光対影 ③
理華の発した言葉が私の耳まで届き、その言葉の内容を私は完全に理解した。
(そんなにもルイスのことが嫌いだったんだね。)
まあ、ルイスは確かに相当ムカつくやつではある。分かるよその気持ち。魔女たちの中で大体問題行動を取るのはルイスだからね。ここでシメて私が上でお前は下だッ!って思わせないといけない。上下関係は女性の間では必要なことだもん。
「いつまで潜っているの?その影を完全に消え去ったら出てくるのかな?」
理華は光を操りルイスが居るであろう影を照らし始める。ルイスの操る影は本当に真っ黒な影で、普通の影とは違う。だからなのか理華の操る光を照らされても物凄く薄くなるだけで影自体の輪郭は消えたりはしない。
(そこまで考えたことが無かったけど、能力者本人が潜っている影を消したらどうなるんだろう。やっぱり死んじゃうのかな?)
下手をすれば死体すら残らないかもしれない。そうなれば私でもルイスを生き返らせることは難しいかも…。これ…止めるべきかな?でも、この2人は止めようとして止まるもんじゃない。
この2人は戦いに対してかなり重きを置いた考え方をしている。戦いを止められることがかなりのストレスになるはずだ。だから安直に止めるべきではないと現段階では思う。
私が止めるべきか否かを迷っている間に、2人に動きが見られた。地下駐車場の地面に影が広範囲に生じて理華を飲み込もうと蠢き出す。まるで生きているかのような動きに少し気持ち悪さを感じた。
生き物が生き物を襲おうとしている時の特有の動きと言うべきか、獲物を決して逃がさんとする意思を感じさせる挙動だ。
理華は足元に光の塊を複数作り出し影が近付けないよう防御を取る。そのおかげか影は理華に近付けば近付くほどに薄くなり最終的には影が消えてしまう。大体理華を中心に半径1メートルぐらいは安置に思える。
(この程度なの?こんな事で私は負けたりはしない。)
はっきり言ってガッカリだ。私の能力ならば完全にガード出来る。相性的に私が負けるはずがない。
「いい加減出てきたらどうなの?遅延行為なんて恥ずかしくて私には出来ないわ。」
挑発をして誘き出そうとしても私を飲み込もうと床一面に影が広がっている状況が続いている。だけど問題無く私の能力で対処出来ているし、本体が顔を出した瞬間に私の能力の射程圏内に入るから私の勝ちはほぼ確定。
だからこの状態を維持することが私にとって最善策。負ける要因は今のところは存在しない。
しかし私の予想と思惑とは裏腹に事態は思わぬ展開を見せる。私の頭上が突如として暗くなり私はすぐに上を見上げて確認すると、視界いっぱいに広がる黒よりも黒い、暗黒とも言うべき影が私に目掛けて落ちてきたのだ。
「ルイス…っ!」
床ばかりに目が行ってしまった!影といえば地面に落ちる影を連想するがここは四方八方壁に囲まれた地下、影なんて天井にも存在する。まさか影そのものが上から降ってくるなんて予想外だった…!
「これでおしまいねッ!」
影の中から浮かび上がったルイスが勝ち誇った表情で私に突っ込んでくる。なんて憎らしい顔なんだこの女は。よく美世に始末されずに生きてこられたものだ。
私は自分のすぐ頭上に光の輪を作り出してルイスの操る影を弾き飛ばす。影を弾き飛ばすなんて変な表現だけど、まるで液体のように降ってきた影に対してなら決して間違った表現ではない。
私の作り出した光輪は直径5メートル程の円形で厚みという概念は存在しないが、それでもこの膨大な体積の影を防ぎ切ってみせた。まるで美世が張っているバリアのような役割を果たしてくれている。
これが影ではなく物質ならばこうはならなかった。影と光という相対するような存在同士だから成立した現象で、こういった防御しなければならない時に使用できる能力の使い方ではない。
「生意気な…!」
「そっちこそ!」
重力に引かれて落ちようとする影の塊を光の天板で受け止める。まるで魔法のような光景が地下駐車場という人工的な場所で繰り広げられるが、その幻想的な様子とは裏腹に衝突音などの音はせずに静かなものだった。
しかし探知能力者である美世の頭の中には凄まじいまでの情報が流れ込んで彼女の処理能力を持ってしても全てを処理をするのも難しく、目の前で起きている現象が途轍もなく激しいものであると物語っていた。
「光を奪われたらこんなものを生み出すことも出来ないんじゃない?」
ルイスは光の天板に遮られた影を四方に伸ばして壁に付けられた照明を破壊し始める。
「影の癖に物理的に干渉してくるなんて…!」
流石にこれは理華にとって予想外であり、対処が遅れてしまう。ただの影が照明を破壊する程の物理的干渉が加えられるなんて教えられていない。理華が思い出す限りでは天狼から聞かされた影を操り攻撃を無効化する方法だけだ。
この能力は影の中に入れば様々な物理干渉を無効化させられる。美世が再現した銃の軌道すらも無効化が可能なのだ。なので理華の認識は間違っていなかったが、発想力が足りなかった。影に物理的干渉力は存在しない。影は影でしかないからだ。
なら何故照明を破壊することが出来たのか。それは彼女の能力者として素質の高さが起因する。
(私の能力の性質を誰かに聞いて知っていたんでしょ?でも結局は又聞きの知識、私の能力の全容を知るには知識が浅すぎるわねっ!)
ルイスの能力【堕ちた影】の最も重要な特性は影の中に落とした物体を保存出来ることだ。これはベルガー粒子の特性である保存能力を利用したもので、テレポートのように一瞬で物体を飲み込み一瞬で物体を出現させることが可能。
この性質を利用すれば照明を破壊することも出来る。ではどうやって物理的に干渉したのか。その方法を探知能力で知覚した者がこの場には居た。
(なるほど、影の表層と呼べるべき位置に予め影の中に落としていた物体を出現させ、その物体で照明と衝突させたのか。)
影自体は大体時速200kmの速度で動かすことが出来るけど、影には質量が存在しないから〈運動エネルギー〉=〈質量〉✕〈速度〉の法則で影の質量が0だからどれだけ速度が出ても運動エネルギーは0になってしまう。
しかし逆にいえば質量があれば相当な運動エネルギーを生み出すことが可能ということ。ルイスは影の中から適当な物体を影の表面に出現させてその物体を照明目掛けて影を伸ばしたんだ。
普通は照明目掛けて影を伸ばせば照明の光で影は薄まり消えてしまう。だけど物体を照明と影の間に挟めば照明の光を遮ってくれる。しかもその物体に光が当たればその裏には影が生まれて一石二鳥。これはかなり凄い運用方法だと思う。流石に何度もこの能力を使っている私でも思いつかなかった。
でも中身の入った酒瓶やボーリングの玉で照明を破壊するのは如何なものなのか。私は探知能力で能力の内容が分かったけど、他の皆さんは文字通り影になっていて見えていなかったようだから私が黙っていれば良い話なんだけどさ。
「ほらほらどうしたの?止めないとお得意のライトアップが出来なくなるわよ!」
ルイスは壁にあった照明を破壊し終えた後、そのまま天井に設置された照明へと影を向かわせる。
「そんなことさせるわけないでしょっ!」
理華は立て直しを図ろうと光の天板から細い光の線を天井の照明目掛けて複数射出させる。すると天井の設置された16個もの照明と天板との間に光の線が繋がって辺りを眩く照らす。
「…チッ、流石にそこまで頭は悪くないか。」
ルイスは照明を破壊しようと利用した酒瓶を手にとって影の中で観察する。酒瓶はドロドロに溶けて使い物にならなくなっていて、どうやらあの光には相当な温度があって近づく物体を溶かしてしまうらしい。
「これでまた振り出しに戻っちゃうわね。さて、次はどう攻めるかだけど…。」
攻め方は間違ってはいなかった。なら次はもっとエグいやり方で攻めていけばいい。私があのブサイク女よりも有益な存在であると神に証明しなくては。
ふふっ、じゃないと物乞いのように頭をたれた意味が無くなってしまう。私が神の高みまで行くために踏み台になってちょうだいね。




