見て学ぶ
私達の待機していた場所から洋館までは歩けば30分ほどの距離だが、雪が積もっていてはその倍は掛かってしまう。しかし私と炎天は能力者、しかも身体能力の高い異形能力者なので雪道であろうとも足を取られることもなく進むことが出来る。
このペースならあと数分で到着するだろう。
「お前良くそんなブーツで歩けんな。」
「女の子はどのような状況下でもブーツで歩くことが出来る生き物なんですよ。」
「ほぉーどうでもいいわ。」
なら聞くなよと返してやりたいけど、彼が言いたいことはなんで異形能力者である自分のペースに付いてこれるかってことでしょう?分かってるよそれぐらい。でも一緒に仕事をするとなると私の身体能力は嫌でもこの男に知られてしまう。だから適当に誤魔化して進むしか今のところ出来ることはない。
「敵の目的は蘇芳の住んでいた洋館に彼女に関するものを持ち帰ることだと思われるので、もしかしたらそこまでの戦闘能力は有していないかもしれません。」
「そうかもしれんが、あの6人の中に能力を使える奴が居てもおかしくねえ。お前の能力なら分かるだろう?」
「ええ。洋館の外から視てみますね。」
本当は分かっているけどここでは何も情報は与えない。私が蘇芳と昔から繋がっていることは隠さなければならないから。
「そろそろのはずだ。……まだいやがんな。」
「カメラの映像と洋館の設計図からかなり大きな造りなのは間違いなさそうなので6人といっても全部の部屋を回るのは時間がかかるのでしょうね。」
あそこは迷路みたいな造りだから奥の方へ行くだけでも相当時間がかかる。しかも敵は防犯対策で設置されたセンサーを無効化してから内部へ入って進んでいるからね。まあ、そのセンサーは元々ここに付けられたもので、特定課の人達が監視する為に設置したセンサー類は敵に見つかっていないけど。
「ここから見えるか?」
炎天が洋館の周りに生えている木にその大きな身体を隠し、その影から洋館の様子を伺う。彼の目には洋館の中に潜んでいる敵の姿は確認出来ない。
「……全員無能力者で洋館の奥に居ますね。えっと1階と2階に3人ずつ別れて何かを探している……?」
クローゼットや冷蔵庫の中すら荒らされている……。あのクソどもが……ッ!私の妹が住んでいた家を荒らしやがってっ!私もお母さんが殺された後にあの人が来て模様替えされたり荷物が動かされた時に激しい怒りを覚えた。あの時と同じ怒りをクソどもに感じている。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す……)
「……おい、あいの風。殺る前からそんか殺気を漏らすな。」
炎天に指摘されてハッとなって殺気が霧散する。ヤバいヤバい……なんで殺る前から殺る気になってんだろう。炎天からすれば私の様子は不審なものに見てたはずだ。誤魔化しが利くのか、この男に……。
「相変わらずおっかねえ女だなお前。仕事する前いつもそんなのなのか?」
「え、えっと、まあ〜〜……そうかもしれません。」
「天狼にあんま迷惑かけんなよテメエ。良く仕事一緒にしてんだろ?」
「それは本当にそのとおりです。何も言い返せません。」
まさか炎天に説教されるとは思わなかったけど、これで誤魔化しが利いたとして目の前の仕事に集中しよう。敵が居るのは確定している。裏口には敵が何かを仕掛けたわけでもないから問題なく入れる筈だ。私だったらトラップを仕掛けるけどね。
「……裏口から入りましょうか。後ろから入っていけば敵が更に奥の方へ行って逃げれなくなります。」
「上と下で敵は別れてんだろ?俺とお前で別れて追い込むのか?」
それでも良いけど……どうしたものか。私は炎天の実力を知らない。だからもしもの事があった場合には私は何もしてあげられない。ここには監視カメラが仕掛けられて特定課の目が光っている。だから炎天がもし死んでしまった場合に私の能力で生き返らせることが出来ない。
だから二手に分かれることが得策とは言い切れない……。でも伊弉冊がこの仕事をするまえに炎天のことを私に話してくれた。
「炎天の仕事を見て学んでこい。」
「え?炎天の仕事を?」
なんで急にそんなことを言うのだろう。今の私ははっきり言って無敵だ。殺す方法を考えるほうが難しい。
「そうだ。アイツは天才だ。美世も天才だけど炎天は己のセンスだけで処理課まで上り詰めた。」
「へー伊弉冊がそう言うんだから凄いんですね。」
確かに頭で考えて動いていそうではない。それに才能のみで処理課になったということはそれ以外では認められていないことの裏返しじゃない?性格面では絶対に私と同じで落第点だよ。
「だからアイツ1人でも私は充分と思うけど、蘇芳は違うんでしょ?」
伊弉冊は寝る前の紅茶を愉しんでいる蘇芳に話しかける。
「ええ。炎天一人では失敗する。だから美世お姉ちゃんに行ってもらう必要があるの。」
「私が特異点だからだよね。変えたい未来があるんでしょ?」
「うん。だからお姉ちゃんお願いね。」
そんなやり取りがあったっけ。だから一人で行かせるのは駄目だ。蘇芳はそのために私をここに行かせたんだから。
「2人で行動しましょう。」
「それだと敵を取り逃がして何人かは逃げられる可能性がある。」
「……車のタイヤを駄目にさせましょう。この雪なら足跡を追えますし炎天ならすぐに追いつくでしょう?それに炎天の仕事を見てこいって天狼に言われてますから。」
私が笑いながら言うと炎天も笑って同意してくれた。さて、敵を殺してさっさと帰りますかね。
私達は裏口から洋館へと入り奥へ進んでいこうとすると廊下に足跡が残っていた。……土足で上がって汚してんじゃねえよ。今すぐにブチ殺してやる……!
「殺気、殺気……!」
炎天が小声で私を諌めて土足で洋館の中に入っていった。テメエ……!
「なんで俺に殺気向けてんだボケッ!」
おっといけないいけない。炎天は間違ったことはしていないのに殺気を向けてはいけないのについカッとなってしまったよ。
「……土足はあまり良くないです。汚れますから。」
「洋館に裸足で上がるやつは居ねえだろうが……。」
炎天は何を言ってんだ?とあからさまな表情で私を睨みつける。失礼な。ここはあなたの上司の実家だぞ?土足で上がるのは不敬になるでしょ。知らんけど。
「じゃあ奥に行きますか。」
私も靴を履いたまま洋館の中へ入っていく。すると炎天が私の行動を見て怒声を浴びせてきた。
「テメエも土足じゃねえかッ!」
「声でかいです。仕事中ですよ?」
「お前……っ!!後で必ず殺すからなテメエ……!」
私は炎天を無視して前へ進んでいく。私の能力ならばこの暗い中でも案内することが出来る。
「ここからは多分敵に声が聞こえるので拳銃はもう出しておいた方が良いのと、ジェスチャーで会話しましょう。」
私は腰のベルトに収納していた拳銃を取り出してサイレンサーを取り付ける。しかし炎天は特に武器を取り出したりはしない。なんでだ?流石に素手だけで行くことはないよね?
だけど炎天はファイティングポーズを取ってそのまま付いてきた。つまりはそういうことらしい。ボクサー気取りかコイツは。だから失敗したんじゃないの?
天才かどうかは知らないけど炎天を見るとどう考えても自信家に思えてならない。短絡的過ぎるよ。すぐに怒るし口が悪いし香水が甘い香りでムカつく。
(階段あるけど上と下、どっちがいいかな。)
廊下を進むと階段を見つけて足が止まってしまう。私はどうしようか後ろから付いてきている炎天にジェスチャーで上と下を聞いた。
すると炎天は上と答えて私達は2階へと上がっていく。その間に私は炎天に手の動きで敵が3人居て左奥に1人、手前の部屋に2人が居ることを伝えた。伝わっているかは分からない。私達にはコミュニケーションが足りていないからね。
(上の階はここで働いていた小林さんと新垣さんの部屋がある。そんな所を調べても何も……)
そこで私は気付く。新垣さんの毛髪を回収し、蘇芳の毛髪なんかも手に入れれば2人に血縁関係があることが敵に知られる。しかも私のDNAなんかも調べられたら……!
そうか、蘇芳の言っていた失敗はこれか。多分炎天は敵を取り逃がしてしまうんだ。1人でも蘇芳たちの生体サンプルを持ち出してしまえば蘇芳と私の関係性が敵に露呈してしまう。その情報を組織に流布されれば蘇芳と私の信用が消えてしまう可能性がある。
「作戦変更。派手にやってもいい。例えこの洋館を潰してでも敵を殲滅します。」




