センスプレイヤー
下の階の奴らが忙しなく動き出して外へと向かっている。荷物を持って慣れない建物の中を移動しているからそこまで速度は無いけど、ハッキリと警戒されている中で仕事を完遂させようとするのはとても難しい。
「どうするんですか?敵が逃げて……」
私は炎天にこのあとどうするのかを聞こうとすると、炎天がいきなり瓦割りの構えを取って床をぶち抜こうとしはじめる。それを見た私は慌てて炎天を止めにはいった。
「上司の家の床をぶち抜く部下が居るかっ!!」
「ああん?てめえがどうするのか聞いてきたんだろ。こうするのが手っ取り早く下に行けんだろ。」
「その発想は匠だけがしていいもので貴方がしちゃいけないでしょうがっ!」
なんということでしょう~。匠は上司の家の床をぶち抜こうとしたではありませんか。
もしそんな事をしたらスポンサーから頭をぶち抜かれるからね。アイツはやる時はやる女だよ。私の妹だからね。
「チッ、マジでうるせえなお前。非常識な行動ばかりしていた奴に常識を語られるって意味分かんねえぞ。」
「……敵にも味方にも言われたことあります。」
「……なんで敵と話してんだよ。そしてなんで敵にも非常識扱いされて、しかも常識を敵に語ってんだよ意味分かんねえよ。」
私もまさかお前に常識を語られるとは思わなかったよ。
「いきなり語ってきて気持ちよくなりはじめるマスターベーション野郎居ません?私って結構そんな人達と出会うんですけど。」
「なら標的が気持ちよくなっている間に殺せよ。簡単に仕事が終わるだろうがよ。」
正論を言う男は嫌われるよ炎天さん。確かにその通りだけど話しかけられたら普通に受け答えするもんでしょ。求める回答しか受け付けないアホも多いけどさ。
「いや、こんな話をしている場合じゃないですよ!敵が裏口に回ってますから!」
「あ〜?それが狙いだから良いんだよ。逃げてもらわないとな。」
私は持っていた拳銃を炎天に向ける。敵を逃がすのが目的?もしかして裏切るつもりなの?
「勘違いすんな。お前に狩りのやり方を教えてやるつもりなんだよ。だから引き金に指を掛けるなアホ。」
狩りは元々得意な方だ。相手の位置を正確に認識出来るからね。でもそんなことは能力者である炎天も分かっている筈。ならこの場の責任は炎天に任せて私は見守ることにしよう。
「取り敢えず追い立てる為に一人はアイツらの前で殺しておく。マジで逃走してもらわないと意味がねえからな。」
炎天は階段を素早く降りて下の階へと向かっていく。その際に炎天は階段の上を歩くのではなく、壁に足をかけて降りていった。所謂壁走りだ。私もやろうと思えば出来るけど壁が汚れるから私は普通に階段を使って降りる。
「お行儀よく降りてんじゃねえ!この建物は人に合わせて造ってあんだよ!俺達が人に合わせる必要がねえ!」
「モラルの問題だから!」
言いたいことは分かるけどここは妹が過ごした家なんだ。そんな勝手は出来ない。
「そおら!早く逃げねえと死んじまうぞッ!」
下の階に居た男たち3人とすれ違い彼らが私達の顔を視認した。すると男たちの走るペースが一気に上がり窓ガラスに向かって突撃していった。
「デス・ハウンド……!!デス・ハウンドだ!!逃げろっ!!」
「はあ……またその名で呼ばれるのね。」
私は外に出た男たちが車の元へ向かうのを能力で認識し炎天に情報を共有する。
「車で逃げようとしてますけどタイヤの4本とも駄目になっているのでこの雪道では走れないでしょうね。……走れないですよね?私、車のことよく知らないんですけど。」
「ああ?四駆なら速度を落とせば走れるんじゃねえか?まあそうしたら俺の足で追いつくけどよ。」
なら良いか。最悪私がこの拳銃で撃った弾丸の軌道を操作して運転手の頭を撃ち抜けばいい。
「……あ、タイヤの異変に気付きましたね。」
男3人が車を見て何か文句を言っている。ここまでアイツらの声が聞こえてくるよ。
「しかも3人バラバラに逃げましたね。やるなー。」
「向こうもプロだろうしな。能力の使えねえ奴らが能力者から逃げようとしたら散り散りにバラけて生存率を上げるしかねえ。向こうからしたら一人でも生き残れれば御の字だからな。」
「じゃあ早速追いますか?」
「取り敢えず足が速え奴から仕留めるぞ。ついてこいあいの風。」
ええ……私も付いていくの?炎天さんの責任なんだから一人で追ってくれないかな。
「なんだその顔は。まさか俺に付いてこれる自信がねえのか?」
なんだその安い挑発。私は乗らないからね。異形能力者のお前について行けたら問題でしょうが。
「私の身体能力では炎天には追いつけませんよ。」
「だろうな。」
炎天はまるで私がついてこれないと分かっていたかのようにそう言い残し裏口から出ていってしまった。
(…………………………………は?????いや、ついていけるけど?????お前のペースについてこれないとか意味が分からないのだが?????)
走れミヨス。私は炎天のクソみたいな挑発に乗せられて裏口へと出ていってしまう。そして全速力で駆け出すと炎天にすぐに追い付いた。
「……煽られ耐性無さすぎだろ。前と何も変わってねえ……。」
流石にここまで思惑通りに乗られると逆に罠かと疑ったが、後ろから木々の間をすり抜けながら般若のような顔をしたおっかない女がとんでもなく綺麗なフォームで走ってくるから多分マジだ。
しかも超速え。俺が先に走り出したのにもう並走してきやがった。やっぱりコイツ普通の能力者じゃねえな。運動神経が良いというレベルじゃねえのは確かだ。
「は?は?は?ついてこれるが???」
「……お前それを言うためだけについてきたのか?」
「それ以外で追う理由があるんですか??????」
あいの風が速すぎて敵を追い越してしまったわ。敵もスゲえ困った顔してんしなんだこの状況は。コイツが絡むと俺が経験のしたことがない展開になりやがる。
……こんなおもしれえ女を天狼と蘇芳、あとは死神が独占してんのか。許せねえな。仕事中なのに面白くて仕方ねえ!
「……ふはっ!お前おもしれえわ!」
「いやいや、笑っている場合じゃなくて。ほら、敵さん困ってますよ。早く殺しましょうよ。」
仕事の途中で立ち止まって笑いだしたよこの人。敵が進行方向を変えながら困り顔でこっちを見ていますよ?
「困っている奴を殺すのか……。まあ殺すがな。見てろ。」
炎天は軽く飛び跳ねてステップを踏み男に目掛けて飛び出した。だがその動きは直線的なものではない。炎天は辺りに生えている木に足を掛けて跳躍し弾かれたみたいな軌道を描く。まるでパチンコ玉が釘にぶつかって弾かれる軌道と似ている。
こんな暗い中で高速に木々の間を飛び交う標的を男が目で追えるわけがない。男は意を決して立ち止まり拳銃で狙いを定めようとするが、炎天の動きがランダム過ぎて銃口が全く合わないのだ。
そして炎天は男を飛び越える軌道を描いて男の頭上を通り過ぎる。そうなると下にいる男も反射的に炎天を追ってしまう。しかも手に持った拳銃を構えながら。
人は身体の構造上、手の向きと顔の向きを揃えながら上を向いてからそのまま後ろを向くことは難しい。だから大体の場合は身体を半回転させて振り向き、身体の向きを後ろ向きにすることになる。
炎天はそこを狙ったのだ。
「なっ!?どこに行ったッ!?」
「ここだよ間抜け。」
男は炎天声のする方へ振り向き首を回すが、男の首はそのまま360°回転することになる。私の視点では炎天が男の首が自身の方へ振り向いた瞬間に回し蹴りを放ち、首が回ってきた勢いを利用して男の首を回転させたのだ。
私はその一連の動きを見て鳥肌が立った。あまりにも綺麗な動きで無駄がなかったからだ。男は何故炎天を見失ったのか分からなかっただろう。外から見ていた私には分かったけど、あれをやられたら無能力者では対応は出来ないだろうね。




