機械人形
アインとマザーは能力を行使し合いながら駆け出す。一撃一撃が致命傷になり得る能力がお互いの間を交差し、一撃でも貰えば勝負がつくほどの戦いへと化していた。
(思っていたよりも動く……!)
マザーの操る機械人形は異形能力者ほどではなくとも、比較対象に挙がるほどの動きを見せてアインの撃つ銃弾を避け続けていた。
[やはりこの能力では防げませんか]
マザーはサイコキネシスを発動しアインの弾丸を防ごうとしたのだが、アインの能力で軌道を固定した弾丸は容易くマザーの張るバリアを貫通し、防御することが実質不可能の状態に追い込まれていた。
「ならばこれはどうです?」
マザーの周りに超高速で回りだす複数の黒い円盤が生まれ、アインの元へと射出された。速度はアインの撃つ弾丸程ではないが、大きさと面積があるので避けるには大きく回避行動を取るしかない。
「それがどうした……!【削除】ッ!!」
アインは避けることをせずに左手の腕の部分で黒い円盤に触れる。すると黒い円盤はまるで最初から存在していなかったかのように消失し、アインはそのままスナイパーライフルの引き金を引いた。
スナイパーライフルの銃弾はベルガー粒子に干渉する特殊な弾丸を使っているので、マザーでも防ぐことは出来ない。マザーは身体を捻り回避行動を取ったが、完全には避けることが出来ず胴体の脇部分のフレームを損傷させた。
「ーーーその腕に触れるものは消滅させられるようですね。素晴らしい能力です。」
「お前も削除してこの世から消し去ってやるっ!」
アインは勝機と感じ距離を詰める。そしてある程度の距離に近付いたタイミングでショットガンを撃ち出す。最初はこの銃の機構をアインは理解しておらず、リロードのやり方も分からなかったが、軌道を創り出し読み取ることでリロードの動きを再現して使えるようになっていた。
左手に持っているスナイパーライフルの方も同じ要領で動作を再現しながら使っている。
「その弾丸は厄介ですので壊させてもらいます。」
マザーはサイコキネシスと先程見せた黒い光を作り出す事が出来る波を放出する能力。それと2つ目と似ているがマイクロ波を放出する能力の3つを有している。この能力は一つずつ見ればアインの能力と比べてかなり出力の足りない能力になるが、この3つの能力をかけ合わせれば話は変わってくる。
マザーはマイクロ波をアインに向けて放出し、先ずはアインの持つ銃火器を使い物にならないよう能力を行使した。
アインの持つ銃火器は電子制御で動いている機械なので、マイクロ波はチップなどの電子機器を破壊し動作不良を起こした。
「これぐらい……!【再生】!」
アインの能力ならば一瞬で元通りになる。しかしマザーの狙いはここにあった。無駄に能力を使わせることこそが本当の狙いである。
[攻撃をするのも防御するのも能力を使ってくれるなんて とても有り難いですよR.E.0001]
マザーにとって能力を使い続けることに対してデメリットは存在しない。いくら能力を使い脳を酷使してもマザーには何もダメージは入らないのだ。しかしアインに至ってはその強過ぎる能力故に脳への負担が大きくすぐに息切れを起こしてしまう。
マザーはずっとアインを観測してきたのでそれを知っているのだ。いずれ能力が使えなくなることを。なのでマザーは3人の脳を使い潰す勢いで能力を行使していく。
「ではこれはどうです?」
サイコキネシスで作り出した念力の塊に黒く光る光を圧縮させたものを射出した。この黒い光は光を返さない光という矛盾した特性を有している。なのでアインからすれば目で視認しようにも上手くいかず、距離感が掴めない攻撃となり回避が非常に困難なものだった。
「ちっ!」
堪らずアインは舌打ちし能力でガードする。自分の周りの空間を能力で支配し因果関係を発生させない。敵の攻撃はアインに近付くと歪んでそのまま通過していくことになる。そして通過したあとに地面のような皮膚に衝突し爆音と共に黒い光が拡散していく。
「やはり駄目ですか。その能力には有効的な能力はありませんね。」
「……だったら大人しく死んでおけ!」
ショットガンの最後の銃弾をマザーへ撃ち込む。銃口から出て飛び散るシェルは軌道が固定され誰にも止められない攻撃へと変化する……筈だった。マザーにも隠している手札は存在する。ここまで幾度もアイン達を苦しめたベルガー粒子拡散力場をマザーは発生させた。
機械人形の胸の部分に取り付けられたこの装置はアインのベルガー粒子を歪ませて能力の出力を大幅に低下させる。するとマザーの張ったバリアでも防ぐことができ、複数のシェルは弾かれてあらぬ方向へと飛び散っていく。
「……そのサイズで収まっているのか。」
アインは持っていたショットガンを捨てて腰のホルダーから拳銃を取り出す。これまで幾度も一緒に死線をくぐり抜けてきた拳銃を握り締めるとアインは安心感すら覚えていた。
「この装置自体は能力者の脳があれば簡単に付けられるので便利なんですよ。結局はアナタのベルガー粒子に他の能力者が干渉しているだけですから。」
聞いてもいない話を始めるマザーに心底嫌そうな顔をするアイン。この両者の間にはもはや埋められない溝が出来上がっていた。
「なのでこんな運用も出来るんですよ?」
マザーの操る機械人形がサイコキネシスを使い超高速で間合いを詰めてきた。サイコキネシスでの超高速移動の優れた点は最高速度よりも加速力にある。一瞬で最高速度まで加速するこの動きにアインはろくに反応が出来ず無防備になった腹に一撃を入れられた。
「かふっ……」
殴りかかった機械人形の右手がアインの腹にめり込みそのままの勢いで殴り飛ばす。するとアインの身体は容易く宙へ浮かび上がり何メートルも空中を移動して地面へと叩きつけられる。
(な、能力で固定していたのに殴り飛ばされた……?)
アインは腹部を襲う鈍痛に苦痛の表情を浮かべながらもすぐさま立ち上がりマザーを視界に捕えようする。その判断は正しかったが目の前にはもう超高速移動をして近付いていたマザーが居た。そして再びマザーの右腕から放たれるボディブローにアインはまたも殴り飛ばされ地面を転がる羽目になる。
「ベルガー粒子で防御する相手にもこうして近付けば攻撃が通るようになります。便利でしょう?」
機械人形にはベルガー粒子拡散力場が発生している影響で能力者に近付くだけで相手の能力を妨害することが出来る。
そうした場合は生身の人間と金属で出来た人形が殴り合う形になるが、そうなれば機械側が有利だ。痛みもなければ拳の硬度も違う。そんな相手が能力での防御もすることが出来ないなんて異形能力者でもないアインが不利な戦いを強いられることになる。
「……クソっ!」
拳銃の引き金を引いて機械人形に撃ち込むが金属で出来たボディーに当たってもろくに損傷を負わせることは出来ず、反撃に出たマザーにアインは自身の横腹を蹴り抜かれる。
「カッ……は……」
肋骨にヒビが入り肺の中の酸素を全て吐き出したアインは無様に地面の上に倒れ込む。酸素を吐き出してしまったアインは能力を上手く使えなくなり左手の軌道を解除してしまう。
持っていたスナイパーライフルを掴めなくなりアインの攻撃手段が次々と奪われていく。
「能力が使えなければただの人ですね。そんな貧弱な身体に対して身に余る能力を持っていては無駄というもの。やはり脳みそと背骨さえあれば人間の価値は……」
『死ね』
マザーが倒れているアインに対して話しかけている途中でセルシウスの邪魔が入った。セルシウスの放つエネルギーに飲まれ機械人形の身体が吹き飛ばされる。
「アイン大丈夫っ!?」
アネモネがアインの元へ駆け寄り上体を起こす。その時に脇腹に激痛が走りアインは苦悶の顔を浮かべるが、アネモネの顔を見てホッと一息ついた。
「み、みんなは?」
「まだ戦っているけど心配ない。そんな強い敵じゃないから。……敵の本命はアインだったみたいだね。」
アネモネはアインの状態を見て敵の狙いがアインであると察する。まさかマザー自身が操る機械人形まで出てくるとは考えもしなかった。
『アイン オメエはソノままネテロ ここからはオレがやる』
ついに元凶ともいえる相手が敵が目の前に現れたのだ。セルシウスは誰にもこの敵を譲るつもりはなく、一人だけでこの戦いを終わらせようと己の持つ全ての能力を出し切ろうとしていた。




