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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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心的外傷後ストレス障害

薬降るさんは私を責めることすら出来ない。彼女の求める犯人(しんじつ)はすぐ目の前にあるのに彼女が証拠を掴み真相へ辿り着くことはないだろう。


「…貴方のなかで答えが決まっているのなら何も言いません。ならば貴方のなかで決まっていない事を話してはくれませんか?私達には情報が不足しているのです。」


「情報…ですか。」


彼女はかなり頭がきれ、尚且(なおかつ)問題を収拾する力も持っている。それを理解しているからこそ現状が歯がゆいんだろうな。


「組織の幹部が死に、ある少女が台頭(だいとう)してきました。その少女の名前は蘇芳。誰も知らなかった京都支部長の忘れ形見です。つまり天狼の妹になりますね。」


…ああ、なるほどそういう筋書きか。彼女がそこに入ることになるんだね。分かったよ蘇芳…私はここで何も言わなければいいんだね。


「あまりにタイミングが良すぎる。まるで図ったかのような手際で事態を収拾しています。…証拠も何もあったものではありませんが、彼女がこの事態の元凶である可能性が非常に高い。」


「…それで、もし彼女が元凶であるのならどうします?」


私は薬降るさんに質問をした。この質問に対してどう答えるかで私はこの人と敵対関係になる。蘇芳を殺させたりはしない。もう家族が死ぬのはごめんだから…。


「殺します…と、言いたいところですが、私に自分の子供と年が同じぐらいの蘇芳(かのじょ)を殺すことは出来ません。ただ…説教の一つはするかもしれませんが。」


その答えを聞いてこの人の人間性を理解した。多分今まで会ったどの大人よりも大人としての役割を全うしている人であると。


「凄いですね…踏み止まれるなんて凄いです本当に。」


「何でもかんでも殺して無かったことにするのは危険な考え方ですから。まあ…私がそういう職種に就いているのですけれど。」


そう自嘲気味に話す薬降るさんはとても疲れているように見えた。もしかしたら昼間から深夜まで駆け回っていたのかもしれない。


「あいの風さん。」


「は、はい。」


改まって薬降るさんが私の顔を見ながら私の名前を呼んだ。…何を言われるのだろうって身構えてしまう。


「私は戻ります。だから貴方から歩み寄れるタイミングはここしかありません。次会うときはお互いどういう立場なのか分かりませんから。」


…この人は一体どこまで分かっているのだろうか。


「…私が、もしここで…何もかも話してしまえば多分楽になれるんでしょうね。」


「あいの風さん…?」


私の言葉を聞き頭を傾ける薬降るさん。想像していた答えとは違ったかな。


「なにもかもから逃げ出して、それで責任を誰かに押し付けることこそが、もしかしたら今の私にとっては最善策なのかもしれません。普通は責任から逃げ出すのは悪なのでしょうけど、時には悪が責任逃れをするのも正しい場合があるんだと、今は思います。」


私がそもそも原因なのだから黙って居なくなってしまった方が丸く収まる気がする。だけどそれは本当の意味で逃げだ。全てから逃げ出しても絶対に良くなる保証なんてない。その可能性を考慮せずにたった一つの選択肢が絶対的に正しいんだと思い込むことは私には出来ない。


「でも薬降るさん。私は自分の役割を全うしたい。私自身は正しい存在ではないけど、私が今まで行なってきたこと全てが間違っていたとは思いたくない。私が人を殺したからこそ誰かが救われていたって思いたいんです。」


私が仕事で殺してきた人達は私と同じように正しい存在では無かった。居るだけで人に迷惑を掛け続けるような人たちはいっぱい居る。私はそんな人たちをこの世界から消し去るのが役割だ。…じゃないとお母さんを殺した意味すら失う。


私がお母さんを殺した意味なんて当事者同士しか分かりっこない。そして当事者は私一人しか残っていないんだから私が意味を見出さないと。


「…求めていたような話は聞けませんでしたが、ここに来た意味はありましたね。」


「すみません…傷も治してもらったのに私だけにしか分からないことを言ってしまって。」


「いえ、初めて貴方という人間とお話が出来た気がします。」


薬降るさんは常に無表情だけど、そのときは笑ったように見えた。だけどそれは一瞬のことですぐに無表情に変わったけれども。


「それなら良かったです。…それで最後に質問をしてもいいですか?」


「構いませんよ。」


これだけは聞いておかなければならない。私と薬降るさんとの立ち位置を明確にしておかなければ今後の関係性に影響が出てくる。


「薬降るさんの息子さんが罪のない人たちを殺してしまった場合、薬降るさんならどうしますか?家族をその手で殺します?それとも説教して終わりにしますか?」


「…少し考えさせてください。」


反吐が出るような内容の質問だけど、薬降るさんは真剣に考えてから答えてくれた。もし逆の立場ならこんな質問された瞬間に私は殴りかかっているね。


「私なら息子と一緒に罪を償う為に罰を受けますね。それが最も正しいあり方でしょうし、私刑なんて以てのほかです。前に貴方に話したと思いますが、人それぞれには役割があります。役割がある限り罪を明らかにする役割の者、罪を裁く役割の者がいます。その者たちに委ねるのが自然な流れでしょう。」


お手本のような回答だ。昨日の私に聞かせてやりたいぐらいだよ全く。


「そうですか…それが正しいのでしょうね。ならやはり()()()()()()()()()()()()()。」


「間違って…?」


私は間違えた。彼女は正しい。私は悪。彼女は正義。私達の関係は対極にある。私達の立ち位置は明らかになりこれからの関係性は決まった。


「…そろそろ行きます。」


私は点滴の針を外してベッドから降りる。すると薬降るさんが慌てて私をベッドの上に戻そうとするが、私と彼女の筋力の差では止めることは出来ない。


「何をやっているのですか!傷は治しても体力までは戻せていないのです!身体にメスを入れるというのは物凄く身体に負担が掛かるのですよ!」


そんな静止の言葉も無視して私は近くに置いてある机の上から着ていた衣服を回収する。身体を動かすとドンドン能力が活性化していき、周りの物体の位置などが頭の中に入ってくるみたいだ。


「私を必要としている子が居るんです。絶対に私を待っているから、私が行かないと…」


「…そうなのですね。蘇芳の元へ行くつもりですか…。」


薬降るさんは私の言葉で察して私を止めようと掴んでいた腕を離す。…彼女とは敵対関係に近い関わりになるだろう。だけど…あまり彼女とは敵対はしたくない。


でも…必要ならば敵対するけどね。それぐらいの感情しか彼女には抱けない。だって私は家族すら殺した人間だ。見ず知らずの他者を救うために正義を行使した異常者なんだから誰だって殺せる。


「役割…ですから。私には私の役割があります。薬降るさんにも役割があるでしょう?」


「ええ…そのとおりです。」


薬降るさんと病室のなかで見合うが、ここでは殺り合う気はお互いにない。周りには年始でも入院している人たちが居る。迷惑が掛かることはお互いにしたくはないだろう。


「役割を全うしたせいで家族を失い子宮を失いましたが、そのおかげで名前も知らない誰かが平穏な生活を続けられる。この役割ってなんなんでしょうね。この世界に必要な役割なんでしょうか。どう思います薬降るさん?」 


私は笑いながら薬降るさんに質問した。彼女は苦虫を噛み潰したような顔で目線を逸らす。


「…私には答える権利がありません。」


「権利…権利か。私には到底縁のない言葉ですね。」


そう言ってあいの風さんはその場で着替え始めてしまった。その姿を見て私は彼女を誤解していたのかもしれないと気付く。私ではもう彼女を推し量れることは出来ない。私の考えていたよりもこの世界のずっと深い場所…その更に深い闇の中に彼女は居る。


「…良し。ではさようなら薬降るさん。また会った時には同僚として接してくださいね。」


「…ええ、お互いにね。」


そこで伊藤美世と薬降るは別れた。その後はお互いに忙しい日々を送っている。本当にたまに第一部ビルですれ違うだけで会話はない。それはまるでお互いに距離を取っているみたいに互いを意識して…。


そして回想は終わり現実に戻る。今の私は役割を果たすだけの存在でしかない。


「…分かってますよ。五十嵐さんが思っているよりも彼女の真意を理解しているつもりです。」


薬降るさんとのあの一件から私は蘇芳の側で彼女を手伝いをしている。そのおかげか蘇芳は第一部の本部長に就任し、現場全てを仕切るまでになった。


「…なら良いんだけどね。彼女は真面目だから現場から離れて君のもとへ行くようなことはしないよ。それを分かってくれているのならいい。」


五十嵐反亜は私の言葉を聞いて気が済んだのか、少し溜息をついた。本当に少しだけど、彼女が抱えていたものが軽くなったんだと思う。まるで私がカウンセラーみたいだ。


「じゃあカウンセリングを続けよう。身体の次は心だ。去年来てもらった時と同じ診断だけど、PTSD…通称“心的外傷後ストレス障害”これが今の君を悩ませている病気の名前になる。」

ブクマありがとうございました。投稿のモチベが上がりますので有り難いです。

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