降り注ぐ脅威
作戦の第一段階、それは先ず大気圏外へ出ること。敵が衛星軌道上に居る関係上、大気圏内からの攻撃では有効的な効果は得られない。その問題を解決するために白羽の矢が立ったのは…
『ヨーシ!!いっちょヤリマスか〜〜〜!!』
グラ娘はベルガー粒子と取り込んだエネルギーを使って能力を行使する。するとグラ娘の足が地球の地面と一体化し、地球のプレートが彼女を中心として動き出す。
『デケエのを更にデカくスルとハ発想がイカれてんな』
セルシウスはレイの立てた作戦に笑いながら称賛した。作戦の内容は単純、グラ娘を更に大きくし大気圏外まで成長させる。それだけだ。シンプル故に問題点もシンプルになる。
その問題のなかで一番の問題点になるのは空気だ。だがここには空気を操るプロフェッショナルがいる。
『私が地上に近い場所からそっちへ空気を送ればいいんだよね?』
皆よりも低い高度にいるアネモネは支援という形で作戦に参加。下の層にある空気を皆の居るオゾン層がある高度まで送ることが彼女の仕事になる。
『アア ワタシたちも空気ガナケレバ戦えない 大気圏外デは空気ハ乾燥し蒸発シてしまう ソコでフェネット・ユーの2人に協力シテもらいたい』
レイやモミジは生物的な身体を有している関係上、酸素の供給は必須。それに普通の人間と変わらない身体の造りであるフェネットたちにも酸素と温度は必須なのだ。
なのでユーが空気が宇宙空間へ逃げないようバリアで遮断するなどの一連の前準備も必須になってくる。
『じゃあそっちへ風を送るからフェネットとユーお願いね。』
アネモネは周囲の空気にベルガー粒子を散布して一気に上昇気流を作り出した。上昇した風はフェネットたちのいる高度まで上がっていき彼女たちの周囲の酸素濃度が上がっていく。
「…久しぶりに空気が濃いね。」
「ネストスロークだとここぐらい酸素薄かったし地上だと濃すぎて慣れるまでは上手く息が吸えなかったもんね。」
ネストスロークでは空気自体が貴重でかなり空気が薄い環境だった。そこで暮らしていたフェネットは薄い空気が当たり前の環境だった為に、寧ろ地球は濃すぎて違和感があったほどで、この高度の酸素量は彼女たちにとっては懐かしいものであった。
『まだいる?結構送ったつもりだけど。』
『…私のバリアの範囲を考えるとこのぐらいが限界だから大丈夫だよ。』
ユーはフェネットとパスを通じて自身の能力を向上させ直径90メートルのドーム状のバリアを展開させた。その中に豊富な空気を溜め込み宇宙へ向かう準備を整える。
『あの、これだと紫外線とかが突き抜けて来ますよね…?』
ナーフが恐る恐るレイに疑問をぶつける。この問題を解決するには彼の能力が必要になるからだ。
『オマエたちが今こうしてイラレルノもワタシが能力で遮断シテいるからだ 安心シロ』
ここはオゾン層がある高度なので、地上とは比べて紫外線の量が多い。そのことを知っているレイは最初からこの辺りの紫外線を反射させていた。彼は光を生み出す事も出来るが光を屈折させたり、光情報を相手の眼球から脳へ送ったりなどかなり汎用性の高い使い方も出来る。
『問題は温度ダが オレとこの火を操るクソチビとでドウニカする』
『…あの、クソチビってもしかして私のことですか…?』
確かにこの中でフェネットは一番背が低いが、成人直前ほどの外見年齢になっている彼女にとって自分が子供扱いされることに対して抵抗を見せる。
『オウ』
しかし特に気にした様子もないセルシウスにフェネットは何か言い返す気力も無くなり、せめての思いでクソの部分を撤回してくれるようにお願いをする。
『せめてチビでお願いします…。』
『チビでイイのか?オマエがソレデいいならイイけどよ』
フェネットは「良くないに決まっている!」と言い返したかったが、諦めてチビ呼ばわりを受け入れた。戦いの前で変な空気にはしたくなかったからだ。
『ジャあ次は迎撃するのは誰?ワタシの能力は空気ガ無いと役にタタないから』
ストームの能力の関係上空気の無い空間では能力を行使することが出来ない。敵が迎撃でまたミサイルや核弾頭を撃ってきたら全滅してしまうことを危惧した発言だった。
『ワタシとデカいのガヤル 補助にセルシウスが居れば大丈夫ダロウ』
『え〜〜ワタシ結構イマ大変なんだケド〜〜』
グラ娘は能力を行使し続けているせいでいつものような元気さが無い。皆も不審がっていると突然振動が起きた。それもかなり大きな振動で地震のような揺れが継続し続け、地球の地平線が徐々に低く見えてくる。
『ーーー始まっタか』
その場にいる皆が高度が上がっていることに気付いた。下の方を見るとまるで地球そのものがグラ娘に向かって迫り上がっているように見えるではないか。
しかも相当な速さで高度が上がっているようで、視界に広がる景色が変わっていく様子が分かる。
空の青さは薄れてどんどん暗くなっていき、眼下に広がっていた海の青さが空の青さに変わっていく。おそらく成層圏を出ていこうとしているのだろう。もはや地球ではなく宇宙に居ると言っていい。
『モミジ』
『…なに。』
そんな中でレイは個人的に繋いだパスを通じてモミジにだけ話しかける。先ほどからの様子から不審に思っていたからだ。
『失敗スルのだろウ?』
レイもモミジも身体を動かしたりなどの反応は見せない。周りでは中々見れない景色にドーム状のバリアの中をウロウロしている様子が見受けられるが、誰もレイとモミジを不審がったりなどはしていなかった。
『…なんでそう思ったの。』
『オマエは昔カラ嘘をツクノがヘタクソだったカラな キョウダイだから分かるンだよ』
レイは長男で産まれたばかりのきょうだい達をずっと見てきた。だから彼女たちの事は見ているだけでなんとなく分かるものだと考えている。
『…そっか。流石は千年もお兄ちゃんをしてただけあるね。』
モミジは諦めて否定せず、されど肯定もせずに受け答えを済ませる。
『ワタシがこの子タチを連れてキタのは間違いダッタか?』
レイは視線だけをフェネットたちに向けて間違いだったかと後悔を口にする。
『成功確率を上げるために連れてきたんでしょう?それを間違っているとか間違っていないとかじゃ言えないよ。』
『……』
『レイはレイの選択を選んだんだよ。…私も、私の選択を選んでここに居るから。』
(そうか…ここまでの全てが彼女の掌の上だったか。)
レイには分からない。だが、知っている者を…彼は知っている。この時間軸以外の世界のことも知っているが、分かってはいない。
レイは思考の海に入り込み少しだけ周囲の警戒を怠ってしまった。それと同時に彼らを監視していた偵察衛星から何かが射出される。その飛翔体はミサイルでも核弾頭でもない。ただ分かることはグラ娘が身長80kmを超えたタイミングで射出するようにプログラムされていたことと、その飛翔体が彼女の頭部の2割を打ち砕いたという事実だけだ。
彼女の頭頂部に居たレイたちに被害があったかどうかは不明ではあったが、砕けた彼女の破片は引力に引っ張られ地面へと落下していき、下に居るアネモネとアインの下まで降り注ぐこととなる。
そして再び人工衛星から飛翔体が射出され彼女の身体を次々と削っていく。これこそがネストスロークが数百年前から準備していた防衛機構。いつか宇宙へ進出してくるであろうバグに対して殲滅するという目的で作り出された防衛機構が、今まさにその牙を彼女たちへと向けられる。




