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私は殺し屋として世界に寄与する  作者: アナログラビット
6.私達の居ない世界
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侵された心と身体

食事も終え歯磨きも終えた私達は疲れのピークを迎えてベッドに入ることになった。寝る前に必ず飲むように言われている薬は飲んだけど、多分今日も駄目なんだろうな…。


「伊弉冊、今日も…。」


「分かってるよ。ほらおいで。」


伊弉冊が私の寝室のベッドに入り私を手招きする。蘇芳と理華とはここでお別れだ。


「蘇芳、理華おやすみ。」


私はふたりにおやすみの挨拶をしてベッドに入る。このベッドでふたり一緒に寝るのは結構狭いけどこうしないといけない理由がある。


「美世お姉ちゃんをよろしくねイザねえ。」


「なにかあったらすぐに連絡するんだよ。」


ふたりから心配そうな表情を向けられる。確かにほぼ毎日のことだから心配になるのは分かっているけど、どうしようもない時の為に伊弉冊がそばに居てくれるからそこまで心配をかける事態にはならないと思う。


「うん、ふたりもゆっくり休んでね。」


ふたりは寝室から出ていき理華は自分の部屋へ戻り蘇芳はリビングにあるソファーベッドで横になるのを能力で知覚した。…そろそろ能力から意識を逸らさないとだね。


「寝れそうか?」


「うん…疲れているし薬も飲んだから多分。」


「不安にならなくていい。私が付いている。」


伊弉冊が後ろから抱き着いて身体を密着させてきた。こうすると安心して私は眠ることが出来る。特に私を守ってくれた伊弉冊だからこその安心感があるんだよね。


雨女と白雪姫の時もこうして後ろから私をギュッと抱きしめてくれた。あの時のことを思い出すると安心して寝れ…そ、う…


薬が効いたのか、それとも伊弉冊のおかげか、はたまた疲れが限界だったのかは分からないけど、私はどうにか意識を手放して眠ることが出来た。


だけど…私に安眠が訪れることはない。現実世界から夢の世界へ向かうといつもここに辿り着く。ここはまるで再現された世界だ。


気がつくといつも目の前にお母さんが居る。私の容姿そっくりで青い目をしたお母さんに私は醜い腕をねじ込んでその魂を砕いた。その感触が頭の中にこびり付いて離れない。何度も何度も繰り返し再現され、私はずっとお母さんを殺したという罪悪感で窒息しそうになる。


「そ、そんなっ!あ、ああ…美世ッ!止めてッ!お母さん本当に死んじゃうわッ!止めてちょうだいッ!!」


お母さんの悲鳴が空気を振動させ私の鼓膜を震わせる。これが夢だということは理解しているのに、あまりにリアルな光景と五感から来る情報のクリアさと正確さでこれがただの夢だとは切り捨てられない。だってこれは本物の光景だから。私がお母さんを殺したのは事実だから…この光景は夢でもなんでもない。


「んーふッ!んーーッ!!ンーーーッーー…!」


お母さんが苦しみ藻掻きながら爪を掻き立てて指先が血に染まっていく。爪や指先の肉が削ぎ落ちて骨が露出してもお母さんは引っ掻くのを止めない。だって私が止めないから。お母さんの魂を私が傷つけて苦しませたからだ。


そしてお母さんは死んだ。この世界から削除され自分の娘から爪弾きにされてしまった。なのに最後は私に愛の言葉を向けてから死んだ。お母さんを苦しませていたのは誰だ?あの父親か?それとも世界か?それとも私だったのか?


…………あれ、私…こんなことがしたかったんだっけ?


「美世っ!!」


誰かの叫び声で目を覚ました。でも目を覚ました私は正気ではなく、涎と涙を垂れ流しベッドの上で暴れていた。そんな私を伊弉冊が抱き着いて抑えていた。


「もう大丈夫だっ!お前は悪くないっ!」


伊弉冊の言葉を聞き私の口から出た言葉は人の言葉ではなかった。例えるな叫び声や絶叫だ。異形能力者の筋力で暴れるから取り押さえるのも大変なのに、伊弉冊は私に言葉をかけながら必死に宥めてくれた。


「辛いだろ悲しいだろ…!全部全てがお前のせいじゃない!だから大丈夫だっ!ここにはお前を傷付けるものは居ないっ!」


そこで私はハッと意識を飛び戻し一気に脱力する。背中の汗が凄くて多分後ろから抱き着いている伊弉冊も私の汗でぐっしょりと濡れてしまっているだろうな…。


「…落ち着いたか?」


「ハア…ハア…ハア…ハア…うん、ありがとう…伊弉冊。」


「こういうときはお姉ちゃんって呼べ。」


伊弉冊が私の頭を撫でてくれる。全身の強張った筋肉から痛みを訴えてくるあたり相当暴れたっぽいな…。


「うん…お姉ちゃんありがとう。また迷惑かけてごめんなさい。」


「謝るな。お前は悪くなんかないから。」


そうは言われてもまた迷惑をかけてしまった罪悪感は消えない。夢の世界で感じた罪悪感もだ。これに一生向き合わなければならない。


「怒ってない?」


寝ている途中に急に起こされたら誰だって不機嫌になる。妹がこんなのだと嫌だろうな。


「怒ってない。早く寝ろ。お前は寝ていなさすぎだ。」


「本当に怒ってない?」


何度も確認したくなるのは理由がある。これも夢の世界かもしれない。お姉ちゃんに宥めてもらうまでが夢だったことは今までで何度も経験しているから不安になってしまう。


「私が美世に怒ることなんてないよ。」


「お姉ちゃんがプリテイシアから貰った直筆サイン入り色紙、実はフリマアプリで売っちゃったんたけど怒ってない?」


「殺すぞ。」


「良かった…現実世界っぽい。」


私の声色を聞いて嘘だと気付いた私の姉が腕の力を緩めた。危ない危ない。あのまま内蔵が潰されるところだったよ。


「…私が夢に出てくることがあるの?」


「うん、たまにね。…お母さんを殺した時とか、そのぅ…父親を殺した時にお姉ちゃんが居たりするの。」


私が親をその手で殺した時にはお姉ちゃん…彼女が居た。目撃者として彼女を巻き込んでしまったことにも罪悪感を感じている。だから彼女が私に対して責任感を感じさせしまっているんだと思う。


「…そうか。」


(美世の夢はやはりトラウマとしてフラッシュバックして…)


伊弉冊は美世が抱えている問題を解決しようと同居を始めたが、特にこれといって進展はない。彼女の問題はかなり深刻で根が深そうだ。


「そろそろ寝ろ。明日というか今日の朝も早い。」


「…うん、寝るよ…。」


疲れがどっと押し寄せて来たのか、美世の瞼が徐々に落ちてきた。2日間も寝ずに働いていたんだ。身体は睡眠を欲しているはず。それなのに寝れないとはなんて可哀想な娘なんだ…。


寝息を立てて美世が眠ったタイミングで寝室のドアが開きおしぼりを持った蘇芳が入ってきた。…このタイミングを見計らって入ってきたな。


「お姉ちゃん寝た?」


「見れば分かるだろ。静かにな。」


蘇芳がベッドの横に腰掛け美世の額や首元をおしぼりで拭き始める。


「美世お姉ちゃんが暴れて巻き込まれたら私なんか死んじゃうから。」


「特異点相手では蘇芳あろうとも形無しか。」


「私も妹だよ?優しくしてくれないの?」


優しく?ありえないよ。美世がこうなるのを分かってて放置したんだから。


「お前は妹って感じがしないよ。…用件はなに?まさかそのおしぼりだけで来たの?」


そんなわけないよね?あなたは私と距離をあけて立ち回ってたものね。


「…美世お姉ちゃんのことで話したくてね。」


「まあ…そうだよね。」


こいつは死神以上に美世のことしか考えてないからな…


「今日のお仕事は美世お姉ちゃんは休ませてカウンセリングに行かせようと思うの。」


「…妥当だな。なら最初からそうすればいいのに。」


「私もお姉ちゃんの行動は読み切れないの。特異点だから…。」


蘇芳にとって美世という存在は不確定で、彼女が唯一分からないものだという事はここ最近で分かってきた。だからこそ執着しているようにも思える。この世で特別なのが美世しか居ないのだろうな彼女は。


「後悔してるのか?こうなるまで追い込んだことを。」


この質問は何度も蘇芳に対して投げ掛けたものだ。そしてこれから返される言葉も何度も聞いたものになるだろう。


「後悔はしていない。でも罪悪感は感じてるよ。でもあの時、私が動かなければもっと悲惨な結末を迎えていた。だからこれしか私の取れる行動は無かったんだよ。」


暗くて良くは見えなかったけど、蘇芳はとても寂しそうな顔をしていたように思えた。そして彼女は立ち上がり無言のまま寝室を出ていく。私も彼女もおやすみの一言が出てこない。美世相手ならすぐに言えるのにね。


「はあ…、なんて歪な姉妹なんだろうな私達は。」


何も救えなかった長女に他人しか救えなかった次女。そして次女を救うことしか頭にない三女…。そんな三姉妹が平穏な世界を創り出そうとしている。…笑えない冗談だ。冗談ならまだしも本当にそうしようと行動しているから笑えてくる。


「…なあ美世。私達…こんなことがしたかったのかな?」


私は誰よりも才能に溢れ、誰よりも不幸に愛されている最愛の妹。そんな妹を私は決してひとりにはしない。絶対にお姉ちゃんが美世が幸せと感じられるような世界にしてみせるからね。

暗い展開が続きそうです。

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