この世界の行末
さて、皆が頼んだ飲み物も来たところだし話を進めますか。あ、因みにだけど私の隣は理華とルイスになりました。ルイスが隣の席じゃないと嫌だって泣き出してしまったからラァミィが譲った形だ。大人な対応をされる大人を見ると心がざわつくのは何故だろうか。
「あーじゃあ話を聞かせてもらう前に言っておきますが、ここの会話は蘇芳には聞こえていない。死神にも感知されない。だから言葉を濁したりしなくていいからね。はっきりと言ってもらって構わないよ。」
私の能力【個人的範囲】は蘇芳や先生の射程からも逃れられる。まあ、探知出来ないってことは知られるけどね。でもこういう時のために最近はプライベートな時間を取ったりする時に普段からこうして探知されないようにして蘇芳から怪しまれないようにしている。
そのおかげで先生ボイス収録が捗って仕方ない。でも伊弉冊が寝るときに同じベッドの中に居るから聞きながら寝ることが出来ないんだよね。多分先生のボイス(自身の声)を聞きながらなら安眠出来そうなのに。
「流石は我らが神。全ては貴方様の手の平の上にあるのですね?」
おっと、考え事をしていたらルイスの言葉が上手く聞き取れなかったみたいだ。
「ねえ理華、今ルイスが言った言葉を翻訳して。なんて言ったのか私には理解出来なくて。」
「……私にも分からないかな。分かる人なんて……そもそも居るのかな……。」
私にも理華にも分からないとなるとこの先の会話は難しくなる。どうしたものか……。うーんうーんと頭を悩ましていると別の魔女たちから挙手があがる。
「神よ。」
中国系ベルギー人であり残念系美人のボーが隣のテーブル席から挙手をして私に目線を送ってくる。だけど一体誰のことを言っているのだろうか。カミ?髪?ヘアー?
「ねえ理華。」
「分かりません。」
駄目だ。理華が味方してくれないどころか乗ってきてくれない。じゃあ隣に座っている一見出来るキャリアウーマン風の美女に尋ねますかね。
「ねえルイス。」
「変わりません。」
「え?」
「呼び方は変わりません。神は神なのです。」
そうか〜。神=神。1=1なんだね。私もそれには同意するけど私は私なんだよ?
「うん、神は神だね。つまりルイスはルイス。理華は理華。じゃあ伊藤美世は?」
「神です。」
「あいの風は?」
「神です。」
「デス・ハウンドは?」
「ゴッドです。」
「あっはっはっはっ〜駄目だコイツら。“A=B”“B=C”だから“A=C”って考えてる〜。」
算数ではなかった。数学的な認識だったみたい。もう私にはどうすることも出来ないかな〜。
「神よ〜〜!」
ボーがずっと手を挙げて私に熱い視線を向けてくる。……仕方ない。神は下々の話を聞く義務があるからね。
「はいボーちゃん。」
「これまでの非礼を謝罪させてください。」
「……誰?」
ボーちゃん……こんな娘じゃ無かったのに私は寂しいよ。
「私をお忘れですか!?」
「いや、去年の年末にも会ったから覚えているけどなんであの時からそんな態度なのみんな?」
私は狭い店内にぎゅうぎゅうと詰められたパンツスーツを着こなしている魔女達に目線を送る。
「それは神だからです!」
「我々は神に対しそれ相応の対応をしているだけです!」
「これこそ星々の巡り合せ……感謝してもしきれません。」
うるさいうるさい、いきなりみんなで一斉に喋りだすな。マスターが怪訝そうな顔でこっち見てるでしょうが。狭い店内だから向こうに聞こえるんだよ。お前たちが話しているのは日本語じゃないから内容までは理解していないだろうけど、印象は残ってしまう。
私の【個人的範囲】にも限界はある。流石に店内に居て騒いでいる私達を完全に認識出来なくさせることは出来ない。マスターの視点からは個人の特定が定まらず女性客が騒いでいるぐらいにしか認識出来ていないだろうけど。
「代表者を立てるか、順番順番に話して頂戴。7人が一斉に話しても聞き取れないから。」
「「「「「「「ではその役目は私がっ!」」」」」」」
「うるさいっ!!」
「……美世が一番声が大きいよ。」
理華のツッコミで一度冷静になった私は7人それぞれ持ち時間を設けて順番に聞くことにした。これなら平等だ。
「じゃあ先ずはルイスから聞いて反時計回りね。」
「では私から神へご報告があります。」
右隣に座っているルイスが身体をこちらに向けて話し出す。……狭いテーブル席で足をこちらに向けられると貴方の膝が私の太ももに当たるんだけど?そしてその足を私に押し付けてくるな。
「メーディアの予言を告げにきました。」
「……じゃあ蘇芳も知っているのか。はぁ……あの子相手だと常に後手に回っちゃうな〜。」
メーディアは恐らく蘇芳の射程圏内にある。彼女が見聞きした内容は蘇芳は知っているし、その話を聞いたルイスの存在にも気付いている。しかもずっと昔からね。
「すみませんっ!!私が無能なばかりに神を失望させてしまいましたっ!!」
「いや、貴方には期待したことないし、貴方に対してはいつもどおりだよ。」
「はい?」
「話を続けなさいルイスよ。神は聞いているのです。」
「え、あ、はい。」
「美世……。」
取り敢えずゴリ押しで話を進めていく。蘇芳には気付かれているだろうけど私が情報を知っていなければどうしようも出来ない。先ずは知って考えるという選択肢を確保しなければ。
「この世界の滅亡が近くなりました。もう時間はあまり残されていません。」
「あぁ、やっぱりそうなるよね。」
「これがさっき美世が私に言っていた内容?」
ちょいちょいと服を引っ張って私を呼ぶ理華に顔を向ける。左右から話しかけられると少し身体の向きとか変えないとだから面倒くさいなこれ。
「うん、世界は間もなく滅びる……らしいよ。」
前にメーディアと初めて会った際に特異点とはどういう存在かを聞かせてもらったことがある。メーディアたち曰く特異点とは「私達の言う特異点とは、この世界の破滅を防ぐ者を指します」との事だった。
そんなことを思い出しているとルイスが理華に突っかかってきた。
「おい女。確かリカと言ったか?神に対して礼が欠いているんじゃないか?」
「え〜〜……面倒くさいなこの人達。」
理華がルイスにダル絡みされてつい本音が漏れてしまっていた。だけど私は嬉しい。だって今のルイスを見て彼女のことを思い出したから。そういえばルイスは下に見ている奴にはとことん下に見る奴だったよ。
そうそうこれこれ!って感じ。これがルイスというクズだ。仲間を見捨て自分の保身に入る女はまだ彼女の中で生きていたんだね。
「ルイス、我が友を侮辱するのは止めなさい。蘇芳に突き出しますよ。」
「リカ殿。本当に申し訳ございませんでした。」
「姉の美世は良くて妹さんの蘇芳ちゃんにはこういう感じなのね……。」
蘇芳怖いからね。多分ルイスの弱点を知り尽くしているから逆らえないんだろう。そして恐らく組織に所属して働いている間は彼女たちの安全を保証するとか、前に組織に所属していた時にやらかした罪を帳消しにしてあげる……みたいなことを言われて首輪を付けられたんだろうね。
「それでメーディアさんはまだなんか言っていた?」
「は、はい神よ。メーディアは間もなく戦争になるとも……。」
店内に静寂が訪れる。戦争とはまた厄介な話になってきた。まあ予想通りだけどね。
「……美世、なんか落ち着いているね。何か知っているの?」
理華が沈黙を破り、不安そうな表情でまた私の腕の裾を引っ張ってきた。
「う~~ん、まあね。戦争はちょっと予想外だったけど、滅びそうなのは知っていたよ。」
「えっ!?いつから知っていたの!?」
「この魔女たちから聞かされた時から。えっと、確か去年の残暑が残る時期だったはずで……あっ!理華の部屋の浴室に突然ヘラった私が居た時からかな。それなら分かるでしょう?」
「……じょ、情報量が多くてどれから処理したらいいのか分からない。」
理華が非常に困った表情で頭を抱え始める。時折理華から「あの時……?」「なんでそこに繋がるの?」「そんな話聞かされたっけ……?」と、独り言が聞こえてくるけど、あの時は世界が滅ぶ……みたいな話よりもお母さんのことを重点的に話していたから理華には話していないかも。
「えっと、確認させてもらいたいんだけど、皆さんは世界の滅亡を防ぐためにあの無人島に居たんですよね?」
「はい。そのとおりです。」
「そういえば私達と神が初めて出会った時にもあなたは居られましたね。」
「これも星々の巡り合せ……。」
ちょっと、そのフレーズを言いたいだけの奴居ない?気に入っているの?
(でも確かに魔女たちと初めて会った時に理華は私と一緒に居た。そして今もここに一緒に居る。そう考えると巡り合せはあるように感じるよ。)
「だったらなんでもっと早くそれを言わないの!?一大事じゃんっ!」
理華が机をバンっと叩いて椅子から立ち上がり大声で叫ぶと、マスターも「テーブルがっ!」と叫ぶ。理華の腕力で叩くと木の板で出来たテーブルが軋んでかなりマズい音が鳴ったからね。近くに座っていた私達もテーブルの心配をして、自分たちの飲み物が入ったコップを持ち上げる。
「理華さん理華さん。」
「なによ美世!」
理華が興奮した様子で私を睨む。何故言わなかったんだ!っと責められているみたいで悲しい。
「魔女たちの第一印象を教えてよ。」
「ヤバい女の集まり。怪しい宗教団体。」
「そんなイカれた奴らが世界が滅ぶ〜〜!って言ったら信じる?」
「……信じない。」
「座りなさい。」
「はい……。」
理華が席について私達も持っていたコップを下ろす。良し、説得が上手くいったみたい。
「でもっ!なら美世が知っていたなら私にでも言ってくれても良かったじゃん!」
「理華……私が解放しましょう!とか言っている奴の言葉を全て鵜呑みにして己の行動方針に組み込むと思うの?」
「……しないね。」
「だからその構えた腕をテーブルの下に仕舞いなさい。脇腹を狙うのもね。」
「分かったよ……。」
ふぅ……危ない危ない。久しぶりに理華の正拳突きを食らうところだったよ。
「それにあの時の私の状態知っていたでしょ?お母さんのことしか頭に無い状態の私じゃマトモな判断だって出来ていなかった。そしてあの後に蘇芳のところ行ったじゃん?覚えている?返り討ちにされたよね。」
「う、うん。あの時は本当に驚いたよ。初めて蘇芳ちゃんに会ったし。」
「あの時には蘇芳は知っていたんだよ。私がお母さんを殺して私と蘇芳の父親も殺すことをね。」
「そうね……、そうなるんだよね。時系列がめちゃくちゃになるけど蘇芳ちゃんの能力はそういう能力だし。……でも蘇芳ちゃんはそのことを私達には言わなかったよね?」
良し、理華の理解がここまで追いついてきた。知識を得ることは選択肢を得ることだ。つまり蘇芳はあの時には知っていたのに敢えて話さなかったことになる。
「私達にはお母さんのことしか知っていなくて選択肢としてはお母さんのこと、つまり理華側からは怪異点のことしか頭に無かったことになるよね。」
「そう……なるね。ということはこうなることが蘇芳ちゃんの目的……?」
「私はそう考えている。先生ともちょくちょく会って意見を交換し合っているけど、結論はそこになったよ。」
「会ってるの!?なら蘇芳ちゃんそのことも知ってるんだよねっ!?」
理華がまたテーブルを叩いて叫ぶ。私達のテーブルにはコップを置いておくことは出来なさそうだ。
「会ってるよ。それに蘇芳は知ってる。そしてだからこそ、そこから先がよく分かんなくてね〜〜どうして私をフリーにしているのかなあの子。まあフリーにしたほうが都合が良いんだろうからそうしているんだろうけど。」
「……美世が私の思っていたよりも先に行っていたことが分かったよ。……全然気付かなかった。美世はまだ戦っているんだね。」
理華は理解した。まだ蘇芳との戦いは続いている。そして美世は決して守られるような立場には居なかった。毎晩悪夢に襲われて夜中に起き出し天狼さんに宥めてもらっていることは知っている。その時から私にとって美世は保護対象だった。でもその認識は間違っていたみたい。
彼女は彼女だ。私の大好きなとても強い憧れな能力者だった。
「戦っているというかこの事態を収拾させることしか考えていないよ。蘇芳がろくでもないことを企んでいたら敵対するつもりだけど、別に殺そうなんて微塵も考えていない、もう家族を失うのは嫌だからね……。」
美世はそう言い終えると、そのとても辛そうな表情をコップに口をつけて誤魔化したのだった。
大体この物語の行末というか展開が明言されました。俺たちの戦いはこれからだ!




