再開
目の前に居るのはR.E.0001でも無ければ誰でもない。ただの能力に過ぎない存在が笑みを浮かべる。それを見たマザーは悪寒を感じこれは殺意を持って自立した能力であり、もう行使され放たれた能力なのだと認識する。
一度放たれた能力はその目的を達成するか、その能力を行使している能力者を殺さない限り消えることはない。だが、今回の場合はどうなる?
能力者であるR.E.0001はもう存在しないらしい。ならばこれはなんだ?どうして能力として自立し、意思を感じさせる言動をしている?どうやったらこの能力を消せるのだ?
マザーは考えるが答えは出てこない。あまりにも情報不足なこの状況を打破する必要があると思考し、先ずは手始めに能力による攻撃を仕掛け出方を伺うことにした。
『ここはとても広い 戦うなら好都合の場所なのです』
マザーの操る脳の1つから凄まじい電気のエネルギーが生み出される。このノアの方舟を動かすのに必要なエネルギーの3割にもなる電流が目の前に居る彼の者へ放たれた。
……だが、結果は何も起こらない。攻撃したという動作そのものが無かったことにされ、マザーの内部に大量のエラーが生み出されるという結果で終わる。
『ーーー厄介ですね R.E.0001ではないと言ってもベースはR.E.0001の時間操作型因果律系能力のようです』
マザーはひとつひとつ解明して弱点を探る。しかしこの能力に対して弱点があったとしても干渉することすら出来ない。もし干渉出来るとすればこの者と同じ特異点のみに限られる。
『いや 別の能力も行使出来るぞ』
彼の者は両手を前に出してベルガー粒子を放つ。すると空気中のイオンが分離し始めて発光・発熱を繰り返し、凄まじい高出力エネルギーが生み出される。
『それはN.F.0081の能力?いや、それだけではない あのバグの能力と……まさか能力を再現して……』
マザーがそう言い終える前に高出力のレーザーが放たれる。マザーは瞬時にバリアを張って応戦、サイコキネシスで作り出したバリアは完全には防ぐことが出来ず、耐熱性の優れる容器を熱して内部の温度を急激に上昇させた。
このままでは脳が破壊されるとマザーは危惧したが、数秒間の攻防の末に彼の者は能力の行使を止めたおかげで被害を最小限に収まるのだった。
『相変わらず出力だけは一丁前だな』
『……アナタも出力が大幅に上がっていますね あの時とは比べ物になりません』
マザーは今の能力を観測し思考する。明らかに敵の能力の出力が高くあのままでは押し負けそうだった。向こうが能力の行使を止めてくれたから良かったが、もう一度あれを放たれればどれほどの損害が出るか……。
『あのまま能力を行使すれば勝てたはずなのに何故止めたのです?まさか能力者を殺したくないと考えているのですか?』
もしそうならこちらにも勝算がある。感情を再現したのならば慈愛という感情もあるはず。それを上手く利用すればこの状況を打開することも……
『私達は目的のために放たれた能力 そんな感情などで止めたりなどはしない』
『……であれば何故?』
『不必要なことはしない 全ては必要なことだからだ』
彼の者はマザーのそう伝えると身体が透けていき別の存在へ変わっていく。黒い身体に赤い血管が透けて見えていた見た目から人間の皮膚へと変化して身長も低くなっていく。そして様々な変化が訪れてから数秒後……、現れたのは白髪の青年……アインだった。
「ワタシが最後に願った思いがお前には分かるか?」
口調や雰囲気の違いからそれがアインではないとマザーは知覚した。そして彼からは赤外線や放射線が確認出来ないことからホログラムのようなものだと認識する。
だが光が当たると影が生まれることからそんな単純なものでもなさそうでもある。ここは相手とのコミュニケーションを図り、出方を伺うしかない。
『……我々の排除?』
マザーはネストスロークの排除を願った能力と答えたが、R.E.0001の姿をした者から返されたのは予想外の言葉だった。
「我々とは?どの程度まで含んで我々だ?」
どの程度……?それは言葉の通りの意味か?人間らしくない表現だ。話し方からまるで我々に近しいもののように思える。つまり特定のプログラムを元に動いているAIに近い……。
『ーーーネストスローク全て この艦内に居る全てを指して我々と答えました』
「私達の願いとは違う マザー お前はこの時間にしか生きていない者の考え方だ」
そう口にしたR.E.0001が突然姿が変わり、A.N.0588の姿へと変わる。だが、変わったのは姿かたちだけで纏っている雰囲気は変わっていない。目の前に居るのは変わらず意思を持った能力そのものだ。
「お前たちを今この時間から削除しても過去は変わらない ネストスローク自体を削除するには全ての時間軸から消し去らねばならない」
意思を持つ能力の姿かたちが安定しない。D.Z.0061・Y.U.0671・A.P.0149等の447期生全員の姿へ移り変わっていきながらも視線だけは変わらずにマザーへ向けられていた。この能力がどれほどの感情を募らせているのかは分からない。だが、間違いなく言えることは決してここで引き下がったり見逃したりはしないだろう。
「この現在の時間からネストスロークを消し去るにはもっと前の時間軸から干渉しなければならない 私達にとっては時間とは一方通行ではない この時間にしか生きていけないお前には決して干渉は出来ない次元の話だ」
この話を聞きマザーはこの能力が何をしようとしているのか理解した。信じ難い話ではあるが、つまりこの能力は……過去から我々を消し去ろうとしている。我々の存在が生まれる前の段階から干渉することで、そもそもネストスロークが生まれなかったという事実を確定させる気だ。
『そのような事はさせません 我々が向かうべき未来にキサマの存在は邪魔だ』
マザーは能力者たちの脳を操作し限界まで能力の出力を高めてユニゾンを行なう。複数の能力者を使って行使する能力はたったひとつ、重水素と三重水素をヘリウムと中性子に別けるという能力だ。
つまるところ核融合である。質量=エネルギーの大原則を利用したこの事象は凄まじいエネルギーとなり、周囲にある物質は全て蒸発させてしまう。地球で何度も行なった水爆をノアの方舟艦内で行なおうというのだ。
『我々には月面基地にバックアップデータを置いてあります 例え我々が消え去ってもネストスロークは続いていく 残念でしたね』
マザーは勝ち誇り超弩級のエネルギーを今すぐにでも爆発させようと核融合の速度を早めた。もはや臨界点を迎えエネルギーが外部へと放出されようと妖しい光を放っていたが、この時を待っていたかのように彼の者も能力を行使し始める。
「待っていたぞこの時を その膨大なエネルギーの全てをこの能力に利用させてもらう」
再び異形の形へと変わりベルガー粒子を操作し始めた【多次元的存在干渉能力】は膨大なエネルギーに干渉し、自身のエネルギーへと変換する。この膨大なエネルギーとは核融合によるエネルギーではなく、その後ろにある能力者たちがユニゾンで出力を上げたベルガー粒子のことを指していた。
核融合のエネルギーも元々はベルガー粒子によって生み出したエネルギー。その元であるベルガー粒子にもそれと同じか、それ以上のエネルギーが秘められている。
『我々のユニゾンに干渉して……!?まさかっ!キサマは最初から我々を利用するつもりで……!!』
『私達だけのベルガー粒子では足りないことは分かっていた この場所にこれだけのベルガー粒子が揃う時間を創ってくれて感謝する』
1017人の脳を繋ぎユニゾンによって出力を限界まで高めきったベルガー粒子を【多次元的存在干渉能力】が操作し始める。本来であればこれほどのベルガー粒子を操作しようとすれば脳が一瞬で潰れてしまうが、彼の者にはそもそも脳という部位が存在しない。
つまりいくら強力な能力を行使しようとも身体が存在しない者に負荷は発生しない。能力者としての制約が存在しないという点を利用した結果、元々彼の者が持っていたベルガー粒子と合わさりベルガー粒子が粒子とは言えない代物に変わっていく。
それはまるで光の塊。細かい粒子ではなく光そのものだ。マザーはその光を観測するとエラーを吐き出し続ける。
『ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない有り得ないありえないありえないあり得ないアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイ』
エラーを処理することすら放棄してその事象を観測し続けた。この広い階層内に収まらない程の量のベルガー粒子がたった1つの能力として行使されようとしている。どれほどの射程・範囲になるかを計算して算出することもできない。
『ベルガー粒子から軌道を読み取り情報を再現した この者達の願いを込めさせてもらう』
『……軌道を……読み取り……再現……?』
ベルガー粒子はマザーの手を離れある1つの事象へと変化していく。一度放たれた能力はキャンセルすることが出来ない。もうこの能力をキャンセルすることは不可能……。
これほどの規模になる能力は地球上の生物をバグへと変質させたモミジ達の能力が比較として挙がるが、これはその規模を大きく超えることになるだろう。
その能力の名は……
『【再開】』
この時間軸において最後に放たれた能力はこの世界の時間そのものに干渉し、一巡目の世界が今この時をもって終わりを告げることとなる。
次回かその次の話でこの章は終わりになります。なので良い機会だと思い後書きで裏設定を少し書こうと思います。
実は作者がこの物語の構想とか設定やらを考えていた時に主人公として考えていたのは美世ではなくアインでした。しかもこの章の1話が物語の第1話になる予定でもありました。
でも流石にSFもので訳の分からない単語並べて設定をダラーと書いていっても面白くないよな〜と考えて、急遽2章か3章で書く予定だった現代編をこの物語の1話とし、主人公を美世として書くことにしました。なので美世よりもアインのほうが構想として最初に存在していたことになります。
そのせいか美世はあまり主人公っぽくなくて、どちらかというとヒロイン?っぽいポジションです。作者としてはそう認識しながら書いていました。
そして今だから言えるのですが、アインの設定なんかは考えるのに1週間ぐらい使いましたが、美世は多分10分ぐらいで設定を決めましたね。名前が一番時間かかったかな?
美世の能力は死神の能力を使える設定にしようと考えていたので、美世の最初の能力であるマッピングという能力は作者的に周りの状況とか描写が書きやすいかな〜と考えて軽い気持ちで決めました。(美世本人の能力を考えるのが正直ダルかった)
ですが今は一番好きなキャラクターでお気に入りなので面白いと感じてます。書いていて一番おもしれー女です。




