目覚める巨神
アイン達の居る島の面積は2400平方km。4つの水爆が核融合を起こした際に発生した爆風は容易に島全土の草木・水・石を消失させ、その際に蒸発した蒸気が急激に上昇していきキノコ雲を作り出した。
そして島に停滞していた空気は全て島外へと追い出され島内の空気は無くなり一時的に真空状態へと化すことになる。それに加えてオゾン層を突き抜ける程の衝撃波は大気を大気圏外へと放出させ、熱せられ押し出された空気の波が音速を超えた速度で海面上を滑るように移動していく。
すると海面も凄まじい熱と摩擦によってプラズマが発生、電位を伴った雲が急激に成長していくことになる。
そんな爆心地の中心ともいえる地点に唯一被害を免れた空間が存在した。面積は40平方メートル程度の円状で、それが立体的に丸い球体のドーム状になっていたが、そこから外は正に地獄の様相で無色透明で色のない筈の空気に赤みがかった色が追加されていたり、地面が氷のように蒸発していき地表が沈んていったりなど信じられない光景が360°全体に広がっていた。
「……真上見て、元あったカラフルな雲が消えて真っ白の雲が出来てる。」
「雲があんなに早く動いているなんて……。」
フェネットが急激に温められた空気が上昇して作り出されたキノコ雲を真下から覗き、それを皆に伝える。キノコ雲を真下から見た者は恐らくフェネットが初めての人間だろう。そしてアネモネが凄まじい速度で蠢く雲を見てここ一帯の空気の流れがあり得ない状態であることを悟る。
雲は確かに軽いがあれだけの量であれば質量もそれなりになる。そんな水分を纏った塵の塊である雲が正に流れるように動いているということは凄まじいエネルギーが上空にあるということだ。
「……あの子達大丈夫かな。危険を感知して逃げてくれていれば良いけど……、島がこんなことになって、逃げれないあの子達は大丈夫なの……?」
モミジは雲の上にいる姉と島そのものである妹、そして小屋の中に居る自分を生み出した母の心配をする。一番の被害を受けたのは間違いなくこの3人のため心配そうに両手を組んでいた。もはや自身の知る未来からかけ離れている為にモミジですら状況が分からないのだ。
『チッ……ヤベーぞ エネルギーが無くなんねえ 押し出された空気ノ塊ガ全方向から戻ってくるぞ』
セルシウスはエネルギーの指向性がこの爆心地に向かいつつあることを感知していた。あれだけのエネルギーの跳ねっ返りということはその規模も相当なものになる。
『……アイン オマエノ脳は大丈夫か?』
レイがこの空間を保持しているアインに声を掛ける。これだけのエネルギーから守るには相当な負荷が掛かることになる。アインの能力ならば簡単なことだろうが、その能力をコントロールするアインの脳にとってはとても難しい状態であるのは明白だった。
『……正直、かなりキツい。放射線・衝撃波・熱の3つを干渉させないようにしているけど、脳が沸騰しそう……。とんでもない事象だよこれ……。』
アインの鼻からはドロッとした血が流れ目の毛細血管が破裂して目が薄い赤色に染まっていた。だが変化はそれだけではなく、ストレスを受けた脳は過剰に興奮物質を放出し、その結果酵素が分解しきれなくなった脳は急激に萎縮する箇所と膨張する箇所が発生して締め付けるような頭痛を招く。
この頭痛はネストスロークに居たときに感じていた頭痛と似ていて長年続いていた慢性的な痛みと良く似ていたので、非常に脳に対して負担が掛かっている状態ということを当人であるアインも理解していた。
『マズイな……オレタチはともかく人のスガタであるコイツらが耐えられねえぞ』
そもそも生物としての身体を失っているセルシウスはこの環境下でも生きれるかもしれないが、たんぱく質などの有機化合物で構成されているアイン達の身体では耐えられそうにない。
勿論人の姿であるモミジも耐えられないであろうし、レイも難しい。身体を光に変質させれば生き残れるだろうが、そうした場合本人しか助からないし、その間は何も出来なくなる。
そんな中で突然皆のパスに何者かの声が響いてきた。
『……うっ……』
『なにっ……?誰の声?』
ユーがパスに響いた声が何者なのかを調べようと皆の顔を見回すが仲間の誰も分からないようだったが、レイ・セルシウスの2人は驚いているような挙動を見せて、モミジは驚いた表情で固まっていた。
『……っい……』
「なんだっ、また声が……」
アインは能力の行使をしながら何者の声なのか特定しようとしていた。そしたらモミジがアインに対して叫び声のような声を出して能力を解除するように言い放った。
「アインっ!空間を固定する能力は解除してっ!」
「なっ!?そんなことしたら全員死ぬよっ!?」
突然なにを言い出すんだとアインは否定した。この空間の外は生物が生きられる環境ではない。能力を解除すれば仲間全員が死ぬことになる。だがそれでもモミジは言葉を紡ぐ。
「空間の位置関係の固定は解除してっ!!アインなら出来るでしょ!!早くっ!!」
「っ……どうなっても知らないからっ!!」
モミジの焦った声を聞き頭痛のする頭を無理やり動かして固定した空間の仕様を変更した。それでも相変わらずアインの創り出した空間は何事もなく存在しているが、位置関係の固定が無くなった為にアイン達の居るドーム状の空間は爆風に飲まれて地面から浮き上がっていく。
その様子はまるで球体のボールが風に煽られて飛んでいくようだった。
「だから言ったじゃんかっ!!マズいよこれっ!!吹き飛ばされるっ!!」
地面が動き平衡が保てなくなったせいでアイン達は両手で地面にしがみつくしかなくなり、完全に地面が傾いてしまった影響で下半身が宙に浮く事態になってしまった。こうなればこの空間の外へと落ちてしまいかねない。
『世話ガかかル……』
レイが多数の足を地中に突き刺し、触手状の腕を伸ばしてアイン達の身体を巻き取ってキャッチする。そして地面から離れないようにアイン達を誘導してあげた。
『あ、ありがとう。』
『た、助かりました……!』
『ーーー礼をイワレルことでもナイ』
皆からお礼の言葉を言われてこの事態の中でレイは少し気恥ずかしさを感じていた。人に礼を述べられる事が無かった為にどう反応すればいいのか分からなかったのだ。
『みんな衝撃に備えてッ!!あの子が起きるッ!!』
モミジの声が頭の中で響くと同時に皆の頭と鼓膜に聞いたこともない音のような声が鳴り響く。
『「アア〜〜〜っ!!ウルサ〜〜〜〜っいッ!!!」』
突如地面が大きく隆起しアイン達の居る空間ごと押し上げられる。すると地面と地面の衝突時の衝撃が縦揺れの地震となってアイン達を襲い、更に隆起し続ける影響でアイン達に掛かる重力が強まり立ち上がる事すら出来なくなってしまう。
それから隆起した地面は島の面積を大きく超えていて海底までもが盛り上がっていく。そのさまは正に島そのものが起き上がるかのようで、島の頭上には熱と放射線と爆風が吹き荒れる雲が形成されていたが、隆起した地面の高さは何百メートルも続き面積だけではなく体積までもが規格外だった。
地面と水が蒸発するような熱量が大気に残っていようが、そんな大気すら押し退けて地面そのものが続々と隆起していく。その高さは1000メートルにも達し、真空状態になっていた空間に収まるほどの体積だった。
『「あち〜〜〜〜っ!!!!いつカラ温暖化ガコンナニも進んだンダーーーーーーッ!!!!!!」』
隆起した島の先端らしき箇所が口のように上下に開いてそこから大音量の叫び声が木霊した。その衝撃はキノコ雲を散らす程で、海面が声の衝撃だけで何千メートルも波紋が続いていく。
それだけではない。声の衝撃は爆風で押し出された影響で真空状態だった空間に、大気がその空間へ埋まるように戻ってきた空気の塊とも衝突してエネルギーが対消滅していく。
『……相変わラずトンデモねえ大声ダ』
セルシウスは嬉しそうにその声を聞いていた。久しぶりに起きた妹は相変わらず元気そうで、何よりこの環境下であっても問題なく生きていることに安堵する。どうやら本当に生き物としての壁を自分と同様打ち破ったらしい。
『「んん?モシカしてオニイが居るの〜〜?」』
彼女が何かを喋る度にあっちこっちで地震が発生する。それだけの衝撃を彼女が何かしらのアクションを起こすだけで発生するのだ。正に生きた災害と呼ぶのに相応しい存在だった。
『アア 全員揃ッテるぞ』
『「ええっ〜〜!?珍しイイーーーっ!!」』
彼女がもと居た海底から噴火が始まるが、元凶である彼女が身体をよじるだけで海流が生まれて火山口を塞いで鎮火する。地球環境のサイクルを1人で回していた。
『……寝起きで悪いんだけどパスだけで話して。地球が壊れちゃうから。』
『ああッ!!ゴメんネーーーーっ!!またヤッチャッたよーーーっ!!』
会話はパスだけになったが、オーバーなリアクションを取った影響でそこら中で大気が大きく乱れて積乱雲から雷が落ちてくる。勿論彼女自身の身体にも落雷するが、本人は相変わらず気にした素振りもなく落雷を受け入れ過去の失敗を思い出し後悔の念に駆られていた。
彼女こそがレイ・セルシウス・モミジの妹であり、存在そのものが危険過ぎて活動しているだけで地球上の生物全てを絶滅させてしまうと、自らの意思で長年眠りについてたアインの姉である最凶生物。
そのあまりに巨大な体躯に旧人類からはリヴァイアサンと呼ばれていた異形型能力最終進化系の能力者である。




