仕事を淡々とやっているに過ぎない。もう彼女には復讐したい相手もする理由もないのだから、これからは彼女は彼女のやりたいことや、やらなければならないことを一人で考えながら人生を歩むしかない。
「サンプルは取れなかったけど、仕方ないよね。コイツら増殖するし。」
脅威になるはずだった調整体も美世にかかれば1分もかからずにこの世界から消失する。それだけ今の美世は他の存在とは次元が違う。
「メリッサー!能力を解除して!」
離れたメリッサに声を掛けて能力を解除させて異空間から元の世界へと戻った美世は理華に振り返る。
「理華。」
声を掛けられ身体をビクンッと反応することしか出来なかった理華に美世は普段のような声質で話しかける。
「私に傾倒するのはいい。でも、プライベートというか個人の考えを仕事に持ち込まないでね。じゃないとかつての私みたいになるよ。」
それだけを言い終えると美世は壁に置いていた鞄を回収し、一人だけ地下駐車場から出ていってしまう。残された者達は様々な思いを彼女に抱きながらも、この後の事を話し合うのだった。




