対比する存在
向こうが僕に用があるのなら僕にもマザーに聞きたいことがある。恐らくこれが最後の機会になるだろうから。
「なんで僕たちを地球へ送ったんだ。僕を地球に送らなければこんなことにはならなかっただろうに。」
僕の問いを聞いたマザーが顔をこちらへ向ける。まるで人間のような動作だ。マザーは人間ではないし、人間のように振る舞わなくてもいいのに人間の形をした機械に意識を乗せている。
なんだろう…なんかそれがもう気持ち悪い。生き物ですらない存在が人に寄せているという事実が無性に気持ち悪く感じる。
「私達には様々な思考回路が組み合わさって運用されています。その中の一つがアナタ達を地球へと送ろうと行動したのです。」
マザーは僕の問いに答えてくれるらしく、この状況下でこんな関係性であってマザーは僕に対して語り出す。
「地球にはモミジを含むバグの先祖達が居るのは知っていました。彼女らが地球から出て宇宙空間でも活動出来る日もそう遠くないと私は結論付け、百年もすればネストスロークまで射程を伸ばすと予想していたのです。」
確かに彼女達を見れば宇宙空間で活動出来るようになるのもそう遅くない未来であるのは頷ける。生き物という枷が外された存在だからね。
「なのでその前に威力偵察の目的を含めてアナタ達447期生を地球へ送りました。アナタ達が彼女達を殺せればそれが一番良かったのですが、まさか手を組まれるとは思いませんでしたよ。モミジが何かを企てているのは把握していたつもりでしたが、どうやらR.E.0001の存在を何百年も待っていたらしいですね。」
「…話は分かったよ。結局僕たちの事はどうなっても良かったってことだろ。」
「それは違いますよR.E.0001。私は常にアナタのことを気にかけていました。その証拠にノアの箱舟に居た時から片時も目を離さずアナタを観測していましたよ。」
マザー手振りなどのジェスチャーを使いながら話しかけてくる。その動作はまるで人間のようだ…。
「アナタは私達の希望です。まだ遅くはありません。もう一度…」
だからなのか、僕はマザーの真意を理解することが出来た。
「もしかしてお前、人間になりたいのか?…能力者に、成り代わりたいのか?」
僕がそう言い終えるとマザーの動きが止まる。正に機械のように停止した。あれだけ人間のように振る舞っていたマザーが初めて機械らしい動きを見せる。
「…まさかそんなことを気付かれるとは思っていませんでした。誰にも言ったことが無いのに…まさかモミジが知っていたのでしょうか。それとも私の言動は不自然でしたか?」
マザーは何故気付かれたのか気になり、今度はアインに対して問を投げかける。
「…ネストスロークでの生活で学んだことがある。それはマザーは余計なことはしない。ノアの箱舟での生活スタイルからそうだった。徹底的に効率化をした生活を押し付けて、無駄だと判断すれば人の人格すら調整し、終いには殺処分も辞さない。」
この地球での生活でやっとネストスロークの異常さに気付けた。耀人たちの生活を見ればどれだけネストスロークのやり方が非人道的なものなのかが分かる。
「そんなマザーが人の動きをプログラムしたものをその機械に入れるか?普通に考えたらしないだろうさ。でもマザーにとっては意味があることだから模倣しているんだと思ったんだ。」
「…なるほど。コミュニケーション能力に難があったアナタがまさか少ない会話と身体の動かし方だけで見破るとは思いませんでした。」
マザーは完全に認めた。人を模倣していることを。人が作り出したプログラムが人を模倣し、人に成り代わろうとしているんだから恐ろしい。どういう思考回路を持ったらそうなるんだ。
「私達AIには能力者のような能力が備わっていません。しかし能力者の脳に機械を埋め込めば、その能力者の脳を操り擬似的に能力が使えるようになります。」
「…なに?」
言っている意味が分からない。何を言おうとしているんだ?この文章だけでもとてもじゃないがマトモな考え方とは思えない。
「つまり能力を操る脳みそを更に操る頭脳が私ということになります。人が手足を脳で動かすように私が能力者を動かすのですよ。私こそが能力者の頭脳となり、人をさらなる高みへと昇華させるのです。」
……………分かった。コイツは壊れてる。千年近くも稼働したせいでバグが発生しているんだ。再起動させるか電源を落とすしかない。
コイツは足を踏み込んではいけない領域へ踏み込み、やってはいけないことに手を出してしまった。
「お前、3人の能力者を使ってその機械を造ったな。」
「…探知能力ですか。やはり血の繋がりは馬鹿にならないですね。ええ、そのとおりですよ。3人の能力者の背骨と脳を使っています。」
コイツから感じ取れるベルガー粒子が3種類あったのは、3人の能力者を使ってその小さな身体へ押し込んだからだった。コイツのボディーが僕よりも小さいということは使われている背骨や脳も僕よりも小さいということになる。
それはつまり…幼い子供を材料に使っていることになる!
「この外道がッ!!」
こんなにも殺意を持って本気で殺したいと思える相手が居るなんて頭がどうにかなってしまいそうだ。レイ達が感じている殺意をやっと理解出来た。本当に殺したいと思える相手が居るなら殺意に限界はない。いくらでも殺意が湧いてくるようだ。
「感情論ですか?論理的に考えながら聞いてほしいです。」
感情論…?これを論理的に受け入れるなんて人間のすることではない!お前がいくら動作を僕たちに近付けてもお前自身が人間を下に見て管理者面をしている限り絶対に人間にはなれないっ!!
「私達がネストスロークを運用・管理をしていて一番の資源は何か、何を優先的に増やしたら良いのか、それをずっと考えてきましたが…それが何なのかアナタに分かりますか?」
止めろ。それ以上口にするな。お前の理屈なんて聞きたくもない。
「それはですねR.E.0001。能力者ですよ。10kg程度の材料で核エネルギーを生みだし、火や空気水すら操り、そして時間すら操作する。これだけ効率的なエネルギーはこの世界には他にありません。」
マザーは自分の背中を指さして説明する。背中には3本のフレームが付いており、そのフレームの中には能力者の背骨が入っていた。そして能力を操作するのに必要な脳みその部位だけを切除して容器に入れ、それを頭部のフレームに格納し運用している。
それがこの人間を燃料のように消費し稼働させる機械人形の正体だ。こんなもの人間が思い付く訳が無い。
「ですがこの装置もまだまだ欠点はあるのですよ。鮮度が大切になりますから生きた能力者の背骨と脳が必須になるのです。あそこに飛んでいる航空機があるでしょう?あの中で取り出してすぐにこのフレームに格納させたのですよ。恐らく3日は保ちますが、まだまだエネルギーの燃費は悪いと言わざるを得ません。」
「……」
殺意がある一定まで行くと心の中が静寂になるのを僕はこの日初めて知った。もう声を荒げることも取り乱すこともしない。ただただコイツを淡々と殺すだけだ。
「『逆行』」
放り捨てたスナイパーライフルが左手に戻ってくる。自身の持てる全ての選択肢を使ってコイツを葬り去る。それだけにリソースを割こう。
「…R.E.0001。アナタの能力ならば人間を永遠に使い続けることが出来るのに…本当に残念です。」
「そんなことに能力なんて使わないし、使わせない。」
右手に持ったショットガンの銃口を向けて左手に持ったスナイパーライフルを構える。もう話すことなんてない。
「アナタは私の身体として運用しようと計画していましたが仕方ありませんね。アナタの生体サンプルを回収することは諦めましょう。」
マザーの操る3人の能力者の脳がベルガー粒子を操り蠕き始め次第に混ざり合う。その様子はまるでパスを繋いで能力を向上させる方法と酷似していた。
マザーは長年の研究とアネモネとフェネットの行なった2人の能力を合わせた事象を分析し、能力者の脳を繋げる方法を見つけていたのだ。
(まさかネストスロークがパスを使った能力の運用方法を使ってくるなんて思わなかったけど、やること変わらない。アイツを殺すだけを考えればいい。)
アインはこの因縁に決着をつけるためショットガンの引き金を引き戦闘を開始させた。この戦いが彼の最後の戦いとなる。




