光対影 ①
私達は喫茶店を出た後に組織が保有するビルの地下駐車場へと訪れていた。駐車場と言ってもここには車は止められていない。かなり前に私が訓練の為に先生に連れてこられたみたいな所だ。照明が天井と壁に付いていて地下でもとても明るい。
ここならば周りから見られることもなく能力者同士で戦える。特に2人の能力は目立ちやすい。私が配慮しなければ適当な場所で能力を行使していただろう。
「殺傷は禁止。相手を無力化するか、参ったと言わせれば勝ち。」
ルールはシンプルな方が好ましい。それにもし腕が千切れたり頭が吹き飛んだりしても私の能力で生き返らせる事が出来る。あとは好きにしてほしい。
「異論はありません神よ。」
「私もそれでいいよ。」
良し、2人の同意を得れた。これで模擬戦を開始させられる。
「敬語を使えブサイクがっ!」
「格下如きが私に意見するな。」
おっと、まだ戦いの合図は出していないよ?口論も戦いだからね?
「えっと、やる前に確認させてもらいたいんだけど、両者はその位置からで良いの?」
「ええ。ここから始めさせてもらいます。」
「私もここでいいよ。」
理華とルイスの立っている位置は両者が腕を伸ばした瞬間に攻撃が確定するほどに近い。ガンを飛ばして合っているみたいだよ。いや、実際に飛ばし合っているか。
「神よ、そろそろ始めませんか。あのクソ生意気なクソガキに呼び出されているのです。」
ギャラリーの魔女達が急かす。魔女たちにも魔女たちの予定があるのだ。中学女子に呼び出されているっていうクッソ情けない予定だけど。
「えーでは、始め。」
私が開始の合図を出した瞬間、殴打による打撲音が地下駐車場に響き渡る。そして両者が磁石で反発し合うかのように吹き飛び、2人とも背中から着地してお互いにうめき声を漏らした。
「……ああ、そういう感じのね。」
今のは能力による攻撃ではない。お互いに利き腕で相手の顔をぶん殴っただけ。たったそれだけで女性とはいえ成人したルイスや成人間近の理華の身体が宙に浮かんで後方に3メートルぐらい吹き飛んだ。
「……やるなババア。」
「ブサイクが……!もっとブサイク面にしてやるっ……!」
かなり良いものがお互いに入ったのか、立ち上がろうとしても膝に力が入らないようで立ち上がるのに時間を要した。このままだと泥沼化しそうなので、魔女たちが非常に嫌そうな顔で冷やかし始める。
「早く終わらせろ〜。」
「ルイスの弱点は背中だぞ〜。年だからな〜〜。」
「私あのリカって女に40。」
「じゃあ私はルイスに40。あれでも戦闘では私達の中で最強だし。」
「やれ!右だ右!」
「胸を殴れ!無駄にデカい胸をもげ!」
みんなが各々に言いたい事を言い出して模擬戦は大盛りあがりを見せる。案外こういう顔見知り同士の戦いって中々見れないから見ていて面白い。見世物感覚だね。
「私は理華に80ね。」
「……神も賭けに参加するのですか?」
「うん。80ね。」
ボーちゃんは自分から賭けをメリッサに持ち掛けた手前、私の賭けを拒否出来ない。
「そんなにもリカ殿はお強いのですか?」
ラァミィが私の賭け金に食い付いて理華の実力がどれほどのものか気になったようだ。
「組織内のみならず世界で見ても上から数えた方が早いかな。多分だけど能力だけなら五本指に入るぐらい強い能力だし、彼女自身が相当な実力者だよ。前は私とやり合えたもん。」
これを聞いた魔女達はすぐさま行動に移す。
「リカ殿に100。」
「私も100で。」
「120で。」
これである。安定の魔女たちだった。賭けが成立していない。そしてルイスの人気と信用の無さも安心感があって良い。これよこれっ感じ。
「聞こえてるからっ!!私は私に300!」
ルイスが自分に賭けたせいで賭けが成立してしまう。こうなれば皆が賭けようと声を上げていく。
「リカに100。」
「同じく100。」
ルイスに賭けているのはメリッサとルイスのみで、理華に賭けているのはそれ以外の全員。賭け金は恐らく不足しているので私たちが勝ったら張本人から徴収しますかね。
「ルイス……だったっけ。貴方の能力は私には通用しないから。」
始めに宣言をしてプレッシャーをかけようとする理華に対してルイスは不敵な笑みを浮かべて構えを取る。
「光操作型の能力でしょ貴方。だから私には勝てるって?」
これは……凄い。ルイスがとても強そうに見える。真っ黒なスーツに身を包んでいるからなのか強キャラ感がハンパない。しかも相対している理華がブレザーの制服を着ているから異能系バトルって感じもあって見栄えがある。
いきなりこの状況を見た人は2人は何かの使命があって戦おうとしていると勘違いをするかもしれないが、残念ながらこれはただの喧嘩なんだよね。本当にただの喧嘩だからこの戦い自体は特に意味はない。
「……吠え面をかかせてあげる。」
「自分が大した存在ではないって気付いた時、貴方はどんな顔で泣くのかしら。」
これだけの事を言っているが、この戦いに意味はない。ムカついたからやる。ただそれだけの戦いなのに、なんでこんなにカッコいいことを言い合っているんだろう。
「死ね……!」
「お前がなっ!」
いや、殺しはアウトだよ。まさか私が居るから殺してもどうとでもなるって考えている?
私のそんな予想が当たったと確信したのは、お互いに回し蹴りを相手の頭部目掛けて放った時だ。初手で頭部に殴りかかった所で気付くべきだったけど、どうやら殺す気満々らしい。
だが両者の回し蹴りは正確に頭部へと放たれたが、蹴りの軌道が正確過ぎたせいか両者は分かりきっているという感じで上体を反らして回避する。今のは読みやすいから出来た回避だったね。反射で攻撃を避けたわけではない。
「まだ能力は使わないんだ。身体能力か、接近戦に自信があるのかな。」
「ルイスは接近戦を得意としていますから。」
ラァミィがしれっと私の隣に来て解説をし始める。まあいいけど。
(確かにルイスと初めて戦った時は肉弾戦を仕掛けてきたっけ。)
彼女の長い手足から放たれる攻撃は能力者相手にも致命的なダメージを負わせられる威力を秘めている。しかも長いだけではなく骨が太いのか結構筋肉質なんだよねルイスって。
因みにだけど人の筋肉量は骨の太さに比例する。筋肉が付きやすい人、付きにくい人の差は骨の太さだ。骨が太いと身体が筋肉を付けても大丈夫だなと判断して肉を付けようとする。
逆に骨が細いと身体が筋肉を付けても骨が筋肉自体の重さを支えきれないと判断して筋肉が付きにくくなる。
外国人と日本人の体格の差で明確なのは骨格の違いだからね。向こうはタンパク質とカルシウムを頻繁に取る生活習慣だからガタイが良くなりやすい。ルイスもその例に漏れず体格が私や理華のような日本人と比べても大きいのだ。
だけど別に太っていたり体格が男性っぽい訳でもない。寧ろとても女性らしく、出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。ハリウッドのアクション女優みたいな感じかな。スタントマンを使わないで自分でアクションシーンを撮れちゃうみたいな。
だから体重差では理華は勝てない。肉弾戦において体重は非常に重要な要因になる。単純にデカいだけで戦いは優位に立てるからだ。分かりやすく言うと「体重が30kgの小学生と体重60kgの高校生が戦ったらどっちが有利か」みたいな話だ。
別にこの両者を大人同士にして年の差を無くして考えても良い。でも、体重が倍も違えば生物としての格が違う。ルイスの足の重さが理華よりも重い段階で、両者が同じ速度で蹴りを放ってもぶつかり合えば理華の足が吹き飛ばされる。
見た所では両者のスピードはほぼ互角。そうすると〈運動エネルギー〉=〈質量✕速度〉の法則がある限り、理華にとって不利な展開が半永久的に続くことになるだろう。
(私なら相手の部位を千切るか切り飛ばして物理的に軽くするけどね。そうすれば私のほうが重くなる。)
「はあッ!」
理華は体格が劣っている部分を技術で補おうと組織で愛用されている流道の型を多様し始めた。しかしルイスも元々は組織に所属していた身。流道の動きは分かっている。
「甘いッ!」
理華の使用した型の初動を見抜き、ルイスは姿勢を低くして足払いを仕掛ける。このルイスの姿勢は前にもやっていたもので、彼女の関節の柔らかさがあっての構えだ。まるで四足歩行動物のような構えで雌豹という単語が良く似合っている。
「ちっ……!」
理華の姿勢が崩れたタイミングを意地汚いルイスが見逃すわけもなく、足払いのモーションからカポエイラのようにその場で回り、両手を地面に置いて左足を背中側へと持ち上げそのまま理華の脇腹を蹴り抜いた。
その姿はまるでサソリが尻尾を敵に突き刺した姿と似ていると、横から見ていた私はそんな感想を抱く。
「ゴフッ…!」
ガードが間に合わなかった理華は脇腹に蹴りを食らって倒れ込む。ルイスの蹴りのモーションからして吹き飛ばすような蹴り方ではなかったが、一時的に戦闘不能状態とさせる程度の威力はあったようだ。
「ふん、所詮は子供ね。ママのおっぱいをまだ飲んでいないといけないんじゃない?」
ルイスはコンクリートの地面の上に倒れた理華をニタニタと笑いながら煽っていく。それを見た私は「うわぁ……楽しそうだなこの女。」と感想を漏らし、やっぱりルイスはルイスなんだなと再認識した。




