観察からの考察
ユニーク数が35000人を超えていました。感謝感激雨あられ。
なるほど、伊弉冊がアイツを天才というわけだ。今の一連の動きは別に炎天は能力を使って敵の視界から消えたわけじゃない。単純な視点移動を利用した奇襲だ。
「今のは狙ってやったのは分かったのですけど、よく相手が左回りで振り返ると分かりましたね。」
「ああ?両足の前後の位置と左利きなのを確認すれば左回りするのは誰でも分かんだろ。」
「今の一瞬でそこまで計算して出来るのは殆ど居ませんよ。」
炎天は相手が左回りで振り向いたタイミングで相手の右側に移動したのだ。しかも音もなくね。木々の間を移動する際は木が軋む音がする。その音を男が聴くことによって炎天がどの方向に移動したか確認していた。
しかし炎天は最後に木々を蹴って移動した時に蹴りの衝撃を最小限に留めて跳躍し男の死角に回った。雪の積もった場所で足を動かせば雪が潰れる音がする。男が振り返る時に足元から鳴った雪の音に紛れて炎天は地面に着地してみせたのだ。
あとはご覧の通り回し蹴りを放って男を殺害し、炎天は私にその一連の動きを見せてくれた。恐らくこれが私に教えたかったことなのだろう。環境を上手く利用した戦法だけど、今の私にはあまり必要なこととは思えないけどね。
「簡単だろ?てめえならすぐに出来るはずだ。」
「…参考にさせてもらいます。」
「ふん、可愛くねえやつだな。…あと2人捕まえに行くぞ。」
炎天がすぐさま走り出し別の方へと走り去った男を追跡しはじめる。私も炎天に追従し駆け出した。
「多分ですけどこのまま進めば足跡が見つかるので一人は簡単に見つかりますけど、残りの一人はここからかなり離れた場所まで逃げているでしょうね。」
「お前よくそのペースで喋れるな。まあこっちは楽で良いけどよ。」
一般人からすればあいの風と炎天の走っている姿は100メートル走の世界選手権に出場した選手のように見えただろう。しかも雪道の森の中でだ。着ている服も冬場なので分厚く防弾仕様のためにとても重たいはずなのだが2人は一瞬で次々と木々の間を抜けていく。…軽やかに会話を交えながら。
「あいの風、お前に教えるのは能力に対して理解じゃねえ。人間に対する理解だ。」
「さっきみたいなことですか?」
「ああ。お前は能力に関しては天才的だ。天狼を超えているかもしれねえ。でもな、能力の扱い以外はまだまだ学ぶべきところはある。お前はなまじ能力自体が優秀過ぎるせいで他がおざなりになっている部分があるな。」
うぅ…、ちょっと自覚があるところを指摘された。理華を例に出すと彼女は幼少期から訓練をしているから語学が優れていたり、裁縫や処世術が上手かったりする。私には無い部分を結構持っているんだよね理華って。
だから理華に「なんでそれが出来なくてそれは出来るの?」みたいなことを良く言われる。近くにいて一緒に過ごすことが多い理華だからこその指摘だと思っていたのに、少しの時間で私の欠点を見抜くとはこの人結構凄い人なのかもしれない。
「人を殺すのに超能力は必須じゃない。殺し屋の中にも無能力者は居るからな。この世界で起きる殺人の99.9%以上は無能力者が行なっている。」
「…能力に頼りすぎるなってことですか?エアコンは使わないで自然の風が一番的な?」
「ちげえよ。なんだその例え。」
私も言っていて良く分かんない。パッションで答えた結果がこれだ。
「人を殺すのに必要な要因は別に能力だけじゃねえってことだ。相手の癖や仕草を見てその後の行動を読めればガキだって大人を殺せる。事故と見せかけて殺すことも行方不明にさせることもな。」
な、なるほど…?要は人を殺すのに必要なのは能力だけではないってこと?頭も使って戦いましょう的な話なのかな。
「俺達はバレては終わりだ。場合によっては能力無しで標的を殺さねえといけない時もある。能力は案外不自然な証拠を現場に残すからな。」
「…物凄くよく分かります。特にバレてはいけないところは。」
「そうだ。そこがキモよ。別に能力を使うのはいい。寧ろ能力を成長させて出来ることを増やせ。だがバレないように使え。敵からも味方からもバレないようにな。」
「敵だけじゃなくて味方からも…?」
どういう事だ。これは…そのままの意味か?そうすると炎天の言っている内容はかなり先のことを言っていることになる。
「3月までに敵対勢力は潰し邪魔になるような能力者も全員消すのが今の組織の目標だ。それは恐らく叶うだろうぜ。そしたら次は内側同士で争いになる。あいの風、お前は特に周りから情報を得ようと絡まれているからな。だから能力は極力隠せ。そのための知恵と技術を教えてやる。」
まさか炎天からこんな話が聞けるとは思いもしなかった。そして彼はかなり深い部分の話をしている。これから起こり得る可能性の中で最も高いと思う未来を私に語ってくれた。…私と同じ結論に至っていたなんて驚いたよ。
「…なんでそんなことを教えてくれるのですか。私とあなたとの関係性はかなり微妙なのに。派閥も違えば立場だって…。」
私は炎天の横を並走しながら彼の横顔を見る。彼の顔は見るものが見れば粗暴に見えるが、今の私には知恵のある者の顔に見えた。
「ああん?俺はどの派閥にも入っていねえ。最後はどこかの派閥が勝って組織と世界を掌握するだろうさ。それがお前ならまだマシだって思っただけだ。」
「私…?せ、…死神や天狼、蘇芳じゃなくて?」
「ああ、こんなもの選挙と同じだ。どの政党もクソだがその中で選ばねえといけねえ。その中で一番マシなのがおめえだ。お前は幼少期から組織に関わってねえから考え方や価値観が組織に汚染されてねえからな。」
「…その言い方だと炎天って組織嫌いなんですか?」
「大嫌いだね。オメエもだろ?俺と同じで興味も関心すらねえ。」
「まあ、そうですけど。でもそれだけが理由なんですか?」
「ちゃんとした理由が欲しいのか?めんどくせーな…。あ〜〜組織に深く関わっている奴は大抵全員クソ野郎だが天狼は俺達と同じで組織が嫌いだからな。そんな女がお前と仲良くやってんだ。それが理由っちゃ理由だな。」
炎天は伊弉冊のことを高く買っているんだね。この短い時間の間に炎天の意外な部分が見えてきた。しかも伊弉冊が組織を嫌いなのを知っているのか。
「今は組織の中で色々起きてやがる。京都支部長は殺されて天狼の家の影響力が落ちたと思えば蘇芳なんてガキが出てきやがった。あそこの家も中々に微妙な立場に追いやられてるが、お前が居るからな。どうにか持ち直すだろう。」
…確かにそんな感じはしている。蘇芳と伊弉冊は常に結果を出さないと一気に衰退し、周りの勢力から潰されてしまうだろう。そんなことは私はさせないけど、それを炎天は分かっているようだ。
「そうなるとお前たちの派閥が勝ち上がることになる。代表はあいの風になると俺は見ているがここらへんは勘だな。」
「いや、どう考えても蘇芳か天狼でしょう。私は後ろ盾がありませんから。」
私は一般の家庭の出になっている。血を尊ぶ傾向があるこの組織の中で私の価値は能力しかない。
「蘇芳か、アイツはねえな。そもそも組織の頭なんざ興味ねえんじゃねえか?」
「え?」
これにはかなり驚いてしまった。私にとっては意外な言葉だったので思わず追っていた男を通り過ぎてしまったぐらいには私の意識は炎天に向かう。
「え?じゃねえ。見ていれば分かるだろうが。お前があのガキの近くにいるのになんで分かってねえんだよ。」
「あ、話続けるんですね。あの…追っていた男がそこに居るんですけど。」
私がおずおずと聞くと炎天が腰に巻いていた暗器の一つを右手で持ち男に目掛けて投擲した。あれは確か衝撃を与えると刃が飛び出て相手に突き刺さるやつ…うん、男の肩に突き刺さったから私の記憶の通りの暗器だったよ。
しかもあれ毒が塗られているヤツだ。男は最初、肩に刺さった暗器を引き抜こうと足掻いていたけど、次第に呼吸が苦しくなりその場に倒れてしまった。神経毒っぽい反応だね。
「話の続きだがあのガキは別の事を見ているような気がする。だからアレは代表にはならない。天狼もだ。アレは自分が代表するぐらいなら組織を辞めると思うしな。」
「あ〜〜想像がつくな…。」
伊弉冊はああ見えて案外前に出たりするのは好きじゃないし、偉くなりたいっていう願望も無いからね。私に押し付けてきそう。
「死神は絶対に矢面には立たないだろうからな。そうなると消去法でお前になる。ならお前を鍛えてマシにするしかない。」
「消去法で代表決まるとか組織終わってますね。」
「なんだ、知らなかったのか。この組織は終わってんだよ。」
「…天狼が炎天の仕事を見て学んでこいって言った意味、やっと分かった気がします。」
「ああ?」
伊弉冊は炎天のこういう部分を見て学んでこいって言ったんだ。この業界での立ち回りや考え方をもう一度改めて考えて欲しかったのかもしれない。
私は長い間、先生が後ろ盾になっていたから割と好き勝手に立ち回ってきたけど、私も自立して全部一人で責任を持って動けるようにしないとか…。




