帰宅しても
私にはもうあの家には帰れない。だから私自身が借りているあのマンションへ帰るしかないんだけど、帰る道中は一人ではなく私含めて4人で帰ることになる。この1ヶ月ぐらいはずっとそんな暮らしをしている感じ。家でも外でもこの4人が固定メンバーになっている。人狩り行こうぜ!
「お姉ちゃんは私とお風呂入ろ。」
もう彼女が私の家にいるのも慣れてしまったよ。しかも毎日一緒にお風呂に入ることをせがむからちょっと面倒くさい。だけど慣れていない家のお風呂に目が見えない彼女一人では大変だから誰かが補助しなければならない。
彼女の能力は知る能力だから補助なんていらなそうだけど、彼女が知れるものは人が見聞きしたものだけに限られる。つまり単独では周りのものは普通に見えないし大変なのだ。元々暮らしていた洋館は何年も過ごしていたからどこに何があるのかは慣れて知っているけど、このマンションはまだ1ヶ月しか過ごしていない。だから私とかが一緒に入ってあげるしかないんだよね。
「はいはい。」
「ありがとうねお姉ちゃん。」
「目が見えない妹を一人お風呂に行かせるわけないでしょ。ほらさっさと入って次の人に空けないと。」
私は自分と蘇芳の着替えをタンスから取り出して蘇芳の手を引く。こうやって私が甘やかしているからまだ彼女は一人ではこのマンションの中を自由に歩けないんだけど、基本的に第一部ビルで過ごす時間が多いせいで実質的なマンション内での過ごした時間はかなり少ない。
なのでこうやって私が彼女を甘やかしているのはしょうがない。うん、しょうがないよ絶対に。
「いや私は理華の方で済ましてくる。理華一緒に入るか。」
「え、天狼さんが良いならいいですけど…。」
ソファーに寛いでいた伊弉冊が理華と共に隣の部屋へと向かっていく。理華もこのマンションに住んでいるけど伊弉冊と蘇芳に関しては私の部屋に同棲しているような感じだ。
光熱費とか食費とか一括で貰っているし、部屋も余っているからね。それに私も非常に助かっている面があるから文句はない。
「ご飯どうしようかな…。」
お風呂に入り終わった後になると3時過ぎになるし…冷蔵庫のなかになにかあったかな?冷凍食品を買う時間すらなかったし何も無さそうだ。ウーバーイー○もこの時間やってないしね。
「お姉ちゃんは薬飲まないとだから少しでも食べないと。」
「…ゼリー飲料あった気がするからそれ飲んでから飲むよ。固形物はこの時間食べるとさ…。蘇芳はなにか食べたいなら理華のところから貰うと良いよ。」
私は蘇芳と一緒にお風呂に入り、2日間の疲れを温かい湯の中へ溶かしていく。寒い中での仕事のあとに入るお風呂は心臓に負担がかかって身体に悪いとか言うけど、そんなことを言う輩に対して拳を食らわすのが私の使命だと思う。年始のお風呂は最高や…。
「お姉ちゃんシャンプーがあと8プッシュで無くなるからね。」
蘇芳が頭を洗っている時にジャンプーの寿命を教えてくれた。普通はプッシュ回数でシャンプーの寿命を教えないよね。蘇芳と暮らし始めると中々経験の出来ないことに出くわすから面白い。
「りょ〜〜。あとで買いに…って、年始だからスーパー閉まってるか。コンビニだとこの種類の売ってないし…。」
「ア○ゾンで2日後に届くよ。」
お前アマゾ○の回し者かよ。プライム入ると蘇芳がお届け日を教えてくれるようになるのかな。ここにも近代化の波が来たか。
「注文しておくよ。…髪洗うの手伝おうか?」
「お姉ちゃんは目を開けないと自分の頭を洗えないの?目が見えなくても洗えるよ。」
「でもそのくせっ毛だと一人では大変じゃない?いつもそう思うよ。」
私の髪質はストレートだからかなり洗いやすい。髪の毛の長さも肩にかからないぐらいだしね。
「水に濡らせばそんなに気にはならないよ。」
「ふ〜ん。」
私は湯船の縁に両腕を乗せて更にその上に頭を乗せる。蘇芳の洗っている姿を目にして頬を緩めた。
「私達姉妹って髪質とか体躯とか結構違うよね。」
蘇芳は女の子って感じだけど私はどっちかというと伊弉冊に似ている。髪質とか性格、あとは趣味趣向もかなり似てて姉妹って感じだ。でも蘇芳と伊弉冊はあまり似ていない。母親が違うからかな。それとも環境?
「イザ姉とは確かに私も自分とは似ていないと思うよ。異形能力者じゃないからお姉ちゃんたちと比べると華奢だしね。姉ふたりが腹筋割れているのちょっとプレッシャーだよ。」
確かに末っ子からすれば上ふたりがムキムキなのはちょっと嫌なのかもしれない。別に私も伊弉冊もそこまで筋肉質なわけじゃないんだけどね。体脂肪率15パーセント前後だったと思うから!平均値の半分だから!
「はいちょっと詰めて。」
心のなかで変なことを考えていたらトュルットュルなお肌になったマイシスターがお風呂に入ってきた。結構時間が経っていたっぽい。もしかして私ちょっと寝てたかな…?
「お姉ちゃん髪結って。」
「うい。」
蘇芳の髪は胸の位置まで長さがあるから湯船に髪が浸かってしまうので、髪をお団子にして結ってあげる必要がある。何回もしてあげたことがあるから手慣れたものだ。因みにだけど蘇芳は私の前に同じ向きで座っているので彼女の頭頂部が目の前にある感じだ。
「疲れているのにありがとうねお姉ちゃん。」
「気にすんな。お姉ちゃんは体力だけはあるからね。頭が足りてないけど。」
「ほかにも足りてないけどね。」
蘇芳がいたずらっ子ぽく指摘して身体を預けてじゃれついてきた。…こいつー!!
「そんなことを言う口はこうだー!」
「あっはははー!やめてよーもうー!」
蘇芳と二人で暴れるとお湯が溢れて外へ出て行ってしまうけど、そんなことは気にせずに私たちは姉妹二人の時間を楽しんだ。今まで姉妹として過ごせなかった時間を取り戻すように。
「…上がろっか。」
「うん!」
蘇芳の支度を手伝いながら自分の髪の毛を乾かしていく。…子供の面倒を見ながらお風呂に入る母親ってこんな感じなのだろうか。私はそんなことを考えながらリビングへ戻ると先に伊弉冉と理華が食べ物を持参して戻っていた。
「おかえり。」
「ここ私の部屋なんですけどね。」
「おかえりって言われると嬉しいだろ?」
うん、嬉しいよ…でも、意味わかんないよ?伊弉冉のドヤ顔むかつくな…。姉ってどこもこんな感じなのかな。我有識者意見急募。
「美世と蘇芳はなに食べる?カップラーメンとか保存食しかなかったけど」
「じゃあ…年越しそばで緑かな。」
「私はカレーうどんで。」
どん兵衛系しか無いから選択肢にそこまでの幅がない。でもこれが正義なんよな~。
「なら私は赤。」
「美世と同じ緑にしようっと。」
伊弉冊が赤いほうで理華は私と同じ緑にお湯を注いだ。年始の午前3時過ぎに女子4人が集まってカップラーメンを食べる。…まあ、悪くないシチュエーションかな。
無言のまま5分待ったおかげで私達はカップラーメンにありつくことが出来た。久々に食べ物を口にする。でも年始ぐらいはちゃんとしたものが食べたかったかな。みんなで休みが取れたらハーパーや雪さんを誘って美味しいものでも食べに行こう。
「じゃあ皆様、本日もお疲れ様でした。では…」
私は適当な音頭を取りみんなと同じタイミングで食べ始める。
「「「「いただきます!」」」」
今日も世界の平穏のために働き続けた私達はワイワイと食卓を囲み、お得用のカップラーメンを胃の中へと流し込むのだった。




